33 コルテス男爵
王の謁見が終わり、俺は城の官僚から説明を受けたあと、父と共に城を後にする。
「あの後、どうなったのだ? 謁見の間から追い出されるように退出させられたが、何もなかったのか? そういえば王城が揺れたぞ。周りの皆が申しておった。あれが地震というものなのだな」
「特に何も。地震も特に影響はなかったです。それと、国王陛下と私との連絡役に第五王女のララ殿下が研究所を訪れるそうです」
「ララ殿下が? 王族がレオンとの連絡役? どうしてそうなった?」
「詳しいことは私にも分かりませんが、ララ殿下は精霊の加護をお持ちで、魔力が高いそうです。そのせいかも知れません。私のことは秘匿事項なので、あまり広めないためにも王族が連絡役に選ばれたのかと」
俺は少し濁して説明する。御使い様に会っているから選ばれたなんて説明できない。
「そうであっても、王族を連絡役にするのはどうかと思うが、陛下がお決めになったのなら受け入れるしかない。王女殿下に粗相のないようにな」
俺も何か裏があるのかと疑ってみるが、特に何も思い浮かばない。
それよりも、頻度は分からないがララ様と会うことができると聞いてテンションが上がる。わざわざ王族が来てくれるのだから、お礼に何かプレゼントでもしようか? 王族だから高価なものはいらないだろう。俺が分解魔法で作ったものが良いかも。家族に作った鏡とか。俺の鏡は前世で使われていたものに引けを取らないほど、光の反射率が高いから、女性に喜ばれるだろう。
家に帰ったら早速作ってみるか? それとも、もっと良いものが作れないか考えてみようかな。王との謁見が終わった安堵感からか、妙にテンションが高いが、気にしないことにする。
◇ ◇
王都邸に帰ると、母が今にも飛び出さんばかりに出迎えてくれた。
「あなた、レオンお帰りなさい。無事に授与式は終わったのね?」
「はい母上、無事に終わりました。国王陛下から、コルテス男爵を名乗れとお許しが出ました」
「そう。コルテス男爵…。改めてその名を口にすると、なんかレオンが遠くに行ってしまった感じね……」
「私もまだ慣れない。8歳の息子が私と同じ男爵位であるというのは、不思議な感覚だ」
コルテスの名は、爵位の打診があったときに聞かされているから、両親も当然知っている。だけど、8歳の息子がその男爵名を継ぐというのは、あまりにも現実離れしたものだ。それが事実だと知ってはいても、どこかで受け止めきれなかったのだろう。
それが、いま現実のものとなり、2人を戸惑いに似た気持ちにさせている。だけど、それは俺も同じだ。俺だってコルテス男爵なんてまだ馴染まない。いま横で「コルテス男爵!」と誰かが呼んでも、自分のことだと気づかないかも知れない。
「今まで通りレオンで良いですよ。私も馴れないですし」
「そういうわけには行かないわ。こういうことはきちんとしておかないとね。公の場でうっかり……なんてことが十分にあるわ」
「母さんの言う通りだ。貴族の務めや義務は成人後でも、国王陛下からコルテス男爵の名を賜ったのだ。お前も自覚を持ちなさい。そして、早くその名に慣れるのだ」
「はい」
母の隣にはフィデル兄さんとカロリーナ姉さんがいる。今日は休息日ではないから、学び舎には休暇届を出してきたのだろう。
この国の学び舎は、休みを取る人が結構いるらしい。特に、寄宿舎に入っていない子爵家や伯爵家の子女が多いようだ。家で集まりがあるとか、パーティーがあるとか、何かと理由を付けては休んでいるという。学び舎も特には気にしていないようだ。学生全員が貴族だからというのもあるが、試験結果が全てで、出席日数は関係ないのだからそうなるのだろう。
でも、何かイベントがあるときは、ほとんどの生徒が出席するという。特に冬の社交シーズン直前に開かれる舞踏会と、カーニバルとか宗教的なイベントが学び舎で開催されるときの出席率は凄いのだとか。そこはお祭り好きの若者気質か? 思考がじじ臭いな。こういうところだな、カロリーナ姉さんよく分かりました。
いまの学び舎に王族はいないが、エリアス兄さんがいたときは王族が2人通っていたので、王族の予定をわざわざ把握している人もいたらしい。別に王族が来る、来ないで、その人も出欠を決めているわけではないが、王族が来る日は必ず出席し、何かと王族に纏わりついていたのだとか。当の王族にしてみたら、さぞ鬱陶しいだろう……。
前世でいう『追っかけ』みたいなものだろうか? 前世では、世界中の王族が追っかけまわされていた。それだけ、王族には人を引き寄せる力があるのかも知れない。そもそも、体調不良でもない限り、王族は休まないという。でも、イベントにはあまり参加しないようだ。警備の都合とかがあるのだろう。
纏わりついて何がしたいのだろう? 側近入りを狙っているのかな? けど、側近になるには王家を管理する役人の査定があるのではないだろうか? 纏わりついてたら、マイナス評価されそうだ。ここでは違うのだろうか?
