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異世界貴族につき・・・  作者: 茶と和
第1部 田舎の異端児
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07 御使い様 2

 結局、俺がイメージした魔法は、試行錯誤の結果、何とかかたちになった。御使い様から「あんた、えげつないこと考えるはわね~」と言われたが、ろくに戦った経験のない俺では直接対峙するなんて自殺行為でしかない。はじめから搦め手で行くしかないのだ。


「森の主が眠っているとか、動かない場合、この魔法なら痛みを少なくすることができると思います。森の主を安らかに逝かせてあげるには最良かと。起きている場合は大質量の岩をぶつけるか、火炎系の魔法で倒すしかありません」

「それでいいわ。私も早く楽にしてあげたい」


 御使い様の了承も得たところで、俺たちは泉に向かう。熊のような魔物なら嗅覚は鋭いだろうから俺は風魔法で臭いを上空に拡散させる。


 あれ、上空に向けて風が出せるなら、靴の直下から上に向けて風を出せば浮上するのでは? と思い実践してみる。エアホッケーのパックを持ち上げる要領だな。


 なるべく音を立てないよう靴の直下に風を出すイメージで、体が浮く風の量と、騒音を抑えるために出し方も工夫した。試行錯誤で完成した新魔法で、少し浮いた状態を維持してゆっくり慎重に進む。「器用なものね……」御使い様も呆れるほどの精度だ。


 やがて泉が見えるところまでやってきた。泉は直径20メートルほどで、正面の崖から水が湧き出ている。下流は領都の東を流れるオデイノ川に通じているのだろう。こんな森の奥にまで足を踏み入れたのは初めてだ。俺は泉が見渡せる大木の根元に身を潜め、そこから主の姿を確認する。


 ここなら崖の上なので、主に見つかっても一直線にはやってこられないだろう。見ると主は前に見た魔物より2周りは大きく、とてもまともに対峙できそうにない。いまは泉近くの平らな草むらに寝そべり、俺の存在にはまだ気づいていないようだ。


 でも、主の周囲を見ると木がなぎ倒されていたり、土がめくれたりして、ひと暴れした後だということが分かる。眠っていて良かった。俺は御使い様に合図を送り、御使い様といろいろ試した魔法の1つを行使する。


 俺が考えた魔法は、マイクロ波で主の脳内を加熱してしまおうというものだ。脳そのものは痛みを感じないらしい。だから、電子レンジのように電磁波で脳内の水分子を振動させて温度を上げ、脳死状態にする。知識がその程度だから完成までに時間かかったが、何とか御使い様に水分子を振動させるという俺のイメージに合う最適な方法の具現化に成功した。

 御使い様が俺と会話でき、口頭でイメージを伝えたから完成したのであって、普通に精霊にイメージを伝えただけでは多分無理だったろう。


 魔法は体から離れれば離れるほど発動しなかったり、制御が難しくなったりする。主との距離は30メートル程あるが、今回は御使い様を経由して魔法を使うので、その辺はお任せだ。

 でも、この魔法はかなり複雑な工程を経るため、その分、魔力消費が半端ではないらしい。御使い様がいなければ俺単独で魔法を発動させるのは、ほぼ無理だろう。


 主が動かないことを祈りつつ、何とか1分ほど魔法を使っていると、突然主の態勢が崩れる。暴れることなく眠るように逝ったようで、ほっと息を吐くとともに、この魔法は人が使えなくて当然だなと感じた。


 御使い様は何も言わずただじっと主を見つめていた。さらに5分ほど待ってから主に動きがないことを確認し、俺たちはようやく動き出した。


 ◇   ◇


 森の主をこのまま放置するのは哀れだから埋葬してあげよう! ということになったのだが、子供1人とフィギアな御使い様ではやはり無理があった。5メートルの巨体で重さも1トンはあろうかというのを、腕力で動かすことは到底できない。風魔法を使ってようやく浮かせたが、コントロールが難しく、泉の側の平坦な草むらに動かすのがやっとだった。


 移動距離はわずか5メートル……。もうこのまま諦めて放置するかそのまま土を被せようと考え始めたとき、なんと森の中から主より一回り小さいブラグスが現れた。えっ、2頭目? 聞いてないよ~? 俺の人生も遂にここまでか! ……と死を覚悟する。


 ちなみに死んだふりや風魔法で逃げるという、当初考えていた手段は思い出しもしなかった。人間、パニックに陥ればそんなものだろう。俺は戦いの経験もろくにない8歳児だし、不思議と咄嗟のときでも体が動くマンガやアニメのヒーローでも何でもない。危険に陥ったら勝手に逃げる魔法が欲しい……まあ、イメージしないと使えないこの世界の魔法にそんなことできるとは思えんが。


 だが、どうも様子がおかしい。御使い様が警戒もせず近づいていくし、ブラグスは俺を見ても攻撃姿勢は取ってこない。はじめは御使い様が見えないのかとも思ったが、ブラグスはときどき御使い様の方に視線を送っているから、見えてない訳じゃないようだ。


