#07 正解を見つけたと思ったときこそ疑問をもとう
「ん~、やっぱり甘味は正義だよねえ」
秋ちゃんから謝罪として奢ってもらえた、チョコパフェに私の気分は少し前までと打って変わり。最高潮になっていた。
「私はチョコパフェ一つでここまで許せちゃう、澄ちゃんの今後が本当に心配だよ」
「本当ですね、前はもっとていこうできていたのに。最近は特に抵抗感なく騙されてますし」
二人の言葉に私はムッとしてしまう。
「違うから、秋ちゃんともっちゃんだけだから。他の人なら簡単に騙されたりしないから」
「まあ、澄ちゃんは懐に入られたら脆いけど。ガードはしっかりしてるよね」
「安心要素ではあるんですけどね。後は秋ちゃんみたいな変態に気を許さなように気を付けてくださいね?」
私の言い訳に、二人は納得したように頷く。
先のやり取りを見た人は、私の頭を心配するかもしれないけど。基本的にああなるのは二人の時だけだ。
それをわかっている二人は、それとなく私に注意するだけで。後はいつもの雰囲気にすぐに戻る。
「それで、話がものすごくそれちゃったんだけど。結局のところ、男の子と仲良くなるってどうしたらいいのかな」
チョコパフェから、脳の回転に必要な糖分と幸福エネルギーを充填した私は。あらぬ方向にそれてしまった話を、当初の議題へと方向修正を行うことができた。
話を戻すと秋ちゃんともっちゃんがいくつか案を出してくれる、事前に用意していたのだろう。
だけどそのどれもが、私が既に試してみたもので。その大抵が失敗、もしくは効果すら期待できないものだった。
そうして、この議題の解決案が出尽くしたところで、もっちゃんから灯台下暗しともいえる妙案が出された。
「そうだ、澄ちゃんオンラインゲームしてますよね?」
もっちゃんの唐突な質問に、私は正直に頷く。
「いっぱいしてるよー、最近はバトロワってジャンルにハマってるけど」
「そのバトロワ? というのは聞いたことがありませんけど。そういったゲームを一緒に遊ぶというのはどうでしょうか? それなら顔を見せない声だけでのやり取りで済みますし」
「あー、なるほどねえ。私もそれならいいと思うな」
もっちゃんの提案に、秋ちゃんが納得したように頷く。もっちゃんの話のどこに納得したのかはわからないけど。
しかし、もっちゃんの提案は、私にとっても青天の霹靂だった。
(どうしてそこを最初に考えなかったんだろう……)
確かにゲームを通して仲良くなるというのは、かなりいい方法だと思う。だけどそれをするということは、今現在一緒に遊んでいるフレンドと遊ぶ時間が少なくなるわけで。
私個人の感情的な話をすると、その時間を割くのは少々惜しいと感じてしまう。
現実で言えば、秋ちゃんたち二人と遊ぶ時間を、男の子と仲良くなるために割くということだ。
到底受け入れられるものではなかった。
それを二人に伝えると最初は驚いた様子を見せるが、数回の瞬きをした後にはすぐにいつもの優しい表情へと変わる。
(身勝手な我儘だけど、二人が同じ気持ちだったらいいな……)
相手の気持ちがわかるなんて都合のいいことはない、だからこそ、私は目の前にいる友達との時間を大切にしたい、その時間と記憶が、私と彼女たちの間に作れる形のない友達としての証だと思えるから。
「そういわれてしまうと、何と言いますか。むず痒いですね……澄ちゃんのそういう素直なところ、私は好きですけど。他の人には言っちゃダメですよ?」
「まったく澄ちゃんは人たらしなんだからー、こいつめ!」
「うへ!」
秋ちゃんからデコピンの刑に処されてしまう。二人の気持ちを理解するなんておこがましいことは言えないけど、二人が喜んでくれていることは今の私でもわかった。
ワントーン高い二人の声と、綺麗な弧を描いた口と、そして何よりもその優しくて暖かい空気が教えてくれる。
「でもどうするよ、澄ちゃんの考えもわかるけどさ。これ以上の方法って多分ないと思うんだけど」
秋ちゃんの認識に、私ともっちゃんは同意する。
元々の話、男の子と仲良くなりたいのは学校生活の中での話だ。仲良くなりたいからと言って、プライベートまで仲良くしたいのかと言われれば、そんなことはない。
学校の休み時間や体育の時間といったところで、仲良くしたいのだ。
「それじゃあさ、ここは折衷案で行こう!」
良いことを考えたとばかりに、秋ちゃんがしたり顔で言い放つ。
「折衷案ってどうするの?」
「簡単な話だよ。最初の案で”共通の話題”ってあっただろ? 仲良くなる方法としてはこの方法が一番効果が期待できる」
