27 惜別
屋敷に着いたのは、ぎりぎり日が沈む前だった。過去最高の速度で森を突き抜け、暗くなったのを利用して、屋敷の近くまで飛行魔法を使った。ほっとして屋敷に入ると、母に話があると呼ばれた。これは父が話したのだなと察する。急いで母の部屋に向かう。
「レオン、お座りなさい」
いわれるままに椅子に座る。これではまるで説教のようじゃないか?
「お父さんに聞きました。あなた、爵位を受けるのね。できれば私にも相談してほしかったけど、仕方ないわね。無理にでも王都について行けばよかった……」
「母上は反対ですか?」
「爵位を受ける息子を誇りに思っても、反対する親などいません。でも、あなたの歳では早すぎます。親離れするのも……」
そういうと母は俺を抱きしめてきた。俺は無言のまま母のさせたいようにする。
「まだこんなに小さいのに……。レオン、正式に爵位を賜るのは成人後でしょうけど、仮の授与式が2、3か月後にあると聞きました。仮とはいえ、式が終わればその時点であなたは貴族家の当主になります。この肩に家名の責任が伸し掛かるのですよ。嫌なことや辛いことも全て受け止めなくてはなりません。これまで、あなたのことはお父さんが守っていました。でも、1人の貴族家当主になれば、お父さんに頼りっきりになることはできません。他人の目もそうです。これまでは、お父さん越しに見られてきましたが、これからは、自分自身が常に見られているということを忘れないで。あなたの振る舞いや行動があなた自身の評価につながります。でも、私もお父さんも、もちろんあなたのお爺様やお婆様、アンヘレナ、兄や姉だって、グラセス家はあなたの家族です。何かあったら必ず助けますよ。遠慮しないで頼れるときには頼っても良いのですよ」
母の真剣な眼差しを受け、本当に俺は母の子供でよかったと思う。父も王都帰りの馬車の中で似たようなことを言ってくれた。家族みんなも同じような気持ちでいてくれたら嬉しい。貴族家当主という身分と責任がどれほどのものかはまだ分からない。だが、何かあれば助けてくれると言ってくれる、この暖かい家族がいるなら、俺はやっていこうと思える。
「母上、まだ何もお返しできていませんが、これまで育ててくださりありがとうございました。グラセス家、そして父や母の名を汚さないよう、努めていきます」
「そんなことを言わせたいんじゃないの。本当はもっと甘えて欲しいのよ。せめてここにいる間は甘えて頂戴。私もできるだけあなたとの時間を取るわ。でも、甘えるのは私だけにしなさい。お父さんやお爺様からは、貴族家当主の何たるかをしっかり聞いておきなさい。貴族の責任だけではなく、貴族の矜持、そして身分や地位、法律や制度。あなたには分からないことだらけでしょう。王都に行ったら、そんなことを教えてくれる人なんていないと思うわ。貴族家当主は失敗が許されない。だからこそ、今のうちによく聞いて学んでおくのよ」
「はい」
「それから、学び舎に行くための勉強もね。ラミラに頼んでできるだけの時間を確保できるように頼んでみるわ。ラミラが難しければエリアスが良いわね」
「あまり詰め込みすぎるのは、さすがにどうかと。それに学び舎に入るのは3年先です。王都で誰かに教わることができるかも知れません」
「そうね。あまり詰め込むのも良くないわね。それでは、お父さんからトレド侯爵にお願いしてもらって、王都で良い家庭教師の先生を紹介してもらうことにするわね。侯爵様ならいい先生を知っているでしょう。確か侯爵様の孫娘にあなたの1つ下の女の子がいるわ。いまは領地で暮らしているけど、学び舎に入るために数年後には王都で暮らすことになるでしょう。侯爵様には、あなたの勉強を見てもらうことで、先生の資質も確かめられるから、孫娘の家庭教師に向いてるかどうか試すことができると提案しておくわ。そうすれば変な先生は紹介しないでしょう」
「私は王立の魔法研究所に勤める予定ですから、そんな時間はないです。勉強は本を読んで覚えるつもりです」
「あなたには休息日以外にも休みが与えられると聞きました。休みが休息日だけなら仕方ないですが、それ以外にもあるなら、家庭教師に教えてもらう時間はあるでしょう」
「……」
これは仕方ないな。どうせ家庭教師が来るといっても週1、2回で1回あたり半日くらいだろうから諦めて教えてもらうか。努力していると伝われば母も安心するだろう。でも家庭教師って、いくら払えばいいんだ? そういえば学び舎の学費や王都での生活にもいくらかかるか分からない。
