14 御使い様再び
大蛇と魔人を見た翌日、俺は森の中の開けた草むらにいた。昨日、森の外れで大蛇を発見したあと屋敷へと戻ったが、そのときは、大叔父が正体不明の魔物が街道近くに潜んでいると、父に報告したあとだった。父はすぐさま、街道を行く通行人や領民に対し、あの付近の森に十分気を付け、なるべく近づかないように触れを出すことを決めた。
どうやら警戒に留め、討伐は諦めたか、実際に被害が出るまで見送ることにしたらしい。正体が20メートルくらいの大蛇だと知ったら果たしてどうなるだろう? 藪蛇になるから絶対言わないでおこう。
その晩の夕食のときに父からその話が伝えられ、俺には追加で「興味本位で絶対近づかないように」と念を押してきた。まさかフリじゃないよね? 俺は信用ないんだな……。俺はもちろん「(もう行ってきたから)行きません!」と明るく答えておいた。
御使い様はまだ来ない。というか、何か分かったら知らせて欲しいとは言ったが、今日ここに来てほしいと約束したわけではないので、来ない可能性の方が高いのだ。じっとしているのも性に合わないので、先ほどから魔力を体内で動かす練習をしている。
御使い様の言葉を信じ、魔力と魔素と反応させるという意識をまるっと捨ててみた。いまは、体内での魔力の移動と集中、それと、発動したい魔法のイメージを明確に思い描くことに重点を置いている。結果、魔力はだいぶスムーズに動くようになっており、イメージを構築すればすぐに魔法が発動できるようになってきた。
一方、頭の中ではあの大蛇をどう退治するか模索中だ。最も有効だと考えているのは、教本にあった初級魔法の『ファイア』という火魔法を、風魔法で矢のように飛ばす『ファイアアロー』という攻撃魔法だ。
教本で『ファイア』という魔法について知ったとき、前世で読んだファンタジー小説に『ファイアアロー』という魔法があったのを思い出し、その後、試してみたら使えたのだ。
もしかすると、中級魔法や上級魔法の解説本なら、同じような魔法が載っているかも知れない。いまの俺はこの『ファイアアロー』を10本同時に放つことができる。1本1本は小さくても、普通の矢と同じ速度で放てるから避けられる可能性は低いだろう。
それに、同時に放てるのは10本でも、魔力の減りを考えると、それを連続で100回くらいは余裕でできるので、数で押せば大蛇に有効なのではないかと思う。
ほかにも、前世で読んだ小説に『ウインドカッター』や『ウオーターランス』といった魔法があったので試してみた。この世界の『ウインド』は『ドライヤー魔法』でも使った風を一方向に吹かせる魔法で、それを戦闘用に出力を上げてみたのだが、いくら風を強くしてもカッターのようには切れなかった。
でも、その辺にある石や岩を風魔法で高速発射すれば物理的な攻撃魔法になりそうだ。森だから火事になるのはまずいので、むしろ使えればこちらの方が良いかも知れない。とりあえずこれを『スリングショット(仮)』と名付けておいた。『ウオーターランス』は水を槍のように飛ばす魔法だが、威力が出ず、物理ダメージは『スリングショット(仮)』に劣るので、候補から外す。
とにかく、今までに使った魔法を思い出しながら大蛇対策を考えて行くのだが、そもそも8歳の子供のフィジカルなんか期待できないので、結局は遠距離から攻撃魔法でど~ん! としかできないのだ。やはり『ファイアアロー』か『スリングショット(仮)』しか打つ手はないかな……。
「なに、ずいぶん難しい顔して魔力の訓練をしてるようだけど?」
前回同様、何の気配もなく突然声が聞こえてくる。やっと来てくれた! 俺は待ってましたとばかりに御使い様に話しかける。
「御使い様待ってました。来てくれて本当にありがとうございます!!」
「何よ、ちょっと気持ち悪いじゃない!」
一声かけただけなのに、かなりの食いつきぶりの俺に御使い様は2メートルくらい引いて身構える。ちっちゃいフィギアがファイティングポーズを取っても可愛いだけだが、俺は御使い様に話を聞いてもらいたくてうずうずしてたので、そんなこともお構いなしに話を続ける。俺に対する好感度は駄々下がりだろう。もう下がりようがないかも知れない……。
「御使い様に是非聞いてもらいたいことが……それはそうと、御使い様がここに来たってことは、御使い様も何か分かったことがあるのですか?」
「そう、それよ! 魔人を見つけたわ。周囲に幻術の魔術をかけてたから最初は分からなかったけど、よく見たら魔人だったわ。それも2人。弓を持ってたから森で狩りをしてたみたい。あんたも何か分かったの?」
御使い様も魔人を見つけたからここに来たのか。狩りをしていたということは、この森に隠れ住んでいるのだろうか? 俺が遭った2人はアニメで見る原始人のような質素な皮の服を着ていてたから、やはり流民なのかな?
