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異世界貴族につき・・・  作者: 茶と和
第1部 田舎の異端児
9/33

09 勉強しよう! 1

 御使い様との話しも終わり、なにか分かったら会う約束をして引き揚げようとしたが、「人の子を1人で返すのは心配ね」といって、結局、御使い様は最初に会った草むらまで送ってくれた。森の主も倒したくなかったようだし、結構面倒見のいい優しい性格のようだ。生命力や女性的なイメージが強い地母神の御使いだからだろうか。


「いい! あんたの魔力は確かに強いけど、くれぐれも過信するんじゃないわよ!」

「分かっています。だから人が来ない場所でこうして1人で練習していたんです」

 御使い様は最後にくぎを刺して帰っていった。

 日も傾き始め、もうすぐ夕刻を迎えるが俺はまだ草むらに残り、今日のことを改めて振り返る。今日は濃い1日だった……。


 三馬鹿に始まり、御使い様、森の主、魔人に悪魔……。とりわけ衝撃だったのが、魔素という存在はなく、精霊が魔力を使って魔法を具現化させていたということだろう。全く、どこから魔素なんもの出てきたのだろうか、練習してきた俺の時間を返してほしい。


 御使い様は俺ぐらいの魔力を持った人に久しぶりに会ったと言っていた。つまり御使い様に会った人間はゼロじゃないのだ。それなのに世間では魔力と魔素を反応させて魔法を発動させるという話が定着している。御使い様が話さなかったのか? それとも誰も聞かなかったのかな? もしかすると意図的に話が歪められたのかな。


 気を取り直して、魔法を除く最重要課題、森の主にかけられた呪いについて考えてみる。とりあえず誰が呪いをかけたのかは手掛かりがなさすぎるので脇に置いて、森の主にかけた理由を考えてみよう。


 森の主であったあの魔物はこの森の頂点だったといえる。この森は広いからほかにも主に匹敵する存在はいるだろうが、主は領都からそれほど離れていない場所にいたので、人に近い場所での最強の個体であったのは間違いない。これまで主の話を聞いたことがなかったが、本当に誰も知らないのかそれとも俺だけが知らないのか、あとで誰かに聞いてみようかな。


 主の呪いがどういったものだったのかは、残念ながら御使い様も分かっていなかった。だが、人里に近いところであるなら、やはり人を襲うことを想定していたのではないだろうか。

 俺があっさり倒したから被害が出ずに済んだが、御使い様も解除できない呪いだったのだ、本来ならもっと被害が出てもおかしくはなかった。うちは街道沿いだから街道の混乱を狙ってのことなのかもしれない。


 あれだけの大きさだし、もし暴れていたら討伐は手間だったろう。大叔父のライネリオ率いる騎士団は優秀だが、団長含めても30人。あとは必要に応じて傭兵や志願兵を募るシステムだから苦戦すると思う。


 つらつら考えていると、いつの間にか日も結構傾いてきた。これ以上遅くなると、ただでさえ薄暗い森の中で日が暮れるかもしれない。俺はこれ以上の思考を放棄し、歩きづらくなる前に家に戻ることにした。


「坊ちゃんお帰り」

 朝とは違う門番に声を掛けられる。

「ただいまサンス。今日は遅番なの?」

「そうなのだ。この歳になると遅番は身に堪えるわ」

 サンスは騎士団の中では古株で、俺に気兼ねなく言葉をかけてくる1人だ。40歳を少し過ぎており、間もなく初孫が産まれるらしい。この世界は結婚が早い。


  「そういえばサンス、最近森のことで何か噂とか聞いてない? 魔物が暴れているとか、人が被害を受けたとか」

 早速、情報収集してみる。サンスは古株だし、よく酒場に出入りしているようだから何か情報を持ってるかもしれないと期待する。

 サンスは「なんで森のことを聞くんだ?」といった顔をして訝しんだが、少し考えてから「特には聞いてないな」と答えた。でも何かを思い出したのか話を続ける。


「森の話じゃないが最近街道沿いの魔物の出現率が高いようだ。そういった情報が騎士団に寄せられてる。団長が王都から帰ってきたので、近く騎士団に討伐命令が出るかも知れんな」

「へぇー、魔物が増えてるの?」

「春だから、毎年この時期は獣や魔物の目撃が増えるが、今年は特に多いようだ。領民から毎日情報が騎士団に届いてる」

 森の主と関連があるかも知れない。もっと詳しく!


