21 トレド侯爵
翌日、父と揃って王都のトレド侯爵邸に向かった。父によれば、侯爵は基本王都に住んでいるのだそうだ。
トレド家は王国東部最大の港町レストリナを領都に持つ土地持ち貴族だが、帰郷は年に数回、視察に訪れるくらいという。
領地には、齢80を超えた先代領主と、もうすぐ40歳になる嫡男家族が住んでおり、領地運営を任せているのだとか。
侯爵は元国務大臣で、今は若い国務大臣を補佐する顧問のような役職に就いており、対外貿易や外交問題などに関して、意見できる立場にあるのだとか。普段は王城で職務をこなすか、屋敷で貴族と接見しているらしい。パワフルおじさんだ。忙しい身なのであろうが、連日の訪問でも快く会ってくれた。
「お前が魔人を見つけたいたずら小僧か? 冬の社交ではろくに話しはせんかったが、ディマスからは手を焼いてると聞いてるぞ! 確かに勝手に森に入って魔人を見つけてくるのでは、親としては気が気でないな」
客観的に見るとその通りだよな。トレド侯爵は長身で彫が深く、青い瞳にグレーの髪を少し伸ばして後ろで縛ったイケおじだ。父から58歳と聞いているが、確かに60歳前後の見た目だ。
「改めまして、ニコラス・デ・トレド侯爵。ディマス・デ・グラセス男爵の三男、レオンです。本日はお会いできて光栄です」
まずは子供らしく、おませさんを演じてご機嫌を取ってみる。でも侯爵はせっかちなのか、俺の演技は通じなかった。
「硬い挨拶はいい。それで、今日は魔人発見の詳細説明と、王家の対応策の検討だったな。正直、儂もクルロから話を聞いて驚いたのだ。国王陛下がほとんど接点のないグラセス家を嫌う筈はないしな。報告を受けた際に15年前の記憶が蘇り、魔人憎しの感情がグラセス家にも飛び火したと考えるのが妥当だろう。報告してから15日ほど経っている。今はもう落ち着いているかもしれない」
侯爵も似たような感想を抱いたようだ。とばっちりで俺や父の寿命を縮めるのは止めて欲しい……。昨日、父の話しにも出てきたクルロさんは侯爵の次男で、近衛騎士の第三隊隊長を務めている。侯爵家の籍は離れており、今は騎士爵という一代貴族の称号を得て王都で家族と暮らしているという。
このクルロさんを通じて、陛下に魔人発見の一報が届けられたのだそうだ。俺はいよいよ今日の目的である、トレド侯爵との縁を強固なものにするため説得を開始する。まずは、同情を誘うのが手っ取り早いだろう。それで侯爵が陛下との間を取り持ってくれれば有難い。
「本日は、実際に魔人発見につながった経緯について、詳細にご説明します」
「それはディマスに聞いた。お前が森の中で魔人を見つけたのだろう? 好奇心で街道に出た魔物の痕跡を追って」
「確かにその通りですが、8歳の子供が魔物を探しに森の中に行きますか?」
「だから親が手を焼いているのだろう? ふむ、普通は森に入って魔物なぞ追わんな」
「確かにそうです。魔人は普段人が入らないような森の奥の岩山付近にいました。あとで父から話を聞きましたが、森の狩人も岩山付近には近づかないそうです。岩陰から毒蛇に跳びつかれて危ないからだそうです」
横にいる父も頷いて肯定する。
「つまりは?」
「今回の魔人は、確かに偶然発見したものです。それは発見した本人である私が認めます。でも、魔人は森に詳しい狩人でさえ訪れない場所に隠れ住んでいたのです。そして発見したのは領主の息子です。偶然とはいえ15年前の反乱事件に加担した魔人を発見したのに、グラセス家の功績を認めないばかりか、むしろ魔人憎しの感情で連座のように扱われるのは迷惑千万です。私は昨日その話を父から聞き、陛下は臣下を信じないのか? それともグラセス家なら逃亡した魔人同様の扱いで構わないとの考えなのかと嘆きました。魔人を発見し、即座に一報を届けたのに、それ以上の忠誠を陛下はお望みなのかと……。直接陛下に面会できれば問うてみたいところですが、何分、貴族の息子ですので面会もできません。そこで、お会いできる侯爵には私どもの無念をお分かりいただき、グラセス家に助力いただきたいのです」
「レオン、言葉が過ぎる! たとえ子供でも国王陛下への不満を口にするとは、不敬である」
