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異世界貴族につき・・・  作者: 茶と和
第1部 田舎の異端児
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02 領主一家の帰郷 2

「ニルダ、夕食までゆっくりしたい」

 メイドのニルダに着替えを手伝ってもらい、外出用の畏まった服からラフな服に着替える。ニルダはてきぱきとした動きで着替えを手伝ったあと、服を丁寧にブラッシングしてから片づけている。


「ダメですよ、坊ちゃん! 坊ちゃんは目を離すとすぐどこかに行ってしまいますから。ニルダは監視役でもあるのです。奥様にも目を離さないようにといわれています。この部屋から追い出そうとしてもそうは参りませんよ。その手に持っている袋は何ですか? こちらで預かります」


 しまった。ニルダに袋を見られた。袋の中身は俺がこの町で親しくしている悪友、三馬鹿トリオへの王都土産で、早く渡して反応を見たいと気が逸りすぎてしまったようだ。


「何のことだいニルダ。これは王都で見つけた珍しいかたちの石や友だちになった貴族の子息から貰った大事な物が入っているから渡せないよ!」

「何のことかは坊ちゃんの方でしょう。坊ちゃんが珍しい石を拾うなんて、そんな子どものような可愛らしいことするわけありません。貴族の子息様に貰ったものなんて無いでしょう。一緒にいた私が知らないはずありません!」


「……」

 そうだった。ニルダは王都に行ったメイドの1人で、どこへ行くにもいつも一緒だった。三馬鹿へのお土産も一緒に買いに行った。焦りすぎて口から出まかせの言い訳をした自分のうかつさを呪いたい。しかし、ニルダよ、俺には子供のような可愛らしさが無いってか……。


 ニルダは俺が乳離れして活動的になり、乳母だけでは手が足りなくなった3歳ころからこの家に仕え始めたメイドで、かれこれ5年の付き合いになる。うちの遠縁にあたり、初めての挨拶で10歳と言っていたから、今年で15歳になる。来年には成人だ。この世界の成人は16歳なのだ。

 ニルダは目が大きく可愛らしい容姿をしており、一見優しそうな雰囲気だが、俺に対しての物言いには遠慮がない。いわゆるツンデレさんだな。まあデレたりはしないのだけれど……。


 こうなってはまともな反論ができるはずもなく、俺は今日の外出を早々に諦めて魔法の練習を行うことにする。人間、切り替えが大事なのだ。決して先ほどの発言がこっぱずかしいから、早く忘れてしまおうということではない。


 最近上手くなりだした魔法が実に面白いのだ。当然、練習にも身が入る。うちにあった魔法の教本も読み込んで知識習得にも余念がない。

 さすが男爵家というべきか、うちには子供向けに魔法の基礎と、初級魔法を紹介する教本があったのだ。数十ページの薄っぺらなものだが、兄や姉もこの本で魔法の基礎を学んだのだという。


 俺は早くこの世界の知識を得ようと、2歳の頃から字を覚え始めた。母が抱っこしながら本を読んでくれるたびに、文字や単語を指さし「これは?」と聞いたものだ。傍から見れば変な子供だったかも知れない。


 でも、そのおかげで、5歳の頃には読み書きに不自由しなくなり、もう母を煩わせなくても良くなった。母は「最近は本を読んでとせがまなくなって淋しい……」なんて嘆いていたが。


 それからは、家にある本を片っ端から読み漁り、魔法の教本に至っては何度も読み返して頭の中に叩き込んだ。記載された初級魔法や癒しの魔法も覚え、いまはオリジナルの魔法にも挑戦している。


 うちにあった基礎教本は、子供向けの基礎的なことしか書かれていなかったので、今回、王都に行ったのを機に、父にもっと魔法の詳細やレベルの高い魔法が載ってる本が欲しいとねだってみたが、さすがに父に断られた。この世界の本はまだまだ希少でかなり高価なのだ。


 この世界にも植物紙はあるのだが、印刷物になると木版や凹版印刷が細々とある程度なので、まだ市中に流通するまでには至っていない。うちにあった本は木版本で、父の教育のために30年ほど前に買ったものだった。


 本が普及せず値段が高いのは、庶民の識字率が低いことも原因にあるらしい。読めないなら普及しないよな……。

 だから本はお金に余裕がある貴族や商人くらいしか買わないし買えないのだ。


 さて、この世界は剣と魔法のファンタジー世界だが、誰もが魔法を使える訳ではない。基礎教本には、魔法を使えるのは5人に1人で、特に貴族に多いのだとか。確かにうちも両親や祖父母、そして兄や姉たちも魔法が使えるので、あながち間違っていないのかも知れない。確か三馬鹿も1人は使えたな。


