#16 寝てるときの口ってどうして開いてしまうのか
佐藤君の御蔭でテスト対策は完璧とまではいかなくても、万全にはなったと思う。
たった1週間と少しでここまで勉強が捗るとは、流石は前世でもお世話になっただけのことはありますな。
そして今日はそんなテスト対策勉強最終日、明日から2日間にかけて行われる期末テストに向けて、最後の勉強会を行うことになった。
「……って、もっちゃんも秋ちゃんも来ないってどうゆうこと?」
「俺は知らないぞ、いつも美月が連れてきてたんじゃないのか」
「違うよ……いつもは教室を出る前に捕まってここに来てるんだけど。今日は二人とも用事があるって言って来なかったの」
元々は秋ちゃんが言いがかりを付けてきたのが事の始まりだったこともあり、テスト前日だけ来ないというのが理解できなかった。
(まあ、高校1年目の期末テストだから試験範囲も結構狭いし、もう十分って思ったのかな?)
もっちゃんと佐藤君はともかくとして、私と秋ちゃんは試験範囲が狭いとはいえ、頑張らないとちょっと危ない状態だったのだ。
それがこの勉強会を1週間と少ししただけで、平均以上は取れそうなほどの成果だったから、秋ちゃんが来ないのも色々引っかかるけど納得できる。
もっちゃんは私と秋ちゃんのお目付け役っぽかったから、秋ちゃんが来ないなら佐藤君に任せる判定になったのかな。
「まあいいさ、来ないなら俺が助かるだけだし。秋山さんが一緒だと美月は集中しないからな」
「ちがっ……私じゃなくて、秋ちゃんがちょっかい掛けてくるの! いつも見てるでしょ?」
「そうだったか?」
「んもー!」
冗談交じりの会話もそこそこに、私たちは早速最後のテスト勉強を始めた。
今日はテスト前日ということもあって、試験範囲を一度通しで佐藤君から問題が出されていった。
「じゃあ次の問題――」
「ウィリアム・アダムズ!」
「正解。じゃあ次――」
さっきも言った通り、今回の期末テストは高校1年目最初ということもあって、問題の出題範囲はそこまで広くない。
しっかりと授業を聞いて、ある程度の復習が出来ていれば問題ないのかもしれない。
佐藤君から出題される問題も、そのほとんどを答えることができた。
「……そういえば、美月って誰とでも話せるよな」
「ん? まあ、そうかもねー。私美少女だし」
一つの科目が終わって、次の科目の準備をしていると佐藤君が唐突に質問を投げかけてくる。
なんだろうとは思ったけど、ここは自覚のない佐藤君に美少女アピールをしつつ笑顔で答える。
「それでなんだけど」
無視かーい。
安定の修行僧みたいな対応を続ける佐藤君、私ってそんなに可愛くない?
え、もしかして私って自分が思っているだけで、本当は美少女でも何でもない……いや、そんなことはないはず。
秋ちゃんももっちゃんも、それにクラスの友達も私のとこ可愛いって言ってくれてるし……。
あれ? それってもしかしてお世辞だったということ?
私、それを真に受けてただけ? 私って……顔も普通なのに自意識過剰な勘違い女だったということ?
「――だ……って聞いてるのか?」
「ふぇ?」
真理に辿り着きかけていた私の思考を中断させたのは、佐藤君の少しボリュームの上がった声だった。
視線を上にあげると、心配した様子でこちらを伺っている佐藤君と視線が重なる。
どうもまた考え込んでいたみたい。
というか佐藤君、反応がないからって頭に手を乗せることはないんじゃないのかな?
考えに没頭して反応をしなかった私が悪いのは分かるけど、何というかこう……ムズムズするじゃん!
