表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/48

#12 自分のイメージする動きって、意外と出来てない

 テニスボールがバウンドして向かってくる光景は何度も見た。


 打ちやすい打点、タイミング、姿勢、グリップの握り、力を込めるタイミング、十数年前の3年以上続けていた時のおぼろげな記憶。


 コートに立ち、構え、意識を切り替えれば、記憶が体を動かしてくれる。体が覚えてなくても、私が覚えているから。


 佐藤君から握り方と振り方を教えてもらった後、私は実際に佐藤君から球出しをしてもらうことになった。

 やることは簡単、コートの対面にお互いが立ち、佐藤君が柔らかいボールを打ち出してくれる、私はそれを打ち返すだけ。


 本当は素振りとか、球出しの前にボールにラケットを当てる練習をするのだけど、ぶっちゃけると面白くない。

 部活でもスクールでもないテニスという遊びをしている感覚なので、佐藤にお願いして球出しにしてもらった。


「じゃあ、軽く打つから。まずはとにかくラケットの面にボールを当てることに集中してやってみよう」

「はーいせんせー、頑張りまーす」


 お互いにコートの対面に位置していることもあって、私たちはいつもより大き目な声でやり取りをする。


 久しぶりにボールを打つことを前に、私は正直ウズウズしていた。

 前世ではテニスが本当に好きだった。それは今世でも変わらない。


 だけど私がテニス部に入ると自動的に、鈴木君や佐藤君と合ってしまうこともあって、我慢していたのだ。

 やっとテニスが出来るという事実に、私のテンションは最高潮だ。


 喜びに身を任せていると、佐藤君がゆっくりとした動作でボールを打ち出す。


 前世では見慣れた佐藤君のフォームに、なんとなく新鮮さを感じつつも、私に向かってくるボールに意識を向ける。


 十数年ぶりだというのに、ボールへ向かう感覚は驚くほど自然だった。

 ボールの軌道から無意識打ちやすい打点へと向かい、構える。


「へえ……」


 佐藤君の意外そうな反応に気づかないまま、私は夢中でラケットを振る。


 ポジションは完璧、姿勢も問題ない。後は力まず振りかぶりインパクトのタイミングで力を込める。


「へい! ……あれ?」


 勢い良く振ったラケットは、私のイメージとは違う結果をもたらす。


 ラケットにボールが当たることはなく、ショットの衝撃もなく、振りかぶった状態で私は後ろを見る。


「……」


 そこには無慈悲に転がる蛍光色のボールがあった。


「まずはボールを落として振るところからやろうな」

「……はい先生」


 記憶はあっても、体は全く違うことを私は軽視していた。


 そのあと、私は佐藤君指導のもと、スイングの練習を始めた。


「手だけで振ろうとしてるよ。それだと手を痛めやすいから、もっと体を使って」

「ふん! ふん!」

「力み過ぎ、最初みたいに力はある程度抜いて振ること」

「……っふ! ……っふ!」

「良い感じだね、とても初心者の振り方には見えないよ」


 それはそうですとも、前世で貴方といっぱい練習したじゃないですか。


 佐藤君の指導を受けながら、自分の体に一番負担の掛からないスイングを作っていく。


 必死に何度もラケットを振るう私を見て、佐藤君は少し考えるそぶりをする。


(まあ、目の前にこんな美少女がラケットを振るってるからね、見惚れちゃうよね!)


「顔に出てるぞ、どや顔する暇あったらもっと集中しろ」

「あ、はい」


 時折注意を受けながらも、個人的な感覚ではかなり上達してきていると思う。

 前世の自分の振り方を思い出しながら、それに近づけるようにスイングを修正していく。


「ちょっとまって」


 佐藤君の静止で素振りを中断して、流れる汗を拭う。

 流石に夏に半身使っている時期ということもあり、素振りだけでも汗が垂れてくる。


「違和感あったんだけど、やっと理由が分かったよ」

「違和感?」

「美月のそれは男のスイングなんだ、女性と男だと筋肉量とかが根本的に違ってくるから、素振りの今は問題ないかもしれないけど。実際にボールを打とうとしたときに思うようにいかないと思う」


