表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界貴族につき・・・  作者: 茶と和
第1部 田舎の異端児
5/33

05 領都にて

 朝食を食べ終えると、俺は早速屋敷を後にして街へと飛び出した。三男坊だから気楽なものだ。誰も心配なんかしない。門番の兵士も「坊ちゃん、王都から帰って早々、町に行くんですかい? 夕方までには戻って来てくださいね。探しに行くの面倒くさいんで」と言ってスルーだ。……別に悲しくなんかないんだからね!


 屋敷から見えない場所まで歩くと、俺は早速、風魔法を発動させる。足から地面に向けて空気の流れを発生させ、地面からわずかに浮いた状態を維持し、次に背中からも風を発生させてまさに飛ぶように移動する。エアクッション艇のイメージだ。前世の知識が役に立つ。後は上手く魔力を制御して風をコントロールするだけだ。


 王都でも魔力制御の練習ばっかりしていたから、だいぶ上達していることが分かる。アスファルトの道じゃないため砂ぼこりの量がとんでもないが、仕方がない。今度、飛び上がる砂ぼこりも風魔法で制御してみるか?


 俺の魔力量は常人の比ではないらしい。人は魔力が枯渇すると最悪死んでしまうらしいが、俺はどれだけ魔力を使っても今まで死を感じたことはない。せいぜい体がだるくなる程度だ。寝れば朝には元通り。これも天使室長の加護なのか? それとも元々この体が丈夫なのか? 調べる術は今のところない。


 街に近づいたので『エアクッション魔法』はここで終了する。歩けば15分の道のりも魔法なら1分ほどだ。俺は背中から出していた風を止め、今度は前から風を出して逆噴射状態で速度を下げていく。最後に足元の風を停止させて地面に着地する。ちょうど街道からは見えない位置で、後は徒歩で進む。


 王都とトレド侯爵領を結ぶ街道はいつものように賑わい、何台もの馬車や行商人とみられる旅人が行き交っている。今の時間なら、徒歩でも夕方には隣の宿場町に着くだろう。昼を過ぎたらここで1泊するか、街道近くの空き地で野宿だな。

 こちらの行商人や旅人は結構逞しく野宿も辞さないが、魔物に襲われないんだろうか? 襲われても大叔父ライネリオのように撃退できる自信があるのかな?


 街道をしばらく歩くと目的の店に着く。三馬鹿の筆頭、トニョの自宅である酒屋だ。この町に酒屋はトニョの家しかない。まあ、うちの自慢のワインとか、大口の取引は商家が別にあるので、あくまでも小売りがトニョの家しかないということだが……。


 トニョは大柄で力持ちのいわゆるジャ〇アンタイプだが、歌を無理やり聞かせたり、弱いメガネっ子をいじめたりはしない。余談だがこの世界にメガネはまだない。

 ただ、「俺の夢は騎士か冒険者になって強い魔物と戦うことだ!」と言って、見様見まねで木剣を振り回して剣の修行をしてみたり、俺に騎士として雇えと迫ったり、家族や周囲に迷惑を振りまいている。


 因みにこの世界に冒険者なんて職業はない。トニョの言う冒険者とは、この世界の物語の主人公のことだ。有名な物語なのでこの領都でも大体の人は知っている。世界中を旅してその土地の珍しい魔物をいろいろな方法で倒すのだ。旅行記と冒険譚が合わさったような話で、力自慢や腕に自信のある、わんぱく小僧にとっては憧れの存在だ。


 なお、冒険者という職業はないが、この森には狩人がいる。魔物や獣を間引いて、森の安全や保全管理をしているのだ。町には滅多に寄り付かないが、父や騎士団とは交流があるようだ。俺も2回ほど見たことがある。野性味があるが普通の人間だった。


「ようレオン。久しぶりだな。昨日領主様の馬車が帰ってきたと聞いて、今日あたり顔を見せにくるかと思って待ってたんだ。で、土産は?」

 開口一番、懐かしさの余韻に浸ることさえ許さない明け透けな物言いだが、これこそ三馬鹿だ。


「ああ、トニョ、久しぶり。そう昨日帰ってきたんだ。お土産もちゃんとあるよ。できればあいつらにも一緒に渡したいからちょっと出られるかい?」

 俺はできれば3人揃った場で渡したいと考え、トニョを連れ出すことにする。

「ちょっと待ってよ。父ちゃん、母ちゃん、レオンが来たから出かけてくる!」

 すると店の奥からトニョの母親が出てきた。おじさんは配達の準備でもしてるのかな? それならトニョを早く返してあげないと。


「レオン坊ちゃんお帰りなさい。うちのバカ息子は昨日から坊ちゃんがいつ来るか、いつ来るかとそわそわして、ちっとも仕事に身が入らなかったんです。今日も朝から頼みもしない店回りの掃除なんかして。うっとしいったらありゃしない。早く楽にしてあげてくださいな」

 トニョの母親からちょっと物騒な言葉が聞こえたが、そんなに俺の帰りを待ちわびていてくれたのかと思うと正直嬉しい。俺がにやにや笑うと、トニョは「土産を待ってたんだ」とぶっきらぼうに言って早く行こうとせがむ。


「それではちょっとお借りします。土産を渡し終えたらすぐに屋敷に帰りますので」

 俺がそう言うと、トニョはサボれるチャンスを逃したショックで口をあんぐり開ける………トニョよ、余計馬鹿に見えるぞ!