「だから、誰とでも話せる美月でも嫌いな奴とかいるのかって話だ」
「あ、ああ。嫌いな人ね、嫌いな人……うーん。別にいないかなあ……」
どこからその質問が出てきたのかは分からないけど、私は素直に答える。
小中と記憶を遡っても、私が嫌いだと思うような人はいなかった。
嫌なことをされたことが無いわけじゃないけど、でも最後には謝ってくれたりしてくれて、今では仲良くなってる子が大半だったりするし。
嫌いな人ではなく、苦手な人というのであればいないわけではないけど。
「じゃあ苦手な奴はいるのか?」
まるで私の思考が分かっているのかと思えるタイミングで、佐藤君が追加の質問をしてくる。
嫌いな人の時とは変わって、私はおずおずと頷く。
「そ、それは私だっているよ? まあ、苦手な人というよりは、何となく苦手な時があるっていうか……え、これって普通のことだよね?」
「勿論、俺だった苦手な奴はいるし、他の人もいるから普通だよ」
「はあ、よかったあ。私心が狭いんじゃないかと思っちゃったよぉ」
もしかして苦手な人がいるのは可笑しいのかと考えてしまったけど、佐藤君が否定してくれたおかげで、少し安心した。
というか佐藤君も苦手な人とかいるんだということに、少し驚いた。
佐藤君は私の反応に不思議そうな表情を見せるけど、普通ならどうして不思議がるのだろう?
「んっと、どうしてこの話をしたの?」
「いや、何となく。変な事聞いて悪かったな」
「別に大丈夫だよ……」
そんな少し違和感の残る会話も挟みながら、最後の追い込みを私たちは続けていった。
☆
「……んはぁ」
「起きたか、にしてもよく寝てたな」
最後の追い込みは普段以上に集中して行われた。
当然、普段から集中力が乏しい自覚がある私の瞼は倦怠感を募らせた。
最後だからと頑張ろうとしたけど、そんな私を見て佐藤君が休憩を申し出てくれた。
私は全身を包む睡魔に抗えずに、佐藤君に甘えさせてもらうことにした。
時計を確認すると、どうやら私は30分近くも寝てしまっていたみたいだった。
10分前後の予定だったのに、倍以上の時間を寝てしまったことに申し訳なく思ってしまう。
佐藤君はこの30分間、眠ったままの私を起こすこともせずに待っていてくれたのだ。
「……佐藤君、ごめんね?」
「……」
自分の右手をずっと見ている佐藤君に謝罪を伝えるけど、反応は返ってこなかった。
「佐藤君?」
「……」
「佐藤君!」
「うわ!? いきなり大きい声出すな」
全然反応してくれないのが気になってしまい、つい大きい声で呼びかけてしまう。
突然の大声に佐藤君は肩を大きく揺らして驚いてしまう。
……そんなに大きかった?
「もう! なんで無視するの?」
「ご、ごめん。ちょっと考え事してて……」
「私30分以上も寝ちゃってごめんね……起こしてくれてもよかったんだよ?」
私が申し訳なさそうに謝罪をすると、佐藤君は少し落ち着いた様子で「大丈夫」と返してくれる。
そんな優しい佐藤君だけど、少し顔が赤いような気がするのはどうしてだろう。
気になって頭を少し傾げると、佐藤君が何故かもうしけなさそうというか、言いづらそうな様子で口を開く。
「その……口、なんだけど……」
「口?」
そう言いながら佐藤君は自分の口を指さす。
なんだろうと思い、佐藤君の手に合わせて私も自分の口を触る。
口に向けた手が唇に触れるよりも先に、少し湿った感覚が指先に伝わる。
そこで私はハッとして、慌てて口元をハンカチで拭い始める。
寝起きだから気付かなかったけど、佐藤君からはばっちりと私の口から垂れているモノが見えていて。
佐藤君はそれを申し訳なさそうに教えてくれたのだけど、どのみち私が涎を垂らして寝てしまっていたことに変わりはない。
幸いにして涎自体は机の上、延いては教科書やノートの上に垂れていないことが救いだった。
「……ありがと」
「……ああ」
口周りをハンカチでふき取った私は、どんな顔を佐藤君に向けたらいいのか分からず、下を向いてしまう。
結局そのあと勉強を再開するまでお互いに沈黙が続いてしまい。
勉強が再開されても、その日は帰るまで気まずい空気が私達を包み込んでいた。
☆
「ああああああああ! 恥ずかしいいいいいい!」
顔を枕に押し付けて絶叫する私を、パパとママが心配する事になるのは必然だった。