いずれにしろ、何のために学び舎に通っているのか、是非、聞いてみたいところだ。
今夏には第二王子が、来夏にはエマ姉さんと第四王女が入学する予定だから、そういう猛者がまた現われるかも知れない。俺の時もララ様が入学する……そうか! ララ様が同級生なのか。そう考えると早く学び舎に行きたくなる。男爵家当主になったのだし、勉強や知識を身に付けるのは大事だ。
そういえば、俺はこれからトレド侯爵邸に寄宿させてもらうが、学び舎に入れば寄宿舎生活になるだろう。魔法研は2年の更新性だから、3年後の入学時には俺が所属していない可能性がある。そうなれば近衛の送り迎えがなくなるだろう。個人の馬車を調達する財力はないし、わざわざ侯爵家に馬車を出してもらうのは気が引ける。何より前世で経験できなかった寮生活というのを味わいたい。
「お帰り、小さな男爵」
俺が、学び舎という思考の沼に捕らわれていると、フィデル兄さんの軽口が救い出してくれた。祝っているのか、からかっているのか分からないが、喜んだ顔をしているので、どちらかといえば祝ってくれているのだろう。
カロリーナ姉さんも嬉しそうだ。でも、姉さんの視線に少し棘があるような…。美人に睨まれるとゾクッとする。俺にそういう性癖はないと信じたい…。
「前に王都に来た理由が、こんな結果になるなんてね。あの時は、理由を聞いてもどこかで納得いかなかったわ。こんな祝い事になるなら、もっと詳しく説明してくれても良かったじゃない?」
カロリーナ姉さんは怒っているというより少し拗ねているようだ。あのときは、お家取り潰しの危機でそれどころじゃなかったのだ。今では全くの杞憂だったけど。
2人には、心配をかけて勉強が疎かになってはいけないと考え、魔人発見のあらまししか教えていなかった。一応、俺が一緒に来た目的に、侯爵の提案で国王に魔法を見てもらうというのを追加しておいたが、あくまでも魔人発見の報告がメインで、俺はついでに王都に来たようなものだと説明したのだった。
そのあともしばらく王都にいたが、俺の爵位の件はまだ内定が出ていない段階だったし、秘匿事項でもあったから、どこまで話して良いか分からないまま帰郷してしまったのだ。ついでに来たと説明した俺が、いきなり爵位を賜ったというのだから、説明を端折られて蚊帳の外だった2人が拗ねるのも無理はないだろう。
「すみません。まさかこんな大事になるとは思わなかったので……でも、兄さん、姉さん、祝ってくれてありがとうございます!」
「まあ、喜ばしい話しだ。済んだ話は良いとして、これからレオンはコルテス男爵として王都で暮らすことになる。俺とカロリーナが役立つことがあれば喜んで力になろう。トレド侯爵にも宜しくいっといてくれ」
どうやら兄の目的はトレド侯爵との縁のようだ。別に男女の縁ではない。以前、卒業後は官僚になって王都で働きたいと語っていたから、そのためにはどうしても侯爵家のコネが欲しいのだろう。兄の卒業は1年後だ。父もトレド侯爵のコネを期待しているだろうから、既に打診しているかもしれない。俺もできるだけ兄を宣伝してみよう。
「もちろんです。兄さんも姉さんも、寄宿の身ですが、是非遊びに来てください」
「いいね。トレド侯爵家が取り扱うお茶やカッフェは学び舎でも話題だ。僕もカロリーナもレオンの様子を見に行くから、そのときに頂けるよう計らってくれ」
「兄さん、レオンは弟とはいえ男爵家の当主になったのです。力になるなんて、安請け合いするものではありませんよ。でも、私も役立つなら力になります。私だって、以前に飲んだお茶が忘れられません!」
カロリーナ姉さんも機嫌を直してくれたようだ。フェデル兄さんに便乗して、紅茶を求めてきた。2人が訪ねてきたときには、お茶もカッフェも出してもらおう。茶葉を分けてもらうか、買い取って2人の手土産にしてもいい。ついでに地球の飲み方でも披露してみるか?
