#05 例え友達でも困ったときに相談できる人って意外と少ない
佐藤君が学校に来たのは、私が前世の両親に全てを告白した日から、さらにもう1週間経った日だった。
6月後半、夏の暑さが日に日に増していく中、久しぶりに学校に登校した佐藤君の放つ空気は、そんな夏の暑さを一瞬忘れてしまうほどに、背筋が凍るようだった。
「ね、ねえ秋ちゃん。佐藤君が学校来たみたいなんでけど、その……」
「あーやっと学校に来たんだ、1週間以上休むって相当だな……って、空気はそれ以上に相当なもんだね」
「鈴木君のことが、本当にショックだったんですね。親友とも呼べる人を失った人の気持ちは、私達では想像もできませんよ」
もっちゃんの悲しそうな声で発せられた言葉に、私は少し考える。
もしも、もっちゃんや秋ちゃん、そして前世の親友である佐藤君が、目の前で死んでしまったとき。
私はどれほどの精神的なダメージを受けるのだろうか……そもそも、耐えらるのかすら想像できない。
多分、圧倒的なまでに私が実感できないだけだ、友達の死というものを。
「うん、私だって秋ちゃんたちがって考えただけで、辛いもん……」
「澄ちゃんは優しいからな、私達が死んじゃったらそれこそ一生のトラウマもんだよな」
「止めてよぉ……秋ちゃんが死んじゃうとか、冗談でも言わないでぇ」
秋ちゃんの口から、自分が死んだらという言葉を聞いた瞬間、おぼろげでもその光景が想像できた気がする。
それだけでも、確信を持って言えてしまう。
私は友達の死に耐えられない。
(想像するだけでこんなにも辛いのに、佐藤君にとっては現実なんだ……辛くないはずがないのに……)
1週間前までの自分を叱りつけたい気分だった。
どうして、私はあそこまで楽観的な気持ちでいられたんだろう。そう思えるほど、今の佐藤君は見ていて痛々しかった。
「秋ちゃぁん……」
「おー泣き虫澄ちゃんおいでー、大丈夫だからなー」
「……すっ、澄ちゃん。たまには私のっ。と、所にも来てくれていいんですよ?」
「ざーんねーん。今日も澄ちゃんは私がいいんだってよー」
佐藤君の気持ちを考えて、私は一人勝手に辛くなってしまう。
耐えられなかった私は思わず、秋ちゃんに抱きしめてもらう。
秋ちゃんの優しい抱擁で少し心が落ち着くけど、胸の奥にしこりのようなモヤモヤが消えることはなかった。
佐藤君を傷つけたのは前世の私だ。あの時の私が佐藤君の代わりじゃなくて、二人一緒に助かっていれば、こんなことにはならなかった。
2度目の人生で結末が分かっていたとはいえ、それでも言葉に出来ない後悔が少しずつ形作られていく。
「澄ちゃん、少しは落ち着いた?」
「も、もうちょっとだけ……」
もう高校生なのに、私の心は未だに成長できていないみたい。
☆
授業はいつも通り始まるけど、私の頭の中は佐藤君の事ばかりを考えていた。
(何か、私にできること)
贖罪なんて言わない、許してほしいなんて言えるわけない。
でも、私に出来ることで、佐藤君が元気になってくれるなら、なんだってしてあげたい。
私と仲良くしてだなんて我儘は言わない。
ただ、前世でいつも見ていた、あの笑顔が戻ってくれる事が私の願い。
(そう思うなら、行動するしかない。待ってるだけじゃ何も変わらないから)
パパとママ、そして父さんと母さんに告白した日のことを思い出す。
怖かった、嫌われるんじゃないかと。正気を疑われて、今まで見せてくれていたあの笑顔が消えてしまうんじゃないかと。
怖がっていたのは私だけだった、パパとママはそんな私のちっぽけな秘密なんてお見通しだったし。
父さんと母さんにあったときは、まるで別人のように疲れ切っていた様子だったけど、最後には笑顔になってくれた。
一人怖がって、何もしていなかったら。
私はパパとママに本当に心から寄り添うことが、今も出来ていなかったと思う。本当の家族に成れないって、一人勝手に悩み続けていたはずだ。
父さんも母さんも、私が死ななければ、あんな辛い顔をさせることはなかった。
だけど、告白をしなければもっと辛い顔を、苦しい思いをさせてしまっていただろう。
私が前世と同じ自体に転生したのは、神様から貰った1度きりのチャンスなのかもしれない。