「どんな魔物が目撃されてるの?」

「確か、この辺りに多いフォレロカの情報が一番で、あとはブラグスやヤックだな。嘘か本当か分からないけど、大きな蛇を見たという目撃情報もあった」

 ヤックは山猫のような魔物で、木の上や藪の中から飛びついて獣や人を襲うことがある。


「蛇? 魔物の類なの?」

「目撃情報は1件だけだから何とも……でも魔物なら伝説のラノスかも知れんな」

 サンスがにやにや笑いながら、俺を脅かすように物語に登場する伝説の魔物の名を口にする。ラノスは毒牙を持つ巨大な蛇の魔物で、噛みついて毒で殺すか、その巨体を活かして獲物に巻きつき、絞め殺して丸のみするらしい。実在するが、この辺りには生息せず、ここから見える北の山岳地帯の北側に広がる、通称北の地というの山の奥に住んでいるとされる。


「ラノスか……ほんとにいたら騎士団で討伐できる?」

「そりゃ当たり前だ! って言いたいんだが、毒持っているっていわれてるし、正直厳しいかもな。坊ちゃん、いざとなったら魔法でやっつけてくれ!」

 ラノスは俺を脅そうとしているのか、からかい半分で俺に助けを求めてくる。

「任せておいて! どんな魔物でも魔法でやっつけてやる」

 俺は子供らしい根拠のない自信でサンスに応じた。


 屋敷に入るとニルダが仁王立ちで出迎える。

「坊ちゃんお帰りなさいませ。今日も()()()お帰りですね」

 嫌味を言うのもニルダのお仕事のようだ。

「ただいまニルダ、いま戻ったよ」

「今戻ったよ、じゃありませんよ。王都から帰ってすぐこれですか? お昼過ぎには戻るとおっしゃって出ていかれましたが」

「いろいろ事情があったんだ……」


 最初は三馬鹿にお土産を渡したあと、森の草むらで少し練習してから帰って来ようと思っていた。ニルダもそのつもりでいたのだろう。でも、御使い様との思わぬ遭遇で森の主を討伐することになり、もう夕暮れ時だ。いまは黙って大人しくしておこう。


「坊ちゃんにお話しがあるといって、お昼に当主様が来られました。先ほども催促がありましたので、早く向かわれた方がよろしいですよ」

「父上が? 何の用だろう。早速行ってくる」

 俺はニルダから逃げるように父の元に行く。大した話じゃなければ明日でも良いはずだし、一日に何度も呼びに来ないだろうから、何か急ぎの用でもあるのかな。


 父の執務室は2階の奥にある。家令たちの仕事部屋も近くにあり、グラセス領の頭脳または中枢機関といったところだ。普段はあまり行くことはないので緊張する。執務室に到着し扉をノックする。


「父上、レオンです。お呼びだと聞き参りました」

「入れ」

 父が短く応えて入室を許可する。俺は扉を開けて執務室の中に入り、執務机に座る父の前に向かう。父は書類を読んでいたが、俺が近づくと顔を俺の方に向けてじっと見据える。


「お呼びですか父上」

「やっと来たか。ニルダには昼過ぎに戻ると言って出ていったと聞いたが」

「すみません。魔法の練習をしていて遅くなりました」

「魔法もいいが、お前ももう8歳だ。3年後には王都の学び舎に入る。そろそろ本格的に教養を身につけていい頃だ。そこでお前に家庭教師をつけることにした」

 父が一気に言い切る。これは拒否できないパターンだ。


 貴族は12歳から3年間、王都の学び舎に入り基礎教養や貴族の教養について学ぶ。別に義務教育ではないし、基礎なんて今さらなので、家庭教師が付くなら王都に行かなくても良いのでは? と思う。

