#12 自分のイメージする動きって、意外と出来てない
テニスボールがバウンドして向かってくる光景は何度も見た。
打ちやすい打点、タイミング、姿勢、グリップの握り、力を込めるタイミング、十数年前の3年以上続けていた時のおぼろげな記憶。
コートに立ち、構え、意識を切り替えれば、記憶が体を動かしてくれる。体が覚えてなくても、私が覚えているから。
佐藤君から握り方と振り方を教えてもらった後、私は実際に佐藤君から球出しをしてもらうことになった。
やることは簡単、コートの対面にお互いが立ち、佐藤君が柔らかいボールを打ち出してくれる、私はそれを打ち返すだけ。
本当は素振りとか、球出しの前にボールにラケットを当てる練習をするのだけど、ぶっちゃけると面白くない。
部活でもスクールでもないテニスという遊びをしている感覚なので、佐藤にお願いして球出しにしてもらった。
「じゃあ、軽く打つから。まずはとにかくラケットの面にボールを当てることに集中してやってみよう」
「はーいせんせー、頑張りまーす」
お互いにコートの対面に位置していることもあって、私たちはいつもより大き目な声でやり取りをする。
久しぶりにボールを打つことを前に、私は正直ウズウズしていた。
前世ではテニスが本当に好きだった。それは今世でも変わらない。
だけど私がテニス部に入ると自動的に、鈴木君や佐藤君と合ってしまうこともあって、我慢していたのだ。
やっとテニスが出来るという事実に、私のテンションは最高潮だ。
喜びに身を任せていると、佐藤君がゆっくりとした動作でボールを打ち出す。
前世では見慣れた佐藤君のフォームに、なんとなく新鮮さを感じつつも、私に向かってくるボールに意識を向ける。
十数年ぶりだというのに、ボールへ向かう感覚は驚くほど自然だった。
ボールの軌道から無意識打ちやすい打点へと向かい、構える。
「へえ……」
佐藤君の意外そうな反応に気づかないまま、私は夢中でラケットを振る。
ポジションは完璧、姿勢も問題ない。後は力まず振りかぶりインパクトのタイミングで力を込める。
「へい! ……あれ?」
勢い良く振ったラケットは、私のイメージとは違う結果をもたらす。
ラケットにボールが当たることはなく、ショットの衝撃もなく、振りかぶった状態で私は後ろを見る。
「……」
そこには無慈悲に転がる蛍光色のボールがあった。
「まずはボールを落として振るところからやろうな」
「……はい先生」
記憶はあっても、体は全く違うことを私は軽視していた。
そのあと、私は佐藤君指導のもと、スイングの練習を始めた。
「手だけで振ろうとしてるよ。それだと手を痛めやすいから、もっと体を使って」
「ふん! ふん!」
「力み過ぎ、最初みたいに力はある程度抜いて振ること」
「……っふ! ……っふ!」
「良い感じだね、とても初心者の振り方には見えないよ」
それはそうですとも、前世で貴方といっぱい練習したじゃないですか。
佐藤君の指導を受けながら、自分の体に一番負担の掛からないスイングを作っていく。
必死に何度もラケットを振るう私を見て、佐藤君は少し考えるそぶりをする。
(まあ、目の前にこんな美少女がラケットを振るってるからね、見惚れちゃうよね!)
