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レナとメゾ  作者: スダ ミツル
2/2

レナとメゾ2

私の、数少ない趣味の一つは、ソーイング。


ほかの人より背の低い私は、買う服すべてが大きい。


だから、必要に迫られて、自分でサイズ直しをするようになったんだけど……


集中して作業している間は嫌なことを忘れられるし、


裁断したパーツを組み立てるのは、ちょっと楽しい。


……でも、出来上がるのは、男物のような服……だった。数年前までは。




……女物の服の売り場は、小さくて、端のほうで、目立たない。


たいして種類もないし、地味。男物の服とほとんど同じ。




でも、その店では、年に二度、別の部屋で、女性限定の即売会が行われる。


初めて知って、足を踏み入れた時の、あの感動は忘れられない……。


天国だ!って思った。




女性しか入れないし、華やかな服がいっぱいで、見ていてすごく楽しい。ホッとする。


ここで服を買うために、買って、自分で直して楽しむために、働いている、生きている、といえる……。




でも……


自分ぴったりのサイズに直した、綺麗なドレスを着て家で過ごすうちに……


寂しく悲しい気持になってくる……。




……こういうヒラヒラな可愛い服を着るのが好きってことが……


痴漢の人たちに、伝わってるんじゃないか……


呼んじゃってるんじゃないか……




ドレープたっぷりで綺麗な色のドレスを着た私。


喜んでいる開放的な気持ちが……


誘ってるように見えるのかも知れない……。


男物の服でも満足な女性より、


ドレスの好きな女性の方が、襲いたくなるのかも知れない……。




鏡で見ながらそう思えてきて……




辛く、苦しくなる……。




好きな格好をすると


男性から傷つけられるなら……


私はどうしたら


幸せになれるんだろう……。




私は、自分の幸せが……


女性の幸せが……


何なのか、


わからなくなる……。








私は布地屋で、ドレスを作るための布を選ぶ。


「あ……この生地、すごくきれい……!」


それに、とっても手触りがいい。


上品な光沢があって、すべすべしてて、とろけるように滑らか。


でも、こんな滑る生地は、ミシンで縫いにくい。


それに、すごく値が張る……。




だけど、これでドレスを作ったら……


夢みたいに美しくて、


うっとりするほど着心地のいい、ドレスになる……。




決心して買った。


連日デザイン画を描き、


最良案をパターンに起こし、


裁って、手縫いで二週間かけて仕上げた。


私は髪が短いから、ロングヘアーのウイッグをかぶり、ドレスを着て、鏡の前に立つ。




出来上がったドレスは……


この世のものとは思えない、美しさ……。


極上の着心地……。


それに……


私に似合ってる……。




「うれしい……!」


私は一人でくすくす笑う。




この喜びは


この美しさは


誰にも、手が届かない。


何にも、汚させない……。










レナがコールドスリープ中、


私は、飲食店で働いていた。


ある日、店員の一人が言った。


「ラーナのお別れ会するんだけど、メゾも来ない?」


「え、ラーナ、辞めちゃうの?」


「あ、そういうお別れじゃなくて、コールドスリープに入るから。」


「そっか。……じゃあ、私とは、ほんとにお別れかも。」


と、ラーナを見た。


レナの障害を軽くする薬のことを教えてくれたのは、彼女だ。レナと心中するつもりって事も、話してあった。


「メゾ……!」


と、ラーナは抱きしめてくれた。


「ラーナ!」


私も抱きしめた。


彼女は言う。


「でね、みんなでおいしいもの食べて飲んだ後にね……」


と、私の耳元で小声で言う。


「あの……エッチなこともするんだけど……。」


「ああ。」


みんな、そんな感じの人だよね。そんな感じの店だよね。


何気なく肩とか、腰とか触る人たち。


意味ありげにほほ笑みあって。服も、いつもほんのりセクシー。


「いやだったら、その前に帰っていいから。」




当日。


私は店長の家へ行った。


「メゾ!来てくれてありがとう!」


と、ラーナ。


みんなでワイワイおいしい料理を食べて、笑って、別れを惜しんで。


楽しかった。


お酒も飲んで、シーシャ麻薬も回して吸う。


「メゾもどう?」


と、細長い管を差し出された。


レナのとは違う香り。


「私はいいや。」


みんな楽しくて、美人で、いい人たち。


料理がほぼ空になるころ、イチャイチャが始まる。


私も服の上から触られて、軽くキスされる。


一人が、私の手を引いた。


彼女は、私の手を胸の前で両手で握って、


「私、メゾとしたいなって、ずっと思ってたの。」


「あ、ずるい! 私もメゾとしたいよ!」


無視して、


「キスだけでも、試してみない?」


「……うん。」


私はうなずいた。


嬉しそうな彼女とキスする……。


……キス、久しぶり……。


……レナと違うな……。


……レナのほうがうまいな……。


……レナの……


……キスは……




『メゾ……。』


愛しそうに……


私に微笑むレナ……。




瞳が輝いていて……


とても美しくて……


私の心も……


甘く輝く……。




『メゾ。愛してる。


一緒に生きて……


一緒に……』




朝日を浴びた……


雪のように……


金色にきらめいていて……


私もレナも……


とても幸福で……


お互いの腕の中で……


笑いあう……。




私は離れた。


「ごめん、やっぱり私は、レナじゃなきゃ嫌だな……。ごめんなさい。」


「……だと思った。ごめんね。」


「ううん。」


私は微笑んで首を振る。


荷物とコートを持って、彼女たちに手を振ってから、部屋を出た。




階段を下りる。


「レナ……会いたいよ……。」


でも、まだあと二年も眠ってる……。


レナ……!


会いたい……!




『メゾ。


メゾと会えて、


私はすっごく幸せだよ……!』




『メゾ。今日も綺麗!』




『メゾ?』




『メゾ……!』




『メゾ。


好きだよ!


愛してる!』




「レナ……!


レナ……!


愛してる……!」




レナの、優しい眼差し……




楽しそうな笑顔……




カッコよくて、温かくて、柔らかい、レナの身体……




私は、寂しすぎて、恋し過ぎて、泣きながら家へ帰り、




ベッドのそばにかけてある


レナのドレスに触れ……




きつく抱きしめた……。


「早く帰って来て……!」










私は、レナに寄りかかったまま言う。


「レナ……」


「ん?」


「私を、置いて行ったりしないでね……?」




レナは微笑む。


「うん。置いてかないよ。」




レナは、あと一年しか、体がもたない。


私は、一人で残されるのは嫌。




「私も一緒だよ?ちゃんと連れてってね?」


「うん。」


レナは笑って、私の髪をなでる。




「だって、そんなことしたって、メゾは私の後を追うでしょ。


だから、ちゃんと連れて行くよ。」




レナは、私の涙を、指の背で拭い、


やさしく微笑んで言う。


「メゾ……どこまでも、一緒に行こう。」




「レナ……!」


私は、喜びで胸がいっぱいになる。




これから一年も……。


その先も……。


ずっと一緒……。




私たちは、抱き合った……。










メゾと暮らし始めて


まだ数か月のころ。




ある朝起きたら……


私は、男になり始めていた……。




えええ!?




隣を見ると、メゾは、すやすや寝ている。


メゾを起こさないように、そうっとベッドから出て、別の部屋で着替える。


白いシャツとデニムパンツ。




着替えながら思う。


な……なんで……!?


なんで男になってきてんの!?




そういえば、三日前から、胸が張らなくなっていた。


そういうこともあるんだなと、気にしてなかったけど……


たった一晩で、女の見た目から男の見た目に変化してる……。




まさか……そんな!


祖と一緒にいると、


女性であり続けるんじゃなかったの……!?




物音がして、メゾが起きてきた。


「おはよう。レナ。」


「……メゾ、あの、」




うわ、声低!




なるべく高い声で言う。


「なんか私、男性になってきてるんだけど……!」


メゾは言った。


「ああ、もうその時期なんだ。」


そういえばそうだった、という感じに、平然と。




「え!?」


「年に一度の排卵日が近づくと、私の近くにいる人はみんな男になるんだよ。


言わなかったっけ?」




排卵日⁉年に一度!?みんな!?


「聞いてないよ!?」




メゾが、私をじっと見つめながら、近づいてくる。


あわわ……!


私は後ずさる。


家具にぶつかる。


追い詰められた……。




メゾは、私の胸に触る。


「あっ、ちょっ、メゾ、」


「ほんとだ!」


目を丸くして驚いている。メゾも初めてのことらしい。


視線が、下へ下がる。ズボンの前立てをじっと見ている。


は、はずかしい!


