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#18 【佐藤大翔】親友の死2

 目の前で車に引かれる瞬間の斗真の顔を、今でもハッキリと覚えている。


 焦るでも、悲観するでもなく、まるでサーブトスを失敗した時みたいに、少し困った表情を浮かべていた。


 あの時の斗真が何を考えていたのか、今となっては分かるはずもない。

 聞こうにも、斗真は死んでしまったのだから。


 葬式には出たがその時の記憶はほとんどなく、学校もそれからずっと休み、自室に俺は引きこもった。


 俺が斗真を殺した。

 そう言って斗真の両親に謝った。


 だけど斗真の両親は泣いて、目を腫らしているのに、俺のことが憎いはずなのに。

 笑っていた。


 涙を笑ったまま流し続けて、自分の息子はよくやったと褒めて。

 恨み事一つ言わずに、無事でよかったと……俺のことを気遣ってくれた。


 誰かに言ってほしかった。

 お前が悪い、お前のせいで斗真が死んだんだと。罵声を、怒声を、気持ちのはけ口を俺に向けて欲しかった。


 なのに斗真の両親も、俺の両親も。誰も俺を責めることはなかった。

 なんでだ、どうしてなんだ。


 誰にも責められなかった俺は自分で自分を責め続けた。

 そうして1日中自分を責め続けて、疲れたら寝て。起きたらまた責めて。


 寝ているときに、斗真が夢に出てきてくれないかと思っていたけど。

 自分を殺した相手の所に斗真が出てくるなんてことはなく、夢の中でさえ俺は斗真に合うことも謝罪することもできなかった。


 そうして1週間があっという間に過ぎていった。


 そんな時だった。

 俺の部屋に、斗真の両親が来た。


 ああ、ようやく俺を責めてくれるのか。

 斗真の父親に頬を叩かれた時、俺はそう思った。


 幾らでも殴ってくれ、俺に罰を与えてくれ。貴方たちにはそうする権利があるんだから。


 そんな期待はすぐに裏切られた。

 斗真の父親は俺を1度叩いた直後、泣きながら俺を抱きしめてくれた。


「済まなかった。うちのバカ息子が迷惑を掛けた」


 どうしてそんなことを言うんだ。

 なんで俺に謝るんだ。謝るべきを俺のほうなのに。


 だから俺は斗真が死んでから何度目になるか分からない涙を流しながら、必死に謝った。


 斗真が死んだのは俺を庇ったからなんだ。

 死ぬはずだったのは俺なんだ。斗真じゃなかった。


 俺がいなければ……斗真は死ぬことなんてなかった。


 そう叫ぶ俺を、どうしてか斗真の両親は優しい顔で見守っている。

 自分の息子を殺した人間に、どうしてそんな顔を、目を向けることが出来るんだ。


 泣き叫ぶように、懇願するように。

 途切れ途切れな俺の言葉を聞いた斗真の両親が、優しい声で答える。


「息子に会ったんだ」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 だけど数秒してようやく分かった、理解してしまった。


