#04 父の背中は大きくて暖かい、そしてたまに小さくなる
私が覚えている父さんの記憶は意外と少ない。
別に父さんとの思い出がないとか、相手にされていなかったとかではなく、単純に覚えていないだけだけど。
それでも十数年ぶりにあった父さんの顔は、当然だけど私が覚えている顔そのままだった。
母さんのときもそうだったけど、どんな顔をしたらいいのか分からなかった私は。
余計な事を考えないようにして、努めて説明に集中した。
そんな身勝手な私の説明を父さんは黙って聞いてくれて、私が全部話し終えた時に何度か頷く。
「なるほど、それじゃあ斗真は佐藤君を助けて死んだ後、澄香ちゃんとして転生……生まれ変わったってことか……」
母さんほどではなかったけど、久しぶりに見た父さんの顔はどこかやつれている様子だった。
悲しそうとかはでないけど、どこか心に穴が空いたような。
上の空の様子だったけど、母さん同様に説明すると、記憶にあった父さんの顔になってくれた。
「そうなんだ……勝手に死んで、ごめんなさい」
申し訳ないと、父さんに謝罪した。
「本当だ馬鹿たれ、親より先に死んじまうバカがどこにいやがる」
「ごめん」
父さんの久しぶりに聞く口の悪い言葉、申し訳ないという気持ちと、父さんの懐かしい話し方がまた聞けたという喜びが湧き上がってくる。
そうだ、父さんはいつもこんな話し方だった。荒々しい話し方で、優しい言葉をくれる父さんが目の前にいるのだと、実感できた。
「俺は勝手に死んじまうバカに育てたつもりはねえ。だがな、友達を助けねえクズにならなかっただけましだ」
「父さん……」
「んだから、まあ。その……なんだ……よくやった」
どこか恥ずかしそうに、ぶっきらぼうな言葉とともに、父さんは私の頭を優しくなでる。
ママや母さんと違う固い男の人の手で、パパと違い慣れていない荒々しい手つきだった。
「と、とう……さん……」
自然と涙が溢れる、母さんと泣いた直後なのに、一体人間の体にはどれほどの涙が貯まっているのだろう。
「泣くんじゃねえよ……」
泣いていたのは私だけじゃなかった、私は前世でも見なかった父さんの涙を、初めて見た。
そんな父さんを見て、母さんもまた泣いていた。
最近、私の周りでは泣く人が多い気がする。
「斗真、じゃなかったな。澄香ちゃん、色々話したいことはあるが今はこんな状況だ。一旦落ちこう」
「うん、そうだね」
父さんの提案に同意すると、父さんは一度両手を叩いてパンッて音を出す。
「よっしゃ、じゃあ久しぶりに父と息子の水入らずで風呂にでも入っか!」
おいコラ変態。
「父さん、私前世の記憶があるって言ったよね。だから父さんが母さんに隠してる事とかも、しっかり覚えてるんだけど?」
私の気持ちをへし折ってきた父さんに、私は引っ込んでしまった涙の代わりに、悪い笑顔を向けた。
父さんは「あ……」と間の抜けた声を発するがもう遅い、既に父さんの肩には母さんの手が掛けられていた。
「お父さん? 私に何を隠しているのか、教えてもらえるかしら?」
「か、母さん! い、今はちょっと違うんじゃないかなと……」
母さんの冷たい笑顔と、挙動不審な父さんの対応は前世でもよく見た光景だ。
漫画とかなら、背景にゴゴゴゴゴッみたいな効果音が付いていても可笑しくない迫力だ。
この光景を小さいことから見ていた私は、我が家のヒエラルキーを子供ながらに、本能的な部分で構築されていったのはいい思い出だ。
「す、澄香ちゃん。父さんが悪かったから、な? た、助けてくれ!」
そしてこうやって都合が悪くなると、私を頼ってくるのもいつもの光景。
見慣れたその光景をまた見れていることが、夢のように思えた。
見慣れた光景に当然、私の回答はいつも決まっている。
「母さん、父さんの部屋にある哲学書に、父さんは定期的にへそくりを溜めてるっぽいよ」
変態に慈悲はない。
母さんは私が提出した証言を確かめるべく、すぐさま2階にある父さんの部屋に向かった。
「ま、待ってくれ! 母さん! 母さあああああああん!」
父さんの情けない悲痛な叫びが、久しぶりに鈴木家にこだました。
☆
あれから少しして、父さんのため込んだへそくりを回収した母さんと、最初とは別の意味で生気を感じさせない父と向かい合う。
「父さん、母さん、それでちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何かしら?」
隣にいる抜け殻に母さんは一切目もくれず返答する。
「あのね、佐藤君のことなんだけど、私が死んでから学校にまだ一度も登校してないの」
「佐藤君ね、あの子も辛い思いをしたから……」
私の質問を聞いて、母さんがどこか納得したような様子で返す。
「でも、それなら佐藤君にも私達みたいに、転生したってこと伝えたらいいんじゃないの?」
母さんの提案に私は渋ってしまう。
「私もそれは考えたけどさ、でも信じてもらえないと思うんだ。だって、自分を庇って死んだ友達が美少女に転生してましたって、信じられる話じゃないでしょ?」
「じ、自分で美少女とかいうあたり、貴方は私たちの息子なんだけどね……」
事実は事実だ、私が美少女だということは変わらない事実なので。
「それに、私が死んだからまだ1週間も経ってない。もしも信じてもらえなかったら多分、最悪な結果になると思う」
「それもそうね……って、私達にはいいの?」
一瞬だけ納得しかけた母さんが、慌てて聞いてくる。
佐藤君の場合はちょっとどうかと思っていたけど、父さんと母さんなら信じてもらえると、心のどこかで思ってた。
「まあ、母さんたちなら信じてくれるって思ってたし。だめでも証拠を叩き付ければどうにかなるかなって」
実際、母さんも父さんも。自分が隠していたへそくりの場所を言い当てられたことで、最終的には信じてくれた様子だったし。
それがだめでも、他に提示できる証拠はいっぱいある。
だって家族だから。
「でも、佐藤君の場合だと確かな証拠ってないんだよね。遊んだりとか、部活の話とか色々あるけど」
「それがあるなら、そのまんま佐藤君に言えば……」
「最悪ストーカーって思われるかもしれない」
私は中学の時に一度佐藤君と話したことがあったから、それを伝えた。
あの冷たい佐藤君を見た後だと、本気でそう思われてしまう可能性がある。
母さんも良い案が浮かばないのか、眉間に皺を寄せて唸ってくれるが、深いため息と諦めの表情を見せる。
「んー。それじゃあ仕方ないわね、斗真としてじゃなくて。澄香として佐藤君に接していくしかないわ」
「やっぱり、そうなるよね……」
何か良い案がと思ったけど、それはやっぱり難しいようだ。
私は鈴木君が死んでから、まだ佐藤君にあっていない。
だから私達が今唸っていることも、杞憂に終わるかもしれない。まずは様子を確かめてから対応を考える必要があるのかもしれない。