「私も昨日、森の西の外れにある岩山付近で魔人を見かけました。1人は成人男性で、もう1人は子供でした」
「私が見たのは成人の男性2人よ。場所は森の主が普段暮らしている洞窟の近く。昨日の泉からはちょっと離れているわね。あいつらが呪いをかけたなら、主の状態を確かめに来たのかも知れないわ」
「御使い様はこれまでに森の中で魔人を見たことがなかったのですよね? 御使い様に見つからないようにしていたのですかね?」
「見かけたことはなかったわ。どうせあたしは人から姿が見えないし、人からもあたしは見えないから、普段は周りなんて気にかけてなかったの。あんたの場合は森の主を何とかしたいと思って近くの魔力を探って偶然見つけたのよ。魔人だって、警戒してたから違和感に気づいて見つけられたけど、そうじゃなかったら見逃してたわね」
御使い様も万能じゃないということか。それとも神とかに近い存在だから俗世のことにはあまり興味が湧かないのかな。
「それで、その後はどうしたのですか? 魔人の住処とか分かったのですか? 私が遭った魔人達は西の岩山付近で大蛇の魔物と会ってました。未確認ですが北の地に住むといわれるラノスの可能性があります。どちらも警戒せずにかなり接近してましたから、お互いのことを知っているようでしたよ」
「それが……たぶんあんたの言った岩山と同じだと思うのだけれど、そこまで追ったらもういいやって思って引き返してきちゃった。今考えると、なんでそう思ったか不思議ね。あれも呪術の類なのかも……」
意識を誘導する術なんてあるのか? 本当なら、自分の意志だと思った行動が、実は誘導されていたなんてことがありそうで怖い。でもこの世界には、呪いはもちろん、癒しの祝詞だって、多少の回復効果と精神安定に作用するものなので、今さらだ。
「となると、この森に魔人がいることは間違いないですね。それも複数。いつから森にいるのか分かりませんが、狩りをしていたことが事実なら、この森で生活しているか、長期に滞在しているものと思います。私が見た魔人は、この森で獲った獣から作ったような質素な皮の服を着ていました。子供もいたので、森の中に集落を作って暮らしている可能性が高そうです。何でこの森にいるのかは分かりませんが……。また、森の主に呪いをかけたのが魔人なら、単に狩りの邪魔になると考えて大人しくさせたかったか、排除しようとしたのかも知れません。大蛇も魔術で言うことを聞かせていたのかも。私が言うのもなんですが、こんな田舎の領地で魔物一匹、暴れさせても意味ないですから」
そうなのだ。最初は街道の交通妨害を狙って魔物を暴れさせる目的なのではと思ったが、森の主は俺が討伐してしまった。大蛇の方は街道近くに現れたが、特に何もせずに痕跡だけ残し、それを見た大叔父が、父に報告して警戒されることになった。妨害する意図があるならあまりにも迂闊だろう。
森の主の呪いが魔人以外の第三者の可能性は捨てきれないが、魔人以外にそんなのがまだ森に潜んでいるとは思えないし思いたくもない。
「そうね。あたしもそう思うわ。確証はないけど」
御使い様も同意してくれる。
「問題は魔人の規模と目的ですね。魔人は自治領で暮らしていると御使い様はおっしゃってましたが、魔人の自治領はここからかなり遠いです。自治領を出て流民になったとしても、誰にも見つからずにここまで来るのは難しいと思われます。また、いくら森が広いといっても、さすがに大勢が隠れ住むのは難しでしょう。畑を作ってもばれるから大きくできないでしょうし、50人くらいが限界だと思います。御使い様でも気をつけないと発見できない魔術の力は侮れませんが、隠れてひっそり暮らしているなら、それくらいの人数でないと食べ物が足りなくなるし、十分注意していても狩人に見つかります。あとは、話が通じる相手なら良いのですが……」
「ちょっと待って、交渉する気なの?」
「そうですね。仮にひっそり暮らしたいと思っていても、人にとっては脅威です。何せうちの騎士団でも討伐をためらう20メートルの大蛇を手なずけている訳ですし、森の主に呪いをかけたかも知れないのです。いつ人に手を出してくるか分かりません。交渉して故郷に帰ってもらうのが一番でしょう。父も魔人のことは知らないようでした。不法に滞在しているのは明らかです」
「でも、あなたはどう見ても子供よ。交渉に応じるとは思えないわ。むしろ口封じで殺されるかも」
そこなんだよな。やっぱり父に相談するか? 1人で森の中に入ったことや、大叔父の後をつけて大蛇を発見したことがばれるけど、子供が独断で何かできる話ではない。
「そうですよね……やはりここは父に相談して決めたいと思います」
