#25 ゾンビゲームって最初はハラハラするけど、後半は雑談ゲーになるよね
一応次話で1つの区切りとして1章が完了します!
「この間お話した友達なんですけど、最近様子が可笑しいんですよねー」
「あー、この間のっていうと。落ち込んでいるから元気付けたいとか言ってたやつか?」
「はい、その友達の様子が最近可笑しいんです」
「具体的に言うと?」
「……何というか、私に対して反応が変わってきたような気がするんですよー」
目の前に迫ってくる腐敗した死体に銃口を向けながら、私はアヒルさんに度々相談に乗ってもらった1件の話をしていた。
そして、こんな話をするときは決まってアヒルさんと、ガガンさんの3人で遊んでいる時に限定されているので、当然――
「いや! そんな会話よりも目の前のゾンビィ! いやあああ! ちょ! お、俺捕まってるよ!? 助けてくれええええ!」
「もーガガンさん……私は今大事な相談をしてるんですよ? ゾンビぐらい自分で相手してくださいよお」
そう言いながらも、今遊んでいるゾンビゲームの中で単発式最高火力を持っている対物ライフルを構える。
スコープを除くと、他のゾンビとは一線を画す巨体をもつゾンビに、熱い抱擁を受けているガガンさんの姿が見える。
「ガガンさんってもしかしてヒロイン属性とか持ってます?」
「はあ!? んなもんねえから! それよりも早く助けてくれ、こうなると俺じゃ何もできねえんだよ!」
助けを求めるのならもう少し頼み方があるのではないだろうか?
とも思うけど、今遊んでいるゾンビゲームが最高難易度ということもあって、ここでガガンさんを失うのは普通に痛手になる。
仕方なく、私は構えた対物ライフルの最高火力で、ガガンさんに絡んでいるゾンビの頭を吹き飛ばす。
「はあ、助かったぁ……」
「がっはっはっは! ガガンを見てるとそのうち敵のボスに攫われて、俺達が助けに行く展開とかありそうだよな」
「笑えねえよアヒルさん。待ってる間バチクソ暇じゃねえかよ、そうゆうのは美少女に限るんだよ」
「はっ! では美少女な私が攫われるので、御二人が私を助けに来てくださいよ!」
そうだ、最近ちょくちょく忘れてしまうけど、私は美少女。
ゲームでもアニメでも、美少女は守られ愛でられてなんぼなのだ。
なのになんで私がガガンさんを助けているのだろう、普通逆じゃないかな?
「なーに言ってんだよ、ゲームキャラもガチムチマッチョマン使っててそれはねえよ」
「……」
「痛った! そうだったこれFFありだったあああ! 許してくれええ!」
私は無言で無限弾薬のハンドガンをガガンさんに向けて乱射する。
ゲームのキャラぐらいいいじゃん、ゲームではガチムチマッチョマン、しかし現実では世の男性全員が振り返る完璧美少女。
世の男性はギャップ萌えというのがトレンドだと、ネット記事に書いてあったから間違いない。
「おーい、この後ボス戦だぞ? ガガンのキャラは紙体力なんだから優しくしてやれ」
「そうだぞガッチガチタンク! 俺いなかったら瞬間火力足らねえぞいいのか!?」
「……仕方ないですねえ、ほら早く行きますよお?」
このゲーム、難易度によっては文字通り天と地獄ほど敵の強さが変わるのが特徴とされている。
最低難易度ならサバイバルゾンビゲーム並みの脆弱ゾンビも、最高難易度になれば全員が装甲強化ゾンビと呼ばれる、弱点以外ダメージを受けないという鬼畜ゾンビになるのだ。
しかも、例え弱点を付いたとしても火力が足りないと全然倒せないという、廃人仕様。
ゲーマーな私たちが一月近くチャレンジし続けているけど、最高難易度のクリア回数は数えるほどしかない。
ボス戦まで来ること自体稀なのである。
そんなボス戦も最高難易度になると、2回ダメージで確定ダウン。最悪ワンパンという阿保みたいな攻撃力を持つ。
ガガンさんのキャラはゲーム内で瞬間火力、総合火力共にトップという、ゲームにおいて人権キャラとも言われている。
人権キャラというのに馴染みがない人が殆どだと思うので、このゲーム内で簡単に説明すると。
タンク職の私、そしてサポートのアヒルさんは、ボス戦までガガンさんの操作するキャラを守る必要がある。
これぞ完全な姫プだ。
特にタンク職の私は、必要ならば自キャラを殺されたとしても、ガガンさんの操作するキャラを全力で守り通すといったことも平然と行われる。
人権キャラ、そのキャラを使うだけでゲーム内に置いてのヒエラルキーの頂点に座すキャラのことを言う。
だから普段は遠慮なくガガンさんにFFをかます私でも、最低威力のハンドガンで最低ダメージ判定の足を撃つという、接待FFをするに止められてしまう。
何と卑劣人権キャラ。
あ、ちなみに最高難易度以外なら、私は遠慮なく対物ライフルでガガンさんの紙体力キャラにヘッドショットを決めるよ!
