03 王都の余韻
夕食は久しぶりの領主一家の帰郷を祝うかのように、領都にいる家族みんなで豪華な料理を味わった。滅多に出ない鳥の丸焼きもある。香草と塩で味付けされ、この辺りではお祝い事で食卓に出るごちそうの1つだ。
鶏よりも1回り小さく、少し締まった食感で肉の味が濃い。でも俺には、塩気と臭みを消すハーブが強すぎてちょっと口に合わない。
それに、家族みんなで食事はいいのだが、半日も馬車に揺られているのは結構辛い。今日はこんな豪華なものでなく、もっとあっさりしたスープとパンの方が良かったよ……と、目の前にいるエマ姉さんを見てそう思う。
姉は馬車移動の疲れを感じさせない見事な食べっぷりだ。それでいて貴族らしい綺麗な食べ方が崩れることもない。幼いころからの慣れだろう。特に意識しなくても自然にしていればそういう食べ方になるのだ。
父や母には「そろそろ落ち着きなさ」とか「カロリーナを見習ってお淑やかに」としょっちゅう小言を言われている姉だが、別にお転婆とか男勝りな訳ではない。ちょっと好奇心が強いが、それよりもマイペースで自由人なのだ。
家に何人か友達を呼んだ日には、どこかで聞いてきた物語の寸劇をやってみたり、それに合わせて髪型や服装をいろいろアレンジしてみたり、別の日にはレースの編み物を夢中でやっていたりと、一見すると行動が一貫していないように見えるが、姉は華やかなものや芸術が好きなのだと思う。
王都でも貴族令嬢の髪型や服装を見て「あの服の色とデザインは最新ね。髪型も面白いわ」とか、「残念、髪型はいいけど服のセンスがね」と小声で評価してた。果ては「あれは王国西部のデザインね」、「お固い帝国様式ね」など、嘘か本当かは分からないが、地域や国の特徴まで語っていたのは驚いた。
俺にファッションのことは分からない。精々が良さそうな生地だなとか、おっ、金髪縦ロール発見! って思う程度だ。
姉は俺を見て何かを察したのか「あらレオン、私に何か言いたいことでもあるのかしら? それに元気がないじゃない。王都帰りで疲れたのかしら。でも食べないと大きくならないわよ」と俺に話しかけてきた。
「いいえ。美味しく頂いております」
「そう? 先ほどからあまり食事に手を付けていないから、私はてっきり王都の料理が美味しかったから、こんな田舎料理は食べられないって思っているのかと心配したわ」
なんでそんな言い方を!! 見ると姉の顔がにやけている。あっ、これは馬車での仕返しか? いや、仕返しされる謂れはない……。世の中は理不尽だ!
「まったく、本当かレオン。こんな田舎料理だなんて……。今からそんなに舌が肥えていては先が思いやられるぞ。馬車移動の疲れで食欲がないのは分かる。だが多少疲れていても、出されたものはどんなものでも有難く頂きなさい。それが礼儀というものだ」
……いやいや、田舎料理って言ったのは姉さんですよ! それに父さんも王都料理の方が美味しいと自白したようなものじゃないですか。
「そうよレオン。ここにあるのはどれも手間暇かけた故郷の味よ。お母さん懐かしくて、もうお腹いっぱいだわ」
……母さん。胸がいっぱいなら分かるけど、どさくさに紛れてもう食べたくないと言ったよね?
姉はともかく、父も母もあまり食欲がないのは分かった。やっぱり馬車旅は大人でも疲れるのだ。俺は「そんなことないのに」とつぶやき、我関せずといった素知らぬ表情の姉を睨みながら、残さずちゃんと食べ進めていった。……げっぷ!
