#02 子供が親に隠し事するのは、嫌われたくないから
「お父さん、お母さん。お話があります」
家族みんなで食べる夕食時、私は両親を前に告白することにした。
前世の記憶が戻った時はハッキリと言えなかった、前世の話を。
私の様子にただ事ではないと判断したのか、両親はご飯を食べる手を止めて静かに私が次に発する言葉を待つ。
「私、前世の記憶があるの」
私は言葉を選んだりするのが得意じゃないから、こうして直接的な言い方しかできない。
もっと良い言い方があるはずなのに、タイミングも夕食時じゃなくてもよかったはずなのに。
両親に告白した直後、私は自分の行動の浅はかさに自己嫌悪してしまう。
(だけど、伝えなくちゃいけない。そうしないと私が前に進めないから。これで例え、パパとママに嫌われたとしても……)
覚悟はしている、だからと言ってそれは辛いということじゃない。
怖いものは怖いし、辛いものは辛い。私のちっぽけな心は、今にも張り裂けそうだった。
告白から数秒の静寂、口を開いたのはパパだった。
「なんだ、お父さんなんて言うもんだから、高校に上がって彼氏でも作ったのかと思ったじゃないか」
「そうよ澄香、いつもみたいにパパとママで良いじゃない。高校に上がったからってそう呼んじゃいけないわけじゃないのよ?」
「えっと……そ、そうじゃなくて」
両親の言葉を聞いたとき、私はいつの間にか顔を下に向けていたことに気が付いた。
自分の想定していたどの反応でもない、全く意に介していない両親の言葉に、私はゆっくりと顔を上げて両親の顔を見る。
そこには普段と変わらない、優しい顔をしたパパと、笑顔を浮かべている母がいた。
「分かってるさ、澄香に前世の記憶があるって話だろ? そんなこと、澄香が幼稚園の時から知ってたさ」
「自分で言ったの覚えてない? ほら、高熱で入院したときに知らない男の子の夢を見たって。あ、でもずっと前のことだから覚えてないかもね」
あっけらかんとした両親の態度に、私は自然と全身に入れていた力が、栓を抜いた風船のように萎んでいった。
「ええっと。そ、それは覚えてるんだけど、でもその時って結構曖昧な言い方というか、前世って話もしてなかったよね?」
あの時の私は、いつも優しい二人の顔が消えるのが怖くて、曖昧な表現でしか伝えなかった。
でも、両親はそれだけで分かっていたようだった。
「あの時、夢の話をするときの澄香の顔をパパは今でも覚えてるよ。パパのプリンを取って怒られた時みたいに、パパに嫌われたくないって顔してたから」
「だから私達で話し合ったの、結論はすぐに出たけどね。澄香にどんな前世があっても、私たちの可愛い娘に変わりはないんだから」
そう言って笑う両親の顔を見て、私の心のダムが決壊したように涙が溢れてきた。
「ぱ、パパぁ……」
「ああ、僕は澄香のパパだ。世界で一番可愛い天使のパパだよ、それは今も昔も、未来も変わらないさ」
「……ま、ママぁ……」
「なあに、私の可愛いお宝さん。ほら、泣いてないで笑った顔を見せて?」
私は声にならない嗚咽が止まらなくて、気が付いたら二人に抱きついて大声で泣いていた。
「高校生になったって、澄香はまだまだ子供だな」
そう言いながらパパとママは私を優しく抱きしめてくれる。
二人の聞きなれた声が、久しく感じなかった体温が。私の涙を止めさせてくれない。
ずっと、ずっと恐れていたモノが、自分で勝手に作ったものだったなんて、思いもしなかった。
私が泣き止むまで、二人はずっと私の頭を優しく撫でてくれた、小さいころにしてもらったように。少し皺の増えた手がどうしても愛おしかった。
この手に私は今まで守られて、育まれてきたのだと思えた。
「それで、どうして今になってそんな話をしたんだい?」
ようやく泣き止んだ私に、パパが聞いてくる。
ここで改めて私は、先日死んだ鈴木斗真という男の子の話をした。
彼が前世の私だということを。
始めは流石に二人とも驚いたけど、すぐにまた優しい顔に戻る。
「それで、澄香はどうしたいんだ?」
「今度のお休みの日に、前の両親にあってくるつもり。そこで全部打ち明けて、謝ってくる。死んじゃってごめんなさいって」
「そうか、澄香がそうしたいならパパとママは応援する。一緒に付いてきて欲しいなら一緒に行ってあげるよ?」
パパの優しい言葉に、一瞬だけ心がぐらついてしまう。
(でもだめ……これは私が一人でやらないといけない。こんな親不孝者を育ててくれた父さんと母さんに、私が謝るんだ)
「ありがとうパパ、でも大丈夫。これは私がやらないといけないことだと思うから」
「分かった、じゃあ頑張るんだよ?」
「……うん、頑張るね」
どうなるか分からないけど、やれるだけやるしかない。