早速、母に王都での生活費について聞いてみる。すると母も詳しくは分からないらしい。でも、今回の騒動のきっかけを作ったトレド侯爵からは、王都での生活はある程度面倒を見てくれると言ってくれたようだ。また、学び舎の費用と家庭教師代はうちが出し、俺の報酬は、侯爵家には頼めないその他の生活費や衣装代に使いなさいと言われた。
貴族はある程度見栄を張るものだから、衣装代とか生活費は馬鹿にならないらしい。なるべく倹約に努めよう。
そこで、ある方策を思いつく。もしかしたらいけるかも知れない。早速、明日試してみよう。
その後も、俺と母は、夕食の時間になるまで会話を続けた。母は子供の頃から何かと俺を構ってくれたが、こんなに長く会話したのは初めてかも知れない。夕食の時間が来たのと、まだ1、2カ月あるからと、そこで会話を打ち切ったが、母も俺も、意外と話したいことがあったんだなとつくづく思った。こんなことでもなかったら、気づいていなかったかも知れない。
夕食は母とエマ姉さんと3人だった。姉も俺が爵位を与えられ、王都で暮らすことを知り、ちょっとしんみりしている。
「冬の社交や来夏になれば私も王都に行くから、レオンに会えるわね」
「そうですね。フィデル兄さんは卒業しますが、その前にエマ姉さんとカロリーナ姉さんと4人で食事ができますね」
「あら、お母さんは新酒の発表会でこの秋に王都に行くから、その時に会えるわ」
母さん、そこで張り合わないで!
「そう考えると王都に行くとはいえ、会おうと思えば結構会えるかも知れませんね。少し気が晴れました」
俺はお茶を濁すように家族みんなに会えることを強調しておく。
「レオンは8歳とは思えないほど、言葉に気を付けているところがあるから、人間関係はそんなに気にしてないわ。でも、それを帳消しにするほどおかしな行動が目立つから、くれぐれもそこは気を付けなさい」
「それはお母さんも同じ意見です。さっきも言ったように、人が見ていることを忘れないでね」
やはり親子か。俺に対する評価は似ているらしい。つまり俺の行動は良いところを全て帳消しにしてしまうインパクトがあるらしい。
「はい。その点には十分気を付けたいと思います」
母と姉の小言は食事中ずっと続き、ようやく解放されたのは、デザートを食べ終えた頃だった。いまは特産のハーブを使ったブレンド茶を飲んでいる最中で、お付きの給仕は食器を下げに行き、いまは母と姉の3人だけだ。
「そういえば、爵位を与えられるきっかけになった飛行魔法ってどんなものなの? 侯爵様にも使えなかったって、お父様が言ってたけど」
「どうやら国王陛下が秘匿事項にしたらしいので、見せることはできないですが、風魔法を使い、靴の下から勢いよく上に向かって風を吹かして空を飛びます」
「よく分からないけど、鳥のように自由に空を飛べるってことなの?」
「鳥のように羽ばたきませんが、前後左右自由に飛べますよ」
「へー。なんでそんな魔法を思いついたのかも気になるし、なんでそんなに魔力があるのかも気になるわね。でも、そのおかげで魔人を見つけたのだし、レオンも爵位を与えられるのだからすごい魔法なのね」
「エマ、その辺にしときなさい。レオンの飛行魔法は王家が秘匿にしたほどです。軽々しく口に出してはだめですよ。それから、あなたも変な魔法を使おうとか思わないでね。エマの魔力も高そうだから心配です。そんなことされたら、母さん今度こそ熱を出しますよ」
「「……」」
心配をおかけしてすみません。しかし、変な魔法はないよな。
◇ ◇
翌日、早速御使い様の祠に行く。御使い様は大木の幹に背中を預けて、足を投げ出して座っていた。誰もいないからなんだか暇そうだ。
「御使い様おはようございます」
「本当に来たのね。魔石を拾いに行くなら結構落ちてるところに案内するわ」
そういうと、すっくと立ち上がって、俺を山の崖下の方に案内する。俺も御使い様の後を追って飛んで行く。崖に着くと、魔石らしい黄色の石がいくつか転がっているが、御使い様の言う通り、小さいものが多い。磨かれていないからくすんでいる。
「これが魔石の原石ですか。本当に小さいですね。これじゃ気づかない筈だ」
「たまに大きいのもあるけど。どこだっけ? あぁ、そこね」