☆
「オラオラオラァ! どうよ俺の最高火力ぅ!」
ガガンさんのキャラはボス戦でその真価を発揮する。
ガガンさんが操作するキャラは、特殊な操作や条件によって火力が倍々で上がっていくピーキーな性能を持っている。
例えば、同じ敵にダメージを連続で与えるとボスの耐久性が下がったり。
空中で打てばクリティカルボーナスが付いたり、壁じゃんを決めるとクリティカルダメージに倍率が乗り。
一定のFFにより全体的な攻撃力と銃の連射速度が上がり、回避行動でどんなにリロード時間が長い銃でも、1秒でリロードが完了したりetc...
人権キャラなのにプレイヤースキルが最も重要視される、かなり特殊なキャラなのだが、ガガンさんの無駄に高いプレイヤースキルに掛かればその全ての効果を回すことができる。
結果。
「へい! FF!」
「はい! FF!」
「もいっちょ! FF!」
「よろこんで! FF!」
「オラオラオラァ!」
見上げるほどのボスゾンビを相手に、ガガンさんの操作するキャラはフィールドを縦横無尽に駆け回っていた。
壁ジャンを上手く使いながらボスゾンビの攻撃を避けつつ、ボスゾンビの弱点を的確に打ちぬいていく。
地面に着地すれば即座に回避行動を行い、武器リロードとボス攻撃を回避しながら私たちの前まで転がってくる。
ガガンさんからのFF要求に即座に答え、キャラの足をハンドガンで数回打ち抜く。
そうして全てのバフを引っ提げて、最高火力が出る数秒間に全力を注ぐガガンさんの操作キャラ。
対物ライフルなんてものが出てくるモダン重視のゲームなのに、そこにはガンアクションとでもいえるファンタジーバトルが繰り広げられる結果になった。
「はっはあ! これが人権キャラの力だあああ!」
そんな情けない叫び声とともに、瞬く間にボスゾンビの体力ゲージは底をつき、ボスゾンビが悲鳴を上げながら倒れる専用ムービーが流れる。
「ふぉおおおおおおお!」
人権キャラと言ってもボスゾンビの攻撃を受ければ、ガガンさんの操作するキャラはワンパンが必須。
一度でも攻撃に当たれば、ここまでガガンさんを姫プしてきた私とアヒルさんの苦労が水の泡になってしまう。
そんな追い詰められた状況での数分間によって、ガガンさんの脳内アドレナリンが一種のトランス状態を作る。
勝利の余韻に叫び散らかすガガンさん。
しかし、勝利の余韻に浸ることができない私とガガンさん。
ボス戦前まで40分前後、神経をすり減らしながらヘイト管理を続け、ガガンさんの操作キャラを守るという苦行を成しえた私とアヒルさん。
だが、そんな私たちの迎えた結末がこれだ。
確かにクリアしたことは嬉しい、だけど全くの不完全燃焼だ。どうしてクリアしたはずなのに気持ちが晴れないんだろうか。
「いいかSUMI、このゲームは脱出して初めて終わる。つまり、例えボスを倒したらそこで終了なんてゲームじゃない。そして最後の道中にも少ないがゾンビは出てくる」
「はい、分かっています」
アヒルさんの真面目な声が、私に気を引き締めるようにと暗に伝えているようだった。
気落ちした声で私は返答する。
「俺達はボス戦じゃあ何もできない、火力もないし下手にヘイトを貰っちまえばガガンの邪魔になっちまう。そうだろ?」
「はい、だから私たちは端っこで動かず待機。アヒルさんが危なくなれば全力でサポート。ですよね?」
「そうだ、流石SUMIだな。俺達はアイツの邪魔をしちゃいけねえ、だがそれはボス戦限定の話だ」
「え?」
ガガンさんはすこし楽しそうな声で続ける。
「このゲームは生存キャラ数によってゾンビのステータスが上昇する。つまり最終地点までの道中、単体戦闘専用なガガンの人権キャラがいると邪魔だよな?」
「……そうですね」
「最後まで気を抜かないようにするには、ここでゾンビのステータスを下げる必要があると俺は思うんだ」
「……」
「俺最強おおおおおお!」
声だけではなく、ゲーム内キャラでもその喜びをしゃがみやジャンプ、そして銃の乱射によって表現し続けているガガンさんのキャラ。
私はボス戦では無用の長物になっていた対物ライフルを静かに構える。
ゆっくりと照準を縦横無尽に動く人権キャラの頭部に合わせると、私はためらうこともなく引き金を引く。
「ひいいいいいやっほあああああああああ!?」