「レナがほんとに……。」




顔が熱い。


「そ、そうだよ!」




メゾが抱き着いてくる。


わああ!


「あの、メゾ……!」


メゾの腕をつかむ。


彼女は顔をあげる。


私は、不安で心配……。




「メゾ、嫌じゃない……?怖くない……?」




メゾは男性から、ひどい目に遭わされてきた。だから、男性が怖くて近づきたくないらしい。


私が男になってしまったら、私の事も、怖くなっちゃうかも……。




メゾはにっこりする。


「怖くないよ!だってレナだもん!」




「そ、そう……。……メゾ、あの、」


「ん?」


両肩をつかみ、メゾの眼を覗き込んで言う。




「男の私も……好き……?」




「うん!男の子のレナ、すごくかっこいいと思うよ!」


うっとりと言った。




「そ……う……。」


ホッとする……。不安が解けて、肩の力が抜ける。




「……そっか……!


ああ、よかった!」




男の姿の私も受け入れてくれて、嬉しい!




メゾを抱き上げる。


「きゃあ!」


姫抱っこして、ほおずりする。


それからキスする。




メゾも、私の首の後ろに腕を回して、応える……。


終わると、お互い声を立てて笑った。




私はメゾを抱き上げたまま、くるくる回る。




「すごーい!レナ、力持ち!」


楽しそうに笑った。




「もう!メゾったら!すごい驚いたんだからね!?」


「ごめーん!あはは!」






数日後。


私はすっかり男になった。




窓際で麻薬を吸っていると、


隣にいるメゾは、私を見上げ、うっとりと言った。


「レナ……イケメン……!」




「そう?ありがと。」


顔はほとんど変わってないけど。




メゾは私の腕に触れ、甘くささやく。


「レナ、私に触って。」


私の手指にキスする……。




ドキッとする。


それはつまり……。


「待って……!やっぱり怖いよ……!」




「私もレナも、薬飲んでるよ?」


性病予防の薬。薬局で、ちゃんと信頼できるのを買ってきて、飲んでいる。


この街では、空気感染も侮れない。




「う、うん、そうだけど……。」


それでも、リスクがあると思うから……。


女性の方が重症化しやすいらしいし……。




……それにもしも……


メゾが妊娠したら……




ロボットが、中絶のために連れ去りに来るまで、怯えて暮らすか、


堕胎薬を飲まなくてはならない……。




ほんと、女性ばかり負担が大きい……


辛すぎる……。




人口の数パーセントの人は、中絶後、選別されてから、システムに育てられた子供らしいけど……嘘かほんとかわからない……。


処理されたと思うのは辛すぎるから、そう噂するんだと思う。


人口に対して数パーセントって事は、女性の二割は、ロボットに連れ去られて堕胎させられた経験があるって事……。


絶対メゾには、そんな怖すぎる経験させたくない……。




メゾは、まっすぐな熱いまなざしで言う。


「大丈夫。予定日だってまだ先だし、怖いことなんて、何にもないよ。」


メゾの覚悟。




「……だけど……」


「……私ね、男の人としたいって思ったの、初めてなの。レナが、初めてなの。


それで分かったの。レナ以外の男の人たちが嫌いなのは、身体じゃなくて、中身が嫌いなんだなって。


レナは男になっても、レナだよ。優しい性格も変わってない。私の大好きなレナ。


だから、レナとしたい。


私、何も後悔しないよ。」




私を信頼してて、何があっても、たとえロボットに連れ去られて最悪な思いをしたとしても、後悔しない……。




「……わかった。」


私は受け止める。


それなら、私も分かち合うし、戦う。




麻薬を、窓枠に押し付けて消し、弾いて外に捨てる。


窓を閉め、


彼女の腰に腕を回した。




私達は見つめ合う……。




メゾは嬉しそうに笑ってる。




メゾの手が、


私の胸元から肩へ、首から髪へ、


やさしく滑る。




顔を近づけ、


キスをする……。




メゾが良い香りで、夢見心地……。




私はメゾを抱き上げて、寝室へ向かう……。






世が世なら……


私たちに限らず、カップルは子供を望める。


わが子の成長を見守り、育てる幸せを、実感することができるのだろう。




……VRで仮想現実へ行けば、そんな夢を見られる。


けど……


その中が幸せすぎて、帰ってこれなくなる人が多い。


お金が底をついて、現実に帰らざるを得なくなって、現実と夢の世界とのギャップに苦しんで、自殺、心中する人も多い……。




……この星は、あまりに……奪われている幸せが多い……。




……もしもVRのような、幸福な世に私たちが生きられたのなら……


私たちの子供は、どんな子だろう……。


お互い、口には出さないけど、そう思っている……。




かわいくて……


明るくて……


幸せな……


幻……。




ベッドに横たわり、胸に抱えたメゾの髪を撫でながら、私は言う。


「メゾ。」


「なに?」


「子供のころのメゾも、かわいくて綺麗だったろうな……。」


「……レナも、かわいくて、かっこよかっただろうな。」




私たちは、額をくっつけてほほ笑みあった。


そして、子供の頃の思い出を、語り合った……。










「落としましたよ!」


夜の街で、買い物をした帰り道、呼び止められた。


振り向くと、


赤毛の女性が、私の手袋を持っている。


「ありがとうございます!」


私は受け取り、手にはめる。


彼女はにっこりして言う。


「今日は寒いね。」


「そうですね。」


路面が凍っている。


うっかりすると、私たちも凍る。


「一本いる?」


彼女は麻薬を吸っている。箱を見ると知ってる銘柄だった。軽くてほんのり甘い。


彼女は煙を細く吐いて、微笑んで言う。


「待ちくたびれてて。」


待ち人がまだ来ないらしい。私も後は帰るだけで用事は無いので、暇つぶしに付き合う事にした。


「いただきます。」


箱から一本もらい、くわえると、彼女が火をつけてくれた。


タバコも麻薬も、だいぶ前にやめたから、久しぶり。


「あなた、名前は?」


私は答える。


「スワロウです。」


「へえ、いい名前選んだんだね!私はレナ。レナバード。」


「レナバードさん。」


麻薬が効いてきて、少し気分がよくなってきて、私は微笑む。


彼女が言う。


「初対面で変なこと聞くけど、あなたは自殺したことある?」


「……あるみたいです。」


「そう、自分じゃ覚えてないんだよね。」


と、レナバードさんは笑う。


「一人暮らし?」


「はい。」


私が性別不詳だから、一人だと思ったのだろう。仕事も在宅で。


「私は恋人と二人暮らし。彼女、祖なんだよ。」


「え!」


祖とは、生まれつき女性の人たちのこと。結構珍しい。


「でも、あなたも女性……」


「祖と近しい人は、女性になるんだよ。知らなかった?」


知らなかった……。


「ふふ。私も、あの子と出会って初めて……あ、やっと来た。」


長い黒髪の、小柄で美しい人が、すぐ近くの店からやってきた。


彼女はレナさんの腕に、自分の腕を絡め、


「お待たせ!その子誰?」


と、楽しそうに笑って言った。


「この人はスワロウ。今、退屈で話しかけたとこ。メゾは手芸に目が無いんだもんね。」


彼女が出て来た建物は二階に女性向けの手芸店がある。彼女はレナさんに、


「待たせてごめん。」


それから、私にもかわいらしく笑って、


「私はメゾ。はじめまして!