 俺は斗真だけじゃなくて、親友の両親の心まで殺してしまったのだ。


 そう考えた俺はさらに謝った。


 すると斗真の両親は慌てたように訂正する。


「貴方! 大翔君が混乱しちゃってるじゃない!」

「あ、あああ! ち、違うんだ大翔君。別に気がおかしくなったわけじゃなくて……え、えーっと。その……」


 困ったように怒る斗真の母親と、慌てる斗真の父親。

 その光景は、斗真の家に遊びに行くとよく見る光景だった。いつも見ていた光景。


 言葉を失ったように固まる俺に、斗真の父親が何かを説明しようとするが、どう説明したらいいのか迷っている様子だった。


 それを見てさらに深いため息をついた斗真の母親が、助け船を出す。


「夢でしょ?」

「ゆ、ゆめ……そ、そうだ! 夢だ! 夢であのバカ息子に会ったんだ!」


 夢、俺の所には斗真は現れてくれなかった……。

 そうか、両親の所に出ていたのか。


「夢でな、斗真がな、その……」

「謝ったんでしょ?」

「そう! 謝ってきたんだ。勝手に死んじゃってごめんってな、あのバカ息子。こんな時ばっかり素直に謝りやがってな」


 そういう斗真の父親は、どこか晴れ晴れした表情をしていた。

 まるで詰まっていた何かが取れたような、そんな顔だった。


「だから俺は言ってやったんだ、親より先に死ぬバカ息子がどこにいる! ってな」

「そう……ですか」

「でもな、親友を助けねえクズに育てたつもりはねえ! 俺はバシッと言ってやったんだ!」

「へえ、そんな風にかっこよく言ってたんですね」

「え、あ、か、母さん。いいじゃないかこんな時ぐらい……」


 まるで斗真が死ぬ前の二人が、そこにいた。


 二人は俺と違って斗真の死に向き合って、それでも強く生きていこうとしている。

 勝手に一人でふさぎ込んでしまう子供な俺とは全く違う、大人の人なんだと思ってしまう。


 でも、どうして斗真の両親がこんなことを俺に言いに来たんだろう。

 混乱する頭でも、どこか冷静な自分がそんなことを考える。


「大翔君、斗真は君を助けた。親友の命を守ったんだ。そんな息子を俺達は誇りに思う。」


 そう言って、斗真の父さんは俺をまた抱きしめる。


「お前は、俺の息子が守った命なんだ……アイツも心配してた。だから大翔君……謝らないでくれ、自分を責めないでくれ」

「……」

「ただ、俺達の息子を、君の親友を誇ってくれ。アイツは、親友のために命を投げ出せるすげえ奴なんだって。アイツを褒めてやってくれ」

「……ッ」


 そんな言葉に、俺はまた泣き出してしまう。

 情けない。


 親友に命を助けられて。あまつさえその親友の両親にここまで言わせてしまう自分が、情けない。


「立派になれとも言わない、何かを成し遂げろなんて事も言わない。ただ、長生きするんだ。惰性でも無気力でもヨボヨボの爺になるまで死なないでくれ」


 俺は言葉にもならない声で泣いた。斗真の両親が家を出て行っても、俺はずっと泣き続けた。


 高校生になってこんなに泣くなんて、俺はどこまでも弱い人間だ。


 自暴自棄になりかける思考を、斗真の両親の言葉が思いとどまらせる。

 ただ生きろ、俺の命は俺の物じゃない。斗真が命を掛けて守ってくれたモノなんだと。


 何もかもがどうでもいい、やる気も何も起きない。

 だけど、俺は生きなくてはいけない。


 長い時間自室で過ごした俺は、その日両親に沢山謝って、次の日に学校へ向かった。


 ☆


 その日の学校はただ椅子に座っていた。周りから向けられる視線なんて一切興味もなく、ただ過ごした。

 授業の内容なんて頭に一切入ってはこなかった、本当に惰性で生きている状態だったけど、それでも俺は生きていかないといけない。


 そんなモノクロの世界で1日を過ごした。


 次の日の朝、自分にそう言い聞かせて学校に向かうと、どこかで見たことのある少女が、俺の前の前に一冊のノートを突き出してきた。


「佐藤君、これよかったら使って!」


 少女は大きく、鈴のように静かに通る声でそう言葉を発した。

 名前は美月澄香。


 モノクロの世界でも、より一層白い髪が特徴的な少女。


 見た目だけで言えば、そこらのアイドルよりも整っている顔は、異性からはさぞ視線を集めるだろう。

 実際、クラスの人間の殆どが、少女の行動に目を丸くして注目してきている。


 だが目の前の少女はそんなことを一切気にせず……というよりは分かっていない様子だった。


 惰性で学校に来ていた俺にとっては、そんな少女でも目ざわりになるだけだった。


 だから突っぱねるように返しても、少女は一切引き下がらず。言葉の押収が続く。


「作るの、大変だったんだよ……?」


 だが断り続ける俺に対して、終いにそう言って落ち込んだ様子を見た時。


 何故か、斗真の顔が思い浮かんだ。


 そうじゃなければ俺はこのまま突っぱねていただろう。

 見えてしまった斗真の顔が、それを止めてしまわなければ……


「……分かったから」


 受け取るなんてことはしなかった。


 小さく答えたせいで、少女は首を傾げしまう。


 俺は改めて謝罪も交えて、ノートを受け取ると答えると、少女は瞬間かまたったかと思うと。


「やったああああああ! ノート受け取ってくれたあああああ!」


 そんな歓喜の声と共に、抱きついてくる。


 異性との交流が殆どなかった俺でも、この状況が異常だというのは理解できた。


 それ以上に、同年代の異性に抱きつかれるなんて経験すら無かった俺は、慌ててしまう。


 女の子特有の香水ではない自然な甘い香りが、鼻腔を容赦なく刺激してくる。


 性別が違うだけで、ここまで違いがあるのかと思ってしまうほどに、少女の体は小さく華奢で軽くて、柔らかい感触が全身に伝わってきてしまう。


 抱きついた状態で少女が何度も跳ねるせいで、密着した体が上下に何度もずれてしまい、そのたびに確かに感じる二つの柔らかい感触に心臓の鼓動が加速してしまう。


 早く離れてもらわないといけないという理性と、もう少しこのままでという所謂男の性が拮抗する。


 初めて強烈に感じる異性という人間に、俺の脳は真っ白になっていった。


 しかし、俺がどうこうするよりもはやく、少女のほうから離れてくれたことに、残念な気持ちも少々に助かったと思った。


 そのあと少女はすぐにその場を後にしていき、俺はただ嵐のように現れて去って行った少女を、呆然と見つめるしかできなかった。

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