侯爵に国王へのあからさまな不満を口にする息子を見て、父が慌てて諫める。でも侯爵は聞き流すように話しかけてきた。
「儂はグラセス家を疑ってはいない。それに陛下も態度を変えてるかもしれん。今の陛下は先代よりも聡明だ。一部で『臆病王』と揶揄する者もおるが、それは隣国の軍事行動に腰を上げず、不利益を被っている貴族が不満を言っているからだ。そんな簡単に腰を上げてもらっては困る。戦争は金がかかるし、内政にも対外的な交渉にも影響するしな。いまは内政が非常に安定している。不満を口にする者は、戦争が始まれば喝采するだろうが、戦費はどこかで手当てしなければならない。増税でもすれば内政不安に陥り、再び『愚王』と揶揄するのだ」
さすがは王政側についているだけのことはある。グラセス家を疑わないが、国王にも信頼を寄せているわけだ。昨日の父の言葉通りだな。これ以上心証を悪くするわけにはいかないから、国王への不満は控えよう。
「では、陛下は、グラセスの忠誠を疑うようなことはないと?」
「それが真実であればな。仮に陛下に拝謁できても、ディマスは事実をありのままに報告すれば良い。陛下が間違った判断をすれば側近が諫めるだろう。陛下は周りの意見を聞くお方だ。そんなに心配はしておらん」
父も私も頷く。父も安心したのか本音を口にする。
「それを聞いて安心しました。何しろこのようなことはグラセス家始まって以来のことなので、どのように対応すれば良いか途方に暮れていたのです」
「昨日も言ったように、それほど心配する必要はない。まったく、子供まで説得材料に使うとは……。ときにレオン。お前は魔物を追ってどうしようとしたのだ。ただ見たかったのか? まさか退治しようとしたのか? どちらせよ無茶なことだ。少しは親のことも考えろ」
父は昨日、侯爵に心配するなと言われてたのか。そんなの聞いてないぞ! あんなに落ち込んでいたのは何だったんだ。それよりも、俺にとばっちりが……。
「はじめは好奇心からだったのですが、そのあと、直前に起こった出来事と関係してるのではないかと思い直し、後を追って確かめようとしたのです」
「ほう、密偵の真似事をしていたのか? それで偶然魔人を見つけた? 大人なら大手柄だが、子供のお前ではただの無謀だ。行動にはもっと気をつけろ。それが貴族の子供ならなおのことだ。周りの目も気にしろ! 直前に起こった出来事も確か魔物絡みだったな。元気なのは良いが、元気すぎて親不孝してるのだという自覚を持て!」
あれっ、どうしてこうなった? これでは怒られに来たようなものじゃないか。俺はこれ以上自尊心を傷つけられまいと、子供のような言い訳をしてみる。
「実は対抗策がありました。魔法なのですが、それがあるから、魔物に襲われても何とかなると考えました」
「魔法か? 確かにお前は魔力が強いとディマスが言ってたが、子供の魔力など高が知れている。魔物に対抗できる魔法とはどんなものだ?」
「庭をお借りできるならお見せできますよ」
「庭で? 攻撃魔法ではないのか? 庭で使える魔法が魔物に対抗できるのか」
侯爵は不思議がった。てっきり魔物に対抗できる魔法だから、攻撃魔法だと思ったらしい。庭で使える魔法だと聞いて、どんな魔法か興味が湧いたようだ。
「いいだろう。庭に行って見せてみろ」
侯爵がそういって立ち上がる。父も俺も慌ててソファーから立ち上がり、一緒に中庭に向かった。
侯爵や父と共に中庭に出た俺は、侯爵に一言断ってから、靴の底に風魔法を当てて飛行魔法を披露した。俺の体が浮き上がると、侯爵も侯爵の側近や警護の人も、そして父も唖然として見ていた。そういえば、父にも真の飛行魔法を見せるのは初めてだな。
「これはなんだ?」
「これは私が開発した飛行魔法です。風魔法で靴底に体が浮くほどの風を当てて飛びます」
「こんな魔法見たことない。というか、このような魔力、人が持てるのか……」
「その魔法は飛ぶことができたのか? それにしても、レオンの魔力は強いと思っていたが、これほどとは……」