ねえ、今暇?うちに遊びに来ない?スワロウ?」


「え、初対面で……?」


「スワロウは信頼できるよ。」


と、微笑むメゾさん。レナさんもうなづいて、


「うん、私もそう思うよ。」


と、にっこりした。


「??」


不思議な二人……。


私はよく、優しくてふんわりおっとりしてるって言われるけど、だから初対面で信頼されるのかな……。






「わあ、素敵なお部屋ですね!」


私は、二人の家にお邪魔している。


「どうぞ座って!」


「ありがとう。」


美しいソファーに座る。


「良い部屋でしょ!レナがDIYしてくれたんだよ!」


「壁の色もカーテンもすっごい真剣に迷って決めてたよね。」


「だあってレナが一番綺麗に見えるお部屋にしたかったんだもん!」


「え!そんな理由!?初耳なんだけど!」


「そーだっけ?」


と、メゾさんはニコニコする。


「もう、惚気てるとスワロウが居心地悪いよ!」


「ごめーん!あはは!」


こんなに明るく華やかな部屋は、初めて。


お二人も、明るく華やか。




まるで、何も不幸がないみたいに幸せそう……。


街の誰もが、重く、暗い顔をしているのに、


この二人だけは、ほんとに幸せなんだ……。




「ねー、スワロウはー、男の子?女の子?」


「さあ……どっちかな……。」


子どもの頃から時々聞かれるけど、自分でもどっちか分からない……。


レナさんが言う。


「スワロウはスワロウなんだよ。」


「そっか。」




「スワロウの髪色、ミルクティーみたいで可愛い!ショートも似合うけど、伸ばしても可愛いと思うよ!」


「そうかな。」


メゾさんがクスクス笑う。


「スワロウの照れ方って上品で可愛すぎ!もう一杯お茶どうぞ!お菓子も食べて!」


「あ、ありがとう。」


メゾさんがレナさんに内緒話する。


「スワロウっていい匂いするし、とっても美味しそう!飼ってもいい?」


「メゾ〜よだれ垂れそうになってるよ〜。駄目だよ、まずは友達にならないと。」


「はあい。」


聞こえてるんだけど……。


メゾさんがキラキラした目で言う。


「スワロウ、私と友達になってくれる?」


私はニコッとして言う。


「うん。いいよ。メゾさんよろしく。」


「わああ……!ありがとう!メゾって呼んで!」


「メゾと友達になれて嬉しい。レナさんとも友達になりたいな。」


「ふふ。スワロウって以外と積極的?レナでいいよ。」


「だって……誰かと友達になれる機会って、なかなかないから……。」


「確かに。そうだよね。」




一緒にお茶を飲んで、


たわいない話をして、


久しぶりにたくさん笑って……。


楽しかった……。


「よかったら、また明日も来て!」


と、二人は、明るく見送ってくれた。






それからは、毎日数時間、彼女たちと楽しく過ごした。


そのうち私も、メゾの影響で、いつの間にか女性に変化して、


レナとメゾは、私を着せ替え人形にする。


女性になるのは初めてだし、


人に着替えさせられるのは、恥ずかしい……。


「かわいい!」


「すごい似合ってる!」


「そう……?」


かわいい服を着て、


明るい二人につられて、私も気持ちが明るくなる。


楽しくなる。


「つぎはこれ!」


「こっちも!」


ファスナーを下げられ、バンザイさせられる。


「え!あのっ、自分でできるから……!」


と言っても、


二人は、楽しそうに脱がせて着せる。


「これも似合う!」


「すごい可愛いよ!」


「スワロウは、髪がまっすぐで薄い茶色だし、やさしい感じの色の服がよく似合うね!」




夕方になり、レナが言う。


「スワロウ。


気を付けて帰って。ほんとに。


誰とも目を合わせちゃだめだからね。」


外では地味な男物のコートを着る。


この星は、男性が、人口の五割。女性は二割。


女性化して以来、知らない男性が、じっとこちらを見ているのに気付くことが、しばしば。








メゾが、キレイにお化粧した小さな顔を、


華奢な手のひらに載せて、


頬杖をついて言った。


「スワロウは、自殺したことある?」


「たぶん。」


「何回?」


長いまつ毛で瞬きする。


「二回、かな。」


「私たちはね、五回。」


と、にこっとする。


「……えっ」


六回、自殺すると、システムに排除されてしまう……


つまり、本当に死んでしまう……。


だからレナとメゾは……あと一回……。


メゾは、幸せそうに言う。


「次で最後。


今度私がコールドスリープする前に、二人で一緒に死のうって、レナと約束してるんだ!」


幸せそうな笑顔……。


今度は、両手の甲に顔を載せる。


「……。」


レナがティーセットを持ってやってきた。


「何の話?」


「半年後のあの事話した。」


「ええ!


スワロウ、ごめん!ショックだったよね!?


引っ越すって話そうと思ってたんだけど……。」




「……うん。


ショックだよ……。


……でも、うらやましい。




一緒に生きて、


一緒に死ねる人がいるなんて、




うらやましいな……。」




私は泣いている。




……最後だから……、


終わりが見えているから、


だから、二人はこんなに明るいんだ……。




一体今まで、どれほどつらい思いをしてきたんだろう……。






その日から私は、二人に会うたび、涙が出た。


「泣いてるスワロウもカワイイ!」


「ごめんね、つらかったら無理して来ないでいいから……。」


それでも私は、二人が大好きだから、


「二人を覚えてる人も、必要でしょ?」


できる限り、会いに行った。








今日も、きれいな服を着られて楽しかった……。


「スワロウ、また明日ね!」


メゾが、ドレスを何着も抱えたまま、笑顔で手を振って見送ってくれた。


レナが、コートを羽織ってやってきた。


「スワロウ。送るよ。」


「ありがとう。」


レナは、たびたび私を家まで送ってくれる。


女性化してから、私は町を歩くのが、少し怖い。明るい時間でも。


でも、レナがついててくれると、安心。


メゾいわく、


「レナはね、ものすっっっごく強いんだよ!」


それからレナに向かって言った。


「見せてあげて!」


「ん」


レナは、


くわえている麻薬を、


美しい手の二本指で挟んで持つと、


くるりと回して上へはじいた。


高く、素早い回し蹴りが、


深くスリットの入ったスカートから、繰り出された。


蹴られた麻薬は……飛んで行き、キッチンにある灰皿に落ちた……。




街を歩きながら、レナが言う。


「あのね、スワロウ。


驚くかもしれないけど……


私もスワロウも、今は女性だけど、これから男性になるよ。」


「……え⁉」


「メゾのそばにいるとね、年に一度、三週間くらい男になる時期があるの。」


「……。」


「ほかの女性と違って、祖は、排卵が年一回なんだって。」


「……。」


そうなんだ……。


私はゆっくりとうなずく。


じゃあ、その間、そばにいる人は全員男性に……?


「ふふ、男の子のスワロウも絶対可愛い!ってメゾ言ってるし、もし良かったら、明日からも遊びに来てよ。」


「……うん。行く。」


私は微笑んだ。






レナから話を聞いてから、一週間後。


私もレナも、男性化した。


メゾが、目を輝かせて、私とレナを見ている。


「私が、レナとスワロウを男の子にしてるんだよね……!?」


「そうだよ。」


レナがメゾの髪をなでる。


「世が世なら、女王様のメゾは、三週間だけハーレム状態だね。」


「ハーレム……!ああ、祖に生まれてよかった……!」


と、メゾは私たちを見てうっとりする。


わ、私は友達なんだけど……!


「メゾ。スワロウが動揺してるよ?」


と、レナは笑って、私を見て、


「スワロウ、冗談だから。ごめんね?」


メゾは、いつもよりテンション高めで言う。


「スワロウ!レナのかっこいい服着て見せて!レナも着替えて!」


レナはセーターを脱ぐ。


メゾが頬杖をついて、にっこりして言った。


「スワロウもここで着替えて?」


Tシャツ姿のレナが、


私の着ている、タートルネックのゆったりしたセーターの裾をつかみ、


たくし上げて脱がせる。


「待って!自分で……」


セーターが脱げて、髪が静電気で広がる。


そうなりやすい髪質だし、このセーター、気を付けないと、こうなる……。


恥ずかしい……。


急いで両手で髪を抑えた。


メゾが笑う。


「スワロウ!かわいい!」


私も肌着のタンクトップ一枚……。


髪が短いから、首まわりと腕が見えている。


「スワロウ、肩も腕も細くて綺麗!」


と、メゾが熱っぽい目で見ている。


そんなに見ないで……恥ずかしいな……。


両手で肩を隠す。


「ほんと、私みたいに筋肉ついてないから、すっきりしてる。」


と言いながら、レナがワイシャツを肩にかけてくれた。


ホッとして腕を通す。


すると、レナが前立てのボタンを留め始めた。


レナが男前で、目のやり場に困る……。


でも、レナに着せ替えられるのは、いやじゃない。


なんか、愛を感じる……。


女性だった時も、こうして着せ替えられた……。レナにも、メゾにも。


メゾも、私を大切に思ってくれている……。


今は、ちょっとハイになってるけど。


レナが微笑んで言った。


「スワロウは、私と違って、男性でも女性でもあるんだね。」


「え…。そ……そうかもしれない……。」


気にしたことなかったけど、確かに、どっちになっても違和感はない……。


「適応能力が高いんだね。


……私はどっちかっていうと、女の自分のほうが好きなんだよね。


男でいるときより、自信が持てるし、自由な感じがするんだ。」


「……わかる気がする。


……でも、私は、


……自分はこうだって思うのはなくて、


相手の求めるほうに合わせたいって思うんだ……。


そうできればってことだけど……。」




昔、恋をした人を思い出す。


彼は、


「スワロウさんといると、望む性別になれないから、(女性になってしまうから)一緒にいられない。」


と言った。


悲しかったな…。


そのショックで、私は二回手首を切って自殺したらしい。覚えてないけど。


体質ではなく、自分の意志で、性別を選べたら良いのに……。




メゾが言う。


「スワロウらしい!