「そうですね。ただ、それには澄ちゃん専用の問題がありましたよね」
「わ、私専用……」
もっちゃんの何気ない一言が胸に音を立てて突き刺さる。これがわざとなら、私十八番の威嚇を容赦なく使用できるのだが。
彼女の場合はそれが当てはまらない、もっちゃんに悪意はなく、事実として言語化してしまう。だから悪意のないナイフが、もっちゃんからは度々投擲されてくる。
私はそのナイフに対しての耐性が未だに備わっていないこともあって、ナイフが投擲されるたびにクリティカルヒットしている。
「まーた刺さってるよ……まあいいや。私が言いたいのはその話題をゲームの話に変えたらって考えたんだよ」
「なるほど、ゲームの話なら漫画やアニメで心配なネタバレとかもしませんしね」
「そうそう、私もたまに澄ちゃんからゲームの話されるけど。全然聞いてて面白い事とかあるし、アニメとか漫画みたいに知らなくても話が出来てたし」
二人のやり取りを聞いて私は考え込む。
確かに、秋ちゃんともっちゃんの言う通りだ。私はアニメとか漫画の話をするとき、大抵相手が楽しみにしている所まで話してしまうことがあった。
ネタバレをさらっとしてしまい、秋ちゃんを怒らせてしまったことも何回かあるほどだ。
しかし、ゲームであればそういったこともない。なぜなら、ネタバレになるほどの情報が無いのだ。
ストーリー性のあるゲームは前世で遊んでいたこともあって、ネットのオンラインゲーム以外にはあまり手を出していない。
高校1年の夏以降であれば、私の遊んだことないゲームだけになることもあって、鈴木君が車に引かれて転生するまではオンラインゲームを中心に遊ぶつもりだった。
オンラインゲームならネタバレというものがないし、私が知らないゲームを相手が知っていれば、私が聞き手に回ることができる。
それならば、私も楽しく思えるだろう。
「秋ちゃんありがとお! これで活路が見えたよ!」
「お、じゃあ私の案を採用してくれるの?」
「もっちろん! 早速明日試してみるね」
最初は良い案が出ないのではないかと心配していたけど、それは杞憂だったようで。私の頼れる友達はいつでも強い味方だった。
しばらく私にとっての悩みの種になっていたモノが、ようやく解決出来ると思えた私は、残っていたパフェとドリンクを気分よく消化していった。
まさに我が世の春だ。
そうしてスッキリした気持ちと、甘未の幸福感に有頂天だった私は気づかなかった。
「ところで秋ちゃん、これで本当に解決するのでしょうか?」
「ん? しないでしょ。だって本当の原因って全く別の所だし、共通の話題とか以前の話じゃん」
「やっぱり……はあ、数日したら澄ちゃんの表情が、今と真逆になる未来が見えましたよ」
「そん時はほら、私たちが優しく慰めてあげれば良いってことでしょ?」
私と二人の見えているモノが全く違うことに、それを分かっている強い味方から。ペンキで偽装された泥船に乗せられ、無謀な航海に送り出されたことに。
満面の笑みで泥船から手を振る私に、二人が哀れみの視線を向けていることに。
☆
次の日の学校、私は二人から授かった神器を片手に、意気揚々と話に熱中しているクラスの男の子の所に突貫した。
「それでさあ、その時あいつが―」
「へえ、それじゃそのあと―」
「なーに話してるの?」
「「「え!?」」」
普段3人でいつも話している男の子三人の会話に、私は自然と混ざることに成功した。
秋ちゃんのアドバイスで、いきなりゲームの話を振る事を禁止されていたので、まずはどんな話をしていたのかを探るため、軽くジャブを放つ。
突然現れた私に3人とも一瞬だけ固まる。だけど、3人の中で先ほどまで中心的に話していたと思える、星君と呼ばれる男の子が説明をしてくれた。
「な、なにって。最近ハマってるオンラインゲームのことだよ……あ、オンラインゲームっていうのは―」
「大丈夫大丈夫! 私もオンラインゲームやってるから!」
多分私がオンラインゲームというものを知らないと思ったのだろう、慌てて話題の補足をしようとするのを、私は笑顔で静止させる。
最初に話しかけた相手が、丁度私が話題として持ち上げたい題材だったこともあり、私はすぐさまここにいる3人に標準を絞ることにした。
別に私は自分がオンラインゲームをしていることに、後ろめたさを持っているわけでもない。
ただ同じ女の子にこの話をしても、あまり盛り上がることがないため、基本的に居は秋ちゃん達ぐらいにしか話題として振っていないだけだ。
