31 ある退屈な日
閑話みたいな話です。
しかもちょっと短いです。
王都に来た翌日にも係わらず、俺は外出もできない身を憂いていた。御使い様は昨日の夕方遅くに帰ってきた。だが、「ここは居心地が悪いわね。あそこの林にいるわ」といって、屋敷の目の前にある前庭の林に、そそくさと行ってしまった。うちの王都邸には、小さいながらも林の前庭があるのだ。
離れたら連絡が取れないと、一旦は引き留めた。だが、地母神様に貰った指輪に魔力を流せば、限られた範囲内なら脳内で話しができるという。そんなテレパシーみたいな機能もあるのか? と、驚く俺に、御使い様は「エナ様とつながっているんだから当たり前じゃない!」と、斜め上の回答を寄越した。
そんなの聞いてませんよ~!? まったく、口は軽いのに肝心なことは言わないんだから……まあ、御使い様は人が来ない森の奥に住んでたから、少しでも自然がある環境が良いのだろう。会話ができるなら良いかと、とりあえず受け入れることにした。
明日は、両親と共にトレド侯爵邸に行く。当分世話になるから、公爵にはしっかり挨拶しとかないと。俺は侯爵邸の離れの一室を借りて、そこに寄宿させてもらうことになったのだ。さらに、家令やメイドさんを借りることになっている。防犯や警備の関係上、侯爵家にゆかりのある人じゃないとまずいらしい。俺も、侯爵邸の勝手が分かっている人の方が安心だ。
家具や寝具などの荷物を新たに購入し、父が贔屓にしている商人を通じて運んでもらう手筈になっている。だから、俺が持っていく荷物は身の回り品くらいしかない。
俺に与えられるコルテス男爵家は、王家から報酬が与えられるので、土地や領民の管理や、領地経営をする必要はない。その分、報酬は低いらしいが、それでも男爵位だ。家令やメイドの1人や2人は十分雇えると思う。元々、贅沢とは無縁な生活だったのだ。派手な生活をしなければ、お金で困ることはないだろう。しかも、トレド侯爵家に寄宿させてもらうから、家賃の心配もない。魔法研の特別研究員になるから、その報酬も出るのだ。そう考えると、逆に余裕があるかも知れない。
この先、貴族としてやっていくには、付き合いや接待などの費用が掛かるだろう。当面は、父が親しくしている貴族や商人、トレド侯爵が懇意にしている貴族などとの顔つなぎが大事だ。交際費や接待費の相場というのが分からないけど、独り身の身軽さもあるから、なるようになるだろう。必要以上にお金がかかるなら、魔法を使った商売とか、何か副業も考えてみよう。
どのみち、家計のやりくりは家令さんのお仕事だ。全てお任せしよう。そうしよう。俺は仲間や部下を信頼する男だ。家長は「よきに計らえ!」といって、現場がやりたいように、好きなように働いてもらうのが、お互いストレスがなくていい。決して面倒事を押し付ける訳じゃない。世の中には、適材適所という良い言葉があるのだ。
それにしても、今日は領都邸に留め置かれ、身の回りの荷物整理と魔法練習しかすることがない。
「御使い様、暇です……御使い様のように自由にどこでも行きたいです」
俺は、早速テレパシーを使ってみた。最初の会話が愚痴というのは、我ながら締まりがないと思う。御使い様に「そんなこと言うために魔力を使うんじゃないわよ!」と言われそうだ。だけど、怒られても時間がつぶせたら構わないと思えるほど、やることがないのだ。すると、御使い様の呆れたよう声が聞こえてくる。
「行けばいいじゃない?」
「そんな簡単に言わないで下さい。領都と違って、ここでは簡単に外出できないのです」
「知らないわよ、そんなこと! それより、あたしに零しても何も変わらないわよ」
確かにそうだ……人の理の外にいる御使い様に愚痴を漏らしたところで、なにも変わらない。怒られるのは覚悟したが、諭されるとは思わなかった。俺は「すみませんでした。ちょっと悪ふざけが過ぎました」と謝って通話を終える。そして、荷物整理や、式典での作法などを再確認することにした。
