#11 振り切った人の行動って、どうして恐ろしいのか……
突然大翔君に押し倒される形で、押し倒されてしまった私は、どうにか佐藤君の気を落ち着けることに成功。
大翔君本人も、自分がどうしてあんな行動を取ってしまったのかと、今も私の目の前で後悔中。
私としては、そこまで気に病む必要はないと思っているのだけど。
「別に、私は気にしてないから。そんなに落ち込まないでよぉ」
「本当にごめん……」
私がどんなに宥めようとしても、大翔君の反応は謝罪の一点張りだ。
というか、さっきからずっと土下座ポーズで謝罪をされているので、逆にこっちが申し訳なくなってくるほどだよ。
このままじゃ埒が明かないと思った私は、すこし強引な手段に打って出た。
「んもう、まずは土下座を止める! 何時までもうじうじしないで! 男の子でしょ!?」
「……はい」
「理由は分からないけど、私に抱き着いたんでしょ!」
「……ごめんなさい」
「なら、謝らないでよ。私が悪いみたいじゃない……そんなに落ち込まれるぐらいだったら、むしろ喜んでくれた方が、よっぽどましだよ!」
自分からこうして、誰かを責めるようにして声を張り上げるなんて、いつ以来だろう。
幸運なことに、今世の私の周りはいい人で一杯だった。
いつも一緒にいる人達もそうだし、たまにしか話さないような人でも、皆優しかった。
慣れてないことはするものじゃないね、大翔君に向かって大声を上げるたびに、自分の中にある大切な何かを、自ら削り取っている感覚。
私の言葉に、大翔君は顔を上げてくれたけど、そこには後悔と不安が混ざりあった表情があった。
「……」
だけど、顔を上げてから口を開こうとしない大翔君に、私の中のモヤモヤが赤色になるのが分かった。
昔から、感情的な行動を取るとろくなことにならないって。分かっているのに……
私はおもむろに、大翔君い向けて両手を広げて見せる。
「ん」
「えっ……」
「んん!」
「えっと……」
「だーかーらー! もう一回!」
この時の私はどうかしていた。
だって、時と場所、そしてお互いの関係が違えば、トラウマになる人だっているかもしれない出来事の後に。
それをもう一度再現させようとしているのだから。
大翔君が、私を抱きしめて嫌な気持ちになることに、納得が行かなかった。
だから、今度は嫌じゃない気持ちになって欲しかった。
当然、大翔君は凄く困惑していた。
でも、ここで問題なのは大翔君じゃない。ここで一番の問題なのは、私が納得いくか行かないかなのだから。
「私からは行かないよ……大翔君から来て」
「……でも」
「大翔君、女の子にあんなことして、今もここまでさせてるんだよ。黙ってもう一回してよ」
普段じゃ絶対しない言葉と話し方。
相手を責めて、追い詰めて、無理やり行動に移させようとするなんて、いつもの私だったら絶対にしない。
だけど、今はこうするべきなんだって。何となく思ったからそうした。
それでも、大翔君は直後に傷ついた様子だったけど。
やがて真剣な、覚悟を決めたような顔つきに変わった。
「……」
大翔君がゆっくりと私に近づいてくる。
そして、さっきとは違い、優しく私を抱きしめる。
大翔君からの抱擁に答えるようにして、私も開いていた両腕を閉じる。
「……今、どんな気持ち?」
「……あ、暖かい。気持ち、かな」
「ふふ、私も暖かいよ?」
大翔君がどんな気持ちでいるのかは分からないけど、私は本当に暖かい気持ちになった。
恥ずかしいことなんてない、だから私も正直にそう答えると、壊れモノを扱うように、大翔君の両腕に力が入ったり抜けたりする。
私より体が大きいのに、今の大翔君はまるで大きな子供の様だった。
出来の悪い子供を、母親があやすように、背中を擦る。
「急にあんなことされて、最初はビックリしちゃったけど。気持ち悪いとか、嫌だなんて気持ちは本当に無かったよ」
「……ほんとう?」
「本当、本当。じゃなかったら、こうやってもう一回なんて言わないもん」
