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異世界貴族につき・・・  作者: 茶と和
第1部 田舎の異端児
28/33

28 ありがとう領都

 ついに王都から、俺の爵位授与が内定したとの遣いがやって来た。正式には成人を迎える8年後に授与されるが、来月行われる仮の授与式を終えれば、俺は非公式の男爵となり、王立魔法研究所に特別研究員として採用される。


 研究所では、近衛騎士団を中心とする軍との共同研究、及び開発という任務が課せられることになるのだ。既に心の準備は終えたと思っていたが、いざ、遣いの文官から話しを聞くと、改めて、先行きに対する漠然とした不安から緊張してきた。泣いても笑っても、あとひと月もすればここを離れて王都に向かうことになる。


 季節は春の穏やかな陽気から、夏らしく、鋭い日差しが差すようになった。遠くに見える北の山も、万年雪を除いてすっかり雪化粧を落としきった。ゼオノス君たち魔人は無事に山岳地帯を抜けて、北の地に到着しただろうか?


 王都から来た捕縛部隊は、先日ついに撤退していった。報告を聞いた父によると、執念で山岳地帯に入った魔人の痕跡を発見したが、深い森と険しい山に阻まれ、補給も満足にできず、それ以上の捜索を断念せざるを得なかったようだ。


 山岳地帯には人数を絞った小部隊を向かわせたようだが、それも峠をいくつか越えた辺りで戻ってきたという。魔人の痕跡はまだ山岳地帯の奥まで続いていたそうだ。御使い様の助けがあったとはいえ、子供連れなのに良く逃げ切ったものだ。さすがは人間よりも身体能力や強靭な肉体を持つといわれる魔人だな。


 捕縛部隊の中には、まだ森に残っている魔人がいるかも知れないから、援軍を待って山狩りをしようと、未練がましい主張もあったようだが、最終的には部隊の隊長さんが撤退を決めたそうだ。


 森は、魔人が逃げようとも、捕縛部隊がいようといまいと、まるで自分には関係ないかのようだ。むしろ夏の日差しを浴びた緑が盛りを迎えて、今の方が騒々しいほどだ。


 今回の魔人の件で、父は狩人達と協議し、森を少し整備することにしたそうだ。領都から伸びる山道を伸ばしたり、道を太くしたりして、近場なら荷馬車も入っていけるようにする。これまで手付かずで、森のことをろくに調べもせず、管理が疎かだった。それが魔人たちの隠れ家に利用された原因だったとみて、これを機に森にも気を配ることにしたそうだ。魔人は逃亡したから、差し迫った問題はないので、気長に整備していくのだという。


 さて、俺は祖父から貴族家当主としての心構えや、気を付けねばならない作法について、連日レクチャーを受けていた。特に、貴族として何を優先せねばならないかは、価値観の違う世界で生きてきた俺にとって、戸惑いの連続だ。一番は宗教観の違いかな。


 この世界では、魔法という目に見える奇跡があるせいか、当たり前に6柱を中心とする神を崇拝する意識が高い。国王でさえ、王城内の教会で毎日祈りを捧げるそうだ。というか、国王自体、神にこの地を治めることを許された存在だという。そういう建前だと軽く考えてはいけない。人によっては本当に信じて疑わないのだ。


 特に正教国ではその意識が高い。神官などの聖職者、国民もそうらしい。王国貴族も全般に高い方で、王国内には一大派閥があるほどだ。うちでも、食事のときは毎回祈りを欠かさず、休息日には家族総出で、屋敷の礼拝堂で祈りを捧げるのだが、俺は、正直そこまで深くは考えていなかった。


 俺の場合、強い魔力を持ち、天使室長や御使い様に会っているにも係わらず、どこかで魔法を自分の能力だと思っていた。魔法は神が与えた奇跡の御業だという、この世界の感覚とはかけ離れていたことは否めない。もっとも、うちの家族は、魔人のように頭の先に魔力を集めて、それを奉納するという祈り方しない。


 祖父を含め、うちはそこまで宗教にのめり込んではいないが、それでも俺よりは信心深いだろう。余計な反感を買わないためにも、少なくとも貴族の前で神を軽んじる発言には注意しなければならない。


「よいかレオン、わしが教えてやれることはもうないが、教えたことは決して忘れるでないぞ。限られた時間でずいぶん急がせたから、お前も覚えることが多くてきつかっただろうが、これもお前が恥をかかないためだ。少なくとも、これまでに教えたことを忘れなければ、貴族としてやっていけるだろう」


