22 王城へ
「なに、飛行魔法?」
「はい、風魔法を使って空を飛ぶのだそうです。我が父、トレド侯爵が自身の目で確認したと申しておりました。鳥のように羽ばたきもせず、スーっと上空に舞い上がったそうです。魔人発見の際にもいざというときには飛行魔法で逃げるつもりでいたから、領内の森の奥に入っていったそうです」
「人の魔法でそんなことが……風魔法だと? 一体どんな手を使っておるのだ。飛行魔法などこれで聞いたことないが、過去に誰か使ったことはあるのか?」
「いま、魔法研究所の専門家や、大教会の神官に問い合わせ、文献を調べてもらっています。専門家も話を聞いて慌てていたので、恐らく初めてかも知れません」
「それがグラセス男爵の息子だというのか? 先日魔人を発見したという? 息子の名は?」
「はい。名前はレオンと申しておりました」
間違いないだろう。ララが言ってた子倅だ! いや、まだ本人と決めつけるのは早い。でも、ララは相当魔力が高いとも見ていたな。いや、何かの間違いだ。
「飛行魔法が事実なら、簡単に城壁を乗り越えられるではないか。これまでの常識が覆る。その子供は危険ではないか?」
「私もそう思いました。ですがトレド侯爵はぜひ陛下にもご覧いただきたいと申しております。危険視するより上手く取り込んだ方が良いとのことです」
ううむ。トレド侯爵の言葉にも一理ある。専門家も慌てるくらいの魔法を持つなら、取り込んだ方が得策だ。それに、簡単に城壁を乗り越えられるというのは、何もこの城だけではない。敵の城だって同じことだ。相手はララと同い年の子供だが、使い方次第で戦力になるかもしれぬ。
「分かった。8歳の子供でも特別に拝謁を許可しよう。グラセス男爵には魔人報告の際に一緒連れて来いと伝えよ。魔法を見せるなら庭を使えるように整えろ」
「? はっ、承知しました」
そういってクルロが下がっていく。良いだろう。どのような子供か見極めてやろうではないか……。
◇ ◇
国王に拝謁する日が2日後に決まった。俺は王都に来てから特にすることがないので、日課の魔力操作や、父や側仕えの目を盗んで王都見物に出かけている。ニルダがいないので屋敷を抜けるのは楽だが、気軽に話せる相手もいないので毎日退屈だ。父はせっかく王都に来たのだからと、懇意にしている貴族や馴染みの商人との面談予定をせっせと組んでいた。
今日は王都の学び舎にいるフィデル兄さんとカロリーナ姉さんと夕食を共にするのだ。最後に会ったのは冬の社交を終えて帰郷する前日だから、まだ1カ月ちょっとしか経っていない。
2人には今回王都に来た目的を事前に手紙で知らせているが、学業に影響がないよう、あらまししか教えていない。実は国王がうちに疑念を抱いているなんて伝えたら、2人がどうなるか分かったもんじゃない。
その2人が学び舎での勉強を終えて馬車でやってきた。明日は休息日なので、兄も姉も今夜は泊まって明日帰る予定だ。
「フィデル兄さん、カロリーナ姉さん、お久しぶりです」
「久しぶりって、まだ1カ月くらいしか経ってないじゃないか」
「そうよ。あまり余所余所しいのは嫌だわ」
「そんなつもりではないのですが。兄さんも姉さんも特に変わったところもなく、お元気そうで何よりです。姉さんは入学から半年経ちましたが、もう1人暮らしに慣れましたか? 来年はエマ姉さんも入学するので、最終学年の姉さんが面倒見てやってください」
「……さすがにもう慣れたけど。レオン、そういうことは親戚やお母さまが言うことであって、8歳の末っ子の言うことではないわ。ときどき思うのだけれど、レオンって言葉づかいや話す内容がおじさんみたいよね?」
失敬な! たまに自分でも年寄りみたいだって思うけど、そう面と向かって言われるとさすがにショックだ。
「まあ良いじゃない? それも含めてレオンだ」
兄さん……なんか上手くまとめたな、なんて、ちょっと思ってるんじゃないよね? 隣の姉さんも寒そうにしてるじゃないか。火魔法で温めてあげようか……。