 もっとも、魔法の大きさは個人の魔力量によるので、一般的には初級魔法とされる、たいまつほどの火を出す火魔法や、コップ1杯ほどの水魔法を、1日10回ほど使えれば凄いと言われるらしい。父の魔力は結構多く、前に見せてもらった火魔法は2階に届く火柱を3つ出していた。


 なお、この世界の魔法は、わざわざ魔法名を唱えなくても発動する。いちいち『ファイア』と唱える必要はないので、恥ずかしがり屋さんには優しい仕様だ。

 ただ、魔法名を唱えることで、毎回同じ大きさで魔法を発動させる動機づけやきっかけになるので、教本では魔法名を唱えることを推奨している。俺の場合、毎回同じ大きさを維持できるので、魔法名は唱えない。


 一方で、神から直接恩恵を受ける魔法は詠唱しないと発動しない。詠唱魔法と呼ばれるもので、教本には、心を落ち着かせる癒しの魔法、魔法を防ぐ障壁を出す防御魔法、ろうそく程度の明かりを出す光の魔法などが紹介されていた。


 本の受け売りだが、この世界の魔法は、魔法で実現したいものをイメージし、体内の魔力と空気中の魔素を上手く反応させたり、融合させたりして発動するのだ。右手の先に炎を出したければ、どういう炎かをイメージし、炎を出せるだけの魔力を右手に集め、その魔力を魔素と上手く反応もしくは融合するよう意識する。


 だから、魔法の練習は、魔法で実現したいものを明確にイメージすること、体内の魔力をどこか一点に集めたり、拡散させたりして自在に操作すること、魔法発動時に魔素との反応や融合を意識することが基本とされる。……そういえば以前、エリアス兄さんがうんうん唸って魔力を操る練習していたな。それを見たエマ姉さんが「兄さまお腹空いたの?」って気が抜ける言葉をかけていたっけ……今はどうでもいい。


 早速、魔力を操る練習を始める。魔力操作の基本は体内の魔力を意識し、それを張り巡らされた血管を通すように全体に広げたり、一部に集中させたりして、意識的に動かすというものだ。操作はだいぶ上達してきているようで、王都に行く前よりもさらにスムーズに体内を巡っている。


 一方、魔力と魔素を上手く反応や融合させるというのが今一つ要領を得ない。魔法が発動するので魔素と反応しているのは間違いないが、上手くなっているという実感がないのだ。


 教本には「大地の息吹を感じるように」と、一見、もっともらしいが、子供向けの教本としてはどうなのかと思える表現で説明してあった。ほかには「魔力を放出する際、意図的に網のように魔力を広げ、魔素との反応や融合しやすいように意識する」とも書いてあった。魔素は空気に溶け込んでいて見えないのだ。説明が抽象的になるのも仕方がないのかも知れない。


 魔素は枯渇することはないが、人が多く魔法を大量に使っている都市部や閉鎖された空間では薄くなることがあるという。逆に密度の濃いところもあって、そういった場所は大体自然豊かなところが多いのだとか。見えないのによく分かったものだ。魔法は神話や古代の文献にも出てくるので、それだけ年月があればそんなデータがあるのかもしれない。


 ともかく、魔力と魔素が上手く反応したり融合したりするよう練習を重ねる。練習して分かったが、魔法を使うにはとにかく高い集中力が求められる。魔力を操作して集めることもそうだし、魔素と上手く反応させたり融合させたりするのも、意識しなければつい疎かになる。


 俺はそれでも魔法が発動するのだが、魔力と魔素が上手く反応すれば、その分消費する魔力が少なく済むのだという。嘘か真か魔素を意識するように精神集中することで体内の魔力量も上がるのだとか。


 王都では外出もままならず、なかなか実践的な練習はできなかったが、ここなら気軽に外出できる。王都より自然豊かなので、しばらくは魔力と魔素の反応や融合を、いまよりも意識して魔法を使うように練習してみよう。


 ニルダの監視からは逃げられそうもないので、今日は諦めて、明日は朝から人気ないところで練習しよう。

 あっ! 三馬鹿に王都土産も渡さなくちゃ……。俺は8歳の男爵家三男坊だが結構忙しいのだ。


 俺がそんなことを考えつつ魔力操作の練習をしていると、ニルダが夕食ですよと肩を揺する。先ほどから呼びかけていたらしいが気づかなかった。窓の外もだいぶ暗くなっている。集中しすぎて時間の経過に気づかなかったようだ。俺は魔法の練習を止めて食堂に向かった。

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