 この日は祖父との最後のレクチャーだ。軽い昼食を終えて一息ついたあと、談話室で、みっちり祖父に貴族の作法を教え込まれていた。1週間後、俺は王都に行く。今回は母も一緒に行くと聞かなかったので、父と3人で行くことになった。


「はい、お爺様。これまでありがとうございました」

「うむ。お前は子供にしては落ち着いておる。読み書きも早くから覚えた。ラミラは、学び舎で教えるレベルの問題もスラスラ解けるから、教え甲斐がないとこぼしておったわ。ディマスも頭の回転が利くと褒めとった。だが、ときどき信じられない発言や行動に出ることがある。正式な爵位は成人後に与えられると聞いたが、わしも家族も非常に心配だ。わしが長生きできるよう、くれぐれも発言や行動には気を付けよ」


 やっぱり、祖父も俺の行動には一言いわずにはいられなかったようだ。祖父は今年59歳だ。向こうの世界では、第二の人生だなんていわれる年齢だが、この世界ではいつ何が起きるか分からない。俺が王都で何か仕出かしたら、ぽっくり逝ってしまうかもしれないのだ。


「お爺様の教えを胸に刻み、決して忘れずこれからも精進していきます。これでも国王陛下から直々に良い待遇を得られたのです。軽率な行動などできません。お爺様は安心して長生きしてください」

「国王陛下から直々に……孫からそんな言葉が聞ける日が来るとはな。もう思い残すことはないかも知れん……」

 あれ、逆効果だった? しんみりとした祖父を励まし、俺が談話室を出たのはもう夕刻だった。


 王都に行く日が迫り、準備もほぼ終わっている。めぼしい人との別れも済ませ、昨日は三馬鹿にも会い、別れの挨拶を済ませてきた。今日は森の祠に行き、御使い様に出発の相談に来た。


「あたしは、あんたにも姿が見えないようして付いて行くわ。姿を見せたまま話しかけたら、あんたもつい反応して返事しちゃうでしょう」

「そんなことができるのですか? 確かに話しかけられた返事をしてしまうでしょう。両親も一緒ですから変に思われますね」

 以前、御使い様が同じことを言ったときに想像した、空に向かって1人で話すシュールな光景が再びよみがえる。


「あたしはそもそも精霊だから実体をなくすこともできるの。出発するときに一度姿を見せるから、あとは勝手に付いてきていると思っていいわ」

「それならそうします。出発は明後日の朝ですからお間違えないようにお願いします」

「わかったわ」


 ◇   ◇


 御使い様との打ち合わせを済ますと、俺は祠を離れ、領都の東を流れるオデイノ川の川岸に行く。以前に実験した分解魔法を再び試すためだ。王都に行ったら成人になるまで気軽に試せないだろう。試すならここにいる今しかない。今日はこれ以外に魔法を使う予定がないから、ここでありったけ魔力を使う予定だ。


 俺は砂金が沈んでいそうな、流れの遅いところや砂地の多いところを探して、分解魔法を使っていく。確かに金は採れるのだが、思ったほどではない。川の砂金自体が少ないのかも知れない。その後もイメージを変えて魔法を使う。


 金を採集することが目的ではないが、それでも数十グラムは採れただろう。換金の手段がないからこれも箪笥行きだな。金以外にも砂鉄、ガラスを取り出してみた。特に目的はないから、鉄は棒状に、ガラスは凸レンズにして、ルーペとして使えるようにしてみた。


 15回目で体がだるくなったので終わりにする。魔力はだいぶ上がっているが、飛行魔法に使った魔力を入れても、今の俺では20回ほどが限界のようだ。そして、やはり俺の分解魔法が及ぶ範囲は、半径15メートルくらいだった。


 15メートルの範囲内というのは少し狭い気がするが、ドワーフ以外はろくな採掘技術を持っていないこの世界では、何らかの地下資源を探すのに役立つかも知れない。別に山師を目指しているわけではないが。


 ◇   ◇


 出発の朝を迎え、屋敷も朝からそわそわしている。この屋敷ともついにお別れだ。俺は見送りに来た家族1人1人と別れの挨拶を交わす。祖父は気丈に「行ってこい」と言い、祖母は俺を抱きしめて「体を大切にね」と優しく言ってくれた。祖父母が王都に来ることはないだろうから、俺が里帰りできなければ、恐らくこれが今生の別れになる。俺は改めて祖父母の顔を忘れないようにじっと見続け、記憶にしっかりと焼き付けることにした。


