#23 期末テスト後の解放感は甘美なるもの
佐藤君の献身的な協力体制の元、私は高校入学初めてになる期末テストを無事(体感)終えることができた。
範囲も狭く、前世より頼りにしていた佐藤君に教えてもらった私に死角はない! 佐藤君本当にありがとお!
期末テストが終わった私達学生を待ち受けているモノは、学生であれば概ね同じ認識だと私は思っている。
「澄ちゃん! 夏休みも近いしさ、今年もどこか遊び行こうよ!!」
高校最初の期末テストという見えない重圧から解放された、私達若人の前に迫っているのは、重圧の解放から浮遊感を携えた夏休みだ。
基本、私は秋ちゃんともっちゃんの3人で遊ぶのが殆どだったりする。
……いや、他の人とも勿論遊びますよ? ほんとほんと。
全体的に陽気に包まれている教室。
期末テストからの解放感と、夏休みが近くなってきていることによって、興奮状態となった秋ちゃんが鼻息荒く私に詰め寄ってきた。
「秋ちゃん近い近い……私も秋ちゃん達と一緒に遊びたいけど、もっちゃんは?」
「もち、澄ちゃんに聞く前にもっちゃんにも確認済み。もっちゃんも楽しみにしてるってさ!」
「私達に浮いた話がなければ……ですけどね?」
秋ちゃんの声が大きかった事もあって、少し離れた場所に居たもっちゃんが話に自然と入ってくる。
浮いた話でなんで疑問形なんですか……
というか、なんで私のほうを見てくるんですか?
「……もっちゃん私の方見たって何も無いよ?」
「またまたー。ほら、澄ちゃんに1週間以上突きっきりで、面倒な勉強に付き合ってくれたお方が要るじゃありませんかー!」
「浮いた話……というよりは、勉強を教えて頂いたんですから、何かしらの恩返しはするべきだと思いますよ」
(ん? 今、夏休みの話をしようとしてた筈だよね。話がそれて行っているような……)
漠然とした不安が私を包む。
まるで蛇に睨まれた蛙、捕食対象とされているような生存本能の警告とも言える、一種の危機感知。
二人のニマニマとした表情を見た私は、例え危機感知が出来たところで避けられないのだと、さらに気付いた。
「それに今部活を休んでる状況でしょ、だから夏休みが部活で潰れるなんてこともないし。むしろ暇なんじゃないかなって」
「秋ちゃん、なんでそんな遠回しに言うの?」
怪訝な視線を向けるけど、やっぱり秋ちゃんは私の視線を気にすることもなく話を続ける。
「まあまあ、ちゃんと話は聞いてくれないと誤解の元だよ?」
「もう分かったからぁ、話を続けてくださいな」
秋ちゃんの雰囲気が普段と違うというのはすぐにわかった。
秋ちゃんとの付き合いも数年だ、こうゆうときは変に抵抗しないのが吉だと知っている。
こんなとき秋ちゃんが何を企んでいるのか、私が事前にそれを理解する確率はほぼダイスロール状態(運)です。
「夏休みじゃなくてもいいんだけどさ、期末テストお疲れ様会的なのをやろうよって話」
「あ、それ面白そう……」
「でしょ~? 私ってこうゆうの見逃さないタイプなんだよねえ」
したり顔の秋ちゃんは置いておいて。
実際、秋ちゃんの提案してくれた内容は魅力的だと思う。
夏休み中も佐藤君にテニスを教えてもらうつもりだし、せっかく十数年ぶりに話せるようになったのだから。
これを機にテニス以外でも遊びに行きたいなと、漠然とだけど思っていたところだったので、秋ちゃんの提案は渡りに船だ。
「よし! 澄ちゃん、君にはこの期末テストお疲れ様会に、佐藤君を招待する栄誉を授与しようじゃないか」
「はーい! 行ってきまーす!」
「……澄ちゃん、それでいいのか?」
「行動力の塊ですからね、思い至ったら何とやらですよ」
私は降って湧いたチャンスにさっそく行動を開始した。
何事も行動はスムーズにだ。
二人から哀れみの視線を向けられていることに、その視線にどんな思いが含まれていたのか、私は気付くことがなかった。
☆
佐藤君は自分の席に座っていた。
「さっとうくぅーん!」
「中々特徴的なイントネーションだな、というか声大きい」
佐藤君、こんな美少女が満面の笑みで話しかけてきてるんだよ?
