#02 ”ひ”って見てるとゲシュタルト崩壊しない?
夏休みに限らず、冬休みや春休みと言った、長期休暇に必ず存在するものと言われれば、皆が眉を顰めてこう言うと思う。
”課題”
中学よりも学習内容が広く深くなる高校において、課題の量と質の両方が、中学とは文字通り一段階上の物になる。
はたして、私以外の人達はこの夏休みの対価ともいえる課題を、どう対処しているのだろうか。
長期休暇期間に入った直後にまとめて終わらせてしまうのか。
それとも、計画的に決まったペースで行うのか。
はたまた、最後に涙目になりながら、必死に受け取った日に見た時よりも、体感的に多く見えてしまう課題を終わらせるのか。
もっちゃん、そして秋ちゃん。
二人の場合は普段の性格を見れば何となく察せると思う。
もっちゃんは長期休暇の初日に、課題の範囲と長期休暇の期間を確認。
そこから無理のないペース配分と、幾日かの予備日を決めて、その通りにこなす。
秋ちゃんは気分によってまちまちだけど、特定の日に一気に進めるタイプ。
秋ちゃんたちから残念美少女なんて、不名誉な称号を貰っている私はというと。
二人のハイブリッド型だ、しっかりペース配分を決めて進めるし、気持ちが乗っている時は一気に進めたりする。
はてさて、どうして私がこんな前文を用意してまで、この話をしているのかというと、しっかり理由が存在する。
「佐藤君ちょっといいかな?」
「どうした?」
「ココの所なんだけど……」
「そこは見る場所を絞って……」
夏休みに入って早一週間。
夏祭りといった催しは夏休みの後半だったりしたため、特にこれといったイベントらしいこともなかった。
課題を進めて、週に数回の部活に参加。
それ以外はトサくん、アヒルさんやガガンさんと一緒にゲームをしたりしていた。
(最近は仲良くなったので、”さん”から”くん”呼びにランクアップした)
悠々自適ともいえる夏休みだった私だけど、そんな私は今、佐藤君のお家で勉強を見てもらっています。
☆
そもそもの始まりというのは夏休み入ってすぐの事。
夏休みということもあって、朝から佐藤君にテニスを教えてもらっていた時の事。
「ッフ!」
息を軽く吐きながら、ボールにラケットが当たる瞬間を意識してスイングする。
ラケットの中央に捉えた時の、爽快で独特な感触と共にそのまま振り切る。
ドライブ回転がしっかり掛かったボールは、そのまま相手コートの奥深くに突き刺さる。
「いい回転だね」
しかし相手コートにいた佐藤君はそれを難なく打ち返す。
違うのは私がドライブのトップスピンで打った球を、佐藤君は落とすようにバック回転を加えたドロップショットを打ったということ。
コートをめいいっぱい使って打ち合っていた私は、佐藤君の放った中央ネットスレスレの、手前に落ちるボールに手を出すことができなかった。
私と佐藤君の丁度真ん中程で、虚しくバウンドするボールを見て、私は膝をつく。
「……お、大人げなーい!」
「いや同年代」
前世から自分以上にテニスが上手だった佐藤君、そんな佐藤君に今世の私が勝てる通りもなく、軽い試合ですら佐藤君に実力差を見せつけられていた。
因みに、3セットマッチでの軽い試合だったけど、今のドロップショットで0-3で私の負けが決まった。
「でも、美月は上達が早いね。これなら女子テニス部に入っても、全然やっていけそうだよ」
「私インドア派ー」
二人でベンチに座って休憩する。
流石に夏真っ盛りの時期もあり、1試合するだけで汗だくになるし、体が水分を補給を求めてやまない。
前世なら熱さと汗を吸った服の感触に耐えられず、脱ぎ捨てて体の汗をタオルで拭き取りたい所だけど。
今の私は完全美少女ということもあり、そんな醜態を晒せるわけない。
だからタオルで簡単に拭ける範囲だけを限定して拭き取っていく。
「そういえば佐藤君はテニス部に復帰するの?」
体の熱をどうにか飛ばすことに苦戦しながら、私は何気なく気になったことを聞いてみた。
「大会とかもあるから夏休み中は無理かな、復帰するのは夏休みが終わってからにするつもりだよ」
「あ、そっか……夏休み中に大会あるんだよね」
「そうだね、今戻っても皆に迷惑掛けるだけだし。それに俺自身、大会とかに興味があるわけじゃないからね」
佐藤君は何でもない様子で、簡単に言葉にした。
それもそうかと納得する。
元々佐藤君は鈴木君と遊びたいから、鈴木君と同じテニス部に居たのだ。
だからもしも鈴木君がサッカー部とか、バスケ部、卓球部といった部活に興味を示していれば、佐藤君も同じ部活に入っていたはず。
まあ、それを理解していても、私個人の考えだと勿体ないというか。
多分だけど、テニス部以外でも佐藤君は物凄く上手になる気がする。
前世の私、鈴木斗真と一緒に遊ぶために。
(考えれば考えるほど、佐藤君って前世の私好きすぎじゃない?)
