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#19 【佐藤大翔】親友の死3

 美月からノートを渡された次の日、学校に登校した俺はまた美月に話しかけられた。


「少しだけテニス教えてもらえないかな」


 ノートの次はテニス、目の前にいる美月が何を思ってそういったのか、俺は理解できなかった。


 しかし、俺のそんな思考は、美月の放った次の言葉で四散する。


 美月は斗真から俺のことを聞いたといった。


 どういうことだ、どうして斗真が美月に俺のことを話した?

 俺と斗真は一緒にいる時間が長かった、だから斗真の知り合いの大体と俺も知り合いだ。


 だから美月が斗真と知り合っているのなら、俺が知っていないのは可笑しい。


 俺はすぐに聞き返した、斗真とどんな関係なのかを。


 美月は少し戸惑った様子を見せた後、此処じゃ話せないからと学校の屋上出口まで連れて行った。


 そこで聞かされた内容に、俺は驚いた。


 斗真と美月は小学校に上がる前から知り合っていた?

 一緒に遊ぶ仲で、斗真の家にもいった事がある?


 到底信じられなかった。

 でも、目の前でそれを説明する美月の様子は、困った様子で、どうにか言葉を選んで紡いでいるようだった。


 引っかかる部分はあったが、美月の話す様子からウソを付いているようには見えなかった。

 それに、美月が斗真の両親と知り合いだとわざわざ言ったのだ、もしもウソならすぐにばれることを言ったということは、ウソじゃないと暗に言っているようだった。


 そして、俺は一つのことを理解した。

 どうして美月が俺に話しかけてきたのか、授業ノートを俺に渡して、テニスを教えてくれと言ってきたのか。


(こいつ、斗真のことが好きだったのか……)