 アンヘレナさんも「体に気を付けて行ってらっしゃい」と送り出してくれた。普段、接点はほとんどないが、別に互いを嫌っている訳ではない。長子相続を是とするうちには、そんな隔意はないのだ。アンヘレナさんが揉め事を嫌う、穏やかな性格であることも影響している。いわば母に歳が近い親戚のお母さんのような感覚だ。アンヘレナさんとは冬の社交でまた会うこともあるだろう。


 エリアス兄さんとエマ姉さんは「僕も次期当主の修行が終われば冬の社交に行くから、王都でまた会えるだろう。その身体で仕事するのは大変だろうけど、体を労わって元気でね」「レオンがいなくなると、屋敷も少し寂しくなるわね。来夏には私も王都に行くから、あんたも元気でいなさい」と、王都での再会を望んでくれた。俺もしばしの別れのつもりで、これまでの感謝と、再会を約束して別れる。


「レオン坊ちゃん、行ってらっしゃいませ……」

 ニルダがメイドらしい綺麗な立ち姿で、俺に一声かけて一礼する。でも、一礼して元に戻した顔は、口元が歪み大きな目は涙でいっぱいだ。ニルダの涙は初めて見る…。


 普段は遠慮がない物言いの彼女だが、幼いころから5年もの付き合いがあれば、さすがに別れが惜しいのだろう。俺も、家族以外では一番接点があっただけに、ニルダとの別れは感慨深い。俺の涙腺も緩んでくる。ニルダは俺の専属を外れて、普通のメイドとして、引き続き屋敷で働くそうだ。来年には成人になるから、寿退職までは屋敷で働くのだろう。


「ニルダ、今までありがとう。いつも落ち着かない俺に、はらはらしたと思うけど、ニルダには感謝している。いつまでも元気でいてね」

「勿体ないです。私もこれまでありがとうございました」


 そういうと、先輩メイドさんに抱き着き、しくしくと泣き始めた。俺はどうしていいか分からず、先輩メイドさんと目が合う。「構わずどうぞお行き下さい」と言われた気がしたので、俺は父と母が待つ馬車に乗り込んだ。みんな、本当にありがとう!


 俺が乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出していった。屋敷が見えなくなるまで見続ける。近くまで森が迫っているので、屋敷の周囲は元々鬱蒼とした雰囲気だった。いまは気分も反映されているのか、一層暗く見える。そんな中を、馬の蹄と馬車の車輪の音を残して馬車は進む。


 今回は母が同行するので、馬車は3台だ。騎士団に囲まれて街中を進む姿は、傍から見ればパレードみたいだろう。もちろん、俺はそんな気分ではない。街道に出ると西に頭を向けてゆっくりと進む。


 もうすぐ領都の門を出るというところで、見慣れた3人の子供が街道脇に立っていた。わざわざ人が少ないところを選んで、馬車に乗った俺が気づく位置に立っていたようだ。御者も気づいたのだろう、速度を少し落としてくれる。父と母も気づいたようだ。


 俺は馬車の窓に張り付いて手を振る。この馬車の窓ははめ込まれていて開かないのだ。御者もわざわざ止まることはしない。父が止まれと言わないからだ。

 それでも、まだ領都の門を通り過ぎていない馬車は、ゆっくりしたペースで街道を進む。子供の足でも走れば並走できる。果たして3人は走って付いてきた。俺は窓越しに「トニョ、チコ、カンデ、3人ともありがとう。元気でね」と叫ぶ。


「レオン、元気でな! 俺が冒険者になったら会いに行く!」

「はぁはぁ、俺たちはいつまでも忘れんからな。王都でも達者でな」

「レオン、俺も忘れないんだな。いつかきっと会えるんだな」

 それぞれが泣きながら別れの言葉を叫ぶ。俺はいつまでも手を振り続ける。手を止めれば、本当の別れが来てしまいそうで、いつまでも引き伸ばしたいのだ。3人もそれを感じているのだろう、いつまでも走り続けている。


 でも、チコが音をあげ、やがてカンデも遅れだす。トニョは門に阻まれて、遂に走るのを止めた。でも、3人ともの手を振るのを止めない。3人からは見えないだろうが、俺も手を振り続ける。


