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#10 依存とは生き方なのではないだろうか

「……」

「……」


(き、気まずい……)


 あの恥ずかしいお願いから数分、ようやく落ち着いて来た私だけど。


 そのことを言い出せずにいて、ただいま絶賛佐藤君に頭を撫でられ続けています。


 いや、最初はすぐに言おうと思ってたんだけど、頭を撫でる佐藤君の手がどんどん上手になってきた。

 結果、秋ちゃんたちとは違う気持ちよさというか、安心感があって。


 もうちょっと、もうちょっとが続いて今に至りました。

 どうも私にはシリアル展開力というのが無いみたいで、もう後半は口が緩むのをどうにか抑えている状態です。


 というか、最近私泣くの多すぎないかな? 一生分の涙を枯らす勢いだ。


「も、もう落ち着いたか?」

「え、あ。うん、ありがとう。もう大丈夫……かな」


 佐藤君は私よりも落ち着いていたみたいで、出してくれた助け船に私は即座に乗らせてもらった。


 数分間という、短いようで実際の所長時間だったのに、ずっと撫でてくれた佐藤君には感謝しかない。


「それで、美月……さんは、斗真の気持ちを思ってくれたんだな」

(あ、初めて苗字で呼んでくれたかも)

「勝手に思っただけだよ、佐藤君みたいに仲が良かったわけじゃないし。でも、もしも私が鈴木君と同じ状況だったら、そう思うかなって……」


 まあ、本人なんですが。

 佐藤君に本当のことは言えないから、どうにか形を変えて伝えるしかないという、世界中で私だけのジレンマに陥りそうだ。


 もはや本当のことを伝えたら楽なんだけど、せっかく名前を呼んでくれたのに、もしかしたら逆戻り以上に不味い状態になるかもしれない。


(今世の私で佐藤君とまた、1から仲良くなっていくのもいいよね)


「……ありがとう。確かに斗真も同じこと思いそうだ、アイツはシンミリしたのとか嫌がってたよな……ハハッ、なんで忘れてたんだろ」


 佐藤君は小さく笑った。


 前世の私が死んだ日から、初めて佐藤君の笑った顔を見た気がする。


「そう、だからテニスとかもさ、いっぱい頑張って鈴木君を驚かせようよ!」


 私は佐藤君がポジティブになれるように、前世の自分が常々思っていた事も含めて、佐藤君にそんな提案をした。


 だけどそれを聞いた佐藤君の表情は、また少し暗くなってしまう。


 昨日、アヒルさんの話を私はふと思い出してしまう。私の普段外れる感は、こんな時ばかりは予想を裏切ってくれなかった。


「……俺、テニス辞めるつもりなんだ」

「え! なんで!?」


 あれだけテニスが上手だった佐藤君が、部活を辞めるなんて考えられなかった。


「俺さ、テニスってあんまり好きじゃなかったんだ」

「好きじゃなかったって、じゃあなんで……」


 思わず聞き返してしまう。


 佐藤君は少し卑屈そうに笑う。


「斗真だよ、アイツにあったのは小学校のクラブ活動だった」


 覚えている。

 私と佐藤君はそこで、学校が貸し出しているボロボロなラケットを夢中になって振っていた。


 例えボールが上手に打てなくても、ラケットに当てるだけで楽しかった。

 佐藤君も同じなんだとずっと思ってた、テニスが楽しいからあんなに一緒に練習をしたんだって。


 テニスを続けていた理由が前世の私とはどういうことだろう。

 私は一人考えこもうとしたけど、佐藤君は口を動かし続ける。


「アイツってさ、テニスをする時すっげえ楽しそうにするんだよ。勝てば笑って、負ければ悔しがってさ」

(ま、まあ。真剣にやってたからね! く、悔しがるのって別に変じゃないよね!?)