ここは佐藤君も笑顔で返すべきじゃないかな。
なんでそんな無表情な塩対応が出来るのか、私は不思議ですよ。
「顔に出てるぞ」
端的に言う佐藤君の表情は変化が乏しいけど、長い付き合い(体感)で分かる。
これは私をバカにする顔だ。
ここはスルーが安定、絶対私が言い返すのを待っている。
「えっほん! 佐藤君、まずは1週間以上も勉強に付き合ってくれてありがとうございました!」
「はいよ、テストの結果はまだ先だけど。結構できたんでしょ?」
「うん! 佐藤君が教えてくれた所とか、もうバッチリだったよお!」
「それはよかった」
感謝は大切、実際本当に助かったし、佐藤君が居なければあの手ごたえ感は味わえなかったと思う。
回答欄の殆どは埋められたし、もっちゃんたちとセルフ採点を行って、高得点は確実だ。
(よし、この流れでお疲れ様会に誘うぞ!)
前世であれば全然気にすることもなく、朝ごはんの話をするのと同じ感覚で遊びに誘えていた。
しかしそれは体感十数年前、テニス指導はなんやかんやで行けた感あるし、テスト勉強は切羽詰まり過ぎてほぼ縋ってたし。
意外と落ち着いた状態で真正面から誘うのに、抵抗感が否めない。
「そ、それでさ……秋ちゃんたちと期末テストのお疲れ様会するんだけど、佐藤君もどうかな?」
「お疲れ様会? たかが期末テストでそんなことするんだ……」
「お、男の子には分からないかもしれないけど……ほら、男の子で言う期末テスト終わったから、ゲームセンター行こうよーってきな?」
前世のおぼろげな記憶でも確かそんな話で遊びに行ってた記憶がある。
男女の認識の差だけど、やってることの本質は一緒のはずだ。
期末テストからの解放の感受と共有、後は適当な理由付け。
理由はともあれ、私の例えで佐藤君は一瞬だけ視線を反らすと、お疲れ様会に対する疑問気な表情から一遍。
納得した表情を見せる。
「あーなるほど、何となく理解できた……別に参加する分には問題ないけど、俺男だけどいいのか?」
「……あ」
佐藤君の返しで私はようやく気付く。
勉強会でもそうだったからあまり考えていなかったけど、女の子3人と男の子1人という状況は幾分見栄えが悪い気がする。
お疲れ様会の詳細な話は聞いてないけど、中学までの話で言うのなら、中学から贔屓にしているカフェを使ってご飯を食べるだけなはず。
そこに佐藤君と女の子3人……前世だったら嬉しさ半分、気まずさと羞恥心半分でお断りをする気がする。
(異常事態発生、プランTに移行!)
私は事前に用意した作戦を変更する。
「さ、佐藤君ちょっと待ってて!」
プランTのTは”撤退・逃走”。
つまり戦略的撤退だ。
「秋ちゃ~ん!」
呆れとやっぱりかという納得の表情を浮かべる秋ちゃんの元に、情けなく私はとんぼ返りした。
☆
秋ちゃん本部に戻った私は、一つの助言を授かって佐藤君の所に戻ってきた。
「と、いうわけで。よろしくお願いします!」
「どういうわけで?」
「えっとね……お疲れ様会って皆でご飯食べに行くだけなんだけど。私達3人でバランス悪いでしょ? だから、佐藤君の方からもプラス2人、他の男の子呼んできてよ。それでみんなでご飯食べに行こう!」
「……」
「――!?」
私が他の男の子を呼んできてといったとき、何故か背筋を撫でられるような感覚をほんの薄っすらと感じてしまった。
可笑しい、夏なのに一瞬だけ室温が下がった気がする……
佐藤君は一瞬だけ目を細めると、一度私から視線を外して小さく溜息を吐く。
え、私間違ったこと言ってないよね?
後ろにいる秋ちゃんたちの方を向きたくなるのを、全力で耐えながら佐藤君の返事を案山子のように待った。
どうか突かれませんように……