「こらこら、トレド侯爵や公爵家の手をあまり煩わせるなよ。ただでさえレオンを預かってもらうんだ」
「そうよ。お母さんだってお茶を頂きたいわ。レオン……いいえコルテス男爵、私も心配だから顔を見に行くわ。是非招待してね」
血の垣根が低いうちの家族ならではの、他愛のない会話だが、それが心地いい。全員ではないけれど、故郷から馬車で7日かかる王都にいながら、こうして5人が顔を合わせて軽口を言い合えている。天使室長が提案してくれた、異世界の貴族に転生できて良かったと実感する。
最近の出来事を改めて振り返ると、全てがなんとなく上手く行ったような気がする。これも天使室長が転生する際にくれた加護のお陰なのだろうか。確か人よりちょっと運が良くなる加護があった。
俺は、これから暮らす王都でも上手くやっていけるだろうか? そして、これまでに出会った人たちや、これから出会う人たち。果たして、これからどのような縁を作っていくことができるのだろう。
途中で断念せざるを得なかった前世の俺は、普通のサラリーマンという言葉が似合っていた。転生して貴族の末っ子として生まれ変わり、8歳にして男爵に至ったのだ。もう『普通の――』とは括れないだろう。
一方、天使室長の前で誓った、転生した意味を見つけるには至っていない。8歳なのだ、時間はある。天使室長も肩肘張らず、まずは人生を楽しめと言ってくれた。
それでも、いまあえてこの世界に転生した意味を見出すなら、それはやはり魔法だと言い切ることができると思う。特に前世の知識や技術を知っているからこその魔法。俺にしか創造し得ない魔法の存在はとても大きい。
そもそも、転機のきっかけとなった御使い様とは、あの日、あの時、あの森で、魔法の練習をしていなければ出会わなかった。その御使い様の願いで森の主を倒した『電子レンジ魔法』は、前世の知識を使い、御使い様の協力で実現したものだ。
ゼオノス君や魔人とは『飛行魔法』がなければ知り合えなかったし、その魔人を見つけなければ、王都に行くこともなく、こうして国王から爵位を賜ることもなかった。さらに、これからお世話になる王立魔法研究所とも縁がなく、魔法研究の最先端に触れる機会も得られなかっただろう。
それによって、望まない方向に向かわされたとも言えなくはないが、その都度誰かの助けや助言があったのも事実だ。とんでも発想で道を切り開くことになったトレド侯爵の提案然り、俺の王都行きを決める決定打になった、エセキエル氏の研究にかける情熱と、子供の俺にも真摯な態度で接してくれたことも然りだ。だからこそ、今ここに俺はいる。
これからも、前世の知識や技術を活かした俺の魔法が、この先の人生や周りを左右していくだろう。俺の第2ともいえる人生は始まったばかりだ。漸く魔法でやりたいことができるようになってきたのだ。もっといろいろなことを叶えていきたい。俺が描く未来はまだまだ長い。
これで第一部は終了です。ここまで拙い文章にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。閲覧数も徐々に伸びており、本当に有難い限りです。
誠に申し訳ございませんが、第二部開始は1カ月ほどお待ち頂ますようお願い申し上げます。執筆が思ったほど進まなかったのと、この間に第一部の誤字・脱字の修正、体裁も見直したいと思います。
これからもよろしくお願い致しますm(__)m