「そうか……」
私の言葉に、安心したのか。
大翔君の腕の力が強まる。
だけど、その強さが今度は心地よかった。
少し強いくらいが丁度いい。その分、貴方を感じれるから。というのはどこで見たのか覚えてないけど。
確かにその通りだと思う。
だって、もう二度と会えるはずのなかった親友を、こうやって感じることができるから。
「じゃぁ、これでさっきのやり直しは完了だね」
「そう、だな。何度も言うのは良くないって分かってるけど、もう一度言わせてくれ。本当にごめん」
「うん、許します」
「今度からは、もっと優しくするから」
「うんうん、大変よろ……え?」
やっといつもの調子を取り戻してきた大翔君に、私が喜んでいると、何やら聞き捨てならないセリフが聞こえた気がする。
いや、確かにもう一度させたし。気持ち悪くないし嫌でもないとも言った。
何だったら、暖かいなんて少し恥ずかしさの残る言葉だって言ったけども。これから何回でもしていいとか、ましてやしたいなんて言葉も言っていないはずだ。
大翔君の頭の中で、どうしたらその答えに行きつくのか甚だ疑問だよ。
「いやいや、大翔君。そういう話じゃないでしょ」
「そうゆう話だろ? 嫌じゃないなら、してもいいって話だろ?」
「んん?」
いやいや、なんでそうなるの。
違うじゃん。そうじゃないじゃん。
何ともたちが悪い、これじゃ逆説的にやっぱり私が嫌がってたと取られる可能性もある。
そうなれば、私がこの話を否定すること自体が難しくなってしまう。
私の良心に漬け込むような手口とか、大翔君の将来が少し不安になっちゃうよ。
「えっとね、抱きしめられるのは嫌じゃないよ? でも、さ。だからって抱きしめてもいいってわけじゃないでしょ?」
「ダメなの?」
「そう端的に言われると返しずらいんだけどね、ダメってわけじゃないんだけど、自粛してほしいというか……ほら、今夏だし、何回も抱き着かれたら暑くてやじゃない?」
諦めない気持ちって大切だと私は思っているけど、このまま話を続けて行ったら、なし崩し的に大翔君の話がまかり通ってしまいそうで怖い。
大翔君のあの覚悟を決めた目というか、諦める気の一切感じられない様子といい。
まるで獲物を狙っているようで、もっと怖いです。
「じゃあ、回数を決めればいいってことだね」
「んー、そういう話でも……」
「お願いだ。俺を助けると思って……俺、美月の言葉通りにしてるだろ?」
解決策を思いついたのか、新たなカードを大翔君が提示してくる。
私の言葉通りって、何だろう?
「美月のために、頑張って欲しい。そう言ってくれただろ? だから、俺は美月のために頑張ろうと思ってる」
「ち、ちょ!? いきなり恥ずかしいこと思い出せないでよぉ……」
ああああああああ!
あの時の私はなんてことを口走ってしまっていたの!?
もう黒歴史確定だよぉ!
そもそも、なんで今その話を持ち出してくるの!?
「俺の支えにもなってくれるって言ってくれただろ?」
「や、やめてぇ……・。私、恥ずかしくて死んじゃうよぉ……」
もうだめ。恥ずかしくて顔を上げられないよ!
1月も前のことをなんでそんな覚えてるの!?
大翔君の突然の反撃は、私の気持ちを乱すという大きな成果を残した。
大翔君とのやり取りを、私はそこからあまり覚えていない。
人は羞恥心一つで死んでしまえるのではないかと思えるほどの、激情の波に飲まれた私は、ただ悶えることしかできなかった。
「じゃあ、1日1回でいい?」
「……もう、それでお願いします……きゅぅ~」
正常な判断力を持っていれば、絶対にしないであろうルールを耳に残して。
度重なる精神攻撃に耐えられなかった私は、倒れるようにして意識を失った。
というか大翔君、どうしてそんな恥ずかしい話を真顔でするの? 一緒に恥ずかしがろうよぉ……
そうそう、こういう感じですよ。
ただ、まだ主人公の感覚が常人のソレですね。
もっと普通にしなくては……(使命)