32 御使い様のお力
そして、いよいよ仮の授与式の日を迎えた。朝から両親がそわそわ落ち着かない。俺も朝からじっとしていられず、作法の練習を何度も繰り返した。さすがに朝食のメニューは覚えているが、味までは思い出せない。前回の謁見時の朝もそうだったが、失敗できないと思うと妙に意識して緊張してしまう。
こればかりは慣れだと思う。王都でトレド侯爵をはじめとする貴族や、目上の者と接しているうちに慣れるだろうか。
母とは王都邸で別れた。謁見できるのは俺とグラセス家当主の父だけだ。母は「レオン行ってらっしゃい。気張るのですよ」と言って送り出してくれた。
父と俺を乗せた馬車が王城に到着し、前回と同じく『謁見の間』に案内される。今回は父が斜め後ろに控え、俺が前で片膝をついて王の到着を待つ。やがて、前回同様、国王到着の口上が述べられて国王が入ってきた。1人ではないようだ。今回も頭を下げているので顔は見えない。
「ディマス・デ・グラセス男爵息レオンだな。表を上げよ!」
ようやく顔をあげて国王に拝謁する。すると国王の隣に、この世の者とは思えない美幼女が控えていた。冬のお茶会で挨拶したララ様だ。思わず彼女の方に目が吸い寄せられるが、すんでのところで堪える。危ない……。
でも何でここに? 国王が少し不快な笑みを見せる。でも、そんなことは些末なことだと切り捨ても構わないほどだ。いまの俺は、目は正面の国王を向いているが、意識の8割はララ様に向けられているという不思議な感覚に陥っている。
今日のララ様は、シルクのような光沢がある淡いピンクのドレスを纏い、肩の少し下までという、それほど長くない髪には、大きめのバラのような花の飾りをつけている。花の色合いが淡いのであまり主張してこない。小さい帽子がちょこんと乗ってるようだ。さながら花の妖精のような出で立ちだが、それよりも高貴だ。お茶会から半年ほどだが、女性の成長は早いのだろう、美しさに一層磨きがかかったようだ。
でも、国王の言葉が俺の意識を王女から引きはがす。
「この度、15年前の反乱事件に関わった魔人発見の功績と、国の発展に大きく貢献する研究事業に、献身的に従事することを称え、ディマス・デ・グラセス男爵息レオンに、空位であるコルテス男爵の称号与える。今後はレオン・デ・コルテス男爵と名乗るが良い。ただし、正式な爵位授与及び、貴族としての義務並びに責任を果たすのは成人後とする。なお、コルテス男爵には、本日をもって男爵位相当の報酬を与える。また、トレド侯爵家の申し出を受け、成人するまでは侯爵家預かりの客分とする。以上。レオン、不服があるならこの場で申せ」
「リエルタ王国第21代国王ラミロ2世陛下に申し上げます。私に不服などありません。この度は徐爵の名誉に預かり、身に余る光栄に存じます。これよりは爵位に恥じぬ貢献と務めを果たすことをお誓い申し上げます」
練習通りの口上を、途中で詰まることなく述べる。上出来だ。ララ様にもアピールできたかも。これで国王が閉会の言葉を述べて立ち去れば、セレモニーが終わる。あとは官僚から詳細な説明を聞くだけだ。
「うむ。レオンよ、しっかり努めを果たすように。これにて式典は終了じゃ。儂が事前に残れと申した者以外は退出せよ!」
あれ? 何かおかしい。こんなの聞いてないよ? 父もどうしていいか分からないようで、俺の後ろで動揺しているのが伝わってくる。
「グラセス男爵も退出せよ」
「……!? ははっ!」
といって父も退出させられた。残ったのは俺と国王、ララ様、それから一番偉そうな貴族、確か宰相のフェレール侯爵だったかな。そして近衛騎士団長のアントニオさんと三番隊長のクルロさんだ。
「レオン、内々に少し申しておくことがある。引き続き直答も許す。固くならず楽にせよ」
そうは言ってもな…。式典の作法以外は耳で聞いただけなのですが。果たして大丈夫だろうか?