「それが良いと思うわ」
その後も御使い様に魔人の生活習慣や、人よりどのくらい魔力が強いか聞いてみた。御使い様も直接会ったのは今回が初めてなので、詳しくは知らないと前置きしたうえで、魔人の暮らしぶりはかなり質素だが、さすがに綿や麻、絹の服もあり、獣の皮をなめしただけの服など着ていないという。
魔力については、以前も人より強いと言ってたが「あんたの魔力は異常だから比べる魔人の方が可哀想だわ」とのことだった。人外恐るべし……。
◇ ◇
その日の夕刻、俺は父に面会を求めた。父は「いまここで話せないことなのか?」と聞いてきたので、それでもいいが心の準備はしてくださいと返事する。すると、父は少し訝しんだあと、いつになく真剣な表情の俺を見て食後に時間を取る約束をしてくれた。
「それで、お前が改まって時間を取ってくれというのは初めてだが、どんなお願いだ?」
どうやら俺が何かおねだりするものと思っているらしい。となると、これから話すことに父はどう反応するだろう? まさか子供の戯言と取り合わない可能性もあるか? そこまで考えてなかった……。
「実は、北の森に魔人が暮らしています。私が見たのは成人男性1人と子供1人ですが、もっといる可能性があります。それと、昨晩話しがあった魔物の件ですが、全長20メートルはある大蛇の魔物で、後をつけたらその魔人と会っていました。その魔人が飼いならしていると思われます」
俺は、父や大叔父たち騎士団しか知らないことを織り交ぜつつ、一気に話してみた。すると父は口をあんぐりと開けて少し呆けたあと、顔を真っ赤にして説教モードに入る。
「お前、念押ししたのに早速見に行ったのか! しかも大蛇に魔人だと? 大法螺にも程がある!!」
「私が見たのは昨日です。実は大叔父たちの後をつけました。黙っていましたが、私は馬並みに高速移動できる魔法が使えます。大叔父が森の捜索を止めて領都に帰ったあと、その魔法で森に入り、大蛇と魔人を見たのです」
父は再び呆けたが、今度は早く持ち直す。……順応性が高いな。
「なぜ昨日のうちに言わなかったんだ? 大方怒られるのが怖かったんだろう」
「それもありますが、実はまだ言ってないことがあります。それとの関連を考えていました」
俺は森の主の話もする。つまり、森の主のブラグスが誰かに呪いをかけられて森で暴れたので、それを3日前に魔法で倒したこと、誰が呪いをかけたのか考えているうちに、今度は別の魔物の目撃情報が寄せられ、森の主と関連があるのではと考えた俺は大叔父の後をこっそりついていき、大蛇と魔人を見つけたことを細かく話す。
そして、自分で考えた一つの仮説として、魔人は森の中で隠れて暮らしており、森の主は生活の邪魔になると考え、大蛇同様、手なずけようとしたのではないかと話した。父は話を聞きながら、ブラグスを倒した? お前の魔法はそんな魔物を倒せるのか? 呪い? などとブツブツつぶやいたあと、真顔に戻って俺に話しかけてきた。
「話はだいたい分かった。このことは誰にも言わないように。あとは父さんとライネリオ達、騎士団で何とかする。お前はもう休みなさい」
「父上、私も領地のために何かしたいのです。できれば協力させて下さい」
「ならん! これは領地を預かる私と騎士団、大人の仕事だ」
「そうは言っても、大蛇だけでも討伐は難しいと思います。大叔父だって、討伐できないと判断したから森から引き揚げ、注意喚起することにしたのでしょう? 実は大蛇を倒す秘策があります。私の魔法なら大蛇を倒せますよ。魔人にも対抗できる可能性が十分あります」
「子供に助けを求める気はない。いいから早く部屋に戻って寝ろ!」
「ですが、このままではいつ領都に被害が出るかも知れません。街道に魔物が出るのに、ここの領主は警戒だけして討伐しないと噂が広まれば家名を汚しますよ」
俺は何とかこの件に首を突っ込みたいので、必死に父を煽ってみる。父は息子の暴言に腹立たしい気持ちがあるのだろう、目をかっと見開いて俺を睨みつけたあと、しばらくして落ち着いたのか、トーンを落として俺に話しかける。
「魔人は自治領からまず出ない。ここにいる魔人は恐らく15年前に起きた王都での反乱事件の生き残りだろう。たぶん王都から山や森を伝ってここまで逃げてきたのだ。大蛇も魔人と一緒に来たのだろう。魔人の自治領がある北の地には、ラノスという魔人たちが神の遣いと崇める大蛇がいるからな。お前には話していないが、15年前の王都での反乱事件は、悪魔に唆された現王の弟が王位簒奪を謀って、一部の貴族と共に起こしたものだ。計画が杜撰だったのですぐに鎮圧されたが、協力者に魔人がいて、そいつらが王都をかく乱したので対応が遅れたそうだ。王は協力者の魔人の引き渡しを求めて、魔人の自治領に兵を派遣したが、その魔人たちは自治領に戻らなかったことが、魔人との交渉や状況証拠から明らかになっている。今も国内に留まり逃亡を続けているとされているのだ。しかし困ったことになった」