といって、御使い様が指さす先に、直径10センチくらいの魔石が落ちていた。岩とくっついているので、魔石自体はもう少し小さい。魔力を流してみると確かに石に流れていく。指輪についてる魔石並みの魔力は保存できそうだ。
同じところを探してもほかには見つからないので、別の場所を探してみる。
「なかなか見つからないですね」
「あんなに大きなのはなかなかないわね。沢にも落ちてるから行ってみる?」
「沢にもあるのですか? そこにも用があるので是非!」
少し移動して、今度は沢に向かう。沢は魔石があった崖の下側にあり、崖が崩れたり、雨が降ったりすれば、周囲の魔石集まってきそうだ。でも目視ではなかなか見つからない。せっかく沢に来たから、別のものを探してみる。
「御使い様、ちょっと別のものを探しますので、魔法を使います」
「それは構わないけど、何するの?」
「地球の知識を使って、金を集めてみます」
「金? 確かに、この辺に砂金があれば分解魔法で作れるけど……あんたには今さらね」
呆れる御使い様の横で、金をイメージして砂金を集めてみる。金の元素記号の『Au』と、黄金色に輝く金をイメージし、それが手元に集まるように魔力を使う。すると、小指の爪ほどの金が手元に集まった。
「御使い様できました。金ですよ。ここにもあったのですね」
「本当に分解魔法で金を集めるなんて! 確かにあんたの魔力は人間並みじゃないわね……ううん、何でもない」
「どうしました? それよりも、金を分解魔法で集められる範囲を確かめてきます」
「どうするの?」
「ちょっとずつ移動範囲を変えて金を集めてみます。そうすることによって、1回で集められる範囲が大体分かると思うのです」
そういうと、沢伝いに、まずは20メートルほど移動して魔法を使ってみる。少し少ない量が集まる。次に40メートルくらい移動して魔法を使うと、最初と同じくらいの金が集まった。これだけで判断するのは乱暴だが、俺の分解魔法は、半径15メートルくらいの範囲の金を集められるのではないか。
今度は場所を変えて、もっと量が取れるかどうかも検証してみよう。分解魔法はこの先も役立つかも知れない。
ついでに、魔石も分解魔法で集められるかやってみたのだが、魔石はイメージ力が弱かったのか、それとも魔石そのものが分解できないのか、とにかく何度やってもだめだった。いまは諦めるしかない。
その後は再び魔石探しに戻る、結局、御使い様が最初に見つけてくれた魔石以上のものはなかったが、沢でも2センチほどの魔石が2個見つかり、崖で見つけた比較的大きい魔石を合わせて、7個の魔石を持ち帰ることにした。
「御使い様、一緒に探してくれてありがとうございます。何かお礼がしたいですが、何か私にできることはありますか?」
「あんたには、森の主を倒してもらったり、エナ様に魔力を奉納してもらったりしたから、お礼なんていらないわ。それよりも、さっきの分解魔法は人に見せてはだめよ。何もないところから金を出すなんて、見た人間がどんな反応するか分かったものじゃない。そもそも分解魔法は、魔力が少ない人間が使えるものではないわ。ほとんどのエルフだって使えないわよ。分解魔法が使えるなんて知られたら、いよいよ危険人物扱いよ。だって建物や城とかも壊せそうじゃない。実際はそんな魔法じゃないけど、そのことを知ってる人間は、まずいないわ。魔石もね、魔石が人間にとって希少であるならなおのことよ。気を付けなさい」
確かにそうだ。分解魔法は必要な魔力量が多いので、人間が使える魔法ではない。使えないからまともな知識もないだろう。俺が使えると知られたら、どんな悪意ある噂が流れるか、分かったもんじゃない。金についてもそうだ。いざというとき役立ちそうだからと集めたが、考えてみれば、換金する伝手がない。普通、子供が金を換金するなんて考えられないし。信頼のおける商人とかに売るのが一番だが今はそれがない。こりゃ箪笥の肥やしだな。
魔石もそうだ。王家が管理しているって言ってたから、俺が持ってたら盗んだとか思われるかも知れない。盗んでないことが分かっても、どこで見つけたか聞き出すだろう。ただでさえ悪目立ちしてるから気を付けないと。
結局、今日も御使い様に散々注意を受けて屋敷に帰る。そういえば三馬鹿に王都から帰ってきたことを報告してない。今回は慌ただしかったので、お土産はクッキーの詰め合わせだ。明日にでも会いに行こう。爵位の話しや王都に行くことも話しておかないと…。
