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異世界貴族につき・・・  作者: 茶と和
第1部 田舎の異端児
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06 御使い様 1

 俺は3人に礼を言われて空き地を後にする。次に目指すは屋敷近くの森だ。森の中をちょっと歩いたところにやや開けた草むらが広がっている場所があり、人はまず訪れないので魔法の鍛錬に最適なのだ。再び人気のないところで『エアクッション魔法』を使い、屋敷近くで解除し森の中へと分け入る。


 この森は山菜や木の実が採れるので領民も足を踏み入れるが、奥には魔物がいるため、入るときは必ず複数でしかも比較的浅いところまでが暗黙のルールだ。これから行く開けた草むらも浅い場所だが、人が普段通る道から外れていることや、周辺に採れる木の実が少ないので人はまず来ない。


 数は少ないが奥には狩人がいて、魔物や獣を間引いているので人的被害は数年に一度だ。俺には魔法があるので大丈夫だろう。先ほどの『エアクッション魔法』はそんな魔物対策の1つで「魔物が襲ってきてもダッシュで逃げればいいじゃん!」を、実践したら出来たものだ。


 当初は文字通り靴底から空気を噴射して走って逃げることにしていたが、上に逃げ方が安全だと考えなおし、魔物がジャンプしても届かない地上10メートルほどに飛び上がり、その状態を維持することにした。

 圧縮空気を勢いよく噴射するイメージを持つことで何とか可能になった。リゾート地で見るフライボードの水噴射を風噴射にしたイメージだ。


 その後、移動もしたいとさらにイメージを重ね合わせ、背中に巨大なプロペラを持つエアクッション艇を思い出し、背中の一部に魔力を集中させて背中からも空気を送り出すことに成功。見事、地上10メートルの高さまで飛べる人間エアクッション艇が完成した。……改めて考えてみると魔物よりも化け物だな。


 これもひとえに魔力が他の人より多い賜物だろう。そして便利な道具が揃っていた前世での経験や知識もか。魔法なんてない前世では科学と技術の力で空を飛んだり、巨大な建造物を建てたりして人々の生活を豊かにしていた。その経験がイメージとなって魔法に反映される。


 この世界の科学や技術はかなり遅れており、少なくとも産業革命前の18世紀以前の地球の姿に似ているのは間違いない。外洋に出て海外との交易が始まっているので、大航海時代が始まった15世紀半ばとか16世紀くらいなのかも知れない。


 エアクッション艇なんて誰も理解できないだろう。砂ぼこりを上げて高速移動する俺を見たら、この世界の人はパニックを起こすかも知れない。風の出し方を工夫して防音対策を施すなど、なるべく見つからないようにしているが、見つかったら見つかったで、その時はその時だ。

 工夫と努力次第で様々なことができる魔法は俺にとって最高の遊び道具だ。自重なんてしない。


 さて、目的地の草むらに到着した俺は、人が周囲にいないことを確認してから魔法の練習を始める。魔法は体内の魔力を上手く操ることと、その魔力を魔素と上手く反応させることが基本だ。


 魔素と反応させるというのが相変わらずよく分からないのだが、魔力の流れは自在に操ることができる。今は魔力の塊りを10個に分け、体内のなかを別々に動かしている最中だ。うん、上手く動いている。今度は20個に挑戦してみるか。


「あなたずいぶん魔力が強いのね!」

「……!」

 突然の声にびっくりして、反射的に声がした方を見る。


「あら、あたしの声が聞こえるの?」

 声も聞こえますし姿も見えます……その、妖精さんですね? 見ると20センチくらいフィギア人形にトンボのような翅を持つ女の子が空中でホバリングしていた。


「あら、姿も見えるのね。こんな人間久しぶりだわ。それになんか天使臭いし」

 もしや天使室長の加護まで感じ取れるのか? しかし天使臭いって……天使室長は命の恩人です! 変な臭いなんてしません! ついでにトイレにも行きません! ……最後は知らんが。


 当然そんな妄想に一切付き合わず、仮称妖精さんが話しを続ける。

「珍しい魔力を感じたから来てみたけど、これは正解ね!」

 どうやら仮称妖精さんは俺に会い来てくれたらしい。


「あなたはだあれ? まっく……妖精さん?」

「あたしはこの森に住む精霊よ。といっても、精霊には自我も実体もないの。あたしは自我を持つ精霊で、御使(みつか)いと呼ばれる存在よ」

 ワォ、ファンタジー来た! ……ん、御使い?


