#22 【佐藤大翔】花に群がるは……2
秋山と藤堂に声を掛けた昼休み。
俺達はクラスに近い所にある空き教室に移動した、ここなら他のクラスメイトや美月にこの会話が聞かれることは無いはずだ。
「それで、もっちゃんから聞いてる話の続きってことでいいのかな?」
「ああ、そうだ」
空き教室に移動した後、いつもの様に軽い調子で秋山が聞いてくる。
「澄ちゃんの学校での様子を見たようですね」
「そうだな、正直。今まで気が付かなかったことに自分でも驚いているさ……」
美月がクラスの連中に絡まれている光景を見るのは、今日が初めてではない。
藤堂から話を聞かされた次の日から、俺は美月と周りの様子を観察するようにしたのだが、そこで見たのは静かに獲物を狙う狩場のような光景だった。
そして、標的とされている美月は毎日のように、小銃を突きつけられてはそれから逃げていた。
しかし、幸いなことにこの学校の生徒の大半が、美月と同じ中学出身ということだ。
特にファンクラブの会員と呼ばれる連中いる場合、美月を助けようと動くパターンもちらほらあった。
だがファンクラブとはいえ実際に行動する人間は少数。
今日みたいにクラス内といった閉鎖的な空間の場合、美月を守っているのは秋山と藤堂だ。
だが、藤堂たちは女性だ。
中学ならまだ大丈夫だったが、今日みたいな強引に繋がりを持とうとする生徒は一定数いる状況で、可能性は低いが強行的な手段を取られた場合、藤堂たちでは対応しきれないというのが俺の予測だ。
俺が今日まで見た光景と考えを藤堂たちに伝えると、二人は普段の明るい様子を隠し、真剣な表情で頷く。
「その通りです、特に別中学から進学してきた人たちの、澄ちゃんに対する目というのは私達から見て余りにも多いのです」
「ま、その大半が別中学の連中だけどね。澄ちゃんも意識的に避けてる部分あるし、そんな澄ちゃん中学までなら見なかったよ」
「中学の美月を俺は知らないが、二人がそう言うならそうなんだろう」
そう言うと、秋山達は少し驚いた様子で俺を見る。
……何か変なことを言ったのか?
「えっと……それ、マジ?」
「そういえば、佐藤君は澄ちゃんファンクラブの存在も余り認知してなかった様子でしたね。そこまで澄ちゃんに無関心な人も中々居ないですよ」
「すまん……だが、美月の状況を知った今。出来る限り美月のために行動するつもりだ、俺に出来ることは何かないか?」
「佐藤君ってそんな感じだったっけ? 澄ちゃんの事好きとか?」
「……」
二人は俺の言葉に不思議そうな表情を向ける。
俺ですら今の自分がどうしてここまで考えているのか、少し前までなら考えることは出来なかったかもしれない。
しかし、今の美月は俺にとっての恩人であり、同じ人に好意を寄せていた仲間でもある。
……それに好意も、少なからず俺は持っている。
「好き……の1歩手前ぐらいだな。美月は何者なんだろうな……1月前まで別の奴が好きだったのに、今じゃソイツと同じぐらいになりそうなんだ……」
俺は自分が女に対して興味のない人間だと思っていたが、美月のせいでそれが違うということに気付かされた。
まだ俺の天秤は斗真のほうだが、それが美月に傾くのはそれほど遠い未来ではないと思っている。
「……その好きだった奴って言うのは。も、もしかして」
「ああ、斗真だよ」
「……っ腐」
「あー……」
もう叶う事の無い思いなら、隠す必要はもうない。
それに、美月のために動くなら目の前にいる二人から信用を得ることの方が重要だ。
「……気味悪がられても仕方ないとは思うが、今はそれでも美月のために行動したいんだ。だから二人には……」
二人の反応から、俺の考えは受け入れられないものだと何となく察した。
だが、ここで最優先なのは俺に対しての印象ではなく、美月のことだ。
俺は話を戻そうとしたが、藤堂がおもむろに携帯を取り出したことで、俺の口は閉じる。
(まさか、今の話を……?)
周りからどう思われようとも、他人に対して関心の薄い俺は対して気にしないが。
それでも美月にこの話が伝わり、いつもの笑顔が、あの男子生徒に向けられていたものに変わるのは嫌だ。
警戒して、最悪の場合……なんて思っていたが、藤堂は携帯を少し操作すると画面を俺に向けてくる。
「ご、ごめんね佐藤君……」
申し訳なさそうな秋山に首をかしげるが、それよりも藤堂のほうだと思った俺は、向けられた携帯の画面に視線を送る。
そこには一枚の絵。
二人の男が互いに半裸で抱き合い、周囲を彩るように花々や光が描写されたモノだった。
「……これは?」
「っ腐っ腐っ腐、いえいえ。佐藤君もこちらの世界の住人でしたか。であれば一切合切の遠慮はいりません、私達は貴方を歓迎します」
今まで見た事の無い藤堂の表情を背景に、俺は携帯の絵が何を指し示して入るのかを何となく理解した。
……いやそういうこと?