「はい。ありがとうございます」
「レオンにはこれから、ここにいる近衛騎士団たちと協力し、例の魔法の伝授と、研究への協力を果たしてもらいたい。それから、王立魔法研究所に出仕し、特別研究員として、例の魔法同様、画期的な魔法の研究や開発に携わってもらいたい」
国王が言う『例の魔法』が飛行魔法のことだ。『あの魔法』でも良いらしい。とにかく“飛行”という言葉を使わなければ良いのだそうだ。
「はい。事前に伺いました通りにいたします」
「儂との連絡は、ここにいるララを通して行う。ララは既に知っておろう。儂の末娘で第五王女だ。そなたとは同い年でもあるな」
「はい。この冬にお城で開かれたお茶会でご挨拶させていただきました」
「実は、ララは地母神の加護を持っている。お前と一緒に王都に来たという、御使いさまにも会ったというぞ」
「へ? 御使い様に……」
やばい、変な声が出ちゃったよ。そんなの聞いてませんよ。俺は近くにいるであろう、御使い様に脳内で話しかけてみる。すると「バレたなら仕方ないわね!」って声が返ってくる。まったくもう!
「陛下、それは内密にというお話しだったではありませんか」
ララ様が恥ずかしそうな顔で国王に文句をいう。その仕草も可愛い。
「すまんララ。でもどうしてもレオンに確認したかったのだ。それでレオン。御使いさまに会えないか?」
「陛下、あの、御使い様は本来見えない存在です。会うには条件があるようなのですが、私にはその条件が分かりません」
「いいわ。姿を見せてあげる!」
俺の言葉に被せるように御使い様の声がする。今度は脳内でなく、いつものように声として聞こえてきた。えっ! 姿を見せられるのですか? 俺が驚いていると、ララ様にも声が聞こえたようだ。同じように驚いている。
「アンタ達が見ている姿とは違うけど、光の塊りになることができるの。人に会って加護を授ける御使いはそうしてるわ。でも普段の姿以外は結構力を使うし、あたしは祠の管理が専門だからやらなかったの。でも、光の塊りになっても、やっぱりあたしの声は普通の人には聞こえないわ」
確かに、神話には御使い様のような翅が生えた精霊や、光の塊りの精霊が、人と会話するシーンがある。大体が神の加護を授けるときや、神の使いとして何かを伝えにきたときだ。
「では、御使い様お願いします。陛下、今から御使い様が光の姿でここに現れます。予め申し上げておきますが、決して私の魔法ではありません」
「レオンの話しは本当です。私にも御使いさまが光の塊りとして現れるとの声が聞こえました。でも御使いさまの声は、私とレオン以外は聞こえないそうです」
「それは誠か? にわかには信じがたいが、事前に二人で申し合わせることもできまい。ここは信じるしかないな」
国王の発言に、周りの人も同意して頷く。
すると、俺の左肩に御使い様が現われ、同時に強い光を放つ。俺にはいつもの御使い様の全身が、光り輝くように見える。ララ様も同じだろうか? 国王達にはどのように見えてるのかは分からないけど、みんな驚いた顔をしているので、少なくとも光は見えているようだ。
「これが御使いさまなのか? 本当にレオンの魔法ではないのだな」
「もちろんです陛下」
「御使いさま。お初にお目にかかる。この地を治めるレストリナ王国第21代国王、ラミロ2世と申す」
「私は地母神エナ様の御使いよ。こうして会うことはないと思ってたけど、仕方ないわね。レオンが世話になるわ。あたしは別に世話にはならないから、このまま放っておいて頂戴! それから私のことは内緒よ。これからよろしくね。レオン、王に伝えて」
「はい……。えーっと、御使い様は陛下に会えて光栄だと申しております」
「そんなこと言ってないけど。あんたもあんたの事情があるだろうから仕方ないわね」
「ありがとうございます」
目の前でララ様が苦笑している。「確かにレオンの言う通り、御使いさまは陛下に会えたことを喜んでいます。レオンが世話になりますとおっしゃっております。でも御使いさまのことは内密にとおっしゃいました」と、国王に伝えた。
「そうか。御使いさまのことはここにいる者たちだけの秘密にする。他言しないと約束しよう。ところで御使いさまにお願いがあるのです。不躾ながら、何か神秘のお力を見せていただきたいのだが、頼めるであろうか?」
御使い様の力を試したいということか? 国王はまだ半信半疑なのだろう。御使い様は「ほんとに不躾ね! 姿を見せろといえば、今度は力を見せろって…。全く失礼ね! 人の国の王ってみんなこんな感じなのかしら」ちょっとご立腹のようだ。ララ様がおろおろしてる。それも可愛い。……いい加減しつこいか。