そして家族4人で食卓を囲む。父が成績のことや交友関係について、しつこいくらい質問し、2人はうんざりしながらそれに答えていた。どうやら父はアンヘレナさんにもっと突っ込んで聞いてこいと言われたらしい。
特に兄さんは卒業まであと1年余りになったこともあり、そろそろ将来についての考えや答えを聞かせろと迫っていた。
兄はまだ悩んでいると前置きした上で、できれば官僚になって王城で働きたいのだという。学年でも10位くらいを維持しているので、成績だけなら問題ないらしい。ただ、官僚になるにはコネが必要なので、どうにかならないかと父に相談していた。
父も唸りながら一緒に悩んでいたので、官僚を目指すことには賛成のようだ。結局、夕食の席では良い答えが出ず、再度話し合うことでお開きになった。
◇ ◇
そして、いよいよ国王に拝謁する日がやって来た。決して眠れなかったわけではないが、この日は目覚めてから妙に浮ついたテンションで、自分がいつになく緊張しているのが分かった。一方、父は覚悟が決まったのか、案外と落ち着いた様子だ。本番に強いタイプなのだろう。この辺りはさすが当主なのだなと感心する。俺たちは王城に行くにふさわしい、一番上等な服を着て、馬車で屋敷を後にする。
「レオン、泣いても笑っても今日の陛下への拝謁が全てだ。お前は挨拶が許されれば挨拶し、そのあと、魔法を見せろといわれるまで大人しくしていろ。だが、あまり緊張はするなよ。落ち着いてな」
父がアドバイスをしてきたので、黙って聞いておく。父も国王に拝謁するのは、家督を継いだとき以来だろうが、作法は頭の中に入っているようだ。
国王への拝謁は『謁見の間』というところで行われるのだそうだ。全面白の壁に豪華な金の装飾が施され、レース地のカーテンや深みのある赤を基調にした豪華な布が飾りつけられ、王家の財力をこれ見よがしに見せつけるらしい。国王はその一番奥の数段高いところにある天蓋付きの玉座に座り、招待者や臣下からの挨拶を受けるという。
やがて王城が見えてきた。城の正門はそれだけで独立した要塞といった雰囲気で、高い壁と隅に屋根のない壁塔を配置し、見るものを威圧してくる。攻撃魔法や攻城兵器に対抗するためなのだろう、壁はかなり厚みがあり、門を閉じれば容易には突破できそうにない。
王城はこういった壁に三重に囲まれ、ようやく奥にある居館が見えてくるのだ。居館は城壁に囲まれているが、広く取られた庭に多くの木が生えており、雰囲気がだいぶ柔らかくなっている。
かつては文字通り城の役割だけだったのだろうが、いまは王が住む館らしく、見た目や住みやすさも重視しているのだろう。居館まで馬車で乗りつけられるように、道が広めに整備されているのがその表れといえる。
父と俺は馬車を降り、居館の中へと入っていく。石造りの巨大な建物だけあって、建物の中は春なのにひんやりとしている。王家に呼ばれたお茶会でも通ったロビーを抜け、居館の最奥にある、王が執務や会議を行う場所まで通される。
近衛騎士が至るところに配置され、ここが重要な場所であることが分かる。複雑に入り組んだ道を通されたから、方向感覚は既にない。案内がなければここから抜け出せないだろう。
やがて待合室のような広い廊下に出た。廊下の中央に近衛騎士が3人立っており、2人は扉の前に立ち、1人は廊下の中央でこちらを見つめている。いよいよ王と会見する『謁見の間』に到着したようだ。父は再確認するように「レオン、落ち着いてな」と口にし、騎士が守るドアの前に立つ。
「ディマス・デ・グラセス男爵及び、その息レオン到着!」
近衛が口上を述べると、ドアが内側から開く。父に促されて中に入ると、玉座の前に何人かの偉そうな貴族がいるが、玉座にはまだ誰もいない。俺は父の斜め後ろを歩き、父が中央少し手前で立ち止まり、片膝をついて頭を下げたのを見て同じようにする。
やがて国王到着の口上が述べられると、玉座の横にある扉が開く音がし、国王であろう人が入ってきて玉座に座る。頭を下げているので顔は見えない。
「ディマス・デ・グラセス男爵及びその息子レオンか。表を上げよ!」