「御使いということは何かの神様に仕えてる的な?」

「そう。あたしは地母神エナ様に仕える御使いなの。結構偉いのよ!」

 御使い様はそう言うと、偉そうに胸っぽい辺りを反らしてどや顔を決める。


 エナは愛と豊穣を司る神様だ。多神教のこの国では最高神である天の神ルト、地母神エナの2柱を頂点に、火の神オム、水の神テセ、風の神ニフ、地の神ムンの4柱を合わせた6柱が主な神様だ。更にそれぞれに眷属神がいる。ほかにも各地に崇められている神様がいる。


「これは、これは御使い様。私はこの辺りを治めるグラセス男爵家の三男、レオンと申します。お会いできて光栄です」

 とりあえず相手を立てて恭しく挨拶する。気を良くすればペラペラ喋ってくれそうだという打算もあるが、御使いであるのが事実なら下手に出て様子をみよう。いきなり突き放して軋轢を生む必要はない。


「なんか胡散臭いけどまあいいわ。私は心が広いから」

「ありがとうございます。それで私に何か御用でも?」

「そう、それよ! あたしの声が聞けて姿も分かるなら、ちょうど良いわ。力を貸してほしいの」

 いきなり面倒くさそうな話しが振られそうになったので、少し警戒して答える。


「それは人間の子供の私に可能なのですか?」

「そうね……まあ、それだけ魔力があれば大丈夫なのだろうけど。えっと、レオンだっけ? レオンは因みに幾つなの?」

「今年8歳になりました」

「えっ8歳? 嘘ね! そんな若いはずはないわ!」

 はい、確かに嘘です。前世で35歳まで過ごしたので、いまは累計43歳です。御使い様に本当のこと言っても大丈夫かな? 普通は見えも聞こえもしないようなこと言ってたけど……。


「実は、私には前世の記憶のようなものがあります。もしかすると、それが影響しているのかも知れません」

 少しぼやかして言う。


「まさか! 記憶消去エラー? 天使臭いのはそのせい?」

 はい新事実発見! 御使い様は魂魄リサイクルを知っている。でも、これで目の前の存在が御使いであることはほぼ確定したと言って良い。迂闊なことは言えないから黙って頷くだけでやり過ごす。


「なんかもっと知ってそうね? いろいろ聞きたいことはあるけど、今は力を貸してもらうのが先決ね」

 そういうと御使い様は意を決したように、俺の正面まで来て頭を下げる。

「お願い、この先にある泉の魔物を倒して欲しいの」

「……!」

 まさかの討伐依頼だった! そして、やはり面倒くさいことに巻き込まれそうだ……。


「あの、これまで魔物なんて倒すどころか戦った経験すらありません。それに何の装備もないですし」

 俺は、魔法は使えるがナイフ1本持っていない。この世界では子供にナイフを買い与える親はそう珍しくはなく、三馬鹿のカンデがいつも腰に差している。俺の場合は魔法があるから必要ないし、うちには危ないところには行かないと言って外出しているから、ナイフが欲しいなんて言い出したら、邪推されて外出禁止を食らう恐れがある。


「大丈夫。私も手を貸すから。たぶん倒せるよ!」

 御使い様はすぐでも行きたいようだ。だが正直怖い。あの王都帰りに見た狼もどきのフォレロカにだってビビったし。今までに見た中で一番大きかった2メートルほどの熊もどきのブラグスなんて倒す自信が全くない。火魔法が効くか? 魔法の教本に載ってた火炎系の魔法ならいけるかな。……でも御使い様は()()()倒せるって言ってたし。


「まだ倒すとは決めてませんが、どんな魔物なのですか? 何も情報がなければ行っても対処できないかも知れません」

 とりあえず、倒したいという魔物について質問し、御使い様に落ち着いてもらうための時間を稼ぐ。俺も冷静になりたい。


「それもそうね。魔物はこの森の主と言われるブラグスで、体長5メートル。でっかいくせにすばしっこくて、人間なんて紙切れのように切り裂く鋭い爪を持ってるわ。振り上げた腕を下ろして攻撃してくるの。でも魔法は使わないから安心して」


 初戦でいきなり中ボスのような森の主? あの熊もどき? 無理ゲーにも程がある! そしてこの世界の御使い様もやはり安心という言葉の使い方を間違えているいるような……。


「あの、御使い様、とても私に倒せる相手とは思えませんが」

「だからあたしが手を貸すって言ってるの! 本当は正気に戻してあげたいのだけれど、もう無理っぽいの。だから早く楽にしてあげたいの」

 ん!? 正気に戻す? 殺したくないのか?


