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#04 学校とかで居眠りするときは、口元がいつも気になる話

1日1話更新が途絶えた……

仕方ないんです、諸事情なんです……

仕事で朝5時起きのために早寝が必要だったんです……

「すぅ……すぅ……」


 美月と遊ぶ前に、冷たい飲み物を用意しようと、異常に膨張して固まっていた製氷皿と格闘した俺が戻ってくると。


 俺の部屋で、俺が使っているベッドで、小さな寝息とともに気持ちよさそうに寝ている少女が居た。


(どうしようか……)


 想定していなかった事態に、俺はどう対処したらいいのか分からず右往左往してしまう。


 普段から無防備な姿を晒している美月だが、今の彼女は普段以上に無防備な状態だ。


 しかも、運動着ではない普段着の彼女は幸か不幸か、ひざ丈程のスカートを履いている。


 俺が飲み物を持ってくるのに時間が掛かってしまったとはいえ、10分と少し程度。

 だから彼女が寝に入ったのも少し前だろう。


 スカートの裾が捲れているなんてことも起きていないため、今だけ見ればそれほど視覚的問題はない。


 まだ深い眠りには入っていないだろう眠り姫を、俺は早く起こさなくてはいけない。


「んぅ……すぅ……」


 パシャリ


 そんな音がどこからか聞こえる。


 音の発信源を探すが、辺りを見回しても、物が崩れている様子もなく。

 目の前にいる少女が鳴らしている様子もない。


 パシャリ


 まただ。


 今度は耳を澄ませていたこともあり、音の発信源がどこなのか凡その辺りを付けることができた。


 俺は音の発信源だと思われる、自分の右手に目をやる。


 パシャリ


 俺の右手はいつの間にか携帯を握っていた。

 そしてまるで自分じゃない誰かが、直接右腕を動かしているのではと思うほど、無意識のうちに画面を操作していた。


(……ハッ! いつの間に携帯なんか構えてるんだ!?)


 携帯の画面を見ると、携帯に搭載されているカメラモードの画面が表示されていた。


 慌てる気持ちとは関係なく、俺の右手は操作を続ける。


 パシャリ


「……んぅ…………」


 どうでもいいことだが、日本の携帯というのはカメラのシャッター音を、通常の操作では消せない作りが施されている。


 そのため、俺の携帯はカメラのシャッター回数分のシャッター音を、誠実に発していた。


 気持ちのいい夢を見ていたであろう少女は、その外部からの無粋な音に乱されたことに不快感を表し、呼吸のリズムが狂い始める。


 俺は慌てた。


 このまま少女が目を覚ましてしまえば、目の前に映るのは携帯のカメラを起動させ、自分に向けている変態がそこにいることになる。


 だから俺はとっさに、少女の頭を撫でた。


 俺の中で少女の気持ちを落ち着ける方法として、一番に列挙されたのが頭を撫でるという安直なものだった。


 しかし、それは実績を伴うからこそ、俺はためらうことなく咄嗟の行動に出れた。


「……すぅ……すぅ……んへへぇ……」


 不快感を伴った少女の表情は、すぐに少し前までの気持ちのよさそうな表情に変わっていく。


 心なしか、少し前以上に気持ちのよさそうな表情になったような気がする。


 少女の頭を度々撫でたことはあるが、その全てに例外はなく少女は喜んでいた。


 それほどまでの効果があるのだろうかと、考えてしまうが、今の問題はそこではない。


 眠りの覚醒度合が急激上下した少女は、頭をもっと撫でて欲しいのか、寝返りをして体制を返る。


 先ほどまで仰向けだった体制から、俺の方に体を向ける。


 そんな少しの寝返りだったが、寝返りをする瞬間、少女は膝を軽く上げて体制を変えていた。


 上げた膝に掛かっていたスカートは、寝返りの影響により、少女の太ももを隠す役割を放棄してしまった。


 幸い、下着の類が見えるといった所まではいっていないが、少女がこのまま何度か寝返りすればその限りではないだろう。


(……仕方ない、ここは起こすしかないな。ん? 仕方ないってなんだ?)