国王に許可されようやく表を上げる。まだ話しかけてはいけないようだ。国王は細身で顔つきがちょっと神経質そうに見えるが、鼻筋が通った美男だった。歳は父より少し上の40代半ばに見える。実際、国王の年齢は43歳だから年相応だろう。
そういえば、お茶会で挨拶した第三王子がこんな感じだったといま気づいた。少し濃い目のブロンドに、グレーの瞳がそっくりだ。歳をどちらかに近づければ、双子といわれても気づかないかも知れない。
「さて、グラセス男爵は領内で魔人を発見したのだな。後ろにいる息子が発見したそうではないか。あとで飛行魔法とやらも見せてくれるらしいな。魔人捜索にはすでに先遣隊を派遣し、今は森の中で捜索を始めている頃だろう。まずはグラセス男爵から魔人発見の経緯を儂に述べよ」
と、国王が威圧的に父に命じる。直答を許された父は俺が説明した内容に基づき事実を淡々と述べていくが、王の視線は厳しい。説明に少しでもおかしな点がないか探しているようだ。
なんか、俺のほうにも厳しい視線を送ってくるんだが……これから見せる飛行魔法が気になるのだろうか? 確か王族の前で魔法を使うのは許可がいると言われたが、俺の魔法を警戒しているのかな?
「つまり、魔人を見たのはその息子だけで、他の者は実際には見ていないのだな」
「その通りです」
「それでは魔人と確定していないではないか?」
「ですが、息子が証言した長い耳と浅黒い肌は魔人の特徴に合致いたします。それと、魔人と同じ北の地に住む大蛇の魔物のラノスを連れていたようです。これは当騎士団が街道近くの森の中で発見した、幅50センチを超える魔物が這った跡の特徴と合います。これらのことから、発見したのは魔人であることが確実かと」
「しかし、8歳の子供の目撃証言だけではな……」
王は俺の年齢まで把握しているらしい。さすが細かいことまでよく調べている。それよりも子供の証言だけで、他に誰も確認せず一報を入れたのはまずかったか? 大叔父は懸念していたが、父も俺もそこまで心配していなかった。
でも魔人の住処がある岩山に通じる道はないし、住処へと続く崖下には、入った者を途中で諦めさせる呪術がかけられているから、誰も確認できなかっただろう。結果論になるけど、ここまで面倒になるなら、父に知らせず魔人をあのまま放置した方が良かったよ。
「息子が魔人を発見した場所は、魔物の痕跡を発見した街道近くの森から、およそ10キロ入ったところです。普段は森の狩人さえ踏み入らない場所とされていて、道もありません。確認のために領の騎士団を送ると、魔人に見つかる可能性があるので、王都からの捕縛部隊を待ってから捜索することにいたしました。それに、息子はこのような大事に関して、決して嘘は申しません。こうして、陛下の前に膝をついているのが何よりの証です」
「ふむ。そこまで言うなら信じよう。どのみちあと数日で先遣隊から報告が届くだろう。判断はそのあとで良い」
乗り切った! どうやら王は父の言葉をひとまず信じることにしたようだ。でも、先遣隊の報告は魔人に逃げられたという内容になるだろう。うちとしては、街道付近に現れた魔物を騎士団が警戒したので、それを察知した魔人が村を捨てて逃げたのだろうと説明するだけだ。
反乱事件で王都の兵をかく乱し、その後15年も隠れていたのだから、隠密行動や斥候には長けた者たちであると思うのが自然だろう。それでも王がどのような判断を下すかは分からない。今はこの状況を乗り切った喜びを噛みしめたい。
「では、次に後ろに控える息子の魔法をみよう。そなたらは一旦下がって移動せよ」
さすがにここで披露するのではないようだ。父と俺は案内人に促されて移動する。移動先はお茶会でも使ったテラスが見える芝の庭だった。
国王は少し間を置いてからやってきて、テラスに置かれた椅子に座る。その後ろや横に近衛騎士が10名ほど並び、一部は盾も持っている。先ほどの『謁見の間』にもいた偉そうな貴族も全員やってきた。国王が移動すると、騎士や側近を含め30人は移動するようだ。昔ドラマで見た、某大学病院院長の行列に似ている。