食卓は、お爺様とお婆様、お兄様、そしてアンヘレナさんも一緒だった。みんな久しぶりの再会だから、そこかしこで話が弾む。うちは家族揃って食事する機会は滅多にない。別に互いを嫌っているわけではないが、時間が合わなかったり、お爺様とお婆様は離れに住んでいるので、食事を運んでもらったりしているのだ。
全員揃うのは月に何回か朝食と夕食を共にする程度なのだ。俺は朝食も夕食も母と姉とほとんど一緒で、たまにお婆様とも朝食を一緒にする。アンヘレナさんは昨夏までカロリーナ姉さんと一緒だったが、いまは自室で1人のようだ。
父は兄とともに食事する機会が多い。たまにお爺様とも一緒に食事をしている。仕事の話しを交えながら摂っているのだろう。
食事が終りかけ、場の空気が緩んできたところで、エリアス兄さんが王都の話を求めてきた。俺は姉とともに招待された王城でのお茶会のことを話す。お茶会では第二王子と第三王子のほか、第四王女と第五王女とも言葉を交わしたと話すと大げさに驚いて喜んでくれた。まあ、言葉を交わしたと言っても、そこは悲しい男爵家の次女と三男、跪いて名前を言って、向こうがかけてくれた言葉に一言二言返答しただけだが。
兄は第一王子の1つ下、第三王女と同期で、学び舎でときどき見かけたらしい。第三王女は人目を引くなかなか綺麗な人だったとか。真面目な兄だが、王女に身分違いの淡い恋心でも抱いたのだろうか。
でも、第一王子とはお茶会や子ども向けの社交で挨拶程度はしたが、兄とは学年が違うし、さすがに第一王子というだけあってガードが固く、学び舎で気軽に話しができるのは、同学年でしかももっと身分の高い子女だけだったという。
第三王女はそもそもお茶会の機会がなく、自分は最後まで声をかけてもらえなかった……、と、そう残念そうに語っていた。
◇ ◇
夕食を終え、湯浴みも済ませベッドに入ると、ふと先ほどの王都の話を思い出す。兄には話さなかったが王族のお茶会の話はもっと奥深かかったのだ。
実は第五王女とは挨拶を交わした程度ではない。第五王女はララといい、俺と同い年で、輝くような綺麗なプラチナブロンドの髪を肩の少し下まで伸ばし、吸い込まれそうなグレーの瞳の大きな目を持つ美幼女だった。可愛らしさを具現化した精巧な人形でも裸足で逃げ出すほどの容姿というのは果たして言い過ぎか。
第四王女は姉と歳が同じで、やはり王女らしく華のある感じだった。姉よりも落ち着いた雰囲気なのは王家の貫禄なのだろうか。姉も8歳の弟に逆恨みなどせず、少しは見習ってほしいものだ。
第二王子と第三王子は……身分の高そうな服を着た王子様だったな。名前はあとで父か母にでも確認しよう。ついでに年齢も。
初めて行った王城は、まさにヨーロッパの城をそのまま持ち込んできたのではないかと思う雰囲気だった。城というだけあって、巨大な城郭はほぼすべてが石作りという無骨さはあるが、その中にも洗練された美的な味わいが伝わってきた。
お茶会はそんな王城の奥にある、王族が暮らす居館と呼ばれる建物の、1階のホールから芝が広がる庭へと続くテラスで行われ、俺を含めた80人ほどの貴族子女と、その家族が招かれた。お付きや警護も含めると400人くらいはいる大規模なものだった。なんでも、これだけの規模のお茶会は初めてのようで、これから毎年の恒例行事にしたいらしい。
大人向けのお茶会や食事会、仲間内のサロンはあるのだが、子供向けのイベントはこれまでほとんどなく、子供同士の顔見せや、交流も大事だとの声が上がったらしい。だから俺たちのような地方の男爵家の子供も招かれたのだろう。
子供たちはそれぞれ王族に挨拶したのだが、そのときちょっとした事件が起こる。姉さんと俺は挨拶する順番を待ち、いざ挨拶をしようと王族の前に向かったが、俺たちの直前に挨拶した姉くらいの歳の女の子が倒れてしまったのだ。どうやら長い待ち時間のあいだずっと緊張していたようで、ようやく挨拶を終えて気が緩んだのか、緊張の糸が切れてしまったらしい。
目の前で起ったことなので、俺はすぐさま助け起こそうと近づくが、そこに待ったをかけたのが第五王女だった。というか、正確には第五王女のお付きの人たちだった。どうやら子供とはいえ、女性の体に無暗に触れてはいけないらしい。……忘れていたよ!? 姉も隣で驚いていた。姉弟共々すみません……。
第五王女のお付きがすぐさま倒れた女の子を介抱すると同時に、別のお付きが女の子の親を呼びに行く。俺は失敗しかけたことを取り返そうと、せめてもの癒しの魔法を女の子にかけた。あとでこれも失敗だったと親に叱られるのだが、それを見た第五王女がちょっと驚き、大きな目をさらに見開いて俺に直接声をかけてきた。驚いた顔も控えめに言って超かわいい!!
