#21 【佐藤大翔】花に群がるは……
すみません! 佐藤君視点、あと1,2話で終了です。
手前勝手で申し訳ないですが別キャラ視点が蛇足気味なので、後日別キャラ視点のお話を別章に区切るなどで、本編(章単位ストーリー)とサブ編(章単位キャラ視点)みたいな形で読み分けできるように少し整備します。
なので、基本蛇足気味になりやすいサブ編は読まなくても、本編のみで完結できる形にしていきます。
美月に勉強を教えることになって分かった事は、美月の頭は決して悪くないということだ。
むしろ授業をまともに受けてないのではと思えるほどの、吸収率に驚いたほどだ。
これなら1週間と少しの期間で期末テストの点数は高得点が期待できるだろう。
しかし、何故か俺は美月だけではなく、美月の友達だという秋山と藤堂の二人も勉強会に参加することになった。
まあ、藤堂は元々好成績保持者でもあるため俺が教える必要はなく、どちらかというと秋山の方が危ないそうだった。
勉強会の時間が伸びたりすることが無いこともあり、数が少し増える分には構わないと思うのだが、秋山が参入したことの弊害を俺は軽視していた。
「澄ちゃ~ん」
「んもー! 秋ちゃんはーなーれーてー!」
俺の目の前で何度目になるか分からない、秋山が美月に抱きつきによって勉強が中断されてしまう。
「んふふー、澄ちゃんはいつもいい匂いで食べたくなっちゃうな~」
「んはあ!? 秋ちゃん手! 手! そこだめえ!」
そして一定の確率でこうして公然とセクハラ行為が行われてしまう。
俺は一体何を見せられているのだろうか……。
こうなってしまえば、またしばらくは手が止まってしまうだろう。
空いた時間を自分の勉強に充てようかと考えていると、藤堂から意味を含んだ視線を向けられていることに気づく。
美月の友人である秋山もそうだが、特に藤堂は俺に対しての視線に一切の遠慮がないのが察せられる。
大方、最近美月と一緒にいる事に対して思うところがあるのだろう。
そう思い、テスト勉強の休憩時間に廊下で待っていると、案の定藤堂が現れた。
☆
勉強会が終わり、家に帰った後。
俺は自室のベッドで横になり今日のことを思い出していた。
休憩時間に藤堂に話しかけられた当初、美月に対して何か文句を言われると思っていた俺は、藤堂から教えられた内容に戸惑っていた。
それは美月の周りが思った以上に闇があるということ。
美月のあの無垢ともいえる笑顔とは裏腹に、美月の周りには汚い人間模様がありありと存在していた。
齢高校生の俺にとって、いじめやストーカーなんて話は漫画やアニメの世界の話だった。
藤堂も秋山も学校全体で見ればかなり整った顔立ちをしている。
しかに、そこに学校でもトップの美月を加えれば3人の注目度はかなり高い。というよりも、俺が気づかなかっただけで注目度で言えばダントツだったようだ。
あの三人がよく一緒にいるのも、単純に仲がいいのもあるだろうが、それ以外にも安心する要素。
一種の連帯感があるのかもしれない。
そして美月は自分に対して向けられる視線に抵抗感を感じている。
女同士であれば藤堂の話を信じる限り問題はないそうだが、問題は学校生徒全般の男。
確かに学校屈指の容姿を持っていれば、そういった輩は出るのかもしれない。
本人もその自覚はあるようで、ある程度の距離を保っているらしいが、そこで問題なのがその本人だ。
話すようになってまだ1か月ぐらいだが、それでも美月のガードの緩さは顕著なものだ。
この1月近くでなんどもそれを身をもって味わった俺だから言える。アイツの異性に対する境界線は緩い。
他の生徒にも、俺の時みたいに近づいたり、抱きついたりしてしまえばその男が落ちるのは確実だろう。
一瞬、美月が俺以外の生徒に、俺と同じようなことをする光景を思い浮かべると、胸の不快感が凄いのだが、これは友達を心配するが故だろう。
美月は俺がテニスを教えている言わば生徒。最近では勉強も見ていた事もあり、ある程度近しいと言える距離を持っている。
だから俺が美月を心配するのは普通だし、倫理的に見ても至極まっとうだ。
……俺は誰に言い訳をしているんだ?