 ただ、正しい貴族のマナーは王都でないとなかなか学べないし、社交や人脈作りもできるので、お金に余裕のある貴族は子供を学び舎に入れたがる。一種のステータスでもあるのだろう。父もその1人なのか、これまでエリアス兄さんをはじめ、フィデル兄さん、カロリーナ姉さんを入学させ、来年にはエマ姉さんも入学する。


「今日、ラミラにお前のことを頼んでおいた。早速明日からエマと一緒に学びなさい」

「……!」

 ラミラさんは父の妹で、領都に本店がある商家に嫁いだ。読み書き計算が得意で、子育てが一段落したこともあり、昨年の春からエマ姉さんの家庭教師を務めている。それにしてもいきなり明日からか。主の呪いの件も未解決なのに……。


 まさか、昨日馬車で「今日ぐらいゆっくりしろ」と期限を切ったのはこのためか? そういえば母さんも!? ……ブルータスお前もか! 恐らく王都に行く前から2人して計画していたのだ。そうじゃなきゃ昨日の今日で決まる訳がない。いっそ異世界で基礎教養は習得済なので必要ありませんと言ってやりたい。


「でも、エマ姉さんがラミラさんから学び始めたのは9歳からですよね。11歳から学び舎に行くなら、9歳からでも2年はあります。それで十分なのでは?」

 俺に基礎教養は必要ないから、せめて1年延期できるよう抵抗する。


「聞くが、お前は将来何がしたい? 確かにお前の魔法の才は高い、それは承知している。だが魔法の才があってもそれだけで将来どうにかなるものではない。お前は三男だから将来の選択肢は兄たちより比較的自由だ。だが、自由というのはいつまでも好き勝手できるということではない。将来何をするにしても教養は大事だ。私の祖父、お前の曾祖父は、お金に余裕がなく王都の学び舎に入れなかったが、当時安物といわれた領地のワインの品質向上に努めた。人脈も一から作り、当時のトレド侯爵に気に入られて、いまやワインは我が領の稼ぎ頭だ。祖父は若い私によく言っていたよ。自分には才があったから何とかなったが、やはり若い頃から教養を身につけるのは大事だ。子供達や子孫にはそんなことで苦労してほしくない……と。だから私も父も祖父の意を汲んで、子供達にはできるだけ学びの機会を与えてやりたいと決めたのだ。学ぶ機会があるなら学んでおきなさい」


 普段の打算的な父とは思えない発言に、俺も思わず声が詰まる。我が家の家訓のようなエピソードまで聞かされては、さすがに「NO」とも言えない。


 無言の俺を見つめる父は、重苦しい雰囲気を嫌がるように締めの言葉を重ねてきた。

「これは決定事項だからお前に拒否権はない! お前が外でプラプラ遊び歩いているのは知っている。そろそろ落ち着いて勉強に励みなさい」


「はい。わかりました」

 こうなっては仕方がない。所詮、家長には逆らえないのだ。こうなりゃ全力でやるだけだ。ラミラさんは週に2回、午前中だけ姉を教えているから、俺も同じだろう。自由時間は少なくなるが、その分集中して魔法の練習や主の呪いの調査をすればいい。


 父の執務室を後にすると、俺はまっすぐ自室に戻るが、途中でエマ姉さんに出会す。


「レオン、明日から一緒に勉強だって? さっきお母様に聞いたわ。ラミラ先生は厳しいから子供のあなたにも容赦しないわよ。サボったらお尻を叩かれるし、今から覚悟しといた方がいいわ。でも分からないことがあれば私が教えてあげる」

 お尻を叩かれるって……そりゃ姉さんがサボったからだろう? まったく姉の自爆癖は相変わらずだな。俺は肩をすくめる。


 そういえば姉の勉強はどの辺まで進んでいるのだろう? 11歳なら小学5年生だから、読み書きや簡単な四則計算は大丈夫だろう。

 問題があるとすれば正教国の公用語であるカタスト語の習得かな? 普段の生活には全く必要ないが、教会や国の儀式などの場で使われるから、貴族には準必修科目の1つである。カタスト語が話せない貴族は王城で軽んじられるといわれ、社交の場でわざわざカタスト語で話しかけてくる嫌味な貴族もいるとか。