 ブラグスが攻撃してこないので俺も少し落ち着いてきた。よく見ると全身血だらけで、黒い毛で分かりにくいが、かなりの怪我をしているようだ。


「この子は森の主の子供で、私と一緒に主と戦って怪我したの。大丈夫、警戒してるけど攻撃はしてこない」

 どうやらこのブラグスは森の主が死んだことに気づいてここまでやって来たようだ。傷が結構痛々しいので治療魔法をかけてあげる。


 突然、俺が魔法を使い始めたので、ブラグスは驚いて立ち上がり威嚇の体制をとる。やばい刺激しっちゃったか? 立ち上がるとやっぱりでかい! 主はこれよりもっと大きかった。やはり直接対峙しなくてよかったよ。


「大丈夫、警戒しないで。いま魔法で傷を治してあげます」

 魔物に人の言葉が分かるとは思えんが、できるだけ刺激しないように落ち着いた声で話しつつ魔法をかけ続ける。ブラグスはそれでも威嚇の姿勢を崩さないが、徐々に怪我が癒えていくのが分かると、きょとんとした眼で俺を見つめたあと、ついに威嚇姿勢を解除して四つん這いの姿勢に戻った。


「あんた、なにしたの?」

 御使い様は驚いた声でいう。いまの治療魔法は御使い様の力を借りていないので分からなかったようだ。


「えっ、普通に怪我を治してあげただけですが」

「そんな魔法初めて見たわ。全くあんたは常識外ね」

 失敬な! まあ、非常識と言われないだけましか。


 治療魔法はこの世界でも珍しい部類の魔法だろう。誰からも聞いたことないし、本にも精神を安定させる癒しの魔法はあるが治療はなかった。

 以前、転んで怪我したときに、せっかくだから自分で治してみようと試行錯誤して編み出した魔法だ。


 最初は傷口を水魔法で洗い、綺麗な布で拭いた後に細胞が増殖するイメージで傷を塞いだ。今では傷口の細菌などの異物を除去するイメージで魔法を使いつつ、細胞増殖を早送りで行うイメージの魔法を使っている。

 この方が傷口を綺麗に治せ、時間もあまりかからないメリットがある。その分大量の魔力が必要になるけど、俺の場合はちょっと疲れたなと思うくらいで、魔力がまだ枯渇する感じはないので問題ない。


 というわけでブラグスの治療は無事に終わった。心なしか喜んでくれているように見える。喜んでくれたらいいな。たぶん美味しくないから食べないでね?


 ブラグスが喜んでくれたかはともかく、もう俺のことは威嚇せず、のっそりと森の主の元に近づいていく。そしてひとしきり臭いを嗅いだ後、主をくわえて引きずるように立ち去って行った。あんな重い主の亡骸をくわえて良く動かせるな。


 それにしても、運んで行くということはどこかに埋葬してあげるのかな? 魔物が葬式するなんて知らないけど……。俺は御使い様とともにブラグスが去っていくのを静かに見守った。


 ◇   ◇


「それにしてもあんたの魔法は不思議ね。いろいろ聞きたいことがあるわ。まず、あたしの質問に答えなさい」

 ブラグスが去っていくと、御使い様が早速マウントを取ってくる。飛んでいる高さも少し上がって、俺を見下ろしている。話し合いは望むところだ。俺にも聞きたいことが山ほどある。主の討伐を手伝ったんだし、先に質問するのは俺だ!


「あのブラグスはこれから森の新しい主になるのでしょうか?」

 俺は感傷めいた雰囲気を利用し、御使い様が必ず答えてくれそうな質問をぶつけ主導権を取り戻そうとする。だめなら別の手だ。


「えっ、あっ、この森にはまだまだ強い魔物がいるから、あの子が主と呼ばれるのはまだ先ね」

「どうして、あんなに強そうな森の主が呪いなんかにかかったのでしょう? 人がやったのなら許せないですね」

「人の呪いもあるけど、あたしに解除できない筈はないし……今回は違うわね。恐らく呪術が得意な魔人か悪魔の仕業だわ!」


「魔人? 悪魔? そんなの本当にいるのですか?」

 俺は驚いて素直に聞き返す。呪いもそうだが魔人や悪魔もいるのか。確かに話は聞くが、呪い同様、やっぱりうわさ話やお伽噺だと思っていた。地球に似た世界だって言ってたのに天使室長の嘘つき!


「そうよ。あんたやっぱりおかしいわ! 呪いのことも知らなかったし、魔人はともかく悪魔は実際にこの国の王族が被害にあったから警戒してしかるべきなのに、あんたは半信半疑だし。いいから全て私に話しなさい!」


 しまった! そんなこと全く知らなかったよ。結局振り出しに戻り、俺は御使い様の質問に答えていくことになった。

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