(そうか……今の私はチャンスを与えられているんだ。他の人が欲しくても手に入らない、理不尽なチャンスを……)
あの時にああしていたらよかった、あの時あんなことをしなければ。
もう一度あの日に戻れたなら、今度はもっと上手くやれる、選択を間違えたりなんてしないのに。
誰もが後悔して悔やんで、それでも受け入れるしか出来ない残酷な世界で、何もしていない私だけがチャンスを理不尽に与えられてしまった。
これは決してお金などでは手に入るといった次元の話じゃない。
望んでいなかったとしても、チャンスを与えられたのなら無駄にするわけにはいかない。
無駄にしてしまうのなら、私はどうして前世と同じ時代に転生したのかが分からない、私が私を認められなくなってしまう。
(多分、このために私は転生したんだと思う)
私は一人決心した。
(何としても、私は佐藤君を元気にして見せる)
前世の親友一人元気にできなくて、何が完璧美少女か。
☆
1日の授業が全て終わり、先生の挨拶と合わせてクラスが解散になる。
鈴木君と佐藤君の関係性を知っている人達は、一瞬だけ佐藤君のほうに視線を向けるけど、すぐに視線を帰路に向けてしまう。
秋ちゃんともっちゃんが、私の所へやってくる。
「澄ちゃん、部活いこー」
「今日は授業中もずっと上の空でしたけど、佐藤君のことで悩んでいるのですか?」
「うん、そうなんだ。私、佐藤君元気になって欲しい」
もっちゃんの問いかけに、私は素直に答える。
ここで誤魔化したりすることを私はできない。
「でもさ、澄ちゃんと佐藤君ってなんも接点とかないよね?」
秋ちゃんの言葉に頷く、私は中学の時、佐藤君に初めて話しかけた時に明確な拒絶をされてしまって以降、佐藤君に話しけることが出来なくなった。
それは高校になっても変わらない、だから私は佐藤君に近づくことに、躊躇いを覚えてしまう。
「……でも、だからって。何もしないって言うのは……したくない」
「かあー、佐藤君はなんで澄ちゃんにこんなに愛されてるんだろうねえ」
「からかわないでよ、好きとか嫌いとかじゃないの。ただ、佐藤君には元気になって欲しいだけだから」
美少女に転生したからといって、私の恋愛観は正直歪な気がする。
高校に上がった今現在、私は好きになったことがない、例え前世の記憶を含めても。
当然、前世の親友にそんな恋心とか特別な感情を抱くわけもない。
私はただ、友達として佐藤君を助けたいだけ。
気が付かない内に、私は声のトーンを落としていた見たいで、秋ちゃんが少し申し訳なさそうにする。
「……そうだね、今はそうゆう話じゃないもんね。ごめんね? 澄ちゃん」
「そんなことない、秋ちゃんは何も悪くないの、私こそごめんなさい……」
「どうして二人の空気が悪くなってるんですか!」
自然と悪くなってしまった私たちの空気に、もっちゃんのあまり聞かない強い声が断ち切る。
普段聞かないその声色に、私と秋ちゃんは呆けてしまう。
そんな私達の様子を気にせず、もっちゃんは言葉を続ける。
「秋ちゃんも澄ちゃんも、難しく考えすぎです! 秋ちゃんはいつもみたいにヘラヘラしてればいいの!」
「へ、ヘラヘラって……」
もっちゃんによる突然の口撃に、秋ちゃんの口が引き攣る。
秋ちゃんの反応を気にも留めず、もっちゃんは私のほうを見る。
(あ、次は私だ)
「澄ちゃん!」
「は、はい!」
もっちゃんの勢いに私は反射的に声を大きくして返事をしてしまう。
普段温厚なもっちゃんがこうして気を荒立ているように見えるのは、今日が初めてというわけではなかった。
前にも何度か、私と秋ちゃんが喧嘩したときだったり、秋ちゃんの悪戯の度が過ぎた時に度々見せる姿だ。
優しいもっちゃんだからこそ、怒るときは私達を思っているというのがよくわかる。
目は怒っているのに悲し気で、声は大きくなるのに震えているから。
「もしも私達が落ち込んだ時、澄ちゃんならどうするの!」
「え!? え、えっと……い、いっぱい話しかけます!」
「私達が何日も落ち込んで学校に来なかったとき、澄ちゃんならどうするの!」
「い、家に行って元気づけます! あ、あと。授業のノート頑張ってとって、もっちゃんたちに渡します!」