 佐藤君の指摘に私は目を見開いて頷く。

 そうだ、男性と女性では元々の土台が違う、それはプロの世界でも同じ。


 男女のプロテニスプレイヤーのスイングを比較すれば、それはよくわかる。

 女性は男性より諸々の力が足りない、だからプロでも男性以上に体を上手に使う必要がある。


「男の振り方になってるのは俺のスイングを見たり、多分テレビで見たのを真似てるんだと思うけど……これを見て」


 佐藤君はそう言うとスマホの画面を見せてくる。

 さっそく画面に映し出されている映像を見ようとするが、本日は晴天なり。画面の光が負けてほぼ真っ暗になってしまう。


「よいっしょっと、あ。ここなら見やすい見やすい」

「……」


 どうにか見やすい位置を探して体を動かす、最終的には佐藤君の隣で真上から見るようにしてようやく、画面に映し出されているモノが見れた。


 画面には女性テニスプレイヤーの練習風景が映っている。


 見慣れた男性テニスプレイヤーのそれとは違い、スイングのフォームから振り切った後までの細部で、男性と違うことが分かる。


 映像に映っているスイングを目に焼き付けるように、集中して見る。


「なーるーほーどーねー、こうやって振るんだ」

「……分かったなら、どいてくれないかな」

「え? ……あ、ごめんなさい」


 佐藤君の言葉でようやく今の自分の体制を理解する。


 スマホの所有者は佐藤君、そして佐藤君は自分が最も見やすい位置に画面を置いていた。

 だから私が画面の映像をよく見るためには、佐藤君が見やすい位置に移動する必要がった。


 結果、私はほぼ体を乗り出して、佐藤君に体を密着させながら、さっきまで画面を食い入るように見ていた。


 ま、相手が佐藤君ということもあって、変に取り乱したりすることもなかったけど。

 前世では結構当たり前の距離感だったりするので、私自身、意外と抵抗感が無かっただけだったりする。


 だけど今は一応性別が違うので謝罪と同時に離れる。


「えっと……役得だった、ね?」

「そんな役は要らない。興味もない」


 なんと、佐藤君はこんな美少女に興味を抱けないとは、何と悲しいことか。

 多分、恥ずかしいからそんな返しをしてしまうのだろう、大人な私は深く突っ込んだりしない、大人な女の子なので優しく見守ろうではないか。


「ほんと、お前って顔に出るよな」

「うぅ、秋ちゃんにも言われてることをよくも……気にしてるんだからね!」

「あっそ。それよりもさっきの動画で分かったと思うけど、男女じゃそもそも適した振り方が違う。だから振り方のイメージから変えてもう一回だ」

「なんか、佐藤君って私に対して冷たいよね」


 あまりの反応に少しいじけた言葉を発してしまう。

 しかし佐藤君は特にこれといった反応を示すことは無く。


「冷たかったらテニス教えてないだろ? 逆に優しいと思うけどな」

「あ、そっか、そうだよね。テニス教えてくれてるし、佐藤君優しいってことだよね……ありがとう!」

「……なんで……だよ……」


 佐藤君の説明に納得した私は、改めて優しい佐藤君にお礼を言った。

 前世でもよく佐藤君にこうして、誤解を解いて貰ってたのが懐かしく感じてしまう。


 だから自然と笑顔で感謝を伝えられたけど、佐藤君の反応は私が想像したどれでもなくて、どこか悲しい顔をしていた。


 どこか引っかかりを覚えたけど、多分テニスをしたことで鈴木君を思い出したのかもしれない。

 それなら私がするのは過去を掘り返すことではなく、佐藤君が元気になるように努めることだ。


「よおおおし! 私やるぞおおお!」

「……元気だな」


 相手を元気にするなら、まずは自分から。

 実際テニスを久しぶりに出来た私は、気分が高揚していて、自然と笑顔が出てしまっているので、後はその勢いを強めるだけだ。


 悲しい表情を浮かべていた佐藤君も、最初は気落ちしている感じだったけど、次第にいつもの雰囲気に戻っていった。


 加速させた気持ちをそのままに、私はラケットを思い切り振る。少し前まで注意されていたところを全てすっ飛ばしたスイングは、目も当てられなかったともう。


「ふりゃ! ふんにゃ!」

「だから力み過ぎ、言った事をすぐに忘れるなって、いつも……」

「ふんにゃああ!」

「……ッ」


 私は周りの目を気にしない、だけど面と向かった相手の事は気にするし、よく観察する。

 だからさっきみたいに、悲しい様子を相手が浮かべれば気づくことができる。気づけていると思い込んでいる。


 思い込んでいる私はいつも気づかず、見落として、取り溢してしまう。

 そうして落としてしまうモノは、決まって大切なものなのに……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[気になる点] 一気に読みましたが、冒頭とどう繋がっていくのかとても気になります! [一言] 本文の投稿場所が間違っちゃってます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