 俺もまだほとんど喋れないから、そこは少し不安だな。


「姉さん、こちらも是非ともよろしく。1人じゃないから心強いよ。いろいろ教えてください」

 とりあえず姉を立てて明るい声で返事をする。ラミラさんがそこまで厳しとは思えないが、異世界の授業は勝手が違うかも知れない。内容によっては本当に姉に教えを乞う可能性もないわけではない。姉が素直な俺に少し怯んで応える。

「まあ、大丈夫よ。初めのうちは難しくないし。あんたは本がスラスラ読めるから、読み書きや計算はそんなに難しくないでしょう? 気を付けるのはカタスト語や歴史ね。覚えることが多くて大変よ」


 確かに歴史は前の世界でもあまり得意じゃなかった。こっちの歴史は一から覚えなきゃならないし、向こうの歴史と混同しないように注意しよう。鳴くよ(794)ウグイスなんて言ったら、ふざけてると思われて姉のようにお尻を叩かれるかも知れない。


「歴史はどんなことを覚えるのですか?」

「まずはこの国の歴史ね。建国の話しや歴代王の名前と功績、それと有名な法律や制度の名前と施行された年ね」

「うわっ、覚える自信ないです」

「はじめのうちは難しくないところから始めると思うわ。でもいつかは覚えないとね。あなたも頑張りなさい」

 そう会話を切り上げると姉は俺から離れていった。多分自室に戻ったのだろう。俺も自室に戻る。


「ニルダ、明日から家庭教師のラミラさんに勉強を教わることになったよ」

「良かったですね。これで魔法だけでなく、もっといろいろな知識が身に付けられますね」

 ずいぶん前向きだな。嫌味か? それともニルダは勉強が好きなのか? 10歳から俺の身の回りの世話をしてくれていたから、ろくな教育を受けていないだろうが、それでも読み書きや計算くらいは先輩メイドから教えてもらっているだろう。


「ニルダは勉強が好きなの?」

「勉強っていうより、いろいろなことを知るのは楽しいです。お屋敷に奉公に来たのも読み書きや計算を教えてくれるって聞いたからなんです」


 うちのメイドはニルダも含め親戚がほとんどだが、貴族籍はなく扱いは一般の領民と変わらない。ニルダの家では自宅で読み書きを教えなかったようだ。元は貴族の家柄とはいえ何代も離れれば勉強する機会には苦労するのだろう。


 うちも、曾祖父の代まで王都の学び舎に行けず、勉強はできるときにしろといわれたばかりだしな……。ニルダがたとえこの先メイドを辞めたとしても、読み書きや計算ができればほかの働き口が見つかるだろうし、結婚するにも有利かも知れない。


「そうか。それは知らなかったよ。読み書きや計算はちゃんと教えてもらってるの?」

「ええ。奥様の指示で先輩メイドに教えてもらいました。簡単な言葉で書いてある本なら読めるんですよ」と誇らしげに言った。


 ◇   ◇


 次の日、ラミラさんが勉強を教えにやってきた。俺は朝食を終えた後、家の庭で軽く魔力操作を練習し、そのあと自室で待機中だった。ラミラさんの到着を待って姉とともに2階の談話室に行く。そこが勉強部屋に割り当てられているのだ。


「レオンには何度か会っているけど、改めまして、今日から家庭教師をすることになったラミラです。私が教えるのは基礎教養、つまり読み書き、計算、国史、そしてカタスト語の基礎です。基礎教養は学び舎に行けば誰もが教わるものです。だからこそ、それを先に学んでおけば学び舎に行ったときに困らないでしょう。学び舎に入ってから、何も知らないで同級生の前で恥をかくくらいなら、私の前で恥をかいときなさい。それに、基礎は日常生活でも必ず役に立ちます。覚えておいて損はありません。今日から頑張ってください」

「はいラミラ先生」

 俺の教育はこうしてスタートした。

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