じゃあ今日は、私の求める可愛い男の子になって!」


メゾは、まだこちらを見ている。


これからスラックスに履き替えるのに……


「メゾは隣の部屋に行っててくれる?」


レナがカッコよく片手を差し出し、レディーは微笑んで手を取る。






「なんかごめんね。メゾがあんなでやじゃない?」


「え、ううん。いやじゃないよ。」


私は微笑む。


確かに、今までの愛らしい感じとは違ってるけど。


「メゾはさ、さっきはあんなこと言ってたけど、本当は男の人苦手なんだよね……。」


あんなこと。ハーレム……。


「でも、私とスワロウは平気みたい。」


「……確かに、私もレナも、ほんとの男の人とは違うかな……。」


「メゾはね、


この時期はどうしても男の人に目が行くみたいでね、


外に出らんないんだよね。


だから家で二人でいるんだけど……


二人っきりでいるとどうしても……。」


「……。」


男性化してからこっち、


メゾは、常にレナをうっとりして目で追っている……。


「なんとなくわかるでしょ。


だから、スワロウがいてくれてよかった。


熱っぽくてテンション高いけど、引かないであげて。」


私はうなずく。レナは微笑んで、


「安心して?


スワロウを困らせることがないよう、ちゃんとメゾを見張ってるから。」


背後のドアのクラッチの音がする。


私はあわててベルトを締める。


「こら!メゾ!女子は覗かない!」


ドアが閉まる。




着替え終わった。


私は、生成り色のスーツを着ている。レナが貸してくれた。


メゾは、やってくるなり、私を抱きしめた。


「わ……!」


「似合う!男の子のスワロウもかわいい!」


「こら!スーツがよれる!メイクがつく!」


レナが、メゾの腰の後ろに結んである大きなリボンをつかんで、引っ張って、私から引きはがしてくれた。


「きゃあ!レナ!もげちゃう!引っ張らないで!」


レナが、私の着ているスーツを整えてくれた。


メゾがソファーに座って、興奮した調子で言う。


「レナとスワロウ、なんかすごく絵になる……!」


「そう?男二人で?」


「イチャイチャしてみて!」


面白がっている。


え……!レナと、イチャイチャ……!?


「ええー!?恥ずかしいんだけど……。」


しなやかでエレガントな白いシャツと黒のスラックスを着たレナが、右手で私の肩を抱く。


「!」


左手で、そっと私の髪に手櫛をかけて、ほほ笑む。


わ……近い……!


ドキドキしてくる。


「スワロウ、髪サラサラだね。素敵だよ。」


と、レナが微笑む。


メゾの頬が染まる。両手で口を覆って、叫ぶ。


「いい!」


メゾは、さっきから声が大きい……。


「そんなに?」


レナの左手が、私の髪から頬に。


顔が近づいてきて、


頬に、一瞬キスされた……。


「!?」


顔が熱くなる。


「はい!おわり!」


レナが手を放して、私から離れた。


メゾが興奮して、


「いい!かわいい!もっと見たい!」


もっと……!?


「これ以上はスワロウが困るし、私だって恥ずかしいから終わり!」


ホッとする。助かった……。


ドキドキした……。


「じゃあ、着替えて!」


メゾが無邪気ににっこりする。


「着替えてるとこ、見たい!」


「だってさ。」


とレナは鼻でため息をつき、


私の着ている上着を脱がせ、


ネクタイをほどき、


シャツをスラックスから引き出して、


ボタンを上から順に外していく。


優雅な手つきで。


キスされるよりはいいけど、恥ずかしい……。


クッションを抱きしめているメゾの息が、上がり始める。


彼女の、唇と爪が、


きれいな紅色に染まっているのに気付く……。


え……!?


レナも気づいた。


メゾは肩で息をしていて、


瞳はまどろんで夢うつつ。


私までドキドキしてくる……。


メゾと目が合った。


お互い目をそらす。


レナが、メゾに近よる。


メゾは、爪の赤い手で、


レナの袖を、すまなそうにつかんだ。


『レナ……。』


私はビクッとする。メゾの声が、いつもと違う感じでゾクっとする……。


レナは顔を背け、 


「今は呼ばないでくれるかな。手も放してくれる?」


メゾは、パッと手を放す。


『ごめん!』


「しっ」


レナは横を向いたまま、


「向こうの部屋に行ってて?


ほら、いい子だから。ね?


着替えたら、スワロウが作ってきてくれたケーキ食べよ?」


メゾはうなずいた。


唇と爪の赤みが引いていく。




メゾが退室した後、


レナは頭を掻き、天井を見上げ、


腰に手を当てて、ため息をつく。


「はあ……シャレになんないったら……。」




暗がりにいる……


……メゾの……


長い黒髪……。


白い顔と肩と……柔らかそうな胸元……。


……爪の赤い手で……


私の袖をつかんで引く……。


頬の染まった、かわいい顔……。


まどろんだ瞳で……


うっとりと私を見つめ……


赤い唇で……


私を呼ぶ……。


『ス・ワ・ロ・ウ……。』


その声……。


心臓が、背筋が、ゾワッとする。


「あ……」


「スワロウ、キスして。」


「え……」


メゾは細い指先で、私の唇に触れる……。


「ねぇ、スワロウ……?」


私は……


幻惑させられ……


……理性を失う……。


「メゾ……。」


見つめ合う……。


私の心臓がドクドクと、脈打ってる……。


心がザワザワして、


頭はメゾでいっぱいで、


何も考えられない……。


微笑む彼女の体に手を伸ばし、


赤い唇に顔を近づけ……


メゾの香りを嗅ぎ……


私は、


メゾを……




「スワロウ!?スワロウ!!」


目の前で手をたたかれ、私はハッとする。


レナが心配そうに、私を見ていた。




「あ……」


一瞬で後悔した。


「ごめんなさい……!」




「それはこっちだよ!


メゾがいきなりああなるなんて、思わなかったんだ。


私の不注意のせいだから、謝んないで!」




「ごめんなさい……!!」


私、今、なんてことを考え……!


私、メゾを……襲おうとしてた……!




涙があふれる。


「レナ!ごめんなさいっ!!」




「ああ!泣かないで!


スワロウは免疫ないんだし、メゾの、この時期のあの声を聞いたら、影響受けるにきまってるよ!


名前を呼ばれでもしたら、幻惑されて、だれだって抵抗できないんだ。


私だって危なかった。


……ほんとごめん!


これからはちゃんと気を付けるようにするから!


メゾにもよく言い聞かせておくから!」


「う……う……ごめんなさい……‼レナ、ごめんなさい……!」


「スワロウ……泣かないで……。」


レナは、私を抱いて、髪をなでてくれる。


私はレナの肩で泣いた。


ドアのクラッチの音がする。


私は驚いてレナから離れ、


はだけているシャツの前立てをつかみ、


後ろを向く。


メゾの声。


「スワロウ、ごめんなさい……!」


くぐもっている。いつもの声。


私は首を横に振る。


「メゾのせいじゃない。私の」


レナが、すかさずはっきり言う。


「誰のせいでもないから。」


「……。」


「……。」


「いいね?誰も悪くない。誰も謝る必要はない。」


「……。」


「……。」


そう言いつつ、レナは自分だけ反省すればいいと思ってる……。


「よろしい。さあ、着替えてケーキ食べよ?姫はそっちで待ってて。」


「はあい……。」




着替えたあと、私が焼いてきたケーキを、三人で食べた。


「おいしい!」


嬉しそうにケーキを食べるメゾは、爪も、唇も、声も、普通に戻っている。


いつもよりはじけ気味だけど、普通のメゾ。ホッとした。


さっきのことは、それぞれに反省して、忘れたフリをすることにした私たち。


「ほんとおいしいよ!スワロウお菓子作りうまいよね!」


「ありがとう。よかった。喜んでもらえて。」


「メゾも私も適当だから、クッキーとか、一番簡単なやつすらイマイチなんだよね……。」


「もう一切れ食べていい?」


と、メゾはよそってレナに渡す。


レナは、それをメゾに食べさせる。


かわいいな……。


レナは食べ終わり、合間に麻薬を吸っている。


向こうを向いて、細く吐く。


私に微笑んで言った。


「スワロウもきっと、どんなスワロウも愛してくれる、素敵な人と巡り合えるよ。」


「……だといいな……。」


「もちろん、私もメゾもスワロウを愛してるけどね。」


私は微笑む。


ありがとう。レナ。


メゾが言う。


「スワロウのも一口食べさせて!」


私は食べるの遅いから、これが最後の一口……。


レナが、メゾの顔に煙を吹きかける。


メゾは咳き込む。


「メゾ。もう二つ食べたでしょ?ドレスきつくなるよ?」


「んんん……。」


メゾは眉を寄せ、フォークをくわえる。


とってもかわいい……。


私はふっと笑った。


「いいよ。これあげる。」


最後の一口にフォークを刺して、メゾに差し出す。


「スワロウやさしい!」


感動するメゾに、食べさせた。


彼女は嬉しそうに、満足そうに笑った。


「ふふ!ありがとう!」


「よかったね。」


と、レナは、いとおしそうに目を細めて、メゾの髪をなでた。










椅子に座っている私の肩に、メゾが両手を置いた。


赤いドレスを着たメゾは、目をキラキラさせて言う


「男の子のスワロウも可愛い!キスしたい!」


「!」


レナ……!助けて……!


