08 魔法とは
「まずは確認よ。あんたこの世界じゃない異世界から来たわね?」
「その通りです御使い様。ところで御使い様のお名前は?」
「あたしに名前はないわ。人間は名前を大事にするけど、あたしたち精霊は皆とつながっているから名前も会話も必要ないの。あたしは意思があって自由に動けるし、あんたも私の声が聞こえるからこうして会って話ができるけど、本来人間は魔力がとても弱いからあたしの声なんて聞こえないわ。だから、もし他の人間がここにいたら、あんた1人で喋ってることになるのよ」
想像すると、俺が1人で空と会話するとてもシュールな光景が浮かび上がる。それはとてもとても痛ましい……。俺は念のため周りを見回し、誰もいないことを確認したうえで異世界から来た話に戻る。
「私は地球という異世界からきました。そこは、魔法はないけど科学技術というのがあったので、ここよりも発展した世界でした。呪いという言葉はあっても、それは噂話や迷信であり、普通の人は信じていなかったと思います。魔人や悪魔はまさにお伽話です。私が異世界に来たのは、私の肉体が死んだあと、担当の天使に異世界転生を勧められたからです。どうやら魂は死んでいない状態だったので、あちらの世界では再配属できなかったようです」
俺は素直に異世界のことと、転生した経緯について話す。
「なるほど。私は詳しくは知らないけど、こっちにも天使がいて神様に仕えているからその辺ならあんたの経緯は知ってるのかもね。それで、あんたが使った魔法が地球の科学技術を使ったものなの? これまで見たことないイメージだったから戸惑ったけど。確かにあんたのイメージをかたちにすることはできたから、少なくとも空想の話ではないわね」
実際に俺のイメージが魔法として使えたこともあって、御使い様はひとまず俺の話しを信じてくれたようだ。
「そうです。地球は魔法がないけど、長い時間に培われた科学力や技術力がありました。先ほどの魔法は、地球では食べ物を温める『電子レンジ』という道具が持つ特性を応用したものです。ほかにも、私の風魔法は人を浮かべて移動する乗り物の応用です」
「あれが食べ物を温める道具? 人を乗せて移動するもの? ……まあいいわ。それであんたの魔力がどう見ても人の常識を超えるほど強いのは?」
「それは私には分かりません。ただ、私が転生する前にいくつか天使の加護をもらいました。その中にちょっと人より魔法の才能が高いといったものがあるようです。誤差程度でよく分からないかもと言ってましたが」
「あんたの力は誤差じゃ収まらないのだけれど。嘘ではなさそうね。天使の加護はほかにもあるのね? 何があるの?」
「全て話すとつまらないからと言って、詳細は聞けなかったのですが、確か、ちょっと運がいいとか、身体能力が高いといったもののようです。元の世界に戻れない迷惑料みたいなものだとも言ってました」
「あんたよくそんな説明で納得したわね。もっとちゃんと聞いときなさいよ!」
ごもっともで……あの時はちょっと高揚してたからな。改めて思うと確かに迂闊だった……今さら遅いが。
「まあ、だいたいのところは分かったわ。でもあんたの魔力もその発想も常識外よ。使うのをやめろとは言わないけど、使うときはくれぐれも気をつけなさい。下手に使えば利用されるわよ。はっきり言うけど、私の知る範囲で、個人の魔力としては人類で過去最高、魔法が得意なエルフの長老クラスにも全く引けを取らないわ」
ワーオ! もう人外ではないか。でも魔法に関しては俺に自重という二文字は存在しない。
「では、私からも質問します。お答えください」
「話せる範囲でならね。約束は守るわ」
「御使い様というか精霊はどれくらいイメージを魔法として実現できるのですか」
「そうね。言い方は悪いけどその人の魔力とイメージによるから何ともいえないわ。前に言った水の話だと、単に水をイメージしただけでは、精霊が周囲の水分を集めるだけだからほとんど出せないわ。川や海の近くならそれなりに出せると思うけど、人の魔力じゃ大した差じゃないわね。それと、さっきの『電子レンジ』だっけ? あの魔法だと行程が複雑だから使う魔力が大きく、あなたでも10秒持たないのではないかしら」
なるほど。もう『電子レンジ』は封印するから良いとして、単に水をイメージするだけでは、精霊がそこらの水分を集めるだけなのか……。水魔法はあまり大量に水が出せず、コップ1杯の水を1日10回も出せれば凄いと言われている。
「先ほど何もなくても水は出せるが消えてしまうと言っていたのは?」
「イメージの違いよ。普通、こういう状態で水が欲しいとイメージして水魔法を使うけど、その根本にある水のイメージは川や海といった自然にある水でしょう? だから精霊もそういった自然から水を集めているの。でもたまに無の状態から水を発生させるイメージで、魔力だけの水魔法を使うのがいるわ」
「無の状態から水を出すイメージですか? そんなことができるのですか?」
「相当練習したのだと思う。どう練習したのかは分からないけど。自然の水を出す魔法に慣れてしまうと、魔力だけの水魔法を使うのは難しくなるわ。でも魔力だけの水魔法は、自然の水を出すより魔力が必要だから、それなりに魔力がないと難しいわね。消えちゃうから用途も限られるし」
「消える水にどんなメリットがあるのでしょう?」
「これは攻撃や防御の魔法で有効ね。魔力があればその魔力の分だけ自然の水分量に関係なく水を発生できるから。攻撃や防御した後なら水が消えたって構わないでしょう」
「……」
確かに攻撃や防御の魔法なら有効か。しかし、無の状態から水を発生させるイメージなんてどうやるんだろう?