「……もしもなんだけど」
私が余計なことを考えている間に、佐藤君は座っている姿勢から少し体を反らして、どこか遠い所を見ながら話す。
「俺がさ、テニス部に戻って、大会とかに出るようになったらさ……見に来てくれたりするかな?」
そのまま視線を上に向けたまま、佐藤君がそんな事を聞いてくる。
「うーん、どうだろう……そういうのってなんか場違い感ない?」
「そんなことないよ、実際彼女持ちの奴とか連れて来たりしてるよ」
「え、そうなの?」
前世を振り返ってみてみるけど、そんな光景を私は見たことがなかった。
もしかしたら前世の私が周りに興味が無さ過ぎて、実際には居たけど認識してなかっただけなのかもしれない。
「それってさ、普通なの?」
「普通、普通……じゃあさ、もしも俺が県大会に出れたら。応援しに来てくれる?」
「えっと……県大会って行くだけでも結構大変だよね……」
「まあ簡単には行かないと思うよ、だから行けた時には応援しに来てよ」
どうしてそこまで応援に来て欲しいのか分からないけど、佐藤君の声がどこか上擦っているように聞こえる。
だけど、佐藤君が応援に来ることは普通だと言っていたし、佐藤君の試合も見てみたいと思う自分がいるのは確かだ。
――この時の私は勘違いをしていた。
――佐藤君が普通だと言ったのは”彼女持ち”のケース。
――普通に考えて分かるはずだった。特別な関係でもない人の大会に応援しに行く人なんて、居ないということを。
――前世の記憶を持ち、前世の親友と仲良くなれたこと、そして今世でもテニスが好きな事に変わりがなかった私は、自分に都合のいい理由だけを取捨選択していたのだ。
「……佐藤君がそれで頑張れるなら、私応援しに行っても……いいよ?」
だからそんな返答をしてしまったのだと思う。
私の回答に、佐藤君は反らせていた体を元の体制に勢いよく戻して。
その勢いのまま私の方に体を寄せてくる。
顔には無表情笑顔を貼り付けて、嬉しいという感情が私でも分かるほどに出ていた。
「本当?」
「ぅ、ぅえ……う、うん。ほ、本当」
余りの勢いに、若干体が引けてしまう。
しかしそんな私の反応よりも、口から出た肯定に佐藤君は反応する。
「……俺、頑張るから。応援しに来てね……絶対だよ?」
顔に無表情笑顔を貼り付けた佐藤君は、嬉しそうな声色なのに、どうしてか重みを伴った感じに聞こえてしまう。
県大会に佐藤君が行けたとき、私は絶対に応援しに行かなくてはいけないような、そんな逆らえない法則に縛られた気分だった。
「ぜ、絶対行きます……」
やっぱり行けないかも、なんて言葉を口にしたらどうなるのだろうか。
「それじゃあ今度、俺の家で勉強会しようね」
「あ、はい……ぅえ!?」
そして否定できない空気感に滑り込ませるようにして、差し出されたカードを、私は条件反射で受け取ってしまった。
☆
(にしても……なんか近くないですか? 佐藤君)
懐かしい部屋で、関係が以前とは違う親友。
肩が触れ合うほどに近づきながら、勉強を教えてくれる前世の親友を見ながら、私はどうしてこうなったあの日。
反射で答えてしまった自分を叱りつけたい気持ちだった。
「……俺が教えてるのに、どこ見てるの?」
「え!? あ、いえ! 何も見てません!」
「俺が教えてるのに、何も見てないの?」
「ヒッ……」
最近気づいたけど、教えてるときの佐藤君、普段と性格違くない?
「気、また反らしたね」
「ひゃぁ……」