頬を染めて顔を近づけてくるメゾを、必死によける。


「ねえ、スワロウ、良いでしょ?逃げないで?」


排卵期のメゾは、常に周囲にハートマークが飛んでいるように見える……。


メゾに言い寄られると、可愛くて、私もキスしたくなってくる。嬉しくて、高揚した気分になる。


でもそれは、祖の影響力の強さのせいだと思う。


帰宅してからメゾを思い浮かべても、高揚した気分にはならないから。


「こら!」


チュールで膨らんでいるメゾのスカートを、レナがつかんで引っ張る。


「やん!レナ!裂けちゃう!」


「スワロウの未来の恋人に悪いよ?スワロウもやだって。」


「んん……。」 


レナはかがんで、


メゾの目を覗き込んで、


頭をなでてやさしく言う。


「スワロウは、眺めてるだけで癒されるよね……?」


「うん……!」


「毎日眺めていたいよね……?


大事に見守っていたいよね……?」


「うん!」


「……落ち着た?」


「落ち着いた。」


メゾは私を見て、やさしい大人みたいに、にっこり笑って、私の頭をよしよしした。


……私って、そんなに子供っぽいかな……。










私はベッドから降りて、


シャツとスラックスを着る。


『レナ……。』


「……。」


『レナ……。』


メゾが、後ろから抱き着いてくる。


ついさっきしたのに、もう声が……。爪も赤い。


「……メゾ、もう少ししたら、スワロウが来ちゃうから。」


ひっついている彼女の腕をはがして、離れる。


彼女にショーツをはかせ、ドレスのくずれているのを、直してあげる。


「はい。綺麗になったよ。」


『……。』


「リビングに行ってて?今日はカードで遊ぼう。


スワロウ、今日はどんなおやつを持ってきてくれるかな。


おとといのアイスケーキもすごくおいしかったよね!」


『……。』


メゾの、爪と唇の赤みが引かない。


食べ物の話をすると、たいてい気がそれるんだけど……。


メゾはすまなそうな顔をして、長い髪をいじっている。


私は微笑んで言う。


「メゾ?今日は夕食の時、お酒飲も。この間買ったやつ。メゾも楽しみにしてたでしょ?」


「……うん!」


赤みが引いた。ホッとする。




二人で昼食の後片付けをし、お茶の準備をしていると、チャイムが鳴った。


「スワロウ、いらっしゃい!」


メゾと二人で出迎える。


「お邪魔します。今日はロールケーキを作ってきたよ。」


抱えている箱をメゾに渡した。


「わあ!」


メゾは喜んで受け取る。それから、


「スワロウ、今日もカワイイ!」


にっこりして、髪と腰の大きなリボンを弾ませてリビングへ行く。


スワロウは嬉しそうにメゾを目で追ってから、肩にかけている大きい袋を、私に渡す。


「レナ、買いものしてきたよ。」


食材を買ってきてくれた。


「ありがとう!すごい助かる!」


「…………レ、レナ……。」


「ん?」


スワロウが少し赤くなっている。


「あの……。」


彼は、私のシャツの襟もとに、おずおずと手を伸ばす。


「……あ……。」


シャツの中から、長い髪を一本引き出した。


メゾの髪……。


「ありがと……!」


私も少し赤くなって、困り笑顔で受け取った……。










私の端末に、レナから連絡がきた。


「スワロウ、ちょっと明日から五日間くらいは、来ないでもらえる?


ごめんね。また落ち着いたら連絡するね。」






この間、私を家まで送る途中、レナが話してくれた。


(私も男性になってるから、護衛はいらないんだけど、話があるらしかった。)


レナは話した。


「祖の人は、一年に一度しか排卵がないから、確実に受精させるために、その当日一日だけ……なんていうか……その……


日常生活が成り立たない日があって……。」


「……!」


私もレナも、顔が赤かったと思う。


見てないからわからないけど。


「おおよそ四、五日に絞ることはできるんだけど、どの日がそうなのかは、当日にならないとわからないんだよね……。


だから、スワロウは、その範囲の日は来ないでもらいたいんだ……。」


「……わかった。」


「……。」


「……。」


思い出してしまった……。


熱っぽくて、唇と爪の赤い、色っぽいメゾと、


やさしく微笑んで彼女の髪をなでる、美青年のレナを……。


二人が、日常生活が成り立たないくらい、一日中……


ドキドキして慌てていると、レナが言った。


「……メゾはさ……


私と出会う前は、その日が近づくたびに、自殺してたらしいんだよね……。」




「……え!」


自殺!?そんなに……どうして……。




レナの言葉を思い出す。


『メゾは、ほんとは男の人苦手なんだよね……。』


「……。」


男の人が苦手なのに、排卵期は男の人を求めてしまう……。


それがどういう事なのか……。


自殺するほど嫌で辛いのだ……。




私は、二人の過去を、ほとんど知らない……。




レナは言う。


「死なないまでも、欲求が消えるまで、自分を家のどこかに縛り付けたり、痛めつけたりしてたみたいで……。


でも……


そのことを可哀そがってばかりじゃ、


私たちは幸せになれないんだよね。




守りたい気持ちや、


幸せにしてあげたい思いは必要だけど、


それが強すぎると、


そうできてるのか、不安になっちゃう。




過去がどうであれ、




今日の彼女を、大切に受け止めてあげたい。


メゾは、自然にそう思ってるみたいだし、


それが、私たちの幸せなんだよね……。




二人でいれば、毎日が幸せなんだ……。」


いとおしそうに笑った。それから、




「もしも……


システムが、私とメゾの遺伝子を、今も保存しているのだとしたら……


私たちの子供を作ってくれないかなって……思ったりする。


矛盾した願いだよね。」


困り笑顔のレナ。




「システムのせいで、良い世界じゃないってことは、


十分わかってるのに。」


私は首を横に振る。




レナは続ける。


「それでも、どれだけ無理でも、


子供を望む気持ちは、


その明るさは、


ほんの一瞬の夢ではあるけど、


変わらないのかなって……。」




レナ……。




「古代人たちはさ……




こんな、どの星からの救助も望めない、閉鎖的で、呪われた世界じゃなく、




美しくて、幸せな世界を作るシステムを、




残しててくれたらよかったのにね……。」




「私も、そう思うよ……。」




もしそうだったら、


私たちは出会わなかったし、


そもそも、生まれなかったのだけど……。




……それでも……。






五日後、


レナから連絡がきた。


次の日、二人に会いに行ったときには、私は性別がなくなっていたし、


レナは女の人になり始めてたし、


メゾも元通りの、ふんわりした、可愛らしいメゾに戻っていた。


「いらっしゃい。」


と、レナ。


「スワロウ!また会えてうれしい!」


楽しそうなメゾ。


「お菓子焼いてきたよ。」


私は箱を差し出す。


メゾは受け取り、


「今日は何?」


「マドレーヌ。」


「わあ!……んん……いい香り!」


可愛い笑顔。


「いつもありがとうね、スワロウ!」


レナの美しい笑顔。


「ううん。」


私も、明るく微笑んで首を振った。










女の子のスワロウが驚く。


「え!このドレス、メゾが作ったの!?」


「そうだよ。」


私はにこっとする。


「レナにピッタリでしょ!」


半袖のフレアスリーブの、黒のロングドレス。


背中が広く開いてて、腰に大きなリボン。


「うん……とっても素敵……!」


「スワロウにも作ってあげる!サイズ図るから、服脱いで!」


「!」


レナが、スワロウの普段着、ゆったりした男物のセーターを脱がせる。


「あっ!自分で脱ぐから……!」


恥ずかしがってるスワロウって、ほんとかわいい!










