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異世界貴族につき・・・  作者: 茶と和
第1部 田舎の異端児
19/33

19 王都へ

 王都に行った早馬が戻り、国王が王城に来て説明しろと命じたことを父に報告した。父はすぐに王都に行く準備を指示し、俺にも明後日の朝には出かけるから早く支度しろと急かす。


 努めて冷静に指示を出す父だが、こんなことはグラセス男爵家始まって以来だろうから、内心は穏やかではないだろう。


 そして都に行く日を迎えた。朝早くに父と俺、父の執事、側仕えの4人、そして警護の騎士6人の計13人が、馬車2台と騎馬4頭に乗り込んで出発する。急な王都行きだし、ことが事なので、万が一を考えて、今回ニルダは同行しない。


 また本来は領主に必ず同行する大叔父で騎士団長のライネリオは、対ラノス防衛の要として領地に残すことにした。代わりに、2人いる副団長の1人、シーロが同行する。


 シーロは祖父サウロの弟のダビドさんの息子で、次期団長といわれている。父と年も近く気心の知れた間柄だ。剣術の腕も大叔父に次ぐ強さだという。ナイフすらまともに握ったことのない俺にとっては実に頼もしい。俺も少しは剣術を習ってみるかな。


 このところ、森の主やラノスのポッカ、魔人たちとの出会いと、立て続けに様々な出来事があった。どれも一歩間違えたら死んでたかも知れないのに、俺はナイフ1つ持っていないのだ。それでよく渡り合ったなとつくづく思う。


 一方、父は剣術の心得があるらしい。いざというときには自分の身は自分で守るのが、領主たる者の務めだとか。貴族で領主だから、敵を前にして剣も抜かずに背を向けて死ぬわけにはいかないのだ。その感覚が俺には抜け落ちていた。


 ナイフがあっても森の主やポッカを倒すのは不可能だろう。それでも、貴族に生まれたからには、相手に背を向けられない時が来るかも知れない。今回の王都行きは戦いに行くわけではないが、避けられないことは同じだろう。


「父上! 父上が剣の修行を始めたのはいつ頃ですか?」

「突然どうした? 剣が欲しいのか?」

 唐突に俺が剣の修行の話をしたものだから、父は剣をおねだりしたいのだと思ったらしい。


 確かに俺は、ことあるごとに魔法の本が欲しいとおねだりしている。だから、父も条件反射のように反応したのだろう。ただ本については、これまでおねだりが成功したことはない。本以外にも、三馬鹿へのお土産や王都観光がしたいとか、かわいいお願いをしているのは事実だが。


「違います。最近いろいろなことがあったので、身一つ守れる手段が欲しいのです」

「そうか。お前も8歳になったのだから、護身術の一つは覚えていた方がいいかもな」

 父も俺の言葉で何か感じるところがあったのか、前向きな感想を述べる。まあ、森の主や大蛇のラノスの話しで父を仰天させたので、父としては、とんでもないことに首を突っ込む息子の身を案じているのだろう。本音は危ないことはするなと言いただろうが……。


「そうなのです。いざというときの護身の術が欲しいのです。剣は短剣でも重いしまだ振れる自信はありませんが、木剣で修行することならできると思います」

 剣術を覚えれば、そのうち、魔法と組み合わせた憧れの魔法剣とかが使えるかも知れない。確かドワーフが作る武器に、魔法で強化されたものがあるらしいので、行く行くはそういった武器を手にしてもいい。


「うむ。父さんが剣の修行を始めたのは、今のお前と同じ8歳のときだったのだ」

「なら、私も剣の修行を始めても良いと思いますが」

 俺は前のめりになって父に懇願する。夢の魔法剣がかかっているのだ。


「だが、8歳では素振りをやってもすぐに腕が上がらなくなるし、ほとんど剣の修行にはならなかったのだ。あれではその辺の棒を振っているのと一緒だ。うちにはライネリオやシーロといった腕の良い騎士がいるが、教えてもらうにも最低限の体力が必要だ。まずは基礎体力をつけ、体もある程度出来ないと、意味がある修行にはならんだろう。でも、そろそろナイフぐらいは持っても良いかもしれない。ナイフなら取り回しが楽だし、使えば使うほど扱い方も上手くなるからな。やはり刃物の扱い方は知っておいた方がいい。お前のように隠れて森に入るのに、ナイフも持っていないのでは、こっちの気が休まらないしな」


「……」

「ちょうど王都に行くし、馴染の店で良いのを買ってやろう。まあ、それも生きて帰れればだが……」

「……」


 最後の言葉は余計だ……でも軽口が出るほど父も緊張しているのだろう。何しろ、国王に会う会わないはともかく、王家に報告に行くのなんて、グラセス家始まって以来だ。実は俺もいつになく緊張している。ナイフでもいい、父から有難く頂戴するためにも必ず生きて帰って来よう。


 馬車は領都の門を出て、もうすぐあのポッカが痕跡を残した森に近づく。あそこで痕跡を見つけなければ、魔人に会うことはなかったかもな……。なんて思ったが、俺のことだ、どのみちどこかで会うことになっただろう。


