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#07 身内裁判って非情な流れになりやすい話

「ふっふふーん~、ふふ~ん」


 1日の授業が全て終了して、皆がそれぞれ自分が所属している部活に向かう中、私は廊下をリズミカルにスキップしていた。


 佐藤君にノートを渡すという私人生において、重大イベントを乗り切った私は。


 軽快な鼻歌を奏でながら、誰が見ても良いことがあったのだと思えるほどの、上機嫌オーラを周囲に主張していた。


(お昼はどうしてか二人とも殆ど喋らなかったけど、今日の成果を発表したら褒めてくれるかな~)


 そんな調子のいい思考を巡らせていると、いつの間にか私は自分が所属している部活。

 アナログゲーム開発部の部室まであっという間についた。


「二人ともー! 聞いて聞いてー!」


 HRが終わった後すぐに二人の姿が消えていたこともあって、私は二人が部室にいるものだと思い込んでいた。


 実際の所、それは合っていたのだけど、満面の笑顔を浮かべて部室に入った私の視界には、想定外の光景があった。


「澄ちゃんよく来たな、待ってたぜえ?」

「話はこの後いっぱい聞かせて貰いますから、まずはそこの椅子に座ってください」


 普段は会議用の長机を中央に数個並べて、それを皆で囲むように、もしくは仲良く並ぶようにして使っていた部室が、その姿を変えていた。


 そこにあったのはまるで面接会場だった。

 数か月前、この学校を受験したときの面接を思い出す光景が、私の目の前に広がっていた。


 面接官が座ると思われる位置に、秋ちゃんともっちゃんが座っていて、受験生が座るであろう椅子に座るように提示してくる。


 因みに、アナログゲーム部の部員は物凄く少ない。


 3年はおらず、2年生1人、部長を努めている人以外は私達だけ。

 私達3人が入るまで、そんな廃部リーチ状態だった部活ということもあり、1年目である私たちはこの部室を思い思いに使っている。


 唯一の2年生である部長は、気まぐれな人で、部活の活動目的である自作ゲームをたまに持ってくる以外は、基本部活に来ない。


「えっと、二人とも。ど、どうしたのかな?」

「いえ、どうもしていませんよ?」

「そうそう、だから早く座った座った」


 明らかに二人の空気は違っていた。


 笑顔なのに、その表情が何故か能面のように見えてしまう。


(わ、私なにかしちゃった……?)


 昨日までは普通だったこともあり、今日の私が何かしたのかと思い、私は今日の行いを思い出すけど、理由らしい理由が見つからなかった。


 二人の優しい声とは裏腹に、抵抗を許さないという意思を感じた。


 私は緊張した表情を浮かべながらゆっくりと、まるでこれから罪を裁かれる前の罪人のようだと思いながら。

 秋ちゃんたちと向かい合うように置かれた椅子に着席する。


「それでは澄ちゃん、本日はどうしてこのような事態になったのかご説明いただけますでしょうか?」

「だ、だから。こ、これってどんな状況なの……?」


 席に座るのを確認したもっちゃんは、すぐさま本題に入ろうとするけど、私の頭はその速さについていけなかった。


「かあー! 澄ちゃんは本当に分かってないの?」

「わ、分かんない……です。ごめんなさい」


 秋ちゃんが呆れたようにいうけど、本当にわからなかった私は素直に謝る。


「裁判長! 被告人には自身の犯した罪というのを、まずは自覚させる必要があると思いまーす!」

(もっちゃんは裁判長なんだ……)

「そうですね、では検察官は被告に、自分が犯した罪を自覚させてください」

(あきちゃんは検察官ってことは……これって事件なの!?)