『あの子に向けられる感情は、深く歪んだものが多くなるの。だからもしも貴方がそうなら、あの子に近づいてほしくないの』
ふと、藤堂が言っていた言葉を思い出す。
俺は出会って1月近くしか経っていない美月に、そんな感情を向けているのだろうか。
そう考えると斗真の顔が思い浮かぶ。
(違うんだ、アイツがお前に似ているだけなんだ……)
言い訳なんて情けない。
俺は卑屈な自分の考えを振り払う。
こうゆうとき、変に感情で判断するのは間違いだ。
だから俺は、自分に対して客観的な視点をもって観察する。
美月と一緒にいるとき。
美月以外の同年代の女性、例えば秋山や藤堂と一緒にいるとき。
最後に、斗真と一緒にいたとき。
ここに恋愛感情という観点を加えた場合、一番真っ先に思い浮かぶのは斗真だ。そして次に美月、最後に秋山や藤堂。
つまり、俺は斗真未満、他女子生徒以上の感情を美月に対して持っている。
一度冷静に考えれば恥ずかしいよりも先に納得が来た。
部活をしていれば女子生徒と接触する機会はある、その時も何気なく体が触れたりすることも当然あった。
だが、美月みたいに気が動転したり、気持ちが揺れ動いたことはない。
一言で言おう。
俺は美月を少なくとも異性として見ている。
片思いの親友が死んですぐに他の女に気移りするとは、少し前なら絶対になかった薄情ぶりだ。
だが仕方ない。
美月といると、どうしても斗真を思い出してしまう。
斗真といた時みたいな気持ちになってしまう。
『あの子にとって佐藤君は特別っぽい』
『私達にしか見せない笑顔を佐藤君に見せるのは、あの子が信頼している証なのよ』
藤堂の言っている通りなら、美月も俺に対して少なからず良い印象を持っているということだ。
アイツも斗真が好きだったはずなのに、なんて薄情な奴なんだと、卑屈にも考えてしまうが何故か悪い気はしなかった。
実際、美月の口からその事実を聞いたわけじゃない。
あの時の美月の話し方から見て、そんなことは無いはずなのだが、人間思い込んだら事実を自分の都合のいいように改変してしまうものだ。
分かっている、アイツが好きなのは斗真だ。
だから……
『分からなければ、今度あの子に向けられる周囲の視線をよく見てみて。そしてあの子、澄ちゃんの行動を見てみて』
斗真が好きだったアイツを、斗真が生きていたら友人以上の関係になっていたかもしれない少女を、傷つけたくない。
どう思われようと関係ない。俺は親友が守るはずだった少女を守る責任がある。せめて斗真以外に少女を守る存在が現れるまでは。
(まあ、あれもこれもいくら考えたって、ただの言い訳だな)
熱くなる気持ちと、どこか冷めた理性の狭間で俺は決断した。
(まずは……藤堂の言っていた通りにしてみるか)
気持ちが決まれば後は成すだけだ。
『だから、誰かのためじゃないといけないなら……私の、私のために頑張ってくれないかな?』
初めて斗真のことを話したとき、優しい鈴のような声でそういった少女の言葉を思い出して一人口を歪めた。
☆
「それでさー、期末テスト近いじゃん? 俺マジやべーって思ってよー」
「あははーそうなんだー」
「んでさ、んでさ。美月さんが良ければなんだけど……」
「あーごめんねー。今他の人と一緒に勉強してて、これ以上増えると色々効率落ちちゃうし……」
「大丈夫だって! 俺、迷惑かけねえし」
「でもぉ……」
テスト前日の学校、俺は美月がクラスの男子と会話しているのを観察していた。
藤堂に言われて、こうしてちゃんと見るまで気が付かなかった。
クラスの男と話している時の美月の顔、あんな貼り付けたような笑顔をアイツがするなんてこと、俺は知らなかった。
俺や、秋山達と一緒にいるときの暖かい笑顔ではない、一切温度を感じさせない薄っぺらい微笑み。
(そうか、俺は見てなかったのか……)
普段、俺にあの笑顔を向ける少女が、いかにして学校生活を送っているのかを。
「あーあー、美月さんまた男子に捕まってるよ」
「ねー、しかもあからさまに迷惑そうにしてるし。なんで男子ってそうゆうのに気付かないからな」
耳が痛いとはこのことなんだろう。
他の女子生徒の会話を何とはなしに耳に入れながら、美月の様子を注視する。
「んじゃさ、他の人にも聞いてみてよ。それでだめだったら諦めるからさ」
「んー、聞くのはいいんだけど……そのぉ……」
美月の反応に手ごたえを感じたのか、男子生徒は気味の悪い笑顔を自信とともに浮かべている。
しかし、美月のあの反応は困っているだけだ。この話を友達にすること自体、人のいい少女は気が引けてしまう。
だからこの場でどうにか断りたいのだろう。
……そんな光景を見ていた俺は、いいもしれない苛立ちを覚えた。
どうして、嫌だと真っ向から否定しない。
何故、誰かに助けを求めたりしないんだ。
そこで友人を気にかけて背負い込む必要がどこにあるんだ。
美月がどうしてそうしないかも分かっているのに、胸の奥でドロドロとした感情が湧き出てくる。
アイツはお前なんかが見ていいモノじゃない、アイツに触れていいのはお前みたいな程度の低い奴じゃない。
斗真みたいに、良い奴じゃなければいけないんだ。
自分がこれほどまでに我慢の利かない人間だと思いながら、俺は目の前の光景をぶち壊すために席を立とうとする。
「はーい、うちの可愛い可愛い澄ちゃんに……手ぇだしてんじゃねえよ」
「どいてください、私たち今から次の授業の準備しないといけないので」
「え、あ……え?」
しかし、俺がそうするよりも早く、秋山達が美月を守るように現れる。
「秋ちゃん……もっちゃん……」
「あたしら澄ちゃんと勉強会してるんだけど、お前邪魔だから来ないでくれる?」
「今更どうにかしようとしても、明日からテストですよ。間に合うわけないじゃないですか」
「……えっと、だ、だからその……」
「ほら、澄ちゃん行くよー」
勉強会で聞くときよりも数段低い声で、美月に絡んでいた男子生徒を真っ向から拒絶した秋山達。
見ると他の女子生徒達もその光景を見て、どこか安堵した様子を見せている。
(……なるほど、確かに美月は女子に人気があるみたいだな)
浅い知識だが、こういった状況であれば女子生徒達の反応は真逆だと思っていた俺は、自分が守りに行きずらい所が大丈夫だと分かり安堵する。
しかし、目の前で起きていたことが普段からあるのであれば、何時か大きな問題にならないなんて冗談でも言えない。
ストーカーの件もある、むしろ高校のほうが美月と別の中学からの入学も一定数いる。
『それを見て気付いたら、私か秋ちゃんに連絡して頂戴。そしたら今日の話の続きをするから』
俺が単身で動く必要はない。
☆
「ちょっといいか?」
「あれ、佐藤君じゃん。勉強会以外で声かけてくるなんて珍しいねえ」
「……何か御用ですか?」
昼休み、俺は藤堂と秋山に声を掛けた。