「顔に出てるぞ、どや顔する暇あったらもっと集中しろ」
「あ、はい」
時折注意を受けながらも、個人的な感覚ではかなり上達してきていると思う。
前世の自分の振り方を思い出しながら、それに近づけるようにスイングを修正していく。
「ちょっとまって」
佐藤君の静止で素振りを中断して、流れる汗を拭う。
流石に夏に半身使っている時期ということもあり、素振りだけでも汗が垂れてくる。
「違和感あったんだけど、やっと理由が分かったよ」
「違和感?」
「美月のそれは男のスイングなんだ、女性と男だと筋肉量とかが根本的に違ってくるから、素振りの今は問題ないかもしれないけど。実際にボールを打とうとしたときに思うようにいかないと思う」
佐藤君の指摘に私は目を見開いて頷く。
そうだ、男性と女性では元々の土台が違う、それはプロの世界でも同じ。
男女のプロテニスプレイヤーのスイングを比較すれば、それはよくわかる。
女性は男性より諸々の力が足りない、だからプロでも男性以上に体を上手に使う必要がある。
「男の振り方になってるのは俺のスイングを見たり、多分テレビで見たのを真似てるんだと思うけど……これを見て」
佐藤君はそう言うとスマホの画面を見せてくる。
さっそく画面に映し出されている映像を見ようとするが、本日は晴天なり。画面の光が負けてほぼ真っ暗になってしまう。
「よいっしょっと、あ。ここなら見やすい見やすい」
「……」
どうにか見やすい位置を探して体を動かす、最終的には佐藤君の隣で真上から見るようにしてようやく、画面に映し出されているモノが見れた。
画面には女性テニスプレイヤーの練習風景が映っている。
見慣れた男性テニスプレイヤーのそれとは違い、スイングのフォームから振り切った後までの細部で、男性と違うことが分かる。
映像に映っているスイングを目に焼き付けるように、集中して見る。
「なーるーほーどーねー、こうやって振るんだ」
「……分かったなら、どいてくれないかな」
「え? ……あ、ごめんなさい」
佐藤君の言葉でようやく今の自分の体制を理解する。
スマホの所有者は佐藤君、そして佐藤君は自分が最も見やすい位置に画面を置いていた。
だから私が画面の映像をよく見るためには、佐藤君が見やすい位置に移動する必要がった。
結果、私はほぼ体を乗り出して、佐藤君に体を密着させながら、さっきまで画面を食い入るように見ていた。
ま、相手が佐藤君ということもあって、変に取り乱したりすることもなかったけど。
前世では結構当たり前の距離感だったりするので、私自身、意外と抵抗感が無かっただけだったりする。
だけど今は一応性別が違うので謝罪と同時に離れる。
「えっと……役得だった、ね?」
「そんな役は要らない。興味もない」
なんと、佐藤君はこんな美少女に興味を抱けないとは、何と悲しいことか。
多分、恥ずかしいからそんな返しをしてしまうのだろう、大人な私は深く突っ込んだりしない、大人な女の子なので優しく見守ろうではないか。
「ほんと、お前って顔に出るよな」
「うぅ、秋ちゃんにも言われてることをよくも……気にしてるんだからね!」
「あっそ。それよりもさっきの動画で分かったと思うけど、男女じゃそもそも適した振り方が違う。だから振り方のイメージから変えてもう一回だ」
「なんか、佐藤君って私に対して冷たいよね」
あまりの反応に少しいじけた言葉を発してしまう。
しかし佐藤君は特にこれといった反応を示すことは無く。
「冷たかったらテニス教えてないだろ? 逆に優しいと思うけどな」
「あ、そっか、そうだよね。テニス教えてくれてるし、佐藤君優しいってことだよね……ありがとう!」
「……なんで……だよ……」
佐藤君の説明に納得した私は、改めて優しい佐藤君にお礼を言った。
前世でもよく佐藤君にこうして、誤解を解いて貰ってたのが懐かしく感じてしまう。
だから自然と笑顔で感謝を伝えられたけど、佐藤君の反応は私が想像したどれでもなくて、どこか悲しい顔をしていた。
どこか引っかかりを覚えたけど、多分テニスをしたことで鈴木君を思い出したのかもしれない。
それなら私がするのは過去を掘り返すことではなく、佐藤君が元気になるように努めることだ。
「よおおおし! 私やるぞおおお!」
「……元気だな」
相手を元気にするなら、まずは自分から。
実際テニスを久しぶりに出来た私は、気分が高揚していて、自然と笑顔が出てしまっているので、後はその勢いを強めるだけだ。
悲しい表情を浮かべていた佐藤君も、最初は気落ちしている感じだったけど、次第にいつもの雰囲気に戻っていった。
加速させた気持ちをそのままに、私はラケットを思い切り振る。少し前まで注意されていたところを全てすっ飛ばしたスイングは、目も当てられなかったともう。
「ふりゃ! ふんにゃ!」
「だから力み過ぎ、言った事をすぐに忘れるなって、いつも……」
「ふんにゃああ!」
「……ッ」
私は周りの目を気にしない、だけど面と向かった相手の事は気にするし、よく観察する。
だからさっきみたいに、悲しい様子を相手が浮かべれば気づくことができる。気づけていると思い込んでいる。
思い込んでいる私はいつも気づかず、見落として、取り溢してしまう。
そうして落としてしまうモノは、決まって大切なものなのに……