三馬鹿に会えるのも、あと1、2か月かと思うとやはり寂しい。身分に関係なく一緒に遊んでくれる三馬鹿の存在は、前世を知ってる俺にとっては心地よい存在だ。身分を振りかざす貴族の子女は多いだろうが、俺の場合、身分の上下や位なんて関係ない世界で生きてきたので、逆に身分を意識しなさすぎるのが問題なくらいだ。
三馬鹿に出会った頃は、父に「貴族の息子として線は引きなさい」といわれたが、俺は成人すれば貴族出身の平民だから、身分差はいずれなくなる。それよりも平民の生活やどんな考えでいるのか知る方が大事だと、父を説得した。最近は父も諦めたのか、三馬鹿との付き合うことに何も言わなくなったが、内心では快く思っていないだろう。兄や姉の友人は自宅に招くことを許しているが、三馬鹿には一度も自宅に呼べと言ったことがないのだ。
◇ ◇
翌日、俺は王都土産を持って三馬鹿に会いに行く。3人とも、いつものように店の手伝いをしながら俺の訪問を待っていたようで、俺が行くと、手伝いをほっぽりだして外出の許可を親に貰った。トニョだけはついでに親に拳骨も貰っていた。両親が厳しいのではなく、日ごろの行いのせいだろう。
俺と三馬鹿はいつもの空き地にやってきた。まずはお土産のクッキーを食べながら、王都の話しをして場を盛り上げる。今回はエルフの薬局に行ったのだが、エルフには会えなかったと話すと、3人ともがっかりしてた。
俺は、あのあともう1回薬局に行ったのだが、結局、店番のおばちゃんと話しただけで店主のエルフさんには会えなかったのだ。
でも、今回はこっそり外出して街中を散策できたので、王都の中心部にある大きな公園のことや、少し勇気を出して、怪しい雰囲気満載の裏路地を歩いてみたことを、面白おかしく話した。
そして、いよいよ覚悟を決めて、三馬鹿に爵位のことと、1、2カ月後には再び王都に行き、恐らくそのまま王都で暮らすことになると話す。貴族のことはよく分からないだろうが、俺と離れ離れになることは分かった3人も、しんみりと肩を落とす。そして、もう会えなくなることを悲しんでくれた。
「レオンは遠くに行くけど、死に別れる訳じゃない。どこかで生きていればそれでいい」
トニョの言葉に他の2人も同意する。俺もその言葉に励まされる。この世界では、前世よりも死が間近にある。死産は珍しくないし、病気に罹れば助からない確率も高い。この歳でも祖父や祖母がいない家が珍しくないのだ。子供でも死の悲しみを十分に知っている。それに比べれば、生き別れる悲しみは、再会できる希望があるだけましなのだ。
「4人で一緒に遊んだことは忘れないよ。レオンが考えた『おしくらまんじゅう』は冬の一大行事だし、デコピンとかしっぺも町で定着した。まだ知らなかった親父にデコピンしたら、『イテッ!』って言って拳骨が返ってきたけど…。まあ馬鹿もしたけど。この前レオンに貰った王都土産のあの剣は俺たちの宝物だ!」
この世界にもじゃんけんがあったので、前世で子供の頃にやった、デコピンとかしっぺを教えたのだ。『おしくらまんじゅう』は、冬の寒さを嫌がり、家から出ようとしない三馬鹿を連れ出すために教えたのだ。賞品にビスケットをあげると言って誘い出すことに成功した。似たような遊びはあったが、俺はなるべく同い年か体格が一緒の4人1組で遊ぶようにルールを定めた。さらに、12月と2月の年2回、大会まで開いている。
いまや、80人くらい居る、領都の子供たちの冬の一大イベントだ。3年目を迎えた今冬は、俺が王都に行って不在だったものの、賞品のビスケットをグラセス家が提供し、商店会長の息子さんに大会委員長を任せて開催してもらった。
12月の大会日を歳末セールの初日に合わせ、2月は冬物在庫セールや春に向けた新作発表に合わることで、町ぐるみで盛り上がるように頼んだのだ。俺がいなくなるから、もう開催できないかも。
俺は3人に返す言葉を見つけられずにいた。王都に会いに来てなんて無茶なことは言えないし、またここに遊びに来るからとも気軽に言えない。それだけ王都は遠く、また気軽に過ごすこともできない貴族の境遇も分かるからだ。だから「俺も3人のことをいつまでも忘れないよ。いつか必ず再会しよう」と返すのがやっとだった。