侯爵が初めて見る飛行魔法に釘付けになる。父もまさか飛べるとは思っていなかったようだ。3週間くらい前までは、エアクッション艇を模倣した風魔法だったのが、今は風の排出量も音もなるべく少なくした改良型だ。隔世の感がある。
「この魔法で、いざとなれば上空に逃げることを想定してました」
といって10メートルくらい上がってすぐに降りてくる。
「驚いたな。こんな魔法は見たことも聞いたこともない。原理はどうなってるのだ」
「なるべく靴底に近づけて、勢いよく風を上に放ちます。できれば小さい穴から風を出すイメージです」
侯爵が早速試してみるが、風は出るもののまったく浮き上がらない。父は風魔法が使えないから、うずうずしているだけで魔法を使う様子はない。
侯爵は風魔法が使えるのだな……。そういえば魔力と魔素を上手く反応させたり融合させたりするという意識を止めてもらわないと。
「侯爵様は魔素を上手く反応させるとか融合させるということを意識していますか?」
「昔からやっているから慣れているぞ」
「いや、大変言いにくいことですが、魔素との反応や融合させるという意識はお捨て下さい」
「はあ? 魔素と反応させなければ魔法にならないではないか」
「いえ、魔素と反応させることを意識する必要はありません」
「レオン、止さないか。侯爵の魔力や魔法操作はかなり高いことで有名なのだぞ」
そうなのか? 確かにやり方を教えてすぐに靴裏から風を出していたな。でも姉のことがあるから、魔素を意識するのは魔法発動の邪魔でしかない。侯爵が昔から魔素を意識しながら魔法を使っていたのなら、それを止めろと言われても簡単には止められないかな。
「一度騙されたと思って、魔素のことは意識せず、風魔法だけイメージして使ってみてください」
「そうは言ってもな。まあ良い。あんな魔法を見た後だ、試してみよう」
そういうと、魔素を意識するのは止めてくれたようだが、やっぱり体を浮かすことはできない。いろいろ思考錯誤していたが、結局、魔力切れで打ち止めになった。
父も何故かぐったりしている。どうやら見ているだけで疲れてしまったようだ。息子が侯爵に魔法を教えるなんて普通はあり得ないから、粗相がないかハラハラしていたのだろう。
「残念だな……だが魔素のことを意識しなくてもあまり関係なかったな。これまでも、魔素の意識を疎かにしても、普段と変わらず魔法が使えるときがあったが、そのときは調子が良いのかと思っていた」
「魔力と魔素を上手く反応させたり、融合させたりすることを意識するのは、魔法の教本にも書かれている基礎知識ですが、私は飛行魔法を使うときに魔素について意識していません。いつ誰がそのようなことを教えたのでしょう?」
「それは儂にも分からんが、確か魔法の教本は正教国が初めに編纂したといわれている。儂は見たことも読んだこともないが、最古の魔法教書が正教国の教会図書館に現存している筈だ」
正教国か。その最古の魔法教書に魔素のことが載っていれば、魔素は正教国が広めたことになる。でも、いま侯爵が言ったように、魔素への意識を疎かにしても魔法が発動するのに、これまで疑う人がいなかったのは不思議だ。
「なぜ、魔素がそこまで定着したのでしょう?」
「お前はまだ知らなのだろうが、魔力と魔素を反応させるというのは、神話にも載っているのだ」
えっ! 俺も母から聞いたり、家にあった神話が載ってる本を読んだりしたことあるけど、そんなのなかったはずだ。
「私も、家にある神話の本は読んだことありますが、そのようなことは書かれていなかったと思います」
「魔素とは書かれておらず、精霊とか精霊の加護という隠語が使われているのだ。精霊を意識して魔法を使うと威力が上がるとか、精霊の加護を得ると神に近づけるとか、魔力が高まるとかな。現代の解釈では、精霊は魔素のことだと考えている。そして、精霊の加護とは、魔力と魔素を上手く反応させる、あるいは融合させることで魔法の威力を上げることだとしている。学び舎では、神学や魔法に関する基礎の科目があるので、貴族は大体学んでおる」
あれ? それって隠語じゃなくて真実なのでは……。確かに神話には精霊が登場する話がある。そういえば御使い様に会ってから神話は読んでないな。改めてどんなことが書いてあったかもう一度確かめてみるか。