 秋ちゃん改め、検察官の目がキラリと光るのが見えた。

 未だに状況は掴めないけど、このまま秋ちゃん達のペースに飲まれるのだけは、どうにかして避けなければならない。


「わ、私は何もやってません!」


 頑張って発した私の否定を聞いたもっちゃんは、眼鏡の奥から鋭いまなざしをこちらに向ける。


「ヒィッ!」

「被告人は許可を得てから発言してください。そして先ほどの発言は検察官の証言を待ってから行うようにしてください」

「さ、裁判長ぅ……」

「澄ちゃんも謎にノリノリだねぇ」


 何と無慈悲な裁判長、冷徹な眼差しと声色からは、幾多の修羅場をその目に焼き付けてきた証なのかもしれない。


「では被告人、貴方は今日の朝、同じクラスのとある男子生徒との不純異性交遊の疑いが掛けられています」


 秋ちゃんは普段と違い平坦な声で、エア眼鏡触りも加えて出来る女性検察官スタイルで証言する。


 しかし、そんな身に覚えのない証言を私は黙って聞き入れるなんてできない。


 私は裁判長(もっちゃん)に向けて手を勢い良く上げて声を上げる。


「い、異議あり! そ、そのような事実はございません!」

「被告人の異議を却下します」

「裁判長ぅ……」


 もっちゃんはちらりと私に目を向けるけど、すぐさま私の異議申し立てを却下してしまう。


「こちらには確かな証拠があります。裁判長、こちらを見てください」


 秋ちゃんは制服スカートのポケットから携帯を取り出して、裁判長に見せる。


「ふむ」


 裁判長は秋ちゃんの証拠と言っているモノを険しい顔つきで凝視して、確認が終わると私に先ほどより鋭い視線を向ける。


 秋ちゃんは裁判長に見せた画面を、私の方にも見せてくる。


「……あっ」


 私に向けられた携帯の画面には、満面の笑みで抱きつく女性と、驚いた表情を見せる男性、といった二人の男女の写真が映っていた。


 その二人を私はよく知っていた。旧知である私と佐藤君だ。


 動かぬ確かな証拠が、そこにはあった。


「被告人は何か弁明はありますか?」


 裁判長の先ほどよりも冷ややかな声が、私にナイフを向けてくる。


 全身から冷や汗を流しながら私は、どうにか声を発する。全ては自分を守るために。


「あ、あの時は感極まってと言いますか……嬉しくてついと言いますか……」

「全く、澄ちゃんは何時からそんな、男にポンポン抱きつく痴女になっちゃったんだか……」

「ち、違うもん。不純異性交遊とかじゃないもん……他の人にはしないもん」


 私はここで一つ見落としていた。

 私が佐藤君に喜びのあまり抱きついてしまったのは、前世の鈴木斗真としての記憶を持っているという、大前提を目の前の二人が知らないということだ。


 だから私が佐藤君に抱きついたのは、恋愛感情といったものではなく、ただの喜び故というのを二人に伝えるすべがないのだ。


 説明をするには、私に前世の記憶があるというのを二人に話さなくてはいけない。

 だけど、両親たち以外にはこの事実を伝えるつもりのない私では、先の発言は命取りになってしまう。


 秋ちゃんが私の発言を聞いて、目をカッと見開く。


「裁判長! 聞きましたか!? 被告人の発言はもはや、佐藤君が好きだと言っているのと同義です!」

「ち、違います! 裁判長! 聞いてください、私は本当に佐藤君に恋愛感情を持っているわけではありません!」

「裁判長、判決を!」

「裁判長、話を聞いてください!」


 私と秋ちゃんはもっちゃんに詰め寄るように、必死に声を上げる。


 具体的な説明が一切出来ない今の私は、もはやパッションで攻めるしかない。

 だから普段では出さないような強い声と視線を、もっちゃんに向ける。


 数秒の間のあと、もっちゃんは小さくため息をついて、先ほどまでの冷たい目つきから、優しいマリア様の目を私に向ける。


「分かりました、被告人の意見を聞きましょう」

「あ、ありがとうございます!」


 私は慈悲深い裁判長に向けて頭を勢い良く下げる。


 それから私はすぐに弁明を始めた。不満そうな表情を隠さない秋ちゃんにも納得してもらえるように、私は言葉を尽くした。


 佐藤君に対して本当に恋愛感情を持っていない事。

 抱きついたのは、鈴木君の事で気落ちしている佐藤君のために、何かしてあげられたことが嬉しくて、感極まってしまった事。

 今後はそうならないように気を付けること。


 前世の話を出来ない私は、言葉を慎重に選びながらも、二人の目を真っすぐ見て伝えた。


「もっちゃんに昨日言われて分かったの、相手のことを思って行動しなくちゃいけないんだって。だから……」


 それでも最後に結局、私は言葉尻をすぼめてしまう。


 そんな私に二人は優しい友人の顔を向ける。


「もう、澄ちゃんは本当に素直でいい子なんだから……」

「ま、澄ちゃんから色恋の話聞いたことないし。あの時の澄ちゃんはそんな気持ちなんて、これっぽっちも無かったって知ってたけどなー」

「ええ! じ、じゃあなんで裁判なんて開いたの!」


 秋ちゃんの告白に、私は驚く。


 まさかと思いもっちゃんのほうを見ると、もっちゃんはバツが悪いのか、引き攣った笑顔を作っていた。


 ここで初めて私は、二人がただふざけていたことに気づいたのだった。


「も、もおおおおおお!」


 私の絶叫が、部室内に響き渡った。

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