「早速、飛行魔法とやらを見せよ」
俺は国王に促されるが、王族の前で魔法を使うには許可が必要なため、このまま使って良いか分からず戸惑う。
「ほほう。王の前で魔法を使うのを躊躇うか。よかろう。そなたの魔法使用を許可する」
「ありがとうございます。では失礼いたします」
といって、俺は少しだけ驚いてもらおうと、一気に5メートルほど上に飛び、そのまま後方に移動したあと、今度は円を描くように1周して、また元に位置に戻ってゆっくりと着地する。その間わずか20秒ほどだ。
「「「……!!」」」
俺が戻って再び片膝をつく。だが、王を始め、近衛騎士や偉そうな貴族も、等しく目を丸くして、俺を見つめたまま動かない。ちょっとやり過ぎたかなとは思うが、やったことは、上に飛んでくるっと1周して戻ってきただけなので、特別なことはしていない。
「何だ? それが飛行魔法なのか? トレド侯爵の話しは聞いてたが、本当に魔法で人が空を飛ぶのだな……これはどう対処したものか?」
やがて、王が口を開いて疑問を投げかけるが、近衛騎士も偉そうな貴族も、まだ正気に戻っていないのか、誰も答えない。やがて王に最も近い近衛騎士が慌てたように発言する。
「これは衝撃です。この魔法は防ぎようがありません。使用禁止にした方が良いと思います」
「確かに一歩間違えば危険な魔法だが、それは重要施設に限るとか方策があろう。儂は、完全に使用禁止にするのは早計に過ぎると思う。何より人類初の飛行魔法だぞ!」
「そうです。この魔法は使い方によっては、我が国に大きな利益をもたらします。まずは、あの魔法の原理や仕組みを聞き出し、軍や専門家に研究させましょう」
「利益か、ミゲルが何を思っているか聞きたいが、いまは頭の中を整理したい。このあとの予定はどうなっている?」
「本日だと午後遅く、それ以降ですと、明後日昼過ぎに空きがあります」
「では本日の午後遅くに改めて話しをしよう。話しがまとまらなければ明後日の昼過ぎも使おう。この件は全て儂が許可するまで秘匿とする。他言せぬよう」
「「「承知いたしました」」」
「レオン、ご苦労だった。これで終いとしよう。グラセス男爵もご苦労だった。近衛や専門家から質問があるだろう。それに答えたら今日は2人とも下がってよい」
そういうと、国王一行が引き揚げていった。その後、近衛騎士と文官らしい人が来て、魔法の仕組みや使い方、使える時間、速度や高さをどの位出せるのか聞いてきたので、それに答える。
ただ、使える時間や速度などについては、これ以上の面倒事を避けるため、かなり控えめに答えておいた。途中で近衛騎士の1人が飛行魔法を練習しはじめ、魔力切れになるまで付き合ったから時間がかかった。王が庭に来て魔法を見て去るまでほんの数分だったのに、父と俺が解放されたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
◇ ◇
「これで魔人の件は一先ず片付いたが、まだ王都での予定があるし、魔法を見た後の陛下と側近たちの話しだと急な呼び出しがあるかも知れない。悪い結果にならなければ良いが。領地に戻るのは少し先になるだろう」
「私もそう思います。それと、森に向かった先遣隊のことも気になります。あと数日で報告が届くと言ってましたので、それを聞いてから王都を立っても良いかと思います」
「それにしても、トレド侯爵は何もかも好転するかも知れんと言っていたが、あれでは好転どころか、余計ややこしくなったと思う。魔人の件や国王が不機嫌だったことを吹き飛ばすことはできたようだが……」
俺もそう思う。父の言う通り、王や側近に衝撃を与えたのは確実だが、事態が好転したとは思えない。むしろ面倒なことに巻き込まれそうだ。偉そうな貴族は国の利益になるから軍や専門家に研究させようと言ってたし。まさか人体実験されるわけじゃないよね?
2人で嫌な予感を抱きつつ、屋敷へと戻った。