「御使い様が得意な祝詞の魔法とかどうでしょう?」
「それをあんたが言って、あたしがその通りにしたら、この人は信じないでしょう? もっと度肝を抜くものが良いわね」
「しかし、ここは王城ですよ。あまり派手なのは……」
「大丈夫よ。とっておきのがあるから」
そう言いうと御使い様が何かを唱え始めた。やっぱり祝詞なのでは? でも聞いたことがない言葉だ。これは呪文なのか? 人間の言葉じゃないのだろうか? 少し長めの呪文を唱えると、地面がわずかに揺れ始める。えっ、地震? でも前世で体感した地震でも弱い部類に入る。震度にすると2くらいだ。国王や周りの人も揺れを感じたのだろう。体が固まる。そして、国王が驚きの声をあげる。
「なんだ! 城が、いや大地が揺れているのか。これは何だ? これが御使いさまのお力か?」
「陛下、これは地震というものでございます。大地が揺れる自然現象です。この辺りではとても珍しい現象です」
フェレール侯爵がそう国王に伝える。さすが宰相、こんな時でも冷静だ。そう、侯爵が言う通りリエルタ王国では地震が少ない。俺が生まれて8年経つが、体に感じる地震は、これまで起きたことがない。俺も前世以来で久しぶりだから、ちょっと体がこわばる。ここにいるみんなも大体が驚いている。でも、さすが近衛の2人は国王をかばおうと王に近づき、天井を含め、周囲を警戒している。
ララ様も怖いのだろう。両手のひらを祈るように胸の高さで合わせ、国王の側に寄る。そこは俺を頼ってくれても。……なんてことは思っていても言えない。20秒くらいゆっくり横揺れしたあと、揺れが収まる。
「どうよ! この辺りの地面を少し揺らしてみたわ。人には絶対にできない魔法でしょう?」
声に出すと周りにも聞こえてしまうので、再び脳内で会話する。「御使い様は何かを破壊することはできない筈では?」
すると、御使い様も察したのか脳内に語りかけてきた。「地面を揺らしただけだから破壊はしてないわよ。してたら魔法自体が発動しないもの。でも、これで御使いの力が分かったのではないかしら?
どうやら地面を揺らすことは破壊行為ではないようだ。だが、その結果、壁にかけたものや、上にあったものが落ちて壊れることになっても、破壊したことにはならないのだろうか? まあ、何も落ちてこなかったのだけれど。御使い様の禁忌事項がどういった基準なのか不思議だ。
「いま、御使い様がこの辺りの地面を揺らしたそうです。これで御使い様のお力がお分かりいただけましたでしょうか?」
「ああ、十分だ。御使いさま。試すような真似をして済まなかった」
周りも唖然として様子を窺っている。
「試されるのは気持ちの良いものではないわ。これで分かったのなら、二度とあたしを試さないで頂戴!」
御使い様はやっぱりご立腹のようだ。ララ様も御使い様をなだめようとする。
「陛下、御使いさまを試すようなことはおやめください。御使いさま、陛下がご無礼いたしました。お許しくださいませ」
「ララ。あんたの顔を立てて今回のことはこれっきりで忘れてあげる。あんたもこれからよろしくね」
「はい。ありがとうございます」
それからは、謁見の間の外にいた近衛や側近たちが国王の身を案じて押し入ろうとするなど、一時は騒然としたが、国王が「騒ぐな! 大事ない」と一喝して収まった。さすが国王だな。
でも、その後の国王は牙が削がれたように強気な態度は一切出さず、話しは淡々と進んだ。それだけ大地を揺らすというのはインパクト大なのだな。神話では大地震で一夜にして、とある王国が崩壊したという話しがあるし、この国の人は地震に慣れてないから、あのくらいの揺れでも怖かったのかもしれない。
話しの最後に国王が念を押すように、御使い様の態度を聞いてくる。
「レオンよ。そのなんだ。御使いさまはもう怒ってないのだな?」
「はい陛下。ララ殿下の顔を立てて、今回のことは忘れるとおっしゃいましたので、もう大丈夫かと」
「そうか……。レオンにはこれから魔法研究をよろしく頼む。これにて終いとしよう」
ようやく解放されるよ。御使い様のおかげでだいぶ騒々しくはなったけど、ララ様にも会えたし、結果的には上々だ。最後にララ様が「レオン、また魔法研究所でお会いいたしましょう。御使いさま、先ほどは大変失礼いたしました。これからもよろしくお願い致します」と言って去って行った。