そもそも根本のイメージなんて無意識じゃないか。隠そうとして隠せるものじゃない。それを無から発生するイメージに置き換えるのか? あとで試してみるか。御使い様は「相当練習したのだと思う」と言ってたから、練習すれば何とかなるのだろう。 しかし聞けば聞くほど魔法は奥が深い。
「ずいぶん考えてるようね。では例えを変えてみましょう。火魔法の火ってどうやって熾すか知ってる?」
「火は確か、可燃物が酸素と激しく酸化反応を起こしている現象が目に見えるものでしたかね?」
「……いや、そういったことを聞いたわけじゃなくて、火魔法は何もないところから火を発生させるでしょ? つまり魔法で生み出す火は全て魔力なの。本物の火だから何かに燃え移ればちゃんと燃えるのよ」
「……」
そうか! 火をどうやって熾すのか知っても知らなくても、どうせそこにあるわけじゃないから全て魔力で作り出す以外にない。本物だから燃え移れば消えることもない。逆に水はそこらに水分子があってそれを使う。集めるだけだから比較的簡単にできるし消えないけど、大気中の水分なんて高が知れてるから大きな魔法にはならない。先ほどの無からイメージする水魔法はともかく……。なるほど、簡単なようで複雑だな。
「それだと水魔法が少し特殊なのですね。私は水も火も魔法だけで作るものだと勘違いしてました。それでは地魔法はどうですか? 土や石もそこらにあります。また、金とか宝石は?」
「地魔法の場合は壁とか岩をイメージするわよね。同じものがそんな都合よく自然にはないから、全て魔力で作り出すわ。金や宝石も同じね。ただし、近くに金や宝石があればそれを分解して作れるわ。分解にはとても多くの魔力が要るけどね。精霊は魔法を使う者のイメージをなるべく再現しようとするから、自然にあるものはできるだけ利用しようとするけど、何かを破壊したり分解したりするのはとても多くの魔力が要るわ。多分人間の魔力では無理よ。ないものは魔力で作り出す。けど作り出したものは魔力のつながりが切れれば必ず消えるの」
なんとなく魔法の原理原則は分かった。後は自分で検証してみよう。特に人間には無理だという分解魔法には興味がある。俺なら使えるかも知れない。
「そういえば、我々人間の魔法の教本では、魔法とは魔力と空気中の魔素を反応させるものとなっています。御使い様の話しだと、その魔素が精霊のことだと思いますが、精霊は場所によって居ないとか、逆に多く集まっているところはあるのですか? また、精霊が人の魔力を増やしてくれることはあるのでしょうか?」
「人とは話さないから魔素のことは知らないわね。それから、私を見て勘違いしているかも知れないけど、精霊は本来、実体がないの。どこにいるとかいないとかじゃないのよ。簡単に言ってしまえば、人がいるところには必ずいるわ。それから精霊が人の魔力を増やすことはないわね」
やっぱりそうか。そうなると魔力を増やす手立ては、今のところ成長による増加しかないな。しかし、御使い様の話を聞けば聞くほど、魔法の教本への疑念が強くなる。
「魔法に関する質問はとりあえず以上です。次に聞きたいのは魔人や悪魔についてです。そもそもこの世界の魔人や悪魔はどういう存在ですか? また、森の主になぜ呪いをかけたのか気になります」
「どこまで知ってるか分からないけど、魔人は人とは別種で、全体に色が濃く耳がとがっているのが特徴ね。人からは亜人って呼ばれてるわ。ここよりも北の地に自治領を作っていてほぼ一生を過ごすの。人間や他の種族との交流も拒んでいてとても閉鎖的な種族だわ。人よりも魔力が強くて魔術や呪術が得意なの。でも、あたしも直接会った訳じゃないから、解除できないほど強力な術があるかは分からないわ」
魔人はドワーフやエルフと同じ亜人だが、閉鎖的だからほとんど交流がないのか。北の地は地続きだけど、うちから行くとなると、北に壁のような山脈があるので、真っすぐ北進するわけにはいかない。
実際に行くには、このリエルタ王国の西側を、帝国領をかすめるように迂回しなければならないから結構距離がある。森の主の呪いが魔人の術だとしても、特徴的な外見もあるから、山越えでもしない限り、直接ここまで来て術を使ったとは考え難い。
「そうすると、魔人が森の主に呪いをかけた線は薄いかも知れませんね。もちろん魔人である可能性は否定できませんが……。もう一つの悪魔はどういった存在ですか?」
御使い様も頷いて肯定したあと、今度は悪魔について説明する。
「悪魔は人を誑かしたり、唆したりして悪事を働かせる存在ね。普通は耳元で囁いて悪事を働かせようとするだけなんだけど、たまに契約の呪術を使って、契約者の悪事を手助する代わりに悪魔の願いを叶える手伝いをさせるの。悪魔は精霊と同じく実体がないけど、人間と契約すればあたしのように実体化ができるわ」