 その後、肉屋のチコ、家具屋のカンデを誘い街道近くの空き地にやってくる。ちょっと広めの空き地で子供たちのたまり場だ。今は俺たち4人しかいない。


 チコも店の手伝いをしていたが親に断って出てきてもらった。ちょっと小太りで汗っかきだが、チコは三馬鹿で唯一魔法が使える。初級の水魔法で『ウオーター』というコップ1杯ほどの水を出す魔法だ。一番簡単な魔法だといわれている。夏の暑いときにはみんなに黙って、こっそり水を出して飲んでたな。


 残念ながらチコの魔力は人並みしかないようで「いつでも飲み水が出せるのはいいんだけど、その分体がだるくなるからあまり得した気分になんないんだよね」と嘆いていた。今は魔法で出せる水の量を増やすのと、もっと美味し水が出せないか試行錯誤中だとか。「魔法で果実水とか出せんかな? 果実水だって水がつくんだから水魔法で出せるよね」と真剣に悩んでた。……まあがんばれ!


 肉屋の息子だからか食にはとにかくうるさく、領都中の食堂はもちろん屋台の味まで知り尽くしている。俺は密かに『グルメハンター』の称号を与えている。いつか領都のガイドブックを作る際にはチコに手伝ってもらおう。といっても領都の食堂は飲み屋を合わせても4件しかないが……。


 一方、カンデは手先が器用で、ナイフ一つで簡単な道具や遊びに使う木剣などを作ってくれる。最近は腕が上がって調子に乗ってきたようで、この間作ってきた木剣にはユニコーンのような頭に角が生えた精悍な馬の半身が彫られていた。「ここの頬肉と張りと口の開け方が難しいんだな」と説明してくれたが、さすがのトニョでも遠慮して使いにくそうにしていたので、いまはカンデの部屋に飾ってある。


 また、去年の川遊びの際には、枝で作った(うけ)を何個か持ってきて、それで一緒に魚を捕まえた。魚を持って帰る際には「匂いが手に付くのは嫌なんだな」と言って、その辺の草木で器用に籠まで作っていたっけ。


 カンデの家具屋は裏に工房を持ついわゆる直販店で、カンデ自身も職人である父の手ほどきを受けて簡単なものを作っているという。まだ商品として店で売ってはいないが、将来はおじさんの後を継ぐのだという。今日も手ほどきを受けていたが、おじさんは快く外出を許可してくれた。毎日じゃなければおじさんも文句は言わないらしい。


「それで、王都はどうだった?」

 土産を渡す前に、トニョが王都の話をせがんできた。この世界でも旅する人はいるが、それは敬虔な信者による巡礼の旅や、吟遊詩人、行商人などであって、多くの領民は必要に迫られなければ町の外までわざわざ行くことはない。せいぜい同じ領地内の新町や村に行く程度で、そこさえ行ったことがない人も多いだろう。


 俺も今回の旅で実感したが、馬車で7日もかかる旅は想像以上に過酷だった。子供だからなおさらだ。以前、三馬鹿でレストリナに行って海を見ようという話しになったことがあった。レストリナなら馬車で4日、歩いても1週間だから何とかなるだろうと考えたのだが、当然のように4人とも親に反対され、挙句説教まで食らって立ち消えた。今考えれば行かなくて正解だったかも知れない。


 この世界にも名所、旧跡はあるのだが、近場の人が訪れるくらいで、馬車で何日もかけて旅行するという文化はまだ一般的ではない。数はそう多くないものの魔物や獣が確かにいるし、街道整備も満足だとはいえないこの世界で、旅行気分が味わえるのは当分先の話だろう。


 だから、三馬鹿が王都の話をせがむのは当然なのだ。自分たちが行くことのできない見知らぬ土地や町の話はまさに夢の国の話であって、特に子供には想像力を掻き立てるまたとない機会なのだ。


「王都は話で聞くよりも大きくていろいろなものがあったよ。大通りの建物は石造りの5階建てか8階建ての立派なものが多かったし、あちこちに人の彫刻や、巨大なモニュメントなんかがあった。広場にも必ず何らかの石像が置かれてたよ。川にはでかい石の橋も架かってたし、教会なんてどうやって建てたのか分からないほどの高さだった。とにかく石を使った建物が多かったな。人も呆れるほど多いし、毎日がこの町の収穫祭のような賑わいだった。店や屋台もここよりいっぱいあって、見たことない形の道具や綺麗な布地、黒い果物や紫の野菜なんかも売ってた」


 まずは王都の街並みや活気について語ってみる。王都というだけあって、ここより大きな町なのは分かっているだろうが、大きな石造りの建造物が並んでいることや、どれほどの人がいて、どんなものが売られているかは知らないだろう。案の定、3人とも王都の街並みや人の多さを想像するかのように目を見開いて驚いている。掴みはOKといったところだ。