私は


レナに、なんて話して伝えたらいいか、


ずっと悩んでいた。




伝えられずにいるうちに、


その時期が来てしまった。




レナが、初めて男性化した。




「ああ、もうその時期なんだ。」


と、私はうそぶいて、戸惑っているレナを、抱きしめた。


男のレナは、思ったとおり、すごくかっこいい。


レナは不安そうに言う。




「男の私も……好き……?」




「うん!」


もちろん。レナは男になってもレナだから、


嫌いになんかならない。




「よかった!」


彼は、私を抱え上げて、くるくる回った。


私も彼も、笑った。




でも……


これから、私がどれだけレナを傷つけてしまうのか、


話さなければならない。




「メゾ?悩んでたのは、このことだったんだ?」


「……。」


やっぱり気づかれてた……。


「心配なこと、何でも話して。」


彼は明るく微笑んだ。




「……私……」


「うん。」




「レナを、殺しちゃうかも……!」


彼の胸で泣いた。




「……メゾ?私は死なないよ。


何があっても、メゾに殺されたりなんかしない。


だってほら、私のほうが運動神経いいし、力も強い。ね?」




「……。眠ってるときに、首を絞めちゃうかもしれない!刃物で刺しちゃうかもしれない!」




「じゃ、お互いの両手の手首をひもで縛って眠ろう。


……メゾ。なんでも言って。どんなメゾでも受け止めるよ。」




私を見つめる


彼の、明るく暖かなまなざし……。


……私は……


全てを、レナに打ち明けた……。




排卵日に、私は狂ってしまう……。


すごく怖くて、でも、どうにもできなくて、心も身体もボロボロになる……。




「……今まで大変だったね……。


……苦しかったね……。」




同情して、


抱きしめてくれた……。




彼は、私の髪をなでながら、微笑んで言った。




「……そっか……。凶暴なメゾか……。


……ふふ!


そういうメゾも


絶対、かわいくて綺麗だよ!」




レナは


愛しそうに笑った……。




嬉しいけど、不安は消えない……。










メゾは毎年、排卵日が怖かったと言っていた。




「頭と体が乗っ取られて、


心はどうしたらいいのか、わからない。


自分が自分じゃなくなって、狂ってしまって、


自分も人も、ずたずたに壊してしまう……


ような気がして……。」




一人で体質に振り回されて、悩んでいた……。




「レナ……私の爪と唇が赤くなったら、何か気がそれることを言って!


赤みが引くまで、言い続けて……!」




最初のうちは、爪と唇の赤いメゾの、


『レナ…。』


その一言で、幻惑されてしまった。




メゾに、


「レナ、耳栓して、女物のコート着てて。」


と言われた。


「耳をふさぐなんて、そんなの嫌だよ……」


と言うと、


メゾは、私のいる部屋には、自分から入ってこなくなった。


それでも……


『レナ、ごめん…。』


恐る恐る、ドアが細く開く。私はドアを開ける。




「メゾ、謝らないで。


いつも通り、そばに来て。


私には何の遠慮もいらないから。」




『ううん、いやなの。


私はこんな自分が嫌なの……!』




その声に、私は理性が飛ぶ……。


メゾがなんて言ったのか気づくのは……、


お互い、事が終わってぐったりしたあと……。








ある日、買い物から帰ってくると、メゾがいない。


「メゾ?」


探すと、家具の陰に座り込んでいた。




彼女は……


目隠しをし、


耳栓して、


口にテープを張って、


手足も、テープでぐるぐる巻きにしていた……。




男の私の姿を見ないように目を覆い、


私の低い声を聴かないように耳をふさぎ、


幻惑声を出さないよう、口を閉じて、


私を求めないように手足を縛ったのだ……。




「メゾ……!」


私は、彼女の耳栓を外した。


「やめて!こんなことしないで!」




泣きながら、目隠しを取り、テープを全部はがした。




涙目で私を見つめる愛しい彼女の前に、膝をつき、


抱きしめた……。


メゾは、弱々しく抵抗して離れようとする。




……私が何を言っても、


メゾは自分を責め、傷つく……。




「メゾ、私もメゾも、壊れたりなんかしない……!


だから……


これからは、自分を縛らないで……!


私には、わがままでいて……!」




彼女は……


泣いて私に抱き着く。




『レナ……‼レナバード……!』




爪の赤い足を、私の足に絡める……。


ゾクッとして、熱くなる。




「メゾ……!」










ベッドに座って麻薬を吸っていると、


すぐ隣で寝ているメゾが言った。




「レナ……ありがとう……。」




目をつぶっているから、眠ってると思ってた。


それとも寝言かな?


なんだか寂しそうな声……。




「……レナ……私、幸せだよ……。」




今度は、薄く目が開いている。


私を見ていない目は、


うっすらとうるんでいるように見える。




「私も幸せだよ。」




薬をサイドテーブルの灰皿に入れて、彼女の髪をなでた。




出会って半年。


短かったメゾの髪は、顎の下まで伸びた。


メゾは、私の手を抱えるようにして、顔を寄せる。




「レナは、もっと幸せになれるよ……。


レナをもっと幸せにできる人が、きっといる…。」




「メゾ……?」




「私は十分幸せになった。


自分で身を守ることもできる。


私、一人でも生きていける……。




だから、レナは、


私に縛られてなくて、いいんだよ……。




私はレナに、


自由で幸せでいてもらいたい……。




レナは、必ず出会えるよ……


レナを愛してくれる、


やさしい男の人に……。」




メゾは、私を見て、やさしくほほ笑んだ。




「メゾ……。」




彼女はやさしい声で言う。




「レナは女性でしょ?


私といて、


こんな風に、


年に一度、男性役をせざるを得ないなんて、


やっぱりよくない……。




好きな男の人から愛されて、


大切にされたほうが、


私といるより、ずっと幸せだと思う……。




私は、レナとここまで来れて、


もう十分足りた。




だから、この先は……


レナは……


ここにいなくても、いいんだよ……。


私のそばにいなくていいんだよ……。




今までいてくれて、ありがとう……。」




メゾと出会った日。


「レナ……!


そばにいて……!」


メゾはそう言って、私にすがった。




彼女は、それからずっと、


その言葉で私を縛ってしまっていると、思っていたらしい……。




「違う。


ちがうよ。


縛られてなんかない。


メゾに言われたから一緒にいるんじゃない。」




私は……


メゾを、どうしても守りたかった。


だから引っ越してきた。


元気になっていくメゾが、愛しかった。


私といて、こんなに幸せに思ってくれる人は、


私も幸せになれる人は、


初めてだった。


女性の私も、男性の私も好きだと言ってくれて、


私はとても幸せになった。




私は、メゾのことが……




「……メゾ。


私はメゾが大好きで、愛してるから、ここにいるんだよ。


縛られてなんかない。


メゾは私の孤独を消して、幸せにしてくれた。」




私は微笑んで言う。


「メゾは、男になったことないから、わからないかもしれないけど……


今の私は、男性としても、メゾを愛してるんだよ。


こんな、かわいくて綺麗な彼女と別れるなんて、考えらんない。」




私は笑って、彼女の頬を、指の背でなでる。


続けて言う。




「私は……


女として、男性から愛される幸せを知らない。


でも、こうして、


メゾから愛される幸せを知った。




私には、


これ以上の幸福があるとは思えないよ!




…だから、そんな寂しいこと言わないで……!」




美しい黒髪をなでる。




メゾの、きれいな黒い瞳が潤み、


涙があふれ、こぼれた。




「レナ、私も……!


これ以上の幸せは、ないと思う……!」




「はは!