 ふと、森の方を見る。別に会いたかった訳じゃない。ここだったかなと思って何気なく見たまでだ。車で出かけると、久しぶりに通る道や、故郷に帰ってきたときにする、思い出の確認みたいなものだ。

 だが、そこで見たものは、思い出なんて美しいものではない。むしろ昔の記憶など、衝撃でどこかに吹き飛んでしまいそうだ。


 俺が森の方を覗いていると、木と木の間にある巨大な目と合ったのだ。それがポッカの顔だと認識するまでに、恐らくは5秒ほどかかった。というか、口から舌がシュルッと飛び出さなければ、今でも脳が認識するのを拒んでいたかも知れない。

 新宿に現れたゴ〇ラの頭に似てるが、こんな衝撃はなかった。作り物だから当たり前だ。父が反対側に座って書類を読んでいて良かった。とても、あんなの見せられない。


 ポッカは、顔だけ覗かせて俺と目が合うと、しばらく見続けた後、ふっと消えてしまった。魔人たちと一緒に逃げたんじゃないのか? そういえばロレルカさんがポッカは別行動だと言ってたな。ここで出立前の最後の食事でもしてたのかな? まさか見送りに来たわけじゃないよね? 俺とは直接会ったことないし。


 でも、蛇は赤外線で獲物を感知するものがいるらしい。ポッカは俺が後を付けていたのに気づいていたのかも。襲ってこなかったのは、お腹いっぱいだったか、単に見逃してくれたのか? お前も魔人のみんなと元気に山を越えて、故郷で達者に暮らせよ……。


 ◇   ◇


 夕方になり、馬車は隣領の領都に着いた。ここの領主は子爵家で、うちとは領境で揉めているから、父とは仲が悪いのだ。でも、同じトレド侯爵家の庇護を受けているので、無下にもされず、こうして領主邸に泊めさせてもらっている。


 夕食を一緒にしたときは「ひと月も経たず再び王都に行くとは、さすがは商売上手ですな。今度は何を売り込むのですか?」と、軽いジャブ程度の嫌味をいわれた。止せばいいのに父も反応し「いや、もうワインが売れて仕方ないから、少し買い控えてもらうのに必至ですよ。それよりも、今回は王家に大事な報告があるのです」なんて意味深な言葉を返したものだから、向こうもどんな大事な話か聞き出そうと必死になった。「先に王家に話さなければ不敬になります」と言って逃げたが、まったく、ただニコニコ笑ってるだけの、()()()()()()を演じるこっち身にもなってくれと言いたい。


 翌朝もしつこく聞いてきたので、「あと10日もすれば分かる」と言って早々にお暇してきた。泊めてもらったのにすみません。あとできつく言っておきます……。その後は父さんもさすがに堪えたのだろう、王家への報告の件は口にしなくなった。


 ◇   ◇


 雨で、2日足止めを受けたので、9日目の昼に王都に到着した。この世界の移動は雨に弱いのだ。何しろ舗装されていない道路だから、道がぬかるんで馬車が思うように進まない。男爵とはいえ貴族だから、野宿や農家の軒先を借りることもできないのだ。今回の移動では、王都までの道のりで唯一、峠越えがある場所で雨に降られたので、余計に時間がかかった。


 王都は3週間前と変わった様子はない。平民街や商業地区は相変わらず人が多いし、珍しそうなものが売っている青空市場や屋台がある。残念ながらそれらをすべて素通りして、馬車は貴族街の外れにある王都邸に着いた。


 うちの王都邸は、秋になるとワインの新酒発表会や試飲会を行うので、1階は実に3分の2がホールになっている。残りはキッチンと荷物などを置くバックヤードになっており、まさにイベント特化型の構造なのだ。


 前世ならこじんまりした結婚式場のようにも見える。まあ、俺は祝儀を渡して食事した記憶しかないけど……。


 普通の男爵家なら、アパートメントタイプの王都邸なのだろうが、うちは、この新酒発表会のために敢えて一戸建て拘り、イベント特化型の間取りで建てたのだ。うちがいかにワインにかけているかが分かる。でも、2階以降は逆に広いくらいの間取りになっており、今回は父さんと俺だけなので、護衛の騎士、執事や側仕えの数も少なくいささか寂しい。


「これからトレド侯爵の王都邸に行ってくる。そこで話しを詰めて誰に報告するのが良いか決める。国王陛下からの呼び出しとはいえ、直接会うことはないだろう。会っても宰相のミゲル・フェレール侯爵止まりだろう。もしかすると近衛か軍の幹部辺りで済むかもしれない」

 というと、父は早速、トレド侯爵の王都邸に馬車で行ってしまった。


 早くも手持ち無沙汰になった俺は、側仕えや騎士の少なさをいいことに、王都探索を画策する。いつでもスルーの領都邸とは違うから、門から出ようとしても止められると考えた俺は、自室の窓から屋上に上がり、人目につかずに王都邸を出る抜け道を探す。ちょうど裏手の屋敷と屋敷の間に人1人が通れる隙間があったので、そこまで飛んでいって抜け出した。父が戻るまで2時間くらいは大丈夫だろう。