「私のおすすめとしてはドロドロに淀んだ感情をもって、純粋無垢な男を静かに侵食していくような……」
「ち、ちょっと止まってくれ!」
何というか、まるで底なし沼に足を掴まれるような感覚に恐怖した俺は、慌てて藤堂の言葉を遮る。
俺の勘が告げている、あそこに一歩足を入れたらヤバイ……
そんな俺の反応に、藤堂はキョトンとした表情を浮かべ、秋山は呆れた様子を見せる。
「もっちゃんストップだよー、多分佐藤君はこっち側じゃないから」
「え、でも。佐藤君は鈴木君のことが……あれ、違うですか?」
「確かに、俺は斗真のことが好きだが、男に興味があるわけじゃないんだ。さっきも言っただろ、今は美月を好きになりかけているって」
そこからは俺はどうにか自分が男好きな訳じゃないという事、たまたま好きになったのが斗真であること。
斗真が死んだことによってふさぎ込んでいた俺に、美月が声を掛けてくれたこと。
美月に今なお、救われている俺は美月のために出来ることをしたいということを、どうにか二人に伝える。
俺が話し終えると、藤堂のさっきまでの様子は鳴りを潜め、少し前までの真剣な表情になる。
切替のオンオフ激しいな。
「すみませんでした、佐藤君の事情を考えず……」
「それにしても佐藤君がねー、澄ちゃんが聞いたら驚くだろうなあ」
「それは止めてくれ、美月に変な目で見られるようになったら、俺の心は正直もう立ち直れないと思う」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。澄ちゃんなら笑顔で受け入れてくれるさ!」
どうしてそう言い切れるのか謎だ……まさか、アイツもなのか?
藤堂のほうに軽く視線を向ける。
まさかとは思うが、美月も藤堂と同じなのではないだろうか。
藤堂達は部活も中学から一緒だったと聞いている、そして藤堂の様子が変わったときの秋山の反応。
(……つまり、美月も藤堂と同じ――)
一つの真実に辿り着きかけた俺の思考を遮ったのは、藤堂の声だった。
「持論ですが、相手を思う感情に過程は十人十色、結果として相手に好意を持つのであれば、私は何でもいいのではと思っています」
「どうゆうことだ?」
「例え、その過程に別の人間の面影を重ねたとしても、鞍替えだったとしても、相手のことを本気で好きになったのなら、それはその人の選択。他人がとやかく言うことではない、ということですよ」
「まあ、私はちょっと違うけど、概ねもっちゃんに同意かな。真実のーとか、本物のーとか考えてる奴って、人を好きになった事の無いか、臆病者って相場が決まってるしね」
二人がどうしていきなりそんな話を始めたのか分からなかった。
だが、その内容をは俺が今日まで悩んでいたことを、真っ向から否定する言葉だった。
数年間好きだった斗真が死んで、1月もしないうちに別の人間を好きになる自分が、嫌だった。
俺の斗真に向けていた気持ちは、一体なんだったんだ。
本当は斗真を友達として見ていただけで、結局のところ俺の独りよがりな勘違いだったんじゃないか。
美月に対する気持ちも、一種の恩義なのではないだろうか。
確かに美月に対して感謝の気持ちはある、なら美月に向けているこの感情は――
「私達が軽蔑するのは。相手の気持ちを無視して、自分の気持ちをただ押し付けるような獣ですから」
「好きなら、好き。それでいいじゃん、変に難しく考えるなよ」
「なんだよ、一体……」
好きなら、好き。
確かにその通りなんだろう、俺が斗真に向けた気持ちも、美月に向けようとしているこの気持ちも。
程度は関係ない、ただ好きという気持ちに変わりはない。
斗真が死んだ時とは違う靄が、また晴れていく気がした。
恋愛相談なんてしても無駄だと思っていたから、誰かに相談することも無かったが、こんなにも気持ちが軽くなるなら斗真の時もそうするんだったな。
「ま、自分の気持ちは追々考えていけばいいさ。それよりも、今は澄ちゃんのことだよ」
「佐藤君のカミングアウトに澄ちゃんの話がすっ飛んでいきましたからね」
「なんか、その……度々すまん」
「気にしない気にしない。とりあえず佐藤君の御蔭で私には天啓が舞い降りたから、むしろグッジョブ!」
「天啓?」
自慢気、といよりはドヤ顔で秋山はこう告げる。
「佐藤君に澄ちゃんを落としてもらおう!」
「……どこに?」
「……佐藤君、私の見せ場を潰して楽しいかい?」
佐藤君視点はこれで以上になります。
次回からはまた主人公視点に戻ります!
今回は長かったですが、別キャラ視点からみた主人公はちょいちょい書いていきたいかなと思っています。
好評でしたらの話ですが。。。(需要があることを祈っています!!)