#09 私と俺の伝えられない思い
アヒルさんから、佐藤君と仲良くなるための方法を教えてもらった私は。
次の日の朝、目的第一優先状態になっていたこともあって、無遠慮に椅子に座っていた佐藤君に話しかけていた。
「佐藤君おはよ!」
「……おはよう」
挨拶の返答は貰えたけど、まだ佐藤君の気持ちは晴れていない様子だった。
(私が佐藤君を元気づけないと!)
私はそんな佐藤君をみて、気持ちを新たにして本題に早速入っていく。
「佐藤君ってテニス部だったよね?」
「中学からそうだけど、なに?」
アドバイスを貰えたあの後、アヒルさんから幾つか注意するところも教えられたので、そこを守りつつ言葉を選ぶ。
「私さ、最近テニスにちょっと興味が出てきたの。でも、私の周りにテニス上手な人いなくて……」
アヒルさんから言われた注意事項その1、佐藤君の落ち込んでいる原因には触れない事。
だから本人に直接、部活を休んでいるのかとかも聞かずに話を進める。
「それでなんだけど、佐藤君が良ければなんだけど、少しだけテニス教えてもらえないかなって」
「……なんで俺が教えないといけないのかが分からない」
先ほどより少し険しい表情で佐藤君は答える。
明らかに面倒だと思っているのが、私でも分かるほど顔に出ていた。
「そ、それは。佐藤君がテニスが上手だって聞いたからで、それで……その」
「……聞いたって誰からだ」
「えっと、す、鈴木……君?」
(あっ)
自分の考えの無さに膝から崩れ落ちる気持ちだった。
アヒルさんからの助言その1を早くも破ってしまい、その結果はアヒルさんの懸念していた通りになった。
佐藤君の目つきが鋭くなったのを見た私は、自ら毒沼に飛び込んてしまったのを悟った。
(私最低だ……やっと学校に復帰した佐藤君が、また学校に来なくなったらどうしよう……)
まるで相手の事を考えていない言葉に、自分がここまで愚かしい人間だったのかと自己嫌悪してしまう。
言い訳は出てくる、佐藤君のことを聞いた相手で学内の人を出せば、すぐさまボロが出る。
だけど学内以外の人を出せば、どうして佐藤君のことをその人が知っているのかという話になる。
だから、私が反射的に前世の自分を出したのは、普通であれば至極当然と言える。
……普通、であれば。
「アンタ、鈴木とどうゆう関係だったんだ」
「……」
佐藤君の声質がさっきまでと違うものだった。
私が中学のとき、十数年ぶりに佐藤君と話したときを思い出させる。
「答えろ、アンタは鈴木にとって何だったんだ」
どう答えたらいいのか分からなくて、黙り込んでしまった私に佐藤君は語気を強める。
(と、とりあえずここはダメ、周りに一目がない所に行かないと)
「わ、わかった。私と鈴木君の関係を話すから、付いてきて」
「……」
佐藤君は未だに私に強い視線を向けるけど、静かに席を立ち上がる。
他の人に聞かれない場所は限られている、その中でも移動に時間がかかる場所として屋上の出口前を選ぶ。
移動に時間のかかる場所を選んだのは、佐藤君に話す私と鈴木君の関係について考える時間が欲しかったからだ。
幸い、私の後ろを付いてくる佐藤君が話しかけてこなかったおかげで、移動中は思考する時間が取れた。
「ここなら人目につかないな、それじゃあ話してもらおうか」
屋上出口まで着くと、佐藤君はすぐに本題に入ろうとする。
学校の屋上は鍵が基本的に締まっている。
天文部といった部活動の一環として、一定の条件下でしか開けられない屋上出口は、基本的に人が来ることはない。
「私と鈴木君は、幼稚園ぐらいの小さい頃に、よく一緒に遊んでいたの」
ここに来るまでの間に、私が必死に考えた言い訳を説明した。
大前提として、鈴木君が佐藤君と会うよりも前に、私と鈴木君は出会っていて仲が良かった設定だ。
前世の鈴木家の近くには小さな公園がある、小学校に上がる前から私と鈴木君は、その公園で出会って一緒に遊ぶ中だった。
だから小学校に上がってから少しの間は、鈴木君と交流はあったし、家に遊びに行ったこともある。
