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#15 友人がたまに何をしているのかって気にならない?

 それは期末テストに向けた勉強会、途中休憩を入れて私と秋ちゃんが仮眠を取っていた時のこと。


 もっちゃんが私に席を外すといって図書室から出ていき、廊下を少し歩いていくと、進行方向から声が掛けられる。


「俺に何か用か?」


 声の主は一番最初に図書室を出ていった佐藤君だった。


 突然声を掛けられたはずのもっちゃんは、特に驚いたような反応も見せず、分かっていたように返答する。


「はい、少しだけお話をと思いまして」

「ふーん、まあ別に何でもいいけど。意味ありげな視線だけ向けられるのも面倒だから、さっさと要件を済ませてくれ」


 もっちゃんは佐藤君ににこやかな笑みを向けているけど、それはどこか挑発するような、観察するような目だけは笑っていない様子だった。


「私もまどろっこしい問答は嫌なので、単刀直入に言いますけど。佐藤君は澄ちゃんのこと、どう思ってるんですか?」

「……」


 早速本題に入るもっちゃんだけど、それは自身のこととかではなく、図書室で眠っている私のことについてだった。


 しかし、佐藤君はすぐに答えることはなく、暫し思考するような素振りを見せる。


「……よく、分からない」


 しばしの沈黙から出された、佐藤君の回答は何とも要領を得ないものだった。


 その回答に少しだけ眉を顰めるもっちゃんの反応を気にも留めず、佐藤君は口を動かす。


「俺は、アイツが……斗真が死んでから生きるのが面倒になったんだ」

「……」

「こうゆうことを言うとさ、からかわれたり、笑われたり、気味悪がられたりするかなって思ってたんだけどな……」

「笑うわけありません」


 夏特有の暖色が強い夕暮れの光に照らされた、もっちゃんの顔はいつもの笑みではなく、真っすぐで真剣な表情だった。


 どこか自嘲めいた顔と声で、どこか達観したような佐藤君の物言いを、もっちゃんは端的に否定する。

 それには佐藤君も目を見開いて驚く。


 心外だとばかりに、もっちゃんは小さくためため息をつく。


「私を他の人と一緒にしないでください。これでも人を見る目は持ってるつもりです、中学から鈴木君に向ける貴方の目に何も感じないなんてことはありませんでした」

「……話したこともないのに、よくわかるな」

「分かりますよ、私の友人がよく向けられているのと同じでしたから」


 もっちゃんはその友人を思い浮かべたのか、真剣な表情から少しだけいつもの笑みを溢す。

 佐藤君はそれを見て、目の前の彼女が誰を想像したのかを何となくでも理解する。


 多分、彼女が言っているのはあの少女のことだろう。

 生きることを諦めた自分の真っ白な世界に、柔らかい白髪をもって現れた少女。


「アイツは、美月はモテてるんだな」

「ええ、貴方は興味がなかったようですけど。あの子は心が無垢なの、誰にでも笑顔を向けて、誰からも愛されてる……私と違って」

「藤堂さんもモテるほうだとは思ってたけど、違うのか?」

「フフ、確かに澄ちゃんほどではないですけど、自覚はありますよ? でも、それがもたらす結果が違うんです」


 もっちゃんは一時期、いじめを受けかけていた。

 正確には、中学の頃に何度か悪戯をされたことがある。ただ、その行為がいじめまでエスカレートすることがなかっただけ。


 それを止めたのは、二人の友人。

 勝気な性格なのに友人のために泥を被ることに抵抗を持たない。思ったことをズバズバ言ってしまえる頼れる友達と。


 他人ならともかく、関係が近くなればなるほど騙されやすくなり、ガードが甘くなってしまう友達。

 多分、同姓であればキスでさえ挨拶や友好の印だと言ってしまえば、最初は疑いはすれど最後には私達を信じてしまうほどに、自分に近しい人を絶対的に信頼してしまう愛らしい少女。