……私のメゾ……。




私は、約束を覚えてるよ。」




メゾの眼もとにたまっている、きれいな涙を、指に乗せる。




「……レナ、私も覚えてる……!」




「よかった!」


私は笑った。










私は、爪を深めに切って、よくやすりをかけて丸くする。レナを傷つけないように。


レナの髪をスタイリング剤でしっかり固めて結ぶ。レナの髪をむしってしまわないように。


「……やっぱり口にはテープ貼る。」


でも、レナは首を横に振る。


「キスできなくなっちゃう。」


「噛むし、叫ぶから!」


「窓塞いだから、叫んでいいし、


噛まれたらタオルをかませるよ。


大丈夫。」


レナは、震えている私の髪をなでて、ほほ笑む。


「大丈夫だよ。」


「どれだけ凶暴になるか、知らないから言えるんだよ……!」


「ふふ。大丈夫。楽しみだよ!」


「……」


レナはとっても強いけど、でも……


レナはニコっとして言う。


「別に怪力になるわけじゃないでしょ?」


「そうだけど……」








長い一日が過ぎ……


気が付くと、服を着たレナが隣で麻薬を吸っていた。


「メゾ。」


彼は微笑む。


私は起き上がり、自分の手を見る。爪の赤みが引いている。


よかった……終わった……。


レナの隣に座る。


レナは、そばのソファーからガウンを取って、私にかけてくれた。


レナの手には、いくつも絆創膏が張ってある。


服で見えないところも、傷だらけ……。




……ああ……全部……覚えてる……。




膝を抱えてうつむく。


私はたくさん泣いて、叫んで、レナを呼んで、ひっかいて、殴って、かみついた……




「レナ……ごめんなさい……!」


「ああ、また泣く。私こそごめん。メゾが噛むたび、つねったから……」


一瞬痛くても、けがはしてない。




レナは、少し熱っぽい目で、私に笑いかける。




「どうかしてるメゾも、かわいくって綺麗だったよ。


それに……なんか、幸せだよ。


あんなに私を求めてくれるなんて。ふふ。」


消耗してるけど、満ち足りた表情……。


「おなかすいたね。メゾ。冷凍しといたシチュー食べよ?」




レナは、少し震える指で麻薬を口に運ぶ。


深く吸い込んだ。


「……はああ…………。一日断つと、薬がすごくおいしい……。」


「……レナ、あとで怪我を全部見せて。」


消毒しないと……。


「ん……痛くないから大丈夫だよ!」


レナは笑って、五本目の麻薬に火をつけた。


「ああ……おいしい……。」


煙を長く吐く。


ずるずると寝そべって、また一口吸う。


目の下には、くっきりとクマができている。


私はベッドを降り、窓に貼ってある緩衝材をはがし、窓と雨戸を開けて、外の空気を入れた。部屋中に煙が立ち込めているから。


「こら、メゾ。


開けてくれるのはありがたいけど、ちゃんと服着て!」


と、レナは、私がベッドに置いたガウンを持ち上げる。


私は裸のまま、キッチンの換気扇を回しに行った。




……服を着て、シチューが温まったころ、レナを呼びに行くと、彼は眠っていた。


五本目の麻薬は、床を焦がしていた。


「レナ!食べてから眠って!」


「……ん……。」


「レナ!」


「……。」


起きない……。


「レナ!起きて!お願い!」


「……。」


「そのまま寝たら、死んじゃう!!」


顔色悪いのが怖くて、泣きながら揺さぶると、レナはうっすら目を開けた。


「……わかったから。」


と、大儀そうに起きた。


私はレナに、シチューを食べさせた。


「おいしー……。」


レナは幸せそうに微笑み、一皿食べた。


それから、ぱたりと倒れると、すぐに寝息を立て始めた……。










鮮やかな、赤い血が流れ落ちる。


涙もぽたぽた落ちる。




痛い……!


痛そう……!




私はショックで、震えて泣いている。




かわいそう……


自分が、かわいそう……!




私の泣き声にレナが気付いて、ドアをノックする。


「メゾ?どうしたの?開けるよ?」


私はトイレに座って泣いている。


「あう…う……」


女性のレナは床に膝をついて、私の手を握る。


「大丈夫だよ。」


と、微笑む。




……レナは


私のせいで、毎月こんなひどい目にあっている……。


私といる限り、毎月……。


私は、年に一度なのに……。




生理が来たってことは……


妊娠しなかったってこと……。


わかっていたことなのに


動揺するくらい、ショック……。




「メゾ、血を見るの苦手だもんね……」


レナは私を抱きしめる。


私はぐったりして、レナに寄り掛かって泣きながら言う。




「自分がかわいそう……。


レナは、もっとかわいそう……。


レナのためなら、何でもする……!


ドレスも、かっこいいの、何着でも作る……!」




「……私は大丈夫、気にしないで……。」




何とかベッドまで歩いて、座った。


「痛む?」


「うん……。」


おなかがしんどくて、全身だるい……。


ゆったりしたワンピースに着替えるのを、手伝ってもらった。




「レナ……ありがとう…!」


泣きながら、心からお礼を言う。


レナは、やさしく抱きしめてくれる。




私といなければ、レナは女性でなくなって、


毎月のこの不幸から解放されるのに、


そばにいてくれてる……。


そして……


レナは言わないけど


妊娠しなかったショックを共有してくれてる。




排卵が年一回で、わかりやすい分、


ダメだったショックもはっきりしてて、


でも、


中絶せずに済んでよかったと思えることが、


また悲しくて……。




レナは、やさしく肩を、背中を、さすって


髪を撫でて、頬にキスしてくれた。


痛み止めの薬を持って来て、飲ませてくれた。




「大丈夫だよ。ゆっくり休んで。隣の部屋にいるから。」


やさしく微笑んだ。


レナも、目が潤んでいた……。






一人でいたころは……


生理中、横になったまま、不幸のカオスに飲まれていた……。




させられている……。


不幸にさせられている……。


多量の自分の血を、見させられている……。




女性だってだけで、


なんで、こんなひどい目に合うんだろう……。




自分が祖であるせいで、


女性であるせいで、


欲に駆られて暴れたり、


痴漢に会ったりもする……。


身も心も傷だらけで……


しんどくて……




もう……


全部……


終わりにしたい……。




この世界で……


この体で……


何のために生きているのか、


わからない……。




でも、


あと何度も自殺しなきゃ、


終わりにならない……。




それでもいいか……。


自分を愛して


自己愛に酔って


やさしく殺して




……自分を


終わらせてあげようか……。






あの頃は、


レナに愛され、慰められ、幸せに包まれて眠れる日が来るなんて、


思いもしなかった……。




「食べれる?」


レナが、食事を持ってきてくれた。


全然食欲ないけど、失った血液と体力の分を補わなきゃ、回復しない……。


レナは、頬杖をついてやさしく微笑んだ。 


「元気になったら、また綺麗な布地を探しに行こう?」


「…うん……!」




一人の時も、そうだった。


新しく買った綺麗な布で、ドレスを作りたい……。


それを仕上げるまでは……


生きていようかな……。




……血を見ながら思った。


少しだけ、期待していた……。


怖さや、絶望のほうが大きいけれど


レナの子供が欲しい……。




狂気に支配されてた


あの日の私も、レナも、


届かない望みを、


私の中にあるのに、どうにもならない、


手に入らない


幸せを、


欲しては、


かき消していた……。










私は急いで、


口にハンカチを詰め込み、


スカーフで口周りを覆って、後頭部できつく縛る。


手の届く範囲にあるものは、全部ほかの部屋に移動してある。


部屋は暗い。雨戸も閉めてある。


急げ。


急がないと。


テープで両手両足をぐるぐる巻きに縛って、残りを部屋の外へ投げる。


今日は……


年に一度、


私が壊れる日……


祖の魔性の闇が、私を飲み込み、


理性がなくなり、


欲に支配される日……。


怖い……


去年は、足に巻いたテープがちぎれそうになった。


おととしは、口を覆う布が取れて、腕が噛み傷だらけになった。


つなぎを着て、長いきつめの靴下をはき、手袋の上から、袋をかぶせて縛ってある。


「うう……。」


こうして、一日飲まず食わずで過ごす。


トイレにも行けないから、厚手の給水パットをはいている。




……初めてこの時期が来たのは、十年前、十四の時……


この時期の、自分のヤバさに気づいた。


クラスには、男子、女子、性別のない人たちがいたのに、全員男子になっていった。


みんなが私を見ているし、勉強の内容が全く頭に入らないし、


片思いの人に、すり寄りたくなるし


皆に嫌われたと思った。


でも、やたらと告白されて……


何人かが、私をめぐって喧嘩し始めて……


私は困惑して怯えて、次の日から、引きこもった。


時期が過ぎて落ち着いたころ、友達が心配して部屋に来てくれた。


でも、私は泣くばかりで、ドアを開けることができなかった。


自分が暴れていたことをわかられてると思うと、恥ずかしすぎたし……


あの日……


理性をなくした日……


私は、クラス中の人たちを


犯して、殺していく自分を見た……。


妄想だけど、そんな衝動が自分にあることが、すごくショックだった……。




私は思った。


祖であるというのは、こういうことなんだ……!


嫌なのに、望んでしまう……!


止められない……!




ほんとに?


……違うのかもしれない。


……私なのかもしれない。




祖だからじゃなくて、


私が、そういう人間なんじゃないか……!




私は、人でなしだ……!!