「それから、王都で有名だという料理店で料理を食べたけど、牛肉にチーズを挟んで衣をつけて油で揚げてあった。あれは絶品だったな。ほかにも、卵料理とか、魚の燻製料理とか、見た目も良かったし、味のバランスも良かった。また食べたい……」

 俺がそういうと、三人とも興奮を抑えきれず身を乗り出してきた。子供なのに圧がすごい! 特に『グルメハンター』のチコが……よだれが服に付いちゃうからもうちょっと離れて! チコに取り付けられた何かのスイッチを押してしまったようだ。


 この辺りでは油で揚げた牛カツのような揚げ料理なんてそうそう食べられないから興奮するのは仕方がない。たとえチコの家が肉屋でもそれはあまり変わらないだろう。牛肉はやっぱり高級食材なのだ。


 庶民は豚や鶏肉を食べるのが一般的だが、冷蔵庫のないこの世界では肉は傷みやすい。だいたいは乾燥させたり塩漬けしたりして加工食品として販売する。チコの家では端っこや売れない部位が出るから、他の家より肉を食べる機会が多いだろうが、一般的な庶民の食事は豆や野菜の煮込み料理にベーコンや塩漬け肉をわずかに入れるのが普通だ。


「そういえば、街中でドワーフやエルフを見かけたよ! 旅の服装とかじゃなく普通の格好で歩いてたから、王都に住んでる者たちだろうな」

「「「……!」」」

 俺は更に三馬鹿を煽る。


 ドワーフやエルフは人とは違う文化をそれぞれ持ち、通常は自分たちの自治領で暮らしているため、人里近くではまず見かけない。うちの領地は街道が走っているので人が集まりやすい土地だといえるが、これまでにドワーフやエルフが通った話しは聞いたことがない。目立つから移動するときは変装でもしているのかな? 王国はいずれとも友好的に付き合っていることもあって、数は少ないが一定数が王都で暮らしている。


 ドワーフは人よりも背が低く、武器や宝飾品を作るのに長けている。前世のイメージそのままだ。また腕のいいドワーフなら、それらに強化魔法を付加することができるらしい。実際にドワーフが作った剣や盾などの武器、宝飾品は貴族や商人に大人気だ。もちろんとてつもなく高いらしいが……。


 一方のエルフも長寿で森の狩人といわれており、こちらも前世と同じようなイメージだ。王都ではエルフが作る薬は様々な病に効く妙薬として貴族や商人に珍重されている。また魔力にも長け、かつて北の地の更に北から襲来した魔族がエルフの住む森を焼き打ちした際、高名なエルフが魔法で撃退したとの伝説がある。子供たちも知っている人気の物語だ。


「すごいよ!! ドワーフやエルフか。俺も一度でいいから見てみたい!」

 トニョが興奮して叫ぶ! その気持ちは分かる。俺も王都で初めてドワーフやエルフを見たとき「ほんとにいるんだ!?」って叫んで親をあきれさせたもの。チコもカンデも同じくらい興奮している。……でも三人とも落ち着いて……背中痛いからこれ以上叩かないで!


 ようやく3人が落ち着いたところで、いよいよ真打の出番だ。俺はもったいぶったように土産袋を見せる。


「ふふふ。では王都の土産を授けようではないか」

「レオンの言葉づかいが変なんだな。恐らく土産も変なものに違いないんだな みんな気をつけるんだな……」

 カンデがからかい半分で胡散臭そうな目を向けてくる。あとの2人もカンデに乗って来て笑いながら身構える。


「失敬な! 同じものの色違いを買ってきたから3人で選んで」

 と言って3人にジャンビーヤの形状をした木の短剣を渡す。取り出した順にトニョには赤色の柄がついたものを、チコには黄色、カンデには緑色のものを渡した。3人とも湾曲した形が珍しいからか初めは戸惑っていたが、木製とはいえ短剣であると知ると、すぐに鞘を抜いて構えてみたり、振り抜いたりして遊び始めた。カンデは遊ぶ前にその形状や細工をまじまじと見ていた。……狙い通り!


 結局、3人とも最初に手にした木剣をそのまま受け取ることになり、色でもめることはなかった。……うん、良かったよ。ついでに、万が一木剣を喜んでもらえない場合に備えて、滑り止め代わりに買っておいたナッツ入りのクッキーも渡した。

 はちみつ使った甘味のある菓子は貴重だし、子供が嫌いな甘味などこの世にあるはずない! ニルダには「最初からこれを渡せば良いのでは?」と突っ込まれたが、それはそれ、これはこれ。やはりどこの世界でも武器は男のロマンなのだ。


「ザクっとしたやや硬めの食感。しっかりしたコクのある甘味のなかにも小麦本来の味わいを残した絶妙な配合が、職人の腕の確かさを証明している。ナッツの風味や噛み応えも良いアクセントになっており、これぞまさに至高!!」……チコ! お前どこのグルメレポーターだよ! まあどさくさに紛れてお前が1つ多く食べたことは黙っててやる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