もっちゃんの久しぶりなお叱り状態に、私は出された質問に反射的に答える。
深く考える時間を与えられない答えは、本心に近いというけど、これは本当なのかもしれない。
だって、実際にもっちゃんの言った状況になったら、私は自分で行った事を本当にするだろうと、違和感なく思えたからだ。
私の回答に満足したのか、もっちゃんは数秒でいつもの優しい、ぽわぽわもっちゃんに戻ってくれた。
「なら、私達にするように……佐藤君にもすればいいじゃないですか、ね?」
「あ……」
もっちゃんの言葉に、私は声を漏らす。
(そうか、簡単に考えればいいだ)
自分の親友にするように、前世の親友にも同じことをすればいいんだ。
そんな簡単な事にすら、今の私は気づかなかった。
心のモヤモヤがスーッと消えていくのが分かる、何をしたらいいのか、今の私ならハッキリと分かる。
こんなにも簡単なことだったんだと、少し前の悩んでいた自分が少し恥ずかしい。
「ありがとう、もっちゃん……」
「良いんですよ、ほら」
親友の優しさに、頼もしさに、私は感極まって泣きそうになってしまう。
そんな私をもっちゃんは両手を広げて、私を受け止めてくれる姿勢を見せてくれた。
我慢できなかった私は、躊躇いもなくもっちゃんの胸に飛び込んだ。
「わふぅ……」
「あ、もっちゃん朝のこと根に持ってたな……」
秋ちゃんとは違う、女性を強調する柔らかさが私を包み込むせいで、私は秋ちゃんの言葉を聞くことはできなかった。
しかし、今の私にはそんなことは小さなことで、もっちゃんの少し甘くて爽やかな匂いに、荒れてしまいそうな心が落ち着ていく。
もっちゃんは小学生の頃から、魔性の女だった。
そうして、私が落ち着くまでもっちゃんは私を離さないでくれた。
落ち着いた私は、もっちゃんから離れる。
「落ち着きましたね?」
「うん、ありがとう。もっちゃん」
「フフ……今日の澄ちゃんは謝ったり喜んだり、大変そうですね」
「ほんと、澄ちゃんは見てて飽きないよねえ。ま、澄ちゃんらしいけどさ」
「えへへ、二人ともすきぃ……」
秋ちゃんと、もっちゃんの言葉に、何故か気恥ずかしくなってしまい、私は小さく微笑んでしまう。
目の前にいる頼もしい二人だからこそ、私はいつも学校が楽しくて、元気なんだと思えてしまう。
自然と心の声を漏らしてしまうほとに、感極まってしまった。
「……もっちゃん手を離してくれないかな」
「……秋ちゃんこそ、私のスカートから手を離してくれませんか」
もっちゃんと秋ちゃんがお互いに悪戯し合っている光景をみて、私の微笑みは笑顔にクラスアップする。
大切な親友二人が付いているのだ、今の私に怖いものはない。
「絶対、私のほうが澄ちゃんに頼られてる!」
「何を言ってるんですか、先ほど落ち込んでいた澄ちゃんを助けたのは私ですよ? どちらかなんて、自明の理ではありませんか」
どうしてか二人が言い争っているように見えるけど、二人とも口元が緩んでいたから、ふざけているのだろう。
そこで私は気が付いた。
既に教室に残っていたのは私達だけだったということに。
どうやら私達が話し合っている間に、皆帰ってしまったみたいだった。
佐藤君もいつの間にか消えていて、早速話しかけようとした私は肩を落としてしまう。
(ああ、だから私達が騒いでいても、何も言われなかったんだ……)
教室に誰もいないのなら、これ以上ここにいる必要もない。
佐藤君には明日話しかければいいだけだし。
そう結論付けた私は、未だにじゃれている、秋ちゃんともっちゃんの両腕を抱きしめるよう飛びつく。
「うわっ!」
「きゃっ! す、澄ちゃん危ないじゃないですか……」
「んふふー、二人とも。他の人みんな帰っちゃったしさ、部活行こ!」
私の言葉で二人はようやく、教室に私達以外の誰もいないことに気が付いたようで、小さく声を漏らしてしまう。
少し締まりの悪そうな二人の顔を無視して、私は二人の両腕をホールドしたまま歩き始める。
なんだか今日は足が軽い気がするのは、気のせいじゃないと思う。
「腐腐腐、澄ちゃんが私の腕を……柔いです」
「もっちゃん出ちゃってる出ちゃってる、まだ部室着いてないぞー?」