「その森の主は異常な状態なのですか?」

「そうなの。大きくて厳ついけど本当はそんなに気性は荒くないの。だからいつまでも森の主でいてもらいたいのだけれど、どうやら呪いか何かで正気を失ってるの。主だから他の子たちも歯が立たなくて……」

「呪いなんてあるのですか?」


 まさか、魔法はあっても地球と同じような世界だと聞いていたから、呪いなんてうわさ話で実際にはないと思ってた。


「まさか知らないの? 呪いはあるわ。あんたもしかして前世はこの世界の人間じゃないの?」

 しまった。異世界から来たことがばれそうだ。御使い様はちょろそうなのに意外と鋭い。


「呪いなんてうわさに聞くだけで、これまで見たことなかったのです」

 俺は正直に言う。あくまでもこの世界の人です……の体で。


「まあ、普通はそうよね。でも確かに呪いはあるの。あたしも呪いの解除はある程度できるのだけれど、主の呪いは無理だった」

 だから倒すことにしたのか。無念そうな表情の御使い様を助けてあげたいが、主に戦いを挑むのは正直怖い。解除も御使い様が無理なら俺が行っても同じだろう。何か別の手立てを考えたい。


「ところで御使い様、呪いの解除はどのような方法で行うのですか?」

 もし御使い様の魔力が足りなくて解除できなかったのなら、何とかして御使い様に俺の魔力を渡そうと思う。渡す方法は思いつかないが……。


「どうしてそんなこと聞くの? 聞いても解除は無理よ」

「いや、もし解除するのに魔力が必要なら、私の魔力をお渡しすることで、御使い様の解除の力が上がるかなと思って」


「あぁ、そういうことね。確かに呪いの解除には魔力が必要よ。だけど専用の祝詞(のりと)を使って魔法を行使するの。御使いは神様以外の全てとつながることができるから魔力が無尽蔵なのよ。あんたの魔力を借りる必要もなく強力な祝詞が使えるの。でも、御使いには制約があって、自分の意志で生き物を殺めたり、何かを破壊したりすることはできないわ。だからあんたに助けを求めているの」


 へっ! 魔力が無尽蔵? つまり俺の魔力を貸そうと貸すまいと、御使い様が無理なら誰も解除は不可能なのか? こりゃ詰んだな……戦う以外の選択肢は無いということか。う~ん困った。


「いま、自分の意志で生き物を殺めることはできないとおっしゃいましたが、私が生き物を殺める魔法使う場合は力を貸していただけるのですか? 力を貸すというのはその無尽蔵の魔力を貸していただけるということですか?」

 こうなりゃ戦うしかないが、手札はできるだけ欲しい。


「ぎりぎりだけど。あんたがイメージした魔法を、あたしの魔力で発動させてあげるわ。あたしは魔力を使うだけで。自分の意志じゃないから、それなら多分大丈夫。そもそも、あたしたち精霊の存在なしに魔法は使えないの。人が願うイメージを、魔力を使って叶えるのはあたし達なのよ」

 ……はっ! 何言ってるの。驚いた表情の俺を見て、御使い様は気を良くしたのか、さらに言葉を重ねてくる。


「例えば、比較的簡単といわれる水魔法は、魔力と引き換えに、精霊が周囲の水分を集めて水を発生させるの。何もなくても魔力があれば水は出せるけど、魔力で生み出したものは魔力を維持し続けないとすぐに消えちゃうわ。でも魔力があっても全てに応える訳じゃないの。一定の法則があって、それに則らないと魔法にはならないわ」


「……」

 衝撃の発言に理解が追い付かない。つまりどういうことだ? えーっと……。


 つまり何か? 魔力を魔素と上手く反応させるとかいうのはそもそも間違いで、実際は精霊にイメージを伝えることが大事だと? だから精神集中して魔素と反応や融合させる練習をいくらやっても手応えがなかったのか。そして一定の法則に則らないと魔法そのものが発動しない? 今までの知識が音をたてて崩れていく。もっと御使い様から話を聞きたい。この衝撃は大きすぎる。でも主を倒さなければならないし……時間が足りなすぎる!


「わかりました。ときに御使い様。森の主を倒すにあたり、いくつか試したい魔法があるのですが、付き合ってもらえますか。それと、主を倒した後にもお時間が欲しいです。魔法のことをもっとお聞かせいください。御使い様も先ほど私にいろいろ聞きたいことがあるとおっしゃっていましたし……。私もお話しできることはお話しします」


 この機を逃したくない俺は、興奮を隠しきれず御使い様に詰め寄る。御使い様がちょっと引いているが構わん。


「あんた、顔がおかしなことになってるけど……まあいいわ。協力してくれるなら私も話せる範囲で話してあげる」

 ちょっと酷いことを言われたが、言質は取った! では早速俺が考えた主を倒す方法を御使い様の前で試してみよう。もしこの魔法が使えるなら、主どころかどんな生き物でも倒せるはずだ!

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