13 魔人の隠れ里 2
ロレルカたち一族は、魔人の自治領で暮らす前は別の土地で暮らしていた。今はリエルタ王国に飲み込まれてしまったが、当時は自治領に隣接する飛び地だったのだ。200年ほど前にリエルタ王国が勝手に国境線を引き直し、祖先は自治領へと追いやられた。
周囲の貴族や人間たちとは大きな争いごともなく、年に一度は顔を合わせて交流していたようだが、やはり種族の壁というのは大きかったのだろう。顔には出さなくとも、心の内では魔人を受け入れていなかったのだ。
自治領に逃れても、リエルタ王国に追い出された一族と忌み嫌われ、肩身の狭い思いを続けてきた。だが、一族には、他では廃れてしまった秘伝の魔術や呪術がいくつもあったのだ。飛び地だったのが幸いしたのだろう。生活には役立たないものばかりだったが、それを大事に守りつつ、肩身の狭い自治領での生活に耐え、いつか故郷を取り戻す。一族はその思いで結束していた。
一族が守り続けてきた秘伝の魔術には、相手に幻を見せたり錯覚させたりする幻術や、気配を消して忍び寄る隠形術、相手を魔法で縛り、言うことを聞かせる隷属の呪術、動物を手なずけて従順にさせる、従属の呪術などがあった。戦の少ない自治領で廃れるのも当然のような術ばかりだが、いつか故郷を取り戻したい一族にとっては、守り続けたい手札だったのだ。
実際、これらの術を駆使して、リエルタの動向を探ったこともあった。いつか故郷を取り戻す機会を窺っていたのだ。
そんな中、一族にとっては忌まわしいリエルタ王国の王弟ディエゴから、魔人の自治領とリエルタの国境の町で面会したいとの書状が届く。
王弟自ら魔人の自治領国境まで来るはずはないと訝しむが、一族の長のアティリオとロレルカの2人の兄、そしてロレルカの計4人で国境の町まで会いに行った。面会したディエゴは、リエルタ王家の紋章が刻まれた豪華な宝飾品や剣、王家の者でなければ分からないような一族の秘密を知っていた。一応本人だろうと判断して話を聞くことにしたのだ。
ディエゴは4人が話し合いの席に着くと、兄の国王を討ち、リエルタ王国を救う手助けをしろと要求してきた。自分が国王になった暁には、故郷の地を返すとまで言ってきたのだ。もちろんそんな怪しい取引に応じる筈もなく、アティリオは即座に断った。
だが、ディエゴは更に報酬を上乗せしてきた。故郷を襲った際に一族から奪った『ラールの神石』も返すといってきたのだ。一族の間では『始祖の神石』の別名で呼ぶ方が馴染のあるものだ。魔人の守護神のラールが、魔人の始祖だといわれているのにちなんだ名である。
まるで魔力の塊りのような力強さを感じる、黄色に輝く宝石で、表面に古代文字が描かれていると伝わっており、魔人が持てばラールの加護により、強力な呪術や魔術が使えるとか、より神の下に近づけるといわれる伝説の宝石なのだ。
「我々人間には単なる宝石だが、お前たちなら奪ってでも取り返したいものであろう。実はここに持参している」
なんと、ディエゴはどのように城から持ち出したのか『ラールの神石』を持参していた。アティリオを始め4人とも神石に興味を示す。果たして、ディエゴは黒いローブを着た男から小箱を受け取ると、蓋を開けて中を見せた。それは子供の握り拳ほどの黄色い輝きを放つ宝石で、表面に何か文字が刻まれている。言い伝えられてきたものと同じものだと、誰もが確信するほどの存在感があった。ロレルカも神石から目が離せずにいた。
「もう既に我が手元にあるのだ。前払いで返してもよいが。確実に仕事をしてもらいたいので成功後に渡す。魔術契約をしても良い。それに、まだやってもらいたい仕事が別にあるのだ」
魔術契約は、契約者全てを魔術で縛り、契約書に書かれた内容を履行しなければ死が訪れるという極めて拘束力の高い契約方法だ。
「そこまでするなら、分かりました。協力しましょう」
アティリオだけでなく、兄達やロレルカも何かに魅了されたように受け入れた。それが嘘だと分かるのは、王弟が死亡し、我々が知らなかった悪魔のとの契約が切れて正気に戻ってからだった。