だから意外と私がゲーマーだということを知っていない人が殆どだったりする。
例に漏れない3人は、そのことに「ゲームやってるの!?」と良い感じに食いついてくれた。
「まあねえー、女の子同士だとゲーム系の話題ってあまり盛り上がらないけどね」
だがしかし、まだだ。まだグイグイ行くわけにはいかない。獲物は餌に興味を示しているだけだ。
ここで餌を引いてしまえば即座に獲物は逃げてしまう、だから今は我慢のとき。
「あ、あーやっぱりそうなんだ……そ、それでさ。美月さんはどんなゲームをするの?」
私がどんなゲームを嗜むのか、早速餌に探りを入れてきたのは星君の隣で椅子に座っていた、少し小柄なのが特徴の杉君だった。
彼らが警戒しているのは、多分私の言っているオンラインゲームが動物溢れるファンタジー系といった、男の子の琴線にはなり難いものかもしれないと思っているのだろう。
逆に、私が彼ら話していたゲームに対して、悪い印象を持つかどうかを、事前にある程度把握しようとしているのかもしれない。
私は努めて笑顔で、決して彼らを警戒させないように気を付ける。
「私がよく遊ぶのはFPS系のシューティングゲームかな。あ、最近はね、バトロワ系にもハマってるんだー」
心の中で効果音すらイメージしながら、自身が出来る中で一番優しい笑顔を向ける。
(どうだ! これが鏡越しに自分でもちょっと恥ずかしくなった、パーフェクトスマイルは! ……なんか恥ずかし子とかに見えてないよね?)
「う、こ、これか……」
「なるほど把握、これは危険ですな」
「ハイハイ、バトロワバトロワ。僕知ってる、敵を打つんだよ」
今の私に出来る最高の笑顔を向けたはずなのに、何故か3人の持つ空気に軋みが見えてしまう。
(もしかして、急に笑顔になったからヤバイ人判定されてるとかないよね?)
先日の秋ちゃんが言っていた私の欠点話が、今頃になって尾を引いてくる。
自然と、今の私が他の人から見て危ない人に見えてないかを考えてしま、まさか3人を警戒させてしまったのではないかと思考してしまう。
しかし、数秒の沈黙が4人の間を流れる。だけど、それを破ったのは最初に私の質問に答えてくれた星君だった。
「へえ、バトロワ系やるんだ。それにFPSもやるとか、男向けのゲームばっかりだね」
警戒させてしまったかと、一瞬不安になってしまったけど。
ここにきてようやく餌に獲物が食いついたのを、視界にとらえた私はすぐさま、ためらうことなくリールを巻き上げる。
「そうなんだよね! だから他の女の子にも話題として出しずらいし、だからこうゆうお話が出来るお友達が欲しいなーって」
(し、しまったあ! せっかく秋ちゃんから、すぐにお友達になりたいとか言わないほうがいいって、言ってくれたのに。私やっちゃいましたあ!)
視界の隅で、秋ちゃんが呆れた表情を浮かべるのが見えてしまう。
それとなくこちらに意識を向けてくれる優しき友情が、ここにきてあだになってしまった。
これで、例えこの後上手く話が進んだとしても、秋ちゃんの所で自信満々な様子を保てなくなってしまう。
だけど、ここで星君から救いの手が差し伸べられる。
「それ分かるよー、俺もコアなゲームとかするからさ。たまに話題触れる人とかいなかったりするし」
(星君貴方は救いのヒーローだよ!)
「それねー、やっぱりなるよねー。あ、そろそろ休憩時間終わりそうだね、また今度ゲームのお話しようよ」
星君の機転により、どうにかこの窮地を脱することはできた。
だけどこれ以上は何かまた良からぬセリフを言ってしまいそうだった、呆れた顔の秋ちゃんから帰還信号が送られているのを確認出来た私は。
深追いは禁物、次にお話をするための楔を撃ち込み、撤退の構えを取る。
「あ、本当だ。俺も準備しないと」
「そうだね、それじゃあ美月さん。また話しようね」
「ば、バトロワ系なら俺もよくプレイするから話できそう」
杉君と、星君と、そして名前を紹介するタイミングを逃してしまった伊瀬君。
こうして私は3人のゲームという共通の話題を持つ友達をゲットしたのだ。
後は、ここを中心に色々な人と楽しくお話をする未来が待っている。この時の私が見ていた世界は、明るいもののはずだった。
「多分、ありゃだめだな」
でも秋ちゃんにはやはり、私には見えていない何かが見えるようで、「気を落とすなよ」と何故か優しくされてしまった。
そして数日後、私はこの時の秋ちゃんの言葉が、未来に予約された慰めだったことを知った。