 少女に対して好意を持っている自覚はあるし、少女の友人二人と結託していたりするのだが。


 それとは関係なく、少女が少し抵抗感を持っているクラスメイトのような、下劣な劣情を持ってしまったことに自己嫌悪してしまう。


「……ると……はるとぉ」

「――ッ!?」


 だが、自分に対しての憤りは、耳にしっかりと届いてしまった少女の言葉によって打ち消される。


 単純に、普段から苗字で呼ばれていることで、突然名前で呼ばれたことに驚いたこと。


 そしてもう一つ、名前で呼ばれた瞬間、胸を締め付けるような痛みに襲われたからだった。


 今までこんな痛みを感じたことは無かった、クラスメイトにも、両親にも。

 ……そして斗真からでさえ、名前を呼ばれただけでこんな得体のしれない感覚に、陥ることは無かった。


「っく……うぅ……!」


 分からない。

 どうして目の前の少女が、自分の名前を呼んだのか。考えようとしても、なぜか息ができない。


 俺は今までどんな風に呼吸をしていたのか、全く分からなかった。

 まるで喉の真ん中で、巨大な異物が栓をしているみたいだ。


 咄嗟に両手で喉を抑えるが、そんなものに効果なんてものはない。

 苦しくて、辛い状況に。俺は耐えられなかった。


 苦しさは秒単位で加速していき、ついには意識が朦朧とし始める。


「は……ると……」


 声に導かれるように、俺は何かにすがるように、まるで助けを求めるように手を無意識に伸ばす。


 力の一切篭っていない少女の手を、両手で握りしめる。


「……ふふ」


 少女が小さく笑う。


 今、自分が置かれている状況を一切考慮しないその笑みが、少しだけ俺に呼吸の仕方を教えてくれた。


「……すぅ……すぅ」


 少女のゆっくりで規則的な呼吸に、自分の呼吸を合わせる。


 少女と同じタイミングで息を吸い、同じタイミングで息を吐き出す。


 少女の寝息に導かれるように、そして、その寝息はまるで出来の悪い子供をあやすようだった。


「……と、うま……ッ!」


 ようやく呼吸の出来るようになった俺の口は、第一声に亡き親友の名前を呟いていた。


「……なぁにぃ?」

「……え?」


 返ってくることのない問いかけのはずなのに、答える声が耳によく響いた。


 見開いて声の主である少女を見る。


 少女は寝ぼけているのだろう、まどろんだ瞳で俺の方をただ見ていた。


 どうやら俺の行動によって、少女は夢から覚めつつあるようだった。


「……えへぇ、はるとのてぇ……おおきいねぇ……」


 しかし、少女自身はまだ夢を見ているようで、まだ寝ていたいのか、再び瞳をゆっくりと閉じていく。


 少女の手を囲っていた俺の両手は、今度は少女によって引っ張られる。


 力の入っていない少女の手では、俺の両手を動かすことはできなかったが、俺は少女の微かに感じる力の方向に、自ら手を運んでいく。


 そして、少女に引っ張られた先は、小さいのに、触れるだけで形を変えてしまうほどの、柔らかな頬だった。


「……んぅー……んふふぅ……すぅ……」


 少女は自分の頬を、俺の手に擦りつけながら、どこか自分の気に入る位置を探した。


 俺の手を下敷きにするようにして、気に入った位置に俺の手を置くと、満足したように少女の頬がだらしなく緩んでいく。


 そこから十数秒、停止していた思考がようやく回復し始める。


(どうしよう……)


 幾つかの疑問を抱えながらも、その答えを持つ人物は、俺の手を大事そうに抱え、再び嬉しそうに眠ってしまっている。


 今更、少女を起こすなんて気力は俺の中になく。

 かといって、少女によって行動を制限されてしまった状況で、俺のできることは何もなかった。


「まぁ……いいか……」


 どうやら、俺は勉強を真面目にしていたことと、さっきの突発的な動悸のダブルパンチで、俺もかなり疲れてしまったみたいだ。


 自覚すると突然襲ってくる睡魔に、俺はなんら抵抗することなく身を委ねることにした。


 ベッドの上で横になる少女を起こさないように、俺に向けて少女が体をくの字の体制にしていることによって、少しスペースの空ている場所。


 少女の腹部の近くに頭を乗せるようにして、ベットにもたれ掛るという少し辛い体制で我慢することにして、瞼を下ろす。


「……すぅ……すぅ」


 数分もしない内に、部屋に小さく響く寝息が2つになった。




 ☆




(……いい匂いがする……心地の良い甘い匂い……この匂い、どこかで……)


 俺は朦朧とする意識の中、どこかで嗅いだことのある甘い匂いに包まれるようにして目を覚ます。


 目をゆっくりと開くが、何故か視界に光を見ることはできず、真っ暗な世界が視界を覆っていた。


(……あれ、これって)


 そこでようやく、俺の頭が何かによって拘束されていたことに気付いた。


 拘束されていると言うのに、圧迫感なんてものは感じられず、むしろ柔らかい感触に顔全体が包み込まれているようだった。


 徐々に覚醒していく意識によって、俺は自分が置かれている状況をすぐに理解した。


「……すぅ……すぅ」


 未だに心地よさそうな寝息の主、美月の腹に抱えられていた。


 寝る前に少女によって拘束されていた俺の手は、既に少女の手から解放されていて。

 俺の手を拘束する代わりに、少女は両手で俺の頭を抱え込んでいた。


「……これは報告できないな」


 色々と協力してくれており、その見返りとして、たまに現状報告を入れる美月の友人に対して。

 今日あったこと、特に今の状態などの話はしないようにと、心の中でメモをする。


(……それよりも)


 それよりも今は、この偶然の産物による奇跡の体験に、もう少し浸っていたかった。


「なんか、手。濡れてないか?」


 視界は未だに真っ暗なままだが、解放されていた手の状態を確かめるようにして動かすと、何故か湿り気を帯びていた。


(美月は意外と寝癖が悪いのかもな……)

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