「そんなアイツとテニスをするのが好きだったんだ。だからテニスを続けてたし、練習だって面倒だけどいっぱいしたさ」

「……じゃあ、佐藤君がテニスを辞めようとしてるのって、鈴木君が……その、いなくなっちゃったから?」


 私がそう聞くと、佐藤君は力の抜けたような、最近どこかで見たような表情を浮かべる。


「そうだよ、俺は自分のためにテニスができない。アイツが喜んで、アイツが笑って、アイツが俺と遊んでくれるから!」


 佐藤君は言葉を繋げるたびに、その声を大きくしていき、顔を悲痛に歪める。

 それはまるで悲痛な鈍痛にもがいて、苦しんでいるようで。


 見ているのが、辛かった。私はどれほどの痛みを、癒えない傷を。親友に刻み込んでしまったのだろう。


「だから、もう。何もやる気が起きないんだよ。アイツが居ない世界なんて、意味がない……」


 佐藤君は座り込んで、自分を守るように膝を抱える。


 そこでようやく私は思い出した。佐藤君の今の顔を私がどこで見たのかを。


 母さんだ。


 転生したことを告白しに行ったとき、玄関で再開した母さんの顔だ。

 全てを失って、生きる気力を失った。生を諦めかけている表情。


 これが自分の罪なんだと思った。ならば、私は目を背けるわけにはいかない。手を伸ばさないわけにはいかない。


 私に、それができる理不尽なチャンスを、不平等に享受した身なのだから。


 ゆっくりと、手負いで怯える子犬を安心させるように、私という味方がいることを教えるために。


 私は佐藤君の頭に手を乗せる。


「それは、悲しいよね。辛いよね」


 前世でも殆ど触ることのなかった佐藤君の髪、女の子と違う少し固さのある髪を、ゆっくりと撫でていく。


 私だって、秋ちゃんやもっちゃん。たまに他のお友達にお願いされて、頭を撫でてあげたりしているのだ。

 他の人よりは頭なでスキルは高いと自負している。だって、皆嬉しそうにしてくれるし。終わった後ぎゅってしてくれるし。


「私には、佐藤君の気持ちは分からない。それに、私達って話したの殆どないし。だから私に出来ることは少ないけど……」


 これから言おうとしているセリフは、多分私の黒歴史になるだろうなと、ちょっと後ろ向きな考えが出てきてしまう。


 純粋にただ恥ずかしいけど。多分、今の佐藤君には必要な言葉だと思うから。


 私はためらわない。


「鈴木君の代わりなんて言うつもりはないけど。ただ私は、佐藤君に楽しく生きて欲しいの。鈴木君のためにも、佐藤君のためにも……私のためにも……」


 佐藤君の頭を撫でながら、私は佐藤君の頭を胸に抱きしめる。


 他人の心臓が鼓動を打つ音は、心が落ち着きやすいって、私が昔泣いていた時にママが言っていた。


 誰かを慰めたり、気持ちを落ち着かせたことが殆どない私は、そんな昔の実体験をそのままトレースするしか出来ない。

 でも、それで佐藤君の気持ちが少しでも落ち着くなら、ためらわずにするべきだ。


 私は、抱きしめた佐藤君に優しく声を掛ける。イメージはママ、私が泣いている時とかに、ママが優しく慰めてくれたあの声を思い出す。


「だから、誰かのためじゃないといけないなら……私の、私のために頑張ってくれないかな?」

「……美月、さんのため」


 小さく震えていた佐藤君が、私の言葉を聞いて、その振動を止める。


「うん、鈴木君の代わりにはなれないけど。それでも私は、私として佐藤君の支えになりたいの……」

「……ほとんど話したことないのにか?」

「ほとんど話したことないけど、私。鈴木君が思っている次ぐらいには、佐藤君のこと大事に思ってる自信あるよ?」


 消え入りそうな、小さなロウソクの火のような佐藤君の声を消さないように、私は抱きしめる力を少しだけ強める。


 本当に、これは一生の黒歴史になりそうだ。


「鈴木君みたいになんて言わない。だから、まずは私のために、私にテニスを教えてくれないかな?」


 佐藤君の生き方はきっと、依存なのかもしれない。

 だけど私は、誰かに依存する生き方を否定しない。だって、人間は一人じゃ生きていけないから。


 誰だって、程度はあっても自分以外の誰かに必ず依存している。


 それは1個人かもしれないし、特定の集合を指すのかもしれないけど、結局はそうしてお互いに依存することで、人は生きてきたと思っている。


 方向さえ間違えなければ。依存は憧れで、信頼で、信用で、誇りで、愛情で、好意で。そんなプラスの言い換えなんだと思う。


「私にテニスを教えてよ。真剣に私もテニスをやるから、全力で楽しんで、真剣に頑張るから。佐藤君に、そんな私を助けて欲しいの」

「……」

「返事がないよー? ほーらー、私がこんなに恥ずかしい気持ちでいっぱいなんだから、返事くらいしてよぉ……」


 佐藤君の反応の薄さは想定内だけど、ここまで言葉を紡いでもダメなのかという、マイナスな考えが出てきてしまう。

 そんな私の考えは杞憂だったみたいで、すぐに佐藤君の声が聞こえる。


「……もう、落ち着いたから。一旦、離れてくれないかな」

「あ、わ、わかった……」


 やっと帰ってきた佐藤君の言葉に、私は改めて自分の今の状況が、ちょっとアレなことに気づいてすぐに離れる。


 これが秋ちゃんたちにバレたら、裁判飛ばして即処断されそう。

 人目に付かない場所にしてよかったよぉ。


(ま、まあ。恥ずかしい思いはしたけど。私がここまで説得したんだから、これで佐藤君を元気付けよう作戦が始められるね!)


 実際の所、これでも佐藤君に少しも変化がなければ、私に出来ることはもうないんじゃないかと思ってしまう。

 だからと言って諦める理由にはならないし、諦めるつもりは毛頭ないけど。

 それでも、私の言葉が届かないのは少しショックだ。


 今日は少し卑屈目な私の考えは、やっぱり杞憂に終わってくれた。

 だって座り込んだ状態から持ち上げた佐藤君の顔には――


「一旦保留で」


 ――少しだけ笑顔が浮かんでいたから。

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