「何か問題でも? 魔人のことを王家に報告すれば、王家から討伐隊が差し向けられるでしょうから、むしろ助かるのでは?」
「そう簡単な話ではない。15年間も隠れていたのに、領主が気づかなかったなんてとんだ失態だ。それだけで取り潰されてもおかしくない。それと、反乱事件では我が家の被害はなかった。うちの王都邸が王城から遠かったからなのだが、そんなことを知らない者や、悪意のある者なら、我が家も反乱事件に加担していて、これまで魔人どもを匿っていたのだと言われかねない」
なるほど。生き馬の目を抜くのが貴族というものだ。ただでさえ魔人を見つけられなかったのに、更に誰かがそんな噂でも流したら、男爵家など簡単に取り潰されても不思議ではない……。
「でも、魔人発見の一報だけで済むか? 王都に行ってきちんと報告した方が確実か? 報告に行けば、少なくとも事件とは無関係と言い張ることができるか……」
「父上、相手は近衛騎士や軍の精鋭が守る王都をかく乱できる手練れでしょう? 魔人は人より魔術や呪術に長けた種族ですから、そんなのが本気で森に隠れたら、男爵家の手勢で見つけるのは無理ですよ」
「それだ! その線で行こう。まずは魔人発見の一報を王国に送る。お前が知る情報全てだ。その上で、必要なら私が王都に行って王家に報告すると伝える。詳細な一報を送るから王家に呼ばれる可能性は半々だな。王都に行く際はお前もついてこい! 魔人捕縛や大蛇退治に隠れてついてきそうなので、危なっかしくてここには置いておけない……というのもあるが、その子供らしからぬ気転で家を救ってくれ! 否とは言うまいな。この件に首を突っ込みたいのだろう? それに、承諾すればライネリオの後をつけていたことや、1人で森に行ったことは不問にしてやる」
見透かされた上に厄介ごとまで押し付けてきた。さすがの変わり身の早さに、今度は俺が呆ける。子供に危険なことはさせまいとしていた、先ほどまでの親らしい態度はどこへ行った!
でも首を突っ込みたかったのは事実だし、やるしかないな。失敗すれば家がつぶれるのだから、黙って見ているよりはましだ。でも8歳の俺が登城できるとは思えんのだが。まあ父さんに頼られるのも悪くはない。
その後、父が魔人ことについて聞いてきたので答えていく。魔人を見たのは森の西にある岩山付近だったこと、服は皮をなめしただけの質素なもので、短槍と腰に剣を持っていたこと、子供は俺と同じくらいだったことを話した。
最後に父は「ところで、お前の馬並みに移動できる魔法とはどういったものなのだ?」と聞いてきた。今まで聞くのを躊躇っていたのだろう。俺は1歩だけで父の執務室の端から端まで飛ぶように移動する。そして笑顔で「こういうものです」と告げた。父は、化け物でも見たかように顔が強張り、以後は魔法について追及してこなかった。……ぼく悪い人間じゃないよ。
それからの父の動きは早かった。翌朝には俺を含むライネリオたち騎士団幹部を集め、魔人発見について協議した。父が昨晩俺から聞いた情報を大叔父たち伝え、そのうえで、王国に詳細を記した一報を出すとともに、必要なら直接王都に行って説明するとの方針を伝えた。
大叔父は俺が仕出かしたことを父から聞き、驚きと怒りの表情で、会議室の端っこに座る俺を睨んだが、話しが王国に報告する案件ということもあり、父の指示には黙って頷いた。
さらに、大叔父たち騎士団と対応を詰めていく。大叔父は、8歳の子供の証言だけで王国に報告するのは問題があるので、騎士団でも確認したいと申し出たが、父は下手に捜索して逃げられたら責任問題になると渋る。魔人は王都襲撃の際、隠形の術を使って王都をかく乱した生き残りの可能性があるので、ここはレオンの証言を信じると説得した。
俺は魔人を見つけた岩山までは街道から10キロほど森に入ったところで、付近に道はなかったと説明しておく。大叔父は渋々俺の証言だけで一報を送るのを了承したが、狩人達にも意見を聞くとも語り、引き続き捜索の可能性を検討したいと引き取った。
王国への一報はそうした協議を経てまとめあげられ、早速、王都のトレド侯爵経由で王家に届くよう手配された。俺は、いざというときに対抗できるよう、攻撃魔法の更なる改良と、魔力操作の練習でさらに魔法の完成度を高めることにした。
次回は国王サイドのお話しです