流石単発火力最強と言われる銃から放たれた弾丸が、人権キャラの頭部を無慈悲に爆発させる。
火薬の爆ぜる重音、薬室から弾き出される空の薬莢の甲高い音、そして弾丸が命中したことを知らせるヒット音。
喜びから自キャラが突然の死を迎えたことによる、歓声からの絶叫。
そのすべてが、私の怨念を綺麗に洗い流していくのをゆっくりと感じていた。
☆
「まじすんませんした……御二人の御蔭でボス戦まで行けたのに、一人ではしゃいですんませんした」
無事にステージをクリアしたことを教えてくれるリザルト画面、そこには生還者2名と死亡者1名という数字が大きく表示されていた。
「ま、あんな変態機動戦闘が出来るのはガガンだけだからな。仕方ないとはいえ、結局のところお前を含めた3人じゃねえとクリアできねえからな」
「そうですね、私もガガンさんの操作スキルは純粋に尊敬してますし。だから人権キャラもガガンさんにしてもらってる訳ですしね」
「お、おう。き、急に褒めんじゃねえよ……照れるだろ?」
「やっぱりガガンさんってヒロイン属性とか色々持ってますよね?」
「はあ? ちょいちょいSUMIの言ってることが分からねえんだけど。アヒルさん分かるか?」
「おう! つまりあれだ、公園では気を付けろよってことだ! 特にベンチな!」
「ダメだ、アヒルさんの言ってることも分からなくなっちまった……」
1時間近くにも及ぶ激戦による精神的な消耗と、高難易度のステージをクリアしたという脳内麻薬による喜びに身を任せながら。
私たちは暫くリザルト画面で感想戦をした。
そして、時間的にあと一回ぐらいならという話をしている時だった。
「そういえばガガン、今日は誰か新しい奴を連れてくるんじゃなかったか?」
「あっと、そうだったぜ。アイツ連絡遅すぎて忘れてたぜ……ちょっと待っててくれえ」
そう言ってガガンさんはマイクをミュート状態にして席を外す。
二人の簡単なやり取りの意味が理解できなかった私は、疑問をアヒルさんにぶつけるけど。
「ま、少し待っててくれ」
しかし、アヒルさんはそう言って私の質問に答えてくれなかった。
仕方ないので、簡単に遊べるブラウザオセロでアヒルさんと遊びながら、私たちはガガンさんを待った。
「いやー遅れてすまん! ほら、この間俺んとこの親戚も色々あって落ち込んでるって話しただろ。俺も元気になって欲しいってんで、一緒にゲームでもして気晴らしさせてやろうって思ったんだよ」
「あーそういえばそんなこと言ってましたね」
私が同じような相談をした時のことを思い出す、確かにその時ガガンさんの親戚にも落ち込んでる人がいるとか言っていた。
「その話を聞いた俺が、この面子で遊ぶときぐらいならって言ったんだよ。SUMIに言わなかったのはすまねえな、面白そうだから黙ってた」
「は、はあ。まあいいんですけど、ガガンさんが連れてくる人ならある程度は信用できますし」
「たまにSUMIが俺をどう評価してるのか、分からなくなる時があるよな」
ガガンさんはこの高いテンションで叫ぶことが多いけど、それはTPOをしっかり守って行っているので、気にならない。
それに、ガガンさんの人の良さというのは一緒にゲームを遊んでいれば、すぐに分かることだったりする。
ガガンさんがこうしてコミュニティ外の人を連れてくることも、前に何回かあったりするけど、問題になったこともない。
だから安心はしているのだけど、こんな美少女が褒めてるのにその微妙な反応はなんなのだろう……
一度オフ会を開いて、私の美少女っぷりを見せつけてやろうかと本気で思ってしまう。
「ま、そんなわけで今日は時間的に自己紹介ぐらいになっちまうが。SUMIと同じ高校生だし、夏休み中とかたまに遊んでやってくれ」
「そこはSUMIの気持ち次第だな、SUMIが遊びたいと思ったならそうすればいいぞ」
「はあ……まあ私も夏休み中ゲームする相手がいてくれれば嬉しいからいいですけど……」
「大丈夫大丈夫、あいつマジ良い奴だから。しかもリアルでイケメン君だぞ、マジ嫌な奴だぜ」
「どっちだよ」
そんなアヒルさんとガガンさんの掛け合いを遮るように、ボイスチャットに新しい人が入ってくる通知音がなる。
「……どうも、始めまして。ガガンの知り合いのトサって言います、よろしくお願いします」
アヒルさんでもガガンさんでもない、平坦な声が聞こえてきた。