 ようやく王都を自由に散策できる。お金を持っていないのは仕方がないが、見て回るだけでも良しとしよう。


 俺の方向感覚は昔から良い方だった。スマホの地図アプリに頼らなくても、一度行ったところは当然迷わないし、初めてのところでも、自分がどの方向から来たのか大体分かるのだ。


 王都は入り組んだ道も多いが、今回はそういった道は避け、まずは脳内で大雑把な地図を描くように大通りを進む。

 すると、見覚えのある街並みが見えてきた。どうやら前回も来た商業地区のようだ。こっちの世界にも、小さいながらショーウインドーがあり、店いち押しの商品や、店の特徴が分かるものが飾られている。


 そのうちの1軒の前に立つと『森と風の詩』と書かれた看板が掛けられていた。店名かな? ショーウインドーがないので、何の商品を扱っているかさっぱり分からない。でも気になるので、覚悟を決めて店の扉を開く。


「あのー、冷やかしですが、店の中見ていいですか?」

「冷やかしならお断りだよ」

 ベタな返しのおばちゃん声に、何故かほっとする。言葉に棘がないので、言い慣れているのか、性格なのだろう。


「看板だけでは、何のお店か分からないから、気になって入ってきちゃいました。ショーウインドーがあれば中に入らなくて済むのですが」

「お断りって言ってるのに、物怖じしない子だね。まったく……」

 遠慮せずにずかずか入ってくる子供に呆れながらも、追い出すそぶりはない。見ると40代後半くらいのおばちゃんがカウンター奥に座っていた。ほかに客はいない。俺も客じゃないけど……。


「ここは何を売るお店ですか?」

「ここはエルフの薬屋さ。あんた、お上りさんだね。たまにいるんだよ。知らずに入って来てあんたのように何を売ってるのか聞くんだ。でも子供が入ってくるのは珍しいね」

 エルフの薬屋! でも、おばちゃんは間違いなく人間だ。


「ここが、エルフの妙薬を売ってるお店ですか。エルフさんは今日お休みですか?」

「本当に物怖じしないね。店主は店には出ないよ。人嫌いじゃないけど裏で調合専門さ。でも、あたしは薬学の知識があるから問題ないさね。ここの薬は高いんだ。子供に買えるものは無いよ」

「一番安いのは何の薬ですか?」

「まったく呆れるねこの子は。一番安いのは胃薬だね。銅貨1枚だよ」


 銅貨は日本円で大体1000円くらいだ。この国では鉄貨100円、銅貨1000円、銀貨1万円、大銀貨10万円、金貨100万円くらいの価値になる。ほかにも、一般には出回らないが、1000万円くらいの価値がある大金貨というのがある。一方で、10円くらいの小鉄貨というのもあるが、こちらは正式な通貨とは認められていないので、扱わない店もある。


 また、この世界の薬は1服か1日単位で売っている。日本のように、何十錠入や何十包入という入数で売られることはない。だから、この店の胃薬はなかなかの値段だ。庶民では購入を躊躇うだろう。でもそれは高い効果の裏返しともいえる。その値段でも売れるのだから。


「ほかは、どんな薬があるのですか?」

「本当にしょうがないね……。普段から売ってるのは、解熱、鎮痛、下痢止め、傷薬、解毒だね。あとは注文を受けて作るのさ」


「あのー、注文を受けて作る薬には、エリクサーなる万能の秘薬というのもあるのでしょうか?」

 ファンタジー小説やRPGでド定番のエリクサーの存在を確かめてみる。

「エリクサーは、エルフの秘薬といわれる万能薬だね。飲めば死の病でもたちどころに治すといわれているが、うちの店主にエリクサーは作れないよ。あたしも知識だけで見たことないね。一応聞くが、エリクサーを探してるのかい?」


 えっ、本当に実在するのか! これには聞いた俺も驚いた。いまのところ全く必要ないが、存在が確認できただけでもここに来た甲斐があった。


「いえ、そういうわけじゃなく。エルフの妙薬といえばやっぱりエリクサーかなって思って。でも胃薬に銅貨1枚だと、エリクサーは幾らくらいするのでしょう。金貨10枚くらいですか?」

「エリクサーはエルフの長老でも作れる者が少ないといわれてるから、伝手でもなきゃまず手に入らないよ。値段はつけられないが、希少性から見て、金貨100枚は下らないね」

 1億円か……それくらいしてもおかしくないほど効果があるわけだ。


「ありがとうございました。おかげでスッキリしました。因みに、看板脇に薬屋とでも書いておくか、薬と分かる絵でも描いておけば、用がない人は入って来ないのでは?」

「それはあたしも提案したんだけど、あんたみたいなお上りさんは滅多に来ないから、お金の無駄だってさ。確かに月4、5回程度だしね。あたしも退屈が紛れるから今のままでいいさ」


「そうですか。ではまた来ます!」

「冷やかしならもう来ないでおくれ!」


 そういうと俺は店を出ていく。時間があればまたこよう。今度は店主のエルフさんに会いたいな。

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