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#11 スポーツに全力な女の子は生の美しさ

 今世で佐藤君と初めて面と向かって言葉を交わせたあの日から数日。


 私は今、十数年ぶりに握るラケットと、新品特有の堅さを持つテニスシューズを履いていた。


 自分の白髪に合わせた白を基調としたテニスウェアを目の前にすれば、誰もが崇める完璧スポーツ美少女!


 ま、パパに肌はあまり晒しちゃいけないって言われてしまったので。

 上はともかく下は太ももから先の露出をなくすために、足首まであるスポーツ用スパッツを履いているけどね。


 もはやテニスの妖精にまでなれそうだと自負してしまう。


 足から感じる人工芝の反発が懐かしく、砂入り人工芝が作り出す滑りは、他のスポーツでは中々味わえない中毒性がある。


 久しぶり過ぎた事もあって、私は右へ左へ、走っては滑り、走っては滑り続けた。


「……何やってんだ?」

「あははー……楽しくて、つい……」


 夢中になって人工芝の上を滑っていた私に、佐藤君が怪訝そうに訪ねてくる。

 私が優斗と呼ばれていた時は、この人工芝滑りに飽きることなく遊ぶことが出来た。私の自慢できない長所ともいえる。


「……」

「ん? どうしたの……あ、私の完璧美少女(テニスウェア版)に見惚れてたんだね、分かります、分かります」

「違う。っていうかどんだけ自意識過剰なんだよ……」


 管理人が見たら即怒鳴りそうなほどの、人工芝泣かせ滑りを繰り返す私を、佐藤君がジッと見ていた。


 そんな私のテニスウェア姿に見惚れてしまったのかと思ったけど、佐藤君は顔色一つ変えずに否定する。


 照れちゃってまあ。お姉さんには分かりますよお~。

 というか照れてよ、私だって少し恥ずかしいんだから……


「それじゃあ、まずはラケットの握り方を教えるから」

「はーい、よろしくお願いしまーす」


 私同様、高校に入ってから新調したであろうテニスウェアを着た佐藤君が、ラケットを片手に近づいてくる。


 ここで状況を説明すると。

 私は今、学校近くにある市が管理するテニスコートの一面を借りて、佐藤君からテニスを教えてもらっています。


 数日前、佐藤君からキープ宣言を伝えられたのに、どうして当初の目的が達成されているかというと。

 それはキープ宣言直後に遡る必要がある……といっても、長く話すとあれなのでざっくりですが。



 ☆


「一旦保留で」

「……っえ?」


 少し晴れた表情を浮かべる佐藤君から放たれた、まさかの回答に私は思考が停止してしまう。

 というか、普通に考えてあの流れなら行けるはずだったのだ。


 変化が過ぎる魔球を受けた私は、バットで打ち返すこともできずにいた。

 佐藤君が再度口を開くまでの数秒、私は佐藤君をただ唖然と見つめるしかできなかった。


「いや、普通に考えてみろ。殆ど話したことのない美月のためになんて言われて、はい分かりましたって難しいだろ?」

「ええ~、いいじゃーん。こんな美少女のために生きてよ~」

「美月って普段のイメージと全然違うよな。自分を美少女とか普通言わないぞ」

「いーいーのー、だって本当のことだもーん。誰かの悪口言っているわけじゃないし、誰も迷惑してないからいいの!」


 佐藤君の言っていることは正しいし、理解できる。でもここまで来て納得なんてしたくない私は、駄々をこねる。


 美少女だから美少女といって何が悪いというのだ。むしろ、私は皆のために敢えて言っているだけ。

 私が自分でこういえば、皆も私のことを可愛いと言いやすいはずなのだ、というか可愛いって言ってください。


「俺も美的感覚狂ってるつもりはないから、美月が他の人と比べて容姿が優れているのは認めるけど。なんていうか……残念?」

「ひ、ひどいよ! 秋ちゃんならそんなこと……うぅ」

「言われてんのかよ……っていうか話を聞け、一旦保留って言っただろ」

「保留……?」


 私は親友の残念発言に涙を浮かべつつも。

 今は最優先にするべき話が残っているので、涙を堪えながら佐藤君に聞き返す。


「さっきも言ったけど、いきなりは難しい。でも、鈴木のことを考えてくれた美月の言葉を、無下にはしたくない」