 3人は見えなくなるまで手を振ってくれた。やがて3人が見えなくなると、俺は、いま見たばかりの3人の幻を作り出す。いまも精一杯手を振っている…。

「レオン。もう泣かないで」

「……」

 母さん、いまはまだ泣いていたいのです。


「いい子たちだな。レオンは大事な友達を持っていたんだな」

「今でも大事な友達です……」

「そうだな。彼らはいつまでもレオンのことを忘れないでいてくれるだろう。レオンはその3人に恥じない生き方をしないとな。それと、王都でも同じように心を許せる友達ができると良いな」

「そうですね。その通りですね。くよくよしてばかりではいられません!」

 三馬鹿とはきっとまた会える。そう信じよう……。


 ◇   ◇


 王都には予定通り7日で到着した。今回も隣領の子爵が屋敷に泊めてくれたのだが、「グラセス男爵、また王都ですか? うちは宿屋じゃないんですよ。それより、聞きましたよ魔人のこと。結局逃げられたというではありませんか? 当家も森が接しているのだし、魔人が逃げてくる可能性があったのだから、一声えあっても良かったのではないですか?」とすかさず嫌味を言ってきた。


 父も「子爵、その辺りは配慮が足りませんでした。ですが、魔人たちは、子爵の目を盗んで子爵領の森を抜けて、我が領にやってきたのですから、当家が手に負えるものではありません。あの時点では、なるべく事を荒立てず、まずは王家にお伺いを立てるのが、最良と考えました。それに、魔人がわざわざ王都の方に逃げるとは考えていませんでした」と返す。


 父はどうして必ず嫌味を拾うのかな? 2人は案外仲がいいのか? 母も呆れている。子爵の奥方も、長女だという、吊り目でちょっと気が強そうな綺麗なお姉さんもそんな感じの顔をしていた。


 ◇   ◇


 王都に着いた俺は部屋で一息つく。父は早速トレド侯爵に王都到着の報告と、面会状を認めるために自室に行った。母も数カ月ぶりの王都で、知り合いの貴族の奥方などに書状を認めるそうだ。


「御使い様、いらっしゃいますか?」

「もちろんよ!」

 と言いながら姿を現した。昨日の夜も会話しているから、いるのは分かっているが、今まで姿を隠していたのだ。御使い様は領都を出発する際、いつもの姿のまま両親の前を通り過ぎたが、2人とも何の反応も示さなかった。両親に御使い様は見えなかったようだ。俺は思わず叫びそうになったが、何とか堪えた。でも、見えないものが見えるという感覚はなかなか慣れないものだ。


「初めて王都に来たけど、人がいっぱいね。こんなにいるとは思わなかったわ」

 まるでお上りさんだな。もっとも、俺も最初に来たときは、やはり人が多いなという感想だった。人の多さは前世で慣れているつもりだが、領都と王都の人の数はそれだけ大違いなのだ。


「御使い様が疲れるかどうかは分かりませんが、今日はこの建物から出ませんから、ゆっくりしてください」

「疲れは感じないから大丈夫。それより面白い所を見つけたから、ちょっと行ってくるわ」

「えっ、どこかに行かれるのですか?」

「高い塔が立ってたところ。微かに神様の魔力を感じたわ。祠ほどではなかったけど」

「高い塔があるところといえば、教会ですかね?」

「そう。教会というの?」

「町の中心からちょっと西に大教会と呼ばれる教会があります。6柱を全て祀ってあり、正教国から司教が派遣されて来る、由緒ある教会です」


「へー。よく分からないけど、ちょっと行ってくるわ」

「行けますか? それと、人数は少ないですが、町にはエルフもいます。お体を隠すか、気を付けてください」

「飛んでいくから大丈夫よ。帰りもエナ様の匂いがするあんたが目印になるから、ちゃんと戻れるわ。それに、エルフが全員、あたしを見られるわけじゃないのよ。長老とか何百年も生きていて魔力が高いエルフくらいよ」

「地母神様に匂い付けまでされてたのか俺? まあ、良いですが、一応気を付けてください」


「そんなに心配いらないわ。じゃあ行ってくる。夜までには戻ってくるわ」

 と言い残し、御使い様は窓も開けずに、スーっとガラスを素通りして出て行ってしまった。改めて、御使い様は実体のない存在なのだと気づかされる。それにしても早くも暇だ。俺もちょっと出かけようかと思ったけど、今回は母がいるので、勝手に外出して後でばれたらまずい。諦めて魔法の練習でもするか……。

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