「その、神学で教えるなら、精霊のほうが超常的で都合が良さそうですが、なぜ魔素だと教えているのですか?」
「魔素も精霊も実はよく分かっていない。魔力は感じ取れるが、魔素も精霊も目に見えないからな。でも罪人や悪魔も魔法を使うので、神の遣いとされる精霊が、それらに手を貸すはおかしいのだ。空気中に魔素があると考えた方が合理的だ。神学ではそう教えている。それにしても、お前の魔力は不思議だ。魔素を意識しなくてもあんな飛行魔法が使えるとは。儂も魔法には自信があったが、こんなに魔力を使って浮きもせんぞ!」
それは、前世の記憶でジェット噴射とか知っていたからイメージしやすいのです。また、恐らく天使の加護を持つから魔力も高いのです。
天使室長は誤差程度と言ってたけど、御使い様は人類で過去最高と言ってたから、やはり俺の魔力は人外なのだろう。
それにしても、罪人や悪魔も魔法が使えるからと、精霊を否定するのは都合のいい解釈だな。誰も検証できないから、魔素という無機質みたいなものに置き換えることで、宗教的な矛盾を解消し、長い年月を経てそれがまかり通ったのだろう。
でも、そうなると魔力を高める方法はないということなのか? 生まれ持った資質と成長による増加だけ?
「私の魔力は生まれつき高いようです。教本には、魔力は成長による増加と、魔素を意識するなど集中力を高めることで上がるといわれてますが、それ以外に魔力を上げる方法はあるのでしょうか?」
「集中力を高める以外の方法は儂にも分からんな。でも、正教国の秘術に魔力を高める方法があると聞く。儂らの知らない方法があるのかも知れない。それと、成長によって魔力が上がるのは事実だろう。子供の頃に魔法が使えなかった者が、学び舎に入った頃に使えるようになったり、成人になって使えたりすることがある。お前の魔力は高いというより異常だが」
侯爵にも人外認定されそうだ。それにしても正教国の秘術とはどういうものだろう。祈りを多く捧げるとかかな。ゼオノス君は神様に祈る際、魔力を頭のてっぺんに集めて祈っていたらしい。それでも魔力が上がったり、御使い様が見える要因になったりしたのではなさそうだけど。
祈りとか神事とか、神様に関係することで、魔法に関する何かが変化する可能性があるかも知れない。
「私がこの魔法が使えるようになったのはつい最近です。でも、この魔法が使えるようになったおかげで、魔人を見つけることができたのです」
「これは使えるかも知れん。お前の飛行魔法を陛下の御前で見せて差し上げろ。そうすれば何もかもが好転するかも知れないぞ!」
ええー!? とんでもない無茶ぶりなんですけど。御使い様の森の主討伐依頼も無理ゲーだったけど、それに匹敵するレベルだ。確かに言いがかりをつけてきたら魔法を見せることも辞さないと考えていたが、これじゃまるで客寄せパンダだな。国王の目を逸らすにはいい手なんだろうけど。
「そんなことで、状況が好転しますか? それに父から登城できないと聞いてますが?」
父も「そうです。昨日侯爵がおっしゃったのではありませんか」と否定する。
「そうだが、これは勿体ない。少なくともグラセス家への厳しい目を逸らせることは可能だろう」
「逆にレオンを危険視しませんか? 明らかに異常な魔力です」
父もついに俺のことを異常と断定したらしい。いつかはそうなると思っていた……だが早すぎる!
「大丈夫だろう。この魔法の才が国の役に立つと思わせるのだ。ミゲルあたりは常に国の利益を考えているから食いついてくるぞ。既に魔人を発見するという実績があるのだし。これなら王に拝謁を申し入れても受けてくださるだろう」
そんなこんなで、侯爵との会見は、当初の思惑とはだいぶ違う結果になった。親身になった侯爵が、俺のやんちゃぶりを叱りつけ、言い訳に使った飛行魔法が、思わぬ魔法談議に花を咲かせて終わった。飛行魔法でグラセス家の疑いが晴れるなら、それはそれでいいか。
侯爵の魔素と精霊の話しは興味深かったし、また一歩魔法の真理に近づいた気がする。同時に俺の評価がどんどん人から外れて行くようだけど……。