 佐藤君は前世からこうゆう人間だ、感情をあまり表に出さないのに、話すときは言葉を選んでくれる。


 そうゆう佐藤君の良い所を知っている女子の間では、イケメンということもあって佐藤君の人気は高かったりする。

 前世では知らなかった意外な事実の1つだ。


「俺だってこのままじゃいけないことぐらいは分かってる。だから、少しずつ頑張ってみようと思う。だから今は一旦保留って言ったんだ」

「うん、分かった。私も佐藤君が前を向けるように応援するね」


 頑張ろうとする親友を応援しないなんて、今も昔も私がするはずない。


「まずは美月が今日お願いしてた所から始めようかなって、思ってるんだ」

「あ、じゃあテニス教えてくれるの!?」

「うお、一気に体近づけてくるなよ……」


 佐藤君の提案に、私は飛びつくようにして聞き返す。


 私が一瞬にして詰め寄ったこともあって、佐藤君は座った状態で体だけ反らしてしまう。


 美少女を目の前に体を反らすとは、なんと不届き者よ。後で後悔させてやる、私の相棒が黙ってないぞ?


「次、体反らしたらゴマ油もん吉が黙ってないからね」

「何もんだよそれ……話し戻すけど、俺は美月にテニスを教えようと思ってる。美月が嫌じゃなければだけど」

「元々お願いしたの私だよ? 嫌なわけないじゃん、むしろ大歓迎!」


 嬉しさで両手を挙げて喜んでしまう。


 これでアヒルさんと計画した当初の目的が達せられることになった。

 私の苦悩を最初から見ている人が居たら、私がどれだけ嬉しいのかが伝わるだろう。そんな人いないけど。


「じゃあ決まりだな、日程は後で決めよう。早く戻らないと1時限目が始まるからな」


 佐藤君の言葉に、私は慌ててスマホで時間を確認する。

 スマホに表示された時刻は、佐藤君の言う通り朝のHRが終わり、1時限目が始まる少し前だった。


 私たちはとりあえず連絡先の交換をして、急いで教室に向かった。


 佐藤君と二人で教室に戻ったこともあり、クラスのみんなから好奇な目で見られていたけど。

 十年来の悩みが解決に向かっている喜びで、胸がいっぱいだった私はその視線に気づくことはなかった。


 ☆


 ということがあって、後日日取りを決めて今日にいたりました。


 因みに、もしも佐藤君にテニスを教えてもらう計画が失敗したら。

 いっぱい練習して、佐藤君の前にライバルポジションキャラで立ち塞がろう作戦、を用意していた。


 そんなことを私が考えている間も、佐藤君はラケットの握り方について教えてくれていた。


 前世はゲームや友達と遊ぶ以外の殆どをテニスに費やしてきたから、佐藤君に教えてもらう必要はなかったりする。

 だけど私のために佐藤君が教えてくれているのが嬉しい、またこうして遊ぶことができるのだ、真面目に聞かなければならない。


「それで、握り方には大まかに二つあって……その持ち方……」

「え、何か変だった? これがなんとなく握りやすかったんだけど、間違ってたら教えて?」


 佐藤君が私のグリップの握り方を見て小さく呟く。

 十年以上のブランク、そして女の体になっても、自然と昔の握り方がしっくりきていた。


 だけど佐藤君の呟きを聞いて、もしかして握り方を間違えているのかと不安になってしまう。

 昔の記憶ということもあって、変な握りになってないか自分でも確認する。


 ラケットの握り方によっては、打ち方自体も変わりやすいこともある。だから、自分に合った握り方というのは最初に注意する必要がある。


「いや、間違ってない……ただ、斗真と同じ握り方なんだ、それ」

「え、あ……」


 佐藤君の言葉で、今度は別の意味で私は不安になる。


 バレるはずも疑われるはずもない私の秘密に、佐藤君の手が伸びてくる幻覚が見えるようだった。


 そんな私の気を知ってか、佐藤君は優しく微笑む。


「初心者向けな握り方だよ、斗真もずっとその握りだったから、特徴とか俺でも教えられるし丁度いいね」

「そ、そうなんだ。あははは、間違った握り方してて怒られるかと思っちゃった……」


 背中に流れる冷や汗が佐藤君に伝わらないことを祈って、私は以降も続いた佐藤君のテニス講座に耳を傾けた。

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