私の血と体液で、汚れた部屋……。


傷だらけの、私の体……。


本当に人を襲ってしまわなかったのが、せめてもの救い……。




その時は泣いたけれど


二年目からは、絶望が深くて、涙も出なくなった。




あの日から私は、オンラインだけで勉強した。


友達もできたけど、祖だと言い出せなかった。


十七歳の時から、大人の町で暮らし、オンラインで仕事をしている。




今日は、私が壊れる日。


自分をがんじがらめにして、何もない部屋の床に横たわって、それが来るのを待っている……。


……この部屋は、上下両隣、だれも住んでいないし、これだけ準備できていれば、乗り切れるはず……。




……翌日。


ようやく、理性が戻って休んでいると、ほかの部屋から掃除ロボットがやってきた。


平たい背中に、少し刃の出たカッターがくっついている。


私はそれを取って、手足のテープを切った……。


床一面にマットを敷き詰めてあるけど、一日中転がり回っていたから、体中、あちこち痛い。


心は……


血だらけで、


ぐちゃぐちゃの、


ひき肉になっている……。










爪が赤くなったまま、戻らない。




『来ないで!レナ!あっち行って!お願い!いやっ!』




それでもレナは、私を抱きしめた。


殴って、ぶって、出て行ってと叫んでも、離れないレナ……。


私は理性をなくしかけて、叫んでいた。




『レナ!殺して!私を殺して!首を絞めて!』




レナの両手をつかんで、自分の首に押し付けた。


レナは、その手に少しずつ力を入れた。


でも、それはふりだった。


レナが私にキスして、


私は舌を交わすのに夢中になって、


自分の言ったことが、どうでもよくなった。


レナの手は、私の頭と背中を抱えた……。


やさしいレナ……。


私は、体も頭も彼を求めて高ぶっていて、狂っている。




『もっと強くして!強く触って!強く抱きしめて!』




泣きながら、レナを攻撃した。


私は、爪を立てる。


レナは、私の手首をつかむ。


私は、暴れて振りほどき、またひっかく。


また、レナが手をつかむ。


私は、その手にかみつく。


そうしているうちに、レナが次第に強引に、攻撃的になっていった。


それでよかった。


私ばかりが振り回されて、レナを傷だらけにするのは、耐えられなかったから。


理性をなくした私は、彼の首を絞めたし、きつく足を絡めた。


そのたび、レナは引きはがし、私の腕や足を引っ張った。


力づくで起こされたり、ひっくり返されたり、引きずられたり、


両手をつかまれて、拘束されたりした。


息ができないくらい、強く抱きしめられたりもした。


レナに体をつかまれるたび、指が肌に食い込んだ。


結構痛かった。


レナは、鬼みたいな私と同じくらい、アグレッシブに、なりふり構わず私を求めた……。


レナは、そうしながら、ずっと戦っていた。


私の幻惑声と。(タオルをかんでも、理性が飛ぶと、吐き出してしまった。)


それに、私にけがをさせないよう、手加減もしていた。


レナのほうが、負担が大きいのは明らか。


一日中まともに私の相手をしていたら、死んでしまうと思った。






……大昔の物語が今も残っていて、読み継がれている。


祖が国王だったころの話……。


私は怖くて読めない。


やっぱり祖は、ヤバイ人らしい。


政治力で国を安定させるけれど、排卵日明けの女王の寝室には、


血だらけの男の死体が、いくつも転がっている……


女王が、気にいらなくて殺したのか


幻惑声のせいで、女王をめぐって殺しあったのか


女王に食いつくされたのか……


怖すぎる……。


自分に心当たりがあるから……。




女王は多胎で、一日のうちに、間隔を開けて複数の卵子が放出される。


そのせいで、間断なく男性を求め、多数の人の子供を身ごもり、六カ月後に卵嚢ごと産む。


さらに四ヶ月後に卵嚢から生まれた子は、将来、政略結婚に利用される……。






レナは、傷だらけで、疲れてへとへとなのに、私はたいして疲れない。


悲しい。


もういや!


まだ爪が赤い。


まだ終わらない……。


時々、理性が戻った時、私は泣きながら、いろんなことを懇願した。


『私を縛って!』


『気絶させて!』


『殺して!』


『出て行って!』


『閉じ込めて!』


そして最後に、


『レナ!お願い!女性に戻って……!』


とうとうそう言った。




辛かった。


行く先が、あまりに暗い。


祖の自分が怖い……!


レナを、殺してしまう……!




すると


「……待ってて。」


レナは部屋を出ていき、少しして戻ってきた。




……ドレスを着て、お化粧して……。




本当に、女性に戻ったのかと思った。




レナは微笑み


人差し指を立てて


自分の唇に当てた。




女装したレナは……


女性のレナよりも


しぐさが女らしい……。




レナは


衣擦れの音とともに


ゆっくりと歩いてきて


ベッドに腰掛けた。




血のにじんでいる手腕は


長い手袋でおおわれている。




彼女は、美しい手を伸ばし


指先で、私のあごに触れた。




愛しい人を見るまなざしで


私を見つめる。




『レ……ナ……?』




彼女は顔を近づけ


赤い唇で


私にキスした……




私は……


美しい彼女に見とれ……


酔いしれ……


甘えたくなった……。






大昔の物語にも、そんな場面があるのかもしれない。


凶暴で不幸な女王をなだめ、慰める、ただ一つの方法……。


排卵日の女王は


男性を見ると、めったやたらに攻撃してしまうけど


見た目が女性だと……


甘えてすり寄る……。






……レナが、私の身体を形づくるように……


なぞっていく……。




滑らかな……


手袋の感触が……


心地よい……。




キスの音も……


耳にやさしい……。




ドレスのドレープが……


目に麗しい……。




レナの……


しなやかで器用な手が……


私を優雅になでる……




とても美しくて……


甘やかで……


気持ちよくて……


恥ずかしい……。




夢のように艶めき……


豊かに広がる……。




髪も、ドレスも、柔らかで……


私を愛でる、


レナの唇も


舌先も


息も


暖かで……




優しく絶え間なく


愛撫する手が


気持ち良くて……




『……は……


レナっ……!


ん……っ…!


あ!……ああっ……!』




私は胸を高くそらせる……。


ドレスに埋もれ、レナを抱きしめて……。




「…………


レナ……愛してる……。」




もう……何もいらない……。


私は……


落ちるように……


深く眠った……。




もしかしたら、


レナは知っていたのかも……しれない……。




レナは、私に毛布をかけ、


「メゾ。愛してる。」


と、囁いて、キスして……、


私が眠るまで、そばで見守っていてくれた……。










いつもの窓辺で、


麻薬を吸っているレナに、私はくっつく。


「レナ、何考えてるの?」


「ん?別に大したことじゃないよ。」


「どんなこと?」


「んっと、例えば……」


薬を灰皿に置いて、手ぶりを交えて話す。


「十人くらいの敵と戦うとしたら、まずこう動いて……


それから、相手は、倒れた人をよけて襲ってくるだろうから、それを利用して、こうして……」


「……。」


「って言っても、伝わらないよね。ごめん。」


すまなそうに微笑む。


レナは、割としょっちゅう、そういうことを考えているらしい。


「レナって、戦闘シミュレーションが趣味だよね。」


「趣味、かなあ……。」


「レナのタテがある映画が見たい!」


「えー!何度も同じタテの練習とか、だるいよ……。


でも、メゾの家臣の役だったらやりたいな。」


レナはひざまずき、首を垂れる。


「メゾ女王、わたくしに御用でしょうか。」


「ふふ。レナバード。面をお上げなさい。


……いつも、わたくしのために力を尽くしてくれていること、大変感謝しております。


褒美を差し上げましょう。


レナバードは、何が望みですか。言うてごらんなさい。」


「感謝のお言葉だけで、十分でございます。


ですが……


ひとつだけ、お願いしたいことが……。」


「それは何です?」




「メゾ女王。あなたが欲しい。


わたくしと、結婚してください。」




「レナ……バード……」




レナは立ち上がり、私の両手を握り、


「メゾ女王……。」


と、微笑む。




私は、レナを見つめたまま言う。


「私は……自分の国などいりません……。


私も、あなただけが欲しい……。




生きてきて……


よかった……!」




私は


涙をこぼして


微笑んだ。




レナは、愛しそうに微笑んで


私を見つめて言う。




「メゾ。


もし、こんな世界にも神様がいるのなら


私にとってメゾは


神様からの贈り者だよ。




メゾは、システムに作られたんじゃない。




古代人に選ばれたのでもない。




神様のところから、私のところへやってきた




天使なんだと思うよ……。」




レナが、私のことをそんな風に思っていたなんて!




「レナこそ……!




私を救いにやって来た




天の使いなんだと思う……!」




私たちは……


見つめ合い……


抱き合い……


長い……


キスをした……。




「ふふ!ははは!」


「うふふふ!」









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