まさに地球で想像された悪魔と同じような存在だな。
「このリエルタ王国の王族が悪魔の被害を受けたというのは?」
「ほんとに知らないの? まあ、いいわ。これは私も聞いた話だけど、今から15年前、当時の王弟が悪魔に唆されて王位簒奪を謀って失敗したのよ。現王の即位からまだ半年余りでまだ新体制が完全ではなかった隙を突くように。巻き添えで貴族も何人か死んだわ。でも、王弟の勢力は少なかったからすぐに鎮圧されて、被害は王城周辺と一部の貴族の館ぐらいで済んだわ。王弟は国王の地位と引き換えに悪魔の願いを叶える契約をしたけど、失敗したから無効になったの。そういえば、魔人も参加してたという噂があるわね」
そんなことがあったのか。うちの誰かが教えてくれてもよかったじゃない? まあ、子供にそんなこと教えないか。
「全く知りませんでした。ありがとうございます。王弟の事件と今回の森の主の件とのつながりは考えられますか?」
「同じ国内だけど、時間も経ってるし王都とも離れているから、断言はできないけど直接の関係はないと思うわ。王弟が死んだので呪術契約は無効になってるしね。人が悪魔に唆されることもそんな頻繁にはないから」
それは俺も同じ考えだな。しかしこんな男爵領の森に住む主に呪いをかけてどうするつもりだったのだろう。
「御使い様は、森の主に呪いをかけた目的を推測できますか?」
「今のところ手がかりが少なすぎて分からないわ。主に呪いをかけて暴れさせたかったのか、支配しようとしたのかも分からないし」
「どういった呪いか分からないのに解除できるのですか?」
「逆よ。どんな呪いかを見分ける方が無理だわ。解除の祝詞は基本的に異常状態を解消するものよ。あなたは癒しの魔法を知ってる?」
「本に載っていたのを使ったことがあります」
「それなら知ってるだろうけど、癒しの魔法は簡単な祝詞よ。祝詞は神に祈りを捧げたり、その力を借りたいときに使う言葉ね。言葉の使い方と捧げる魔力量で様々な恩恵を授かるわ」
癒しの魔法は「天の神ルトの眷属たる癒しの女神イアよ、女神の御名において彼の者に奇跡を与え賜え。願わくは心に安寧を授け賜え。我は女神に感謝の祈りを捧げる者なり」だった。ちょっと長いが覚えられないこともないので早々に覚えた。
「祝詞は神様に魔力を捧げて、願いを叶えてもらう魔法の一種なのですね?」
「魔法を実行しているのは私たち精霊だけど、特定の神様に願いを叶えてもらうものだから間違ってはいないわ。主は間違いなく異常状態だった。だから解除の祝詞を使ったのだけど、解除はできなかった……」
御使い様が解除できない呪いか。改めて考えてみるとそんなものあるのかと疑いたくなる。でも魔人は魔術や呪術が得意だと御使い様が言ってたし、悪魔も人と契約する呪術を持っているから、御使い様が知らない呪いや呪術があるのかも知れない。
それにしても、確かに手がかりが少なすぎる。もし森の主が呪いの影響で暴れ出したりしていたら、被害が領都に及んだかも知れないのだ。それを考えると、今回、御使い様に出会って森の主を抑えることができたのは幸運だったといえる。
「私も今のところ相手の目的がさっぱりです。この森は父の領地でもありますし、私も犯人が誰でその目的が何なのかを考えてみます。御使い様も、もし何か分かったら私の教えていただけると助かります」
「分かったわ。あたしの方でも考えてみる。あたしの住む森にこんなことして許さないわ」
「そういえば、御使い様は普段からこの森にいるのですか? 森のどこかに住んでいるのですか?」
「精霊は実体がないから、どこかにいるとか、どこかにいないとかはないけど、あたしはある程度動けるから森の中ならどこでも行けるわ。いつもは森の奥にある祠にいるの。大気が澄んでて居心地が良いから滅多にそこから離れないけど。たまに狩人がきて、周りを掃除したり祈りを捧げたりしてくれるわ」
「私はこの辺りも初めてきましたが、もっと奥なのですか?」
「ここから北にさらに20キロくらい行ったところね。山の麓よ」
「そこまではさすがに行けませんね。私は御使い様に出会った草むらによく行きますので、できれば御使い様の方から来ていただけると有難いです」
「分かったわ。この件に関しては私も協力するから。何か分かったらあの草むらに行くわ」
「ありがとうございます。共に事件解決に向けて協力していきましょう」
俺が差し出した右手を御使い様はじっと見つめた後、心得たとばかりにニッと笑いながらその右手のひとさし指を両手で握り、俺たちの握手は成立した。