「癒しの魔法なんて珍しいですね。しかも私とそう変わらない歳のようですが?」
「私は8歳です。魔法は5歳のころから使えましたが、最近ようやく自分の思い通りに魔法が出せるようになりました。病気や怪我が怖いので、教本に載っていた癒しの魔法は真っ先に覚えました。得意な魔法の1つです」
「私と同い年ですか。癒しの詠唱を覚えるのは大変でしょう。普通このくらいの年齢の男性は火魔法や地系統の攻撃魔法を覚える方が格好いいと考えるものですが、貴方は普通ではないのですね」
……やばい、王族に変なイメージを持たれたか? でも俺は攻撃魔法を使って悦に入る厨二ではない……はず?
「恐縮です。遅ればせながら、本日はお招き頂き誠にありがとうございます。私はレオンと申します。ディマス・デ・グラセス男爵の三男です。隣は姉で次女のエマです。王族の方々にお目にかかれて大変光栄に存じます」
「グラセス男爵家のエマとレオンですね。覚えました。私はララ、第五王女です。以後よしなに」
本来なら第二王子に向かって挨拶するのが筋だが、もうこうなっては変則的でも仕方がない。名乗らない方が失礼だ。その後、場が落ち着いたので、改めて姉とともにきちんと王子たちにも挨拶を済ませて辞去する。
家に戻る馬車の中で父から「王族の前で魔法を使ってはならないのだ。攻撃魔法だと思われたら近衛騎士に切り飛ばされても文句は言えなかったのだぞ!!」と言われ、知らぬうちに棺桶に片足を突っ込んでたことを知り顔面蒼白になった。
同時にララ王女は驚いたふりをして俺に声をかけ、魔法を使った事実をうやむやにしようとしてくれたのではないかと、心の中で勝手に感謝した。あんなに可愛い子だ。そうに違いない! 人の第一印象って怖いよな……。
という失敗もあったが、概ね王都では楽しく過ごせた。何しろ王都は初めて見るものが多く、俺の好奇心を十分に満たしてくれた。王都は全体を通して石造りの街並みが広がり、特に大通りは重厚な建物が多数配置されていた。恐らく防衛と防災を兼ねているのだろう。
また、至るところに石造りの門と塀があり、水路も張り巡らされていて、城まではまっすぐ進めない構造になっていた。初めて行った人は王都に詳しい人にでも付き添ってもらわないと、間違いなく迷子になるだろう。特に大通りを外れたら暗がりと似たような建物の連続に方角さえ見失うかも知れない。
王都は西側の小高い丘を丸々王城として使い、その裾野から東を流れる大きな川を挟む格好で街並みが広がっていた。貴族地区は王城の東側、大きな川に向かう途中まで続き、城を守るように配置されていた。
うちの王都邸もそこにあるのだが、場所は貴族地区の入り口付近で王城からは結構距離があった。逆に商業地区やマーケット、平民地区に近く、俺にとってはその方がいい。まあ外出はほとんど親の同行で貴族への挨拶回りだったので、気軽に出歩けたわけではなかったのだが。
それでも、馴染の商家に挨拶に行ったときは初めて商業地区を出歩くことができた。鮮やかな色使いの民族衣装やペルシャ絨毯のような敷物がこちらの世界にもあって、なぜか懐かしいと感じた。
細長い木彫りの人形や、動物を模したような形の使いにくそうな篭は多分お土産だろう。実用性が全く感じられない。それから、よく見るとあまり金属製品を見かけない。表で売るものではなく、奥にしまってあるのだろうか。
そういえば三馬鹿の王都土産を買っていないと思い出したので、父に話して了承を得る。手ごろなものであっても、遊び心がないと喜ばないかも知れないから、ここは俺のセンスが問われる。
手ごろなものなら青空マーケットが良いだろうと父に言われ、いろいろな店を見て回るが、なかなかピンとくるものがない。布地や実用品が多く、お土産になると、先ほどの木彫りの人形や篭のようなものになってしまう。あんなの貰っても始末に困るだろう。
もういっそ日持ちするお菓子にしようかと考えていると、ふと、何かに惹かれるように一つの店に目が行く。
ようやく俺の感性を刺激したのは、アラビアンナイトに出てきそうなジャンビーヤのような湾曲したダガーの木剣だった。修学旅行に行った男子中坊の何割かが必ず吸い寄せられるという例の刀に似た衝動だ。
形状が珍しいから三馬鹿のお土産には最適だろうと柄の色が違う3本を購入した。お土産というよりは壁にかけたり、台座に乗せたりして飾る置物のようなもので、作りが結構凝っていた。その分値段もしたが、無理を言って買ってもらったのだ。
3人に渡すのが楽しみだ。驚いてくれるだろうか? 俺が浮かれ気分でいる横で、ニルダが呆れていたのはお約束だ。
次回は回想です。