しかし、小学校の上級生になるにつれて自然と話すこともなくなって、遊ぶことも3年生になった時には無くなっていた。
そして高校に上がってからようやく、久しぶりに少しだけ話す機会が何度かあったけど、そのあと直ぐに鈴木君は死んでしまった。
鈴木家の両親とは家に遊びに行った時に遊んでもらったりしたこともあり、少しだけ交流があったこともあり、葬式には参列させてもらった。
「じゃあ、俺のことは高校に上がってから優斗に聞いたんだな」
「そうだよ、佐藤君の事を聞いたのは高校に上がってすぐ、鈴木君が自慢するように教えてくれた」
「……そうか」
「だから、私と鈴木君は友達一歩手前ぐらいな関係だよ。私は、昔みたいに仲良くしたかったけど……」
「……」
私ながらよく考えたものだ、これなら誰かからボロが出る心配もない。
両親たちには後で口裏を合わせてもらうようにお願いすれば問題ない。
私の完璧な説明に、佐藤君はさっきまでの鋭い視線は無くなり、少し悲しい顔をして黙ってしまう。
(違う、私が見たいのはそんな顔じゃない)
「だからさ、私は仲良くなれなかったけど、佐藤君は違うでしょ。友達が自分のことで悲しみ続けるのって、嫌じゃない?」
「……」
「鈴木君なら、佐藤君には笑っていて欲しいんじゃないかなって。私が勝手にそう思ってるの」
これは私、鈴木斗真の本心だ。
目の前の親友は、凄く良い奴なんだ。
テニスが自分よりも下手で、教えてもらっても全然上達しないヤツを相手に、嫌な顔一つしない。
「佐藤君が良い人だって、鈴木君がいっぱい言ってたの」
前世では恥ずかしくて言えなかった。佐藤大翔という人間が好きだった。
「表情とか普段あまり変わらないけど、笑うときは凄く笑うし、意外とノリが良いし。熱い奴だって……」
大翔と言う男は勘違いされやすい、基本反応が薄く反応も淡々としていることが多い。
それでも、僕は知っている。親友だったから。
「私……鈴木君からいっぱい聞いたの……だから……」
こんな大翔を見たくない。
「さ、佐藤君は……げ、元気じゃないと。いけ……ないのぉ」
俺が知っている大翔は、俺が親友だと思っているお前は……
「アンタ……泣いてるのか?」
「――ッ!」
私はいつの間にか涙を流していた。
別に悲しいとかじゃない、辛いとかでもない。それでも涙が溢れてくる。
(……そっか、私。悔しいんだ)
どうして自分の命を捨ててまで助けたのに、親友なのに、佐藤君が悲しんでいるのをただ見ていただけなのが。
たまらなく、悔しいんだ。
「な、泣いて……ない」
「いや、泣いてるだろ」
「違うもん、これは……心の汗だから」
「そんな場所から垂れ流すなよ」
秋ちゃんがここにいたら、もっちゃんが目の前にいたら。
私はすぐに抱きついて慰めてもらっていたと思う、でも二人はここにいないし、いるのは佐藤君だけ。
二人に甘え切っていた私は、行き場のない気持ちをどうにか鎮めようと必死に涙をぬぐった。
自分より落ち込んでいるのに、助けたいと思っているのに。
親友の目の前で泣くしか出来ていない自分が悔しくて、拭ったそばから涙が溢れてくる。
「……泣くなよ」
「……あ」
そんな私の涙は、佐藤君が私の頭に手を乗せたことですぐに止まった。
秋ちゃん達みたいに誰かの頭を撫でたことがな佐藤君の手が、ぎこちなく私の頭を揺らす。
突然のこと驚いた私は、涙が止まった事にも気づかずに佐藤君の顔を下から見上げてしまう。
「わ、わるい!」
何故か私より驚いた佐藤君は、慌てて手を引っ込めようとする。
頭から消えそうになる圧迫感に、私はどうしてかとても寂しくて。
「ま、待って!」
だからとっさに呼び止めてしまう。
少し恥ずかしそうな顔をしてる佐藤君は、私の言葉を聞いて、手を引っ込めようとする状態で止まる。
「も、もう少しだけ、お願い……します。お、落ち着くまで……」
「……」
「…………ん」
自分でも何を言っているのか分からなかったけど、佐藤君は何も言わずに、私の頭を優しく撫でてくれた。
佐藤君の手はパパとも父さんとも違う感じで、ちょっとだけ温かかった。
気持ちが落ち着くまでの暫く、佐藤君の手が私をゆっくりと揺らした。