 例え相手が自分のことを友人以上の目で見ていても、それを友情だと、思ってしまう程のお馬鹿さん。


 その二人の存在が、悪戯をお遊びで終わらせてくれた。


「なんか、そうゆうのって一番モテる方が、対象にされそうだけどな」


 妬みや嫉妬、そこから発生する閉鎖社会の歪みを知らなかった佐藤君は、自分の想像と違うことに少し驚く。

 そんな佐藤君の驚きに、もっちゃんは羨望の混じった視線を少しだけ向けると、小さく首を振る。


「ううん。あの子は絶対にそうならない、誰もあの子には勝てないから」

「……」


 その言葉に何が込められているのか、友情以外の感情を持ったことのない佐藤君には理解ができなかった。

 容姿の話をしているのかもしれないと、一般的な感性でそこまで推察することはできるけど、それ以上の言葉出てこなかった。


 佐藤君の沈黙が、理解や同情ではないことを分かっているのか、もっちゃんは気にすることもなく話を続ける。


「そして何より、あの笑顔を向けてくれるから」

「あの笑顔?」

「あら、佐藤君も見たんじゃないですか? あの子の優しい笑顔、自分を受け入れてくれると思わせてくれるあの陽だまりを」

「……」


 もっちゃんの言葉に佐藤君が思い出したのは、高校入学してから6月後半。

 親友以上の言葉があればそれを当てはめるであろう友人が、死んでから暫くしてようやく学校に行き始めた頃。


 話したことなんてほとんど無いはずなのに、いきなり自分が欠席していた間の授業ノートを笑顔で手渡してきた時の自信ありげな笑顔。

 ……違う。


 テニスを教え始めて、思ったようなショットが打てたときの、嬉しそうに喜ぶ無邪気な笑顔。

 ……違う。


 何かが違う、だけど自分が見たことのある笑顔はもっと……


「あれ? 本当に見たことないんですか……ヒントです。あの子って意外と相談事とか悩み事の話をされることが多いんですよ」


 まるで数学の授業で、解き方を知っているのに最後の所で変に勘ぐってしまい、答えに辿り着けない生徒に道を教えるような言葉。


 それを聞いてようやく、靄を晴らすような光を思い出す。


「……ああ、あれか」


 つい最近見たはずなのに、何故か忘れていた。というよりは気持ちが揺れるから思い出さなかったあの笑顔。


 自分のために生きて欲しい、そういった時のあの笑顔だ。


「なんですか、しっかり見たことあるんじゃないですか」

「……あれがなんだって言うんだ」


 恥ずかしさを隠すようにして、佐藤君は突っぱねるように言う。


「あの子の笑顔は毒なんです、他人の心に寄り添うには強すぎるんです。中学の頃、あの笑顔を向けられた男子生徒がストーカーになりかけたりしました」

「それって……」

「ファンクラブを作っていてよかったですよ、大事になる前に解決しましたし。あの子もストーカーには気付かなかったようですし」


 そういって小さく笑みを作るもっちゃんの顔は、何とも怪しい雰囲気を纏っていた。


「何事もなかったなら別になんだっていいけどよ、結局何が言いたいんだよ」


 このままでは話がどこに着陸するのか分からなくなった佐藤君は、少し苛立ちの篭った声で問いただす。


「あの子に向けられる感情は、深く歪んだものが多くなるの。だからもしも貴方がそうなら、あの子に近づいてほしくないの」

「……」


 唐突で押し付けるような、もっちゃんの言い方は誰が聞いても敵意を感じてしまうし、持たれやすいだろう。


 佐藤君も例にもれず、警戒するような視線をもっちゃんに向ける。


「っていうのは、いつもの話なんだけど。佐藤君には違う話があるの」


 しかし、もっちゃんは一度手を叩いて表情を一変させる。

 さっきまでも淡々とした感情を感じさせない空気はなく、いつもの様な優雅な微笑みを浮かべる。


 これに佐藤君は、今日何度目になるか分からない驚愕で、警戒していた目が困惑に揺れる。


「あの子、佐藤君と話すようになってからいつも以上にご機嫌なの。理由は分からないけど、あの子にとって佐藤君は特別っぽいのよ、妬けちゃうわね」

「いや、知らねえよ」

「他の異性には見せない笑顔を、私達にしか見せない笑顔を佐藤君に見せるのは、あの子が信頼している証なのよ」


 佐藤君には、もっちゃんの言っている言葉の意味が理解できなかった。


 そこにはもっちゃんや秋ちゃんといった、小中学校から近しい関係を築いてきた彼女たちにしか分からない、些細な違い。

 けど、それが意味することは大きく異なる。


 幾ら無垢でも、異性やたまに同性から向けられる視線に、どこか心の奥で怯える少女は笑顔に小さな変化が、中学の3年まではなかった変質が起きていた。


 簡単に言えば、自分に向けられる視線によって、相手に向ける自身の姿を少しだけ変えるようになった。


 笑顔はどこかよそ行きになり、会話では話を繋げることが無くなり、自ら近づくことをしなくなった。

 それは表面化することはなく、近しい友人二人でないと気付かないほどの小さな変化だった。


 高校に来てそれは如実に表れ始めている。

 少女の無意識な警戒が増えているのだ。


 だけどそれに気付いたのは二人の近しい友人だけ、最近話すようになった佐藤君はそれが分からずにいた。


「分からなければ、今度あの子に向けられる周囲の視線をよく見てみて。そしてあの子、澄ちゃんの行動を見てみて」

「……」

「それを見て気付いたら、私か秋ちゃんに連絡して頂戴。そしたら今日の話の続きをするから」


 もっちゃんは言うだけのことを言って満足したのか、佐藤君の返答を一切聞かずに踵を返す。


 佐藤君はそんなもっちゃんの背中に複雑な気持ちの混じった視線を向ける。

 そして、最後に言われた言葉が頭の中で反響し続け。それは家に帰っても途絶えることはなかった。


 時間にして数分、図書室で寝ていた私だけが、このやり取りを知ることはなかった。

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