ディエゴが伝えた計画は、速やかに王城を占拠するため、我々には王都で派手に暴れまわり、王国兵をかく乱せよというものだった。
「お前たちの幻術や隠形術を使えば可能であろう?」
一族の秘伝まで知っていることに、皆寒気を覚えたが、成功すれば故郷と一族の宝を取り戻せるのだ。魔術契約もしたから今さら引き返せない…。
◇ ◇
アティリオもロレルカも、後に深く後悔したが、そのときはもう手遅れだった。計画通り王都の兵をかく乱するため、リエルタの首都ロアーレに集まっていた一族は60人。長めの衣装で肌を隠し、頭に布を巻いて長い耳を隠す。顔には人に近い肌色を塗り、夜陰ならぱっと見で魔人とは気づかれないようにした。
魔人たちは、まず王城に近い貴族街で派手に暴れ、その後商業地区へと移動し、王城から兵士を引き離す。その間にディエゴ達が王城を占拠する手筈だった。
のちにロレルカの妻になるイルヴァは、直接的な攻撃魔法は苦手だが、霧や幻を見せる幻覚のの魔術が得意であったため計画に参加していた。ロレルカは逆に剣術は得意だが魔術や呪術は苦手なので、アティリオの側で護衛を務めていた。
いよいよ作戦が開始され、貴族街で派手に攻撃魔法がさく裂する。魔人一族のかく乱作戦は一定の成功を収め、王都は大混乱に陥った。一方で、王城にはディエゴと共にロレルカの兄たち数人が行ったのみで、戦況が分からなかった。
やがて、兄の伝令が到着し、王城近くでディエゴが討たれ、直後にディエゴの側近が悪魔と思われる姿に変わり消えたと報せてきた。
そしてアティリオもロレルカも気づく。この作戦にあまりにも人員を割き過ぎていたのだ。60人というのは一族の半分であり、秘術が使える者が全て参加していた。このまま全滅したら残った一族の生活が苦しくなるばかりか、秘術も途絶えてしまう。
ロレルカは思う。あのオーブは見た者が知らぬうちに術者の意を受けて行動する呪術か何かがかけられていたのだ。恐らくその悪魔がそれを仕掛けたのだろう。あの最初の会見で見た黒いローブの男か? 魔術や呪術が得意な一族がその術にしてやられるなど何たる失態。油断はなかったと思いたいが、どこかで過信が生まれていたのだろう。自分たちに術をかける者などいないと……。
父は撤退を決めたが、王城に行った兄達や、王都に散らばるかく乱部隊の多くがまだ戻って来ない。しかし、いつまでもここに留まってもいられないので、兄たちの部隊は見捨てて、かく乱部隊の半数が戻った時点で王都の北の森を抜けることにした。
故郷に戻ることも考えたが、リエルタ王国が我々の関与を知れば、故郷に報復するだろうと考え、故郷とは反対側に逃げることにしたのだった……。
◇ ◇
結局、夕食後のアティリオとロレルカの会話は、互いの意見をぶつけるだけで、何の打開策も解決策も見つからない不毛な言い争いだった。最近の2人はこのような言い争いばかり続けている。理想や希望だけでアティリオを説得できるわけないが、何とかしたいとの思いがロレルカの胸を締め付ける。
「父は何もかも分かっているのだろう。だから毎回こんな会話に付き合っているのだ。いわば、これは私に不満や怒りを吐き出させるためなのだ。そして、父の言う現実を突きつけることで、里長としての自覚、一族である里の住人の命を預かる覚悟というものを、しっかり持たせるための修練なのだ」と、ロレルカは一人呟く。
ロレルカにはアティリオの言うことも理解できる。自分が言うことは、所詮理想論に過ぎないのだと。でも理想に縋らなければ、里の未来はじり貧なのだ。
里の置かれた現状はまさに八方塞がりだが、その中で生きられるだけ生きるということしかできないのか…。ロレルカがふと横を見ると、ゼオノスがイルヴァに抱き着いて寝ている。愛する家族の幸せそうな姿を、あとどれ位見続けられるだろうか。ロレルカは天井を見上げ、どうにもならない現実に目を背けるしかなかった。
魔人サイドの話しは以上です。
次回は再び主人公サイドに戻ります。