来週に迫った王城での仮の爵位授与式に着ていく服は、前回の王都訪問で仕立てた服を着まわす予定だ。これで、この服とはお別れだろう。また、作法は祖父と父から教え込まれ、もう練習する必要がないくらい頭に入っている。
そう考えると、早くもすることがなくなってしまった。仕方がないから屋敷をうろつくことにする。まずは1階に下りてみた。ホールで父がパーティーの準備をしているのだ。
来週開かれる仮の爵位授与式のあと、我が家と親しい貴族を集めて、お披露目パーティーを開く予定なのだ。ホールを覗いてみると、どうやら立食形式のパーティーになるらしい。
「どうしたレオン。準備は終わたのか」
「準備といっても、作法は覚えましたし、着ていく服も準備済みです。特に何もすることがありません。許可していただけるなら、王都を散策したいです」
「ダメに決まっているだろう。領都ならともかく、王都では目が行き届かん」
「騎士団の1人を警護に付けて頂くというのはどうでしょう?」
「お前のわがままに、騎士を付き合わせろと?」
「……」
どさくさ紛れに軽いノリで言ってみれば、案外許可してくれるかもと思ったが、父のガードは固かった。仕方がないので話題を変える。
「父上、本当にパーティーを開いて大丈夫なのでしょうか?」
「例の魔法のことは誰にも言わん。今回のパーティーは、魔人発見の功績で、陛下から褒美を得る名誉を賜ったのと、お前に成人後、爵位が与えられることを、親しい貴族に披露するものだ」
「そこですよ。爵位が与えられることになった功績をどう説明するのですか?」
「大丈夫だ。魔人発見の功績と、陛下に魔法の才能が認められ、王立魔法研究所の特別研究員になるから、爵位が与えられたのだと話す」
魔法研に入るのを逆手に取るのか。飛行魔法のことがすっぽり抜け落ちてるけど、父が言ったことはどちらも事実だ。別に嘘をつく訳ではない。どのみち俺の爵位の件は秘匿事項じゃないから、いずれは漏れる可能性がある。漏れてから説明するよりも、先にこちらに都合のいい説明をしておく方が、怪しまれるリスクが少なくて済むだろう。
「そこまで言うなら、信用します」
「それから、今回のパーティーために特別なワインまで作ったのだ。去年の酒を壺に入れて、記念のラベルを貼ったものだ。前にレオンが提案したのを採用したのだ」
俺は以前、お祝い用のワインを売り出してみてはどうかと提案したことがある。お祝い内容をラベル記し、それを小壺に貼り付けて、招待客に配ったり、会場で提供したりする。前世の結婚式の引き出物に、新郎新婦の名前をラベルに刻んだワインがあったのを思い出したので、父に話してみたのだ。そのときの父はまともに取り合ってくれなかったが、今回の件で俺の提案を思い出し、実践したてくれたようだ。
「それはまた、時間がないのに良く完成しましたね」
「うちのワインを扱う王都の商人に頼んだのだ。お前が言ってた、口が細長い壺を探すのに苦労したぞ。だが、おかげで注ぐときにワインの澱が出にくいものが見つかった。すっきりとした味わいになるから、今後、小分け販売する際には良いかもしれない。うちの新たな名産になるかもな」
さすが、ワインいえばグラセスと豪語するだけのことはある。商魂逞しい。
この世界のワインは、大きな樽で製造、出荷される。うちもそうだ。そして、小売店で量り売りするときや、食堂で客に提供する際に、小さい容器に移し替えるのだ。初めから小分けした壺入りのワインなんてまずない。
父は、新たな販売方法に可能性を見出して興奮したのか、さらに言葉を重ねてくる。
「今年は、試験的に少量の壺入りワインを作ってみる予定だ。好評なら、来年はもっと生産量を増やしたり、壺を独自の物にしたりする。壺のまま何年か寝かせて、高級ワインとして売り出しても良いかも知れんな」