 斗真は良い奴だ、告られたことはないが、話しやすいのに男みたいに女子と話すことに抵抗感がなく、自然と相手に優しくできる斗真は、女子からの人気は一定数あった。


 本人にはその自覚はなかったが、男女関係なくアイツは好かれやすい奴だった。


 美月もそうして斗真のいい所に惚れたのかもしれない。

 だから高校も同じ場所を選んで、また仲良くなろうとしていた矢先に斗真が俺のせいで死んでしまった。


 俺は黙って美月の言葉を聞いた。

 美月なら、誰も責めてくれなかった俺を責めてくれると思ってしまった。


 好きだった奴がいなくなった辛さは俺も痛いほどわかる。

 少しでもその気持ちが安らぐなら、なんだっていい。


「だからさ、私は仲良くなれなかったけど、佐藤君は違うでしょ。友達が自分のことで悲しみ続けるのって、嫌じゃない?」


 そんな俺の浅はかな期待は簡単に裏切られた。


 分からなかった。

 斗真が好きだったんだろ、なんで俺のことを心配するんだ。


 真っ白な頭は美月の言葉に返答するなんて選択が取れず、ただ黙ってしまう。


 俺が何かを答えずとも、美月は続けた。


「鈴木君なら、佐藤君には笑っていて欲しいんじゃないかなって。私が勝手にそう思ってるの」


 そんなことわかってる、アイツは良い奴だから。


「佐藤君が良い人だって、鈴木君がいっぱい言ってたの」


 違う、俺は良い奴なんかじゃない。


「表情とか普段あまり変わらないけど、笑うときは凄く笑うし、意外とノリが良いし。熱い奴だって……」


 お前が楽しそうだったからだ、俺も楽しかったんだ。


「私……鈴木君からいっぱい聞いたの……だから……」


 アイツは、俺のことを美月に色々話していたみたいだ。

 それも色々脚色された内容になっているのだろう、一体アイツから見た俺はどんなんだったんだ。


 どう足掻いても聞くことのできない問いかけが、頭の中でぼんやりと渦巻く。


「さ、佐藤君は……げ、元気じゃないと。いけ……ないのぉ」


 いつの間にか、美月の声は掠れて、途切れ途切れになっていた。

 顔を見ると、目からは涙が止めどなく流れていた。


「アンタ……泣いてるのか?」


 どうして斗真みたいに気の利いた言葉が使えないんだろう。


 俺の言葉で驚いた美月が自分の涙に触れて初めて、自分が泣いていることに気がついたように慌てて涙をぬぐい始める。


「な、泣いて……ない」


 涙を流しながら、それでも美月は泣いていないと言い張る。

 その姿が、試合で負けても悔しくて負けを認めない斗真の姿に重なってしまった。


 小学校の小さい時のアイツは負けたことが悔しくて、それでも認めないで最後には泣いてしまうことがあった。


 どうして目の前にいる少女が、あの時の斗真と重なってしまうのか分からなかったけど。

 泣いている少女の姿を見ているのが、辛くて仕方がなかった。


 だから昔、斗真にしたみたいに俺は自然と手を伸ばして、人生で初めて白髪の上から頭を撫でていた。


 自分でも気づいた時には遅く、美月も俺のしたことに驚いた様子だったから、俺は慌てて手を引っ込めようとした。


「ま、待って!」


 美月のとっさに出たような声に俺の動きは止められて。


「も、もう少しだけ、お願い……します。お、落ち着くまで……」


 恥ずかし気にお願いしてくるそんな姿が、小さな子犬のように見えて。

 どうしてこうなったのか分からないが、俺は戻しかけた手を再び美月の頭の上に乗せる。


「…………ん」


 目を閉じて、安心して嬉しそうな表情の美月から目が離せなくて。


 俺はそのまま数分間、美月の頭を撫でてしまった。


 ☆


 暫くして泣き止んだ美月と俺は、気まずい沈黙の中にいた。


 美月の気持ちもわかる、同級生の男の前でこんなに泣いてしまったら、俺でもどんな顔したらいいのか分からない。

 しかも、美月は今も俺に頭をずっと撫で続けられている。


「も、もう落ち着いたか?」

「え、あ。うん、ありがとう。もう大丈夫……かな」


 流石に俺も疲れてきた事もあって、美月にそう提案すると、美月もそれを待っていたように受け入れる。


「それで、美月……さんは、斗真の気持ちを思ってくれたんだな」


 ようやく話せる状況になった俺は、初めて美月の名前を呼んで話をすることにした。


 目の前にいるのは、同じ人を好きになった同志の一人の女の子だ。

 名前を呼ばないと失礼になってしまう。


「勝手に思っただけだよ、佐藤君みたいに仲が良かったわけじゃないし。でも、もしも私が鈴木君と同じ状況だったら、そう思うかなって……」


 少し申し訳なさそうに笑いながら放った、美月の言葉にハッとさせられる。


「……ありがとう。確かに斗真も同じこと思いそうだ、アイツはシンミリしたのとか嫌がってたよな……ハハッ、なんで忘れてたんだろ」


 どうして忘れていたのだろう。

 力なく笑う俺を、美月が励ますように話す。


「そう、だからテニスとかもさ、いっぱい頑張って鈴木君を驚かせようよ!」


 驚かせる……か。

 出来るなら俺もそうしたいさ。でも今の俺には出来ない、幾ら言葉を飾ったところで斗真が居ないことに変わりはない。


 俺が何かを始めるには、もう遅い。


「……俺、テニス辞めるつもりなんだ」


 だから出来ないのだと俺は今まで話た事も殆どない美月に、誰にも言わなかった事を話した。


 俺の世界は、どう足掻いても斗真が中心だった。


 支えのなくなった建物が、その形を維持し続けるのは不可能なのだと。


 斗真との思い出を話すだけで、目の前にその時の光景が目に映った。


「だから、もう。何もやる気が起きないんだよ。アイツが居ない世界なんて、意味がない……」


 仕方ないんだ。

 斗真がいない今に、俺は生きれない。


 惰性という名の無意味な時間をただ過ごすだけの屍にしか、俺は慣れない。


 力なく座り込み、小さく蹲って膝を抱える。

 俺はこうやって、死んだまま生きて行くしかない。


 なんて情けない姿だ、斗真が見たらなんて言うのか。

 情けないと笑うのだろうか、ふざけるなと叱咤するのだろうか。


 今となってはその答えも出ない。


「それは、悲しいよね。辛いよね」


 風のように柔らかい声に一瞬、その声が美月のモノだとは思えなかった。


 しかし、声と合わせて俺の頭を撫でたのは目の前にいる美月しかありえない。


「私には、佐藤君の気持ちは分からない。それに、私達って話したの殆どないし。だから私に出来ることは少ないけど……」


 美月に頭を撫でられると、不思議と心が落ち着いていく。

 理由なんてわからない、他人に頭を撫でられることもなかった俺はまた、どう反応したらいいのか分からず。

 ただ、俺の頭で動く優しい感触に身を委ねた。


「鈴木君の代わりなんて言うつもりはないけど。ただ私は、佐藤君に楽しく生きて欲しいの。鈴木君のためにも、佐藤君のためにも……私のためにも……」


 心に滑り込むような声に、俺は聞き入っていた。


「だから、誰かのためじゃないといけないなら……私の、私のために頑張ってくれないかな?」

「……美月、さんのため」


 目の前の少女は何を言っているのだろうか。

 好きだった奴が死んだ原因である俺に、なんでここまで言えるのか。俺には分からない。


 だけどその言葉はどうしてか、消えかけていた俺の心の火に、小さな風を運んだ。


「鈴木君みたいになんて言わない。だから、まずは私のために、私にテニスを教えてくれないかな?」


 分からない。


「私にテニスを教えてよ。真剣に私もテニスをやるから、全力で楽しんで、真剣に頑張るから。佐藤君に、そんな私を助けて欲しいの」


 どうしてだ。


「返事がないよー? ほーらー、私がこんなに恥ずかしい気持ちでいっぱいなんだから、返事くらいしてよぉ……」


 なんで、目の前の少女の言葉にこんなにも嬉しく思ってしまうんだ。


 頭の中がもうぐちゃぐちゃに振り回されてしまう。


 だから俺の心は必然的に助けを求めた。

 斗真ならこんなときどうするのだろうか、そうして斗真を思ってしまうが、いくら考えても真っ白な頭に何かが映し出されることはなかった。


 それなのに、今の美月みたいに。斗真が俺を慰める光景が見えてしまう。


(ああ、お前はどうしていつもそんなに笑ってられるんだ)


 笑え、前を向け、お前を殺した俺に言ってくれるのか?


 わかっている、これは俺の願望だ、斗真ならこう言ってくれるだろうという。

 そんな甘えた考えなのかもしれないけど、目の前の少女が言うように、斗真が本当にそう思っているように感じるんだ。


 今、目の前の少女の言葉に身を委ねれば、俺はもう少し頑張れる気がするんだ。

 ごめんな、斗真。こんな薄情な奴で。


 まだお前の事は忘れられないし、この気持ちも忘れるつもりはない。

 だけど、今は前を向くために頑張らせてくれ。俺の中のお前が、笑えって言うんだ。


「……もう、落ち着いたから。一旦、離れてくれないかな」


 美月にそう伝え、下を向いていた顔をゆっくりと持ち上げる。

 俺は出来る限り、今できる笑顔を作って口を開く。


「一旦保留で」


 斗真が死んでしまってから1週間と少し、俺はようやく前を向くことが出来る気がした。

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