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#06 距離感を見誤る

「佐藤君、これよかったら使って!」

「……なにこれ」


 もっちゃんと秋ちゃんに相談した次の日、私は朝のHRが始まる前に佐藤君の元へ向かった。

 当然、私のバックヤードには秋ちゃんともっちゃんがいる。今日の私は強気だぞ。


 佐藤君は学校に登校してきたばかりで、席に着く前だった所を強襲する。

 そして昨日、家に帰ってから必死にまとめた授業ノートを佐藤君の目の前に、唐突に突き出す。


 佐藤君は少し戸惑っている様子で、私の差し出したノートを見る。


「佐藤君、一週間学校に来れてなかったでしょ? だから私、佐藤君がお休みしてた分の授業ノート作ったの」

「……いらない」


 佐藤君はそういうと私から視線を外してしまう。

 まあ、ここまでは中学のときのこともあるので、想定の範囲内。


 前世で親しかった時から、佐藤君は表情があまり表に出てこないタイプだった。


 無表情というわけではない、普通に笑ったり悔しがったりするし、感情表現はしっかりと顔に出してくれていた。

 でも、鈴木君が死んでしまったショックがまだ癒えていない佐藤君は、いつも以上に表情が固かった。


「ちゃんとお休みした分もやらないと、今度のテストとか危ないよ?」


 少し前までなら、親しかった記憶と今のギャップで二の足を踏んでいたかもしれないけど。


 今の私は違う。


 佐藤君が私から視線を逸らしても構わず話しかけると、決めているのだ。


「……なんでアンタに言われないといけないんだ」

「だって同じクラスじゃん、気にするのも心配するのも当然でしょ?」

「当然じゃないし、話したことなんて全然なかっただろ」


 佐藤君は視線を逸らしたままだけど、私を無視する様子は見せない。それならまだ可能性はあるということだ。


「そんなの私には関係ないよ……じゃあ先週の水曜日、歴史の先生が次のテストに出すぞーって言ってた所とか……分かる?」

「……」

「ほら、分からないでしょ? そんなところも私作のこのノートがあれば対策万全だよー?」

「……」


 佐藤君は昔から頭がいいけど、それは家で勉強しているとか、塾に通っているとかではない。

 授業を真面目に受けているだけなのに、中学のときは大半のテストで、好成績を叩き出せているのを私は知っている。


 だから、佐藤君は中学の時に風邪で学校を休んでしまった時は、授業を受けられなかった範囲の正答率がかなり下がってしまったこともある。


「今の佐藤君には私の助けがいると思うな―、主にノートとか」

「要らないし、求めてない」

「受け取ってくれると、私嬉しいなー」

「別にアンタに喜ばれる必要ないだろ」


 こんな美少女が甲斐甲斐しくしているのに、佐藤君は全くなびいた様子を見せない。

 何と強情な武士よ。


「さーとーうーくーん。ほらほらー、私のノート見やすいよー? もっちゃんにも頭はそれなりだけど、ノートはピカいちって言われてるんだよー?」

「……それ、褒められてるのか?」

「もう、私の事はいいの。それよりも大切なのはこのノート! せっかく佐藤君のために作ったのに……」

「……」

「作るの、大変だったんだよ……?」


 あまりに受け取ってくれない佐藤君の様子に、私は少しだけ気落ちしてしまう。


 頑張るって気持ちが薄れたとか、そうゆうわけではなく。私の頑張りが否定されているようで、悲しいのだ。


「……から」

「?」


 気落ちしていた私の耳に、佐藤君の小さい声が微かに聞こえた。


 でもその声があまりに小さすぎたことで、私はよく聞き取れなくて首を傾げてしまう。


「貸して、貰うから……その、せっかく用意してくれたのに、冷たく言って……悪かった」

「……」

「ど、どうした?」


 佐藤君が黙ってしまった私を心配して、声を掛けてくれるけど、今の私はその言葉認識する余裕がなかった。


 私の中には佐藤君が、私の作ったノートを受け取ってくれると言ってくれた、その言葉だけがぐるぐると回っていたから。


 さっきまでの気落ちしていた気持ちはどこへやら、私の心はどんどんテンションを上げていく。


「やったああああああ! ノート受け取ってくれたあああああ!」

「うわあ!」


 テンションが異常に高くなった私は、ついに最高潮を迎えて佐藤君に思いっきり抱きついてしまう。


 まるで前世の中学時代、佐藤君とテニスのダブルスの試合で、市の大会に初めて優勝できた時のように。


 そんなことを考えたのは私だけだけど、一瞬だけあの時の光景が脳裏に映ってしまう。


 この時の私がどうして、こんな突発的な行動を取ったのかと聞かれると、色々と理由が挙げられる。


 例えば、中学時代に初めて話しかけた時を除いてまともに佐藤君と会話できたことが、単純に嬉しかったとか。

 例えば、今世の私でも佐藤君と仲良くなれるかも、という希望が見えたから。


「はい! はい! これ、ノート! 渡したから、ちゃんと家に帰ったら使ってね!」

「お、おう……」


 ここが教室だということ、朝の登校時間でクラスの皆が登校しきっていないとはいえ、それでも殆どのクラスメイトが既に教室にいたこと。

 そして何より、今の私の性別が女だということすら忘れていた私は、抱きついた状態から少し離れると同時に、ノートを佐藤君に付き渡した。


 十数年ぶりに見た佐藤君の驚く顔を見て、さらにテンションが上がった私は、目的を成し遂げたという達成感を胸に、自分の席に戻った。


 その日の1日、私は上機嫌だった。


 そして上機嫌だった私はさらに、現在進行形で失敗していることに気づいていない。


「澄ちゃん……まったくなんてことしてんだよ……」

「女の子として、澄ちゃんにはしっかりとお説教をする必要がありますね」


 呆れた顔をした秋ちゃんと、張り付いた笑顔を浮かべるもっちゃんの視線に、私は気づけなかった。


 放課後の部活動で、私は秋ちゃんともっちゃんの前で正座させられることになった。

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