少量化を視野に入れた新たな販売戦略を俺に語る。捕らぬ狸にならなければいいが……。
「だったら、生産年を記した壺ワインを作り、誕生年とか、何かの記念に買い求めるようするのもありですね。新たな需要が掘り起こせるかも知れません。また、どの年のワインが美味しいか利き酒をするのも、ワイン通には受けるかも知れません」
と、将来向けの提案をしておいた。採用されるかは分からないけど。
でも、いずれは前世のように、少量の瓶詰めワインの時代が来るだろう。ワインはうちの領地の稼ぎ頭だ。父も先代や先々代に倣い、ワインの品質向上や安定化、付加価値化に余念がない。もしかすると、エリアス兄さんの代には、少量のワインの時代が来るかも知れない。
その後、壺ワインを見せて欲しいと頼むと、父が喜んで見せてくれた。だが、ラベルを見た途端、俺は激しく後悔する、そこにはなんと『バロン・マギコ』と書いてあった。直訳すると魔法男爵? これには些か注文を付けたいところだが、今さらラベルは変えられないので手遅れだ。先に相談してくれたら、全力で阻止しただろう。でも、父の思いは違うようだ。
「親しい貴族には、お前は魔力が強い子だと話している。爵位を受けるのも、魔法の才能が買われたのだから、少しでもお前をアピールできればいいと思ったのだ。あの魔法を知ってる人にしか、真相は分からないだろう」
「……」
これも親心なのだろう。受け入れるしかない。
俺は、返礼という訳じゃないけど、領都の川で採集した石英でガラス製品を作って渡した。石英や金塊をこっそり荷物の中に紛れ込ませ、昨日『分解魔法』で作っておいたのだ。前世で一般的だったワインボトルや、ワインを移し替えて食卓に出すときに使う、カラフェやデカンターだ。少し奇抜な形にしてあり、父には「こういった形状にすると、見た目が良いと思ったのです」といって渡した。
8歳の子供がワインの知識を持っていては変に怪しまれる。だから、見た目が良いからと誤魔化すことにしたのだ。ワインボトル以外はこの世界にもあるが「これだけ透き通ったガラス製品は見たことがない。お前の魔法はこんなものまで作れるのか?」と、その透明度に驚いていた。父には『分解魔法』とは言わず、魔法で作ったとしか話していない。
父は、飛行魔法を見せて以降、俺の魔力なら「何でもあり」と認識したようだ。あまり魔法のことを聞いてこない。母は、そもそも魔法に興味がないので「レオンの魔法は凄いわね」と、褒めることしか言わない。2人とも、それが本心からなのかどうかは分からないけど、あまり突っ込んで聞いてこないのは、ときに有難くもある。
まあ、逆にいえば、両親がすんなり受け入れてしまうことが、俺が普通の人と感覚がずれる原因になっているのかも知れないけど……。
ついでに、家族用のグラスや、父から銀貨を貰い、母や姉用にガラスに銀を付着させ、持ち手を付けた手鏡も作っておいた。後で母に渡そう。銀は黒くくすむので、銀が外気に触れないよう、ガラスで全て覆うことにした。前世の鏡とそん色ない、歪みが全くないものができたと思う。それでも耐久性が分からないので、とりあえず身内だけに渡すことにした。
父は、俺が作ったガラス製品を見て、「これも、パーティーに来た人に土産として渡そう! このカラフェかデカンターを、あと30個作れないか?」と言ってきたが、原料の石英の残りが少ないので、渡せるほど作れないと言ったら、がっかりしてた。耐久性が分からないので、懇意にしている貴族や商人に下手に渡せないだろう。諦めてもらうしかない。
ガラスなら、そこらにあるガラス製品を『分解魔法』で作り変えてしまえばいい。でも、大量生産すれば『分解魔法』がばれてしまう危険があるのだ。御使い様にも人に見せてはダメと釘を刺されているし、簡単に使っていいものではないだろう。




