12 魔人の隠れ里 1
ここはグラセス領都の北の森。人が暮らす街道から10キロほど森に入った辺りに、人を寄せ付けない岩山があり、その麓にひっそりと魔人の隠れ里があった。
岩だらけの地形を巧みに利用し、細い崖下の道を、奥まで進まないと見つからない場所にある。さらに、結界の魔術で人の侵入を防いでいる。結界に触れた者はそれ以上前に進むのを諦め、来た道を戻りたくなるのだ。
それでも里に続く道の入り口には必ず見張りを立て、たまに見かけるこの森の狩人が近づかないか監視している。
いまはロレルカという、今年40歳の里長の息子が見張りを行っている。手にはだいぶ使い込んだ弓を持ち、腰には里長から譲られた、一族に伝わる剣を差している。彼はいまやこの里で最も強い戦士であり、次代の長として、里の住人の信頼も集めている。
「今日もいい天気だ。春らしい暖かさになってきた。故郷も春を迎えただろうか……」そうロレルカはひとり呟く。この陽気に誘われたのか、ふと懐かしい故郷の風景を思い出す。
彼の故郷は、北の地と呼ばれる魔人の自治領の南端に位置していた。ここよりも少し北にあるので、春の訪れはもう少し先かも知れない。決して豊かな土地ではなかったが、夏になれば黒麦が採れ、パンや酒の原料になった。秋には森の木の実や果物が食卓を彩った。いまはパンも食べられない。故郷の生活とは雲泥の差だ。
ロレルカ達がここに移り住んだのは15年前。当時この国の王弟だった者に騙されて、王位簒奪の手伝いをしたことが悲劇の始まりだった。騙した王弟は打ち取られ、彼らには共謀者のレッテルだけが残った。彼の父はすぐに逃げることを決め、闇夜に紛れて故郷とは反対の東へ逃亡し、人目を避けつつ森や山道を抜け、ようやくこの地に辿り着いた。
以来、少しずつ里を整え、今では5軒の家と倉庫、小さいながらも畑をつくり、わずかな野菜やハーブを育てている。
だが、かつては40人ほどいた同胞は、今や半分近くに減り、彼の父も長い逃亡生活が祟ったのか、このところすっかり衰えてきた。「このまま故郷に帰ることもできず、ただ死を待つ以外にないのか?」と、ロレルカは思う。大人たちは仕方がないが、不憫なのは、今日も元気な声で遊びまわる子供たちだ。
この地に移り住んでから4人の子供が誕生した。そのなかには今年7歳になる彼の息子もいる。「何とか子供たちだけでもこの環境から救いだしてやりたい」と思いが募る。
そんなことを思っている彼の前に、1人の男が姿を現す。
「ロレルカさん、交代だよ」
「ガスルか。もうそんなに経ったか」
ロレルカが空を見上げると日が真上にある。見張りは4交代で行っており、ガスルはこれから夕食まで見張りを続ける。
「狩りに出ていったのはオルとドゥルカ、ルイジェルとスレイドの2組4名だ、まだ帰ってきていない。採取にはプルシュとアールバが、他の女性たち3人と行った。こちらもまだ帰ってきていない。住人以外で近づく者はいなかった」
「了解した。ゆっくり休んでくれ」
「ああ、でも少ししたらポッカの様子を見てこようと思う」
ポッカは故郷から連れてきたラノスという巨大な蛇の魔物で、体長は20メートルくらいある。連れてきたときはまだ子供で、体長も1メートルほどだった。5年前に15メートルを超えたため、里では飼えなくなり、ここから南に5キロほど離れた岩場に巣を作り、そこで放し飼いにしている。その辺りならこの森の狩人も近づかないので、見つかる心配はない。
ポッカには子供のときに、魔人に伝わる従属の呪術をかけ、魔人に従うように縛ってある。呪術とは相手を支配するときに使う魔術の一種だ。ポッカを故郷から連れてきた目的は、王弟の王位簒奪を手伝う際、いざというときに国王を暗殺する手札だったのだ。寝室に忍び込ませ、寝ている王の首に噛みつき毒殺する。実行することはなく、魔人を騙した王弟が打ち取られて闘いは終わったのだが、ロレルカはそれで良かったと思っている。
「ポッカか……俺はしばらく見てないな」
「元気かどうか見てくるよ」
「そういえば、昨日の晩にスレイドが言ってたんだが、昨日は例のブラグスを見かけなかったらしい。代わりに、近くに一回り小さい別のブラグスがいたそうだ」
「ブラグスは行動範囲が広いから、数日見かけなくてもおかしくないだろう? 小さい方はあのブラグスの子供かつがいかも知れないな。でも、勘が鋭いスレイドが気にしてたのなら私も気を付けておこう」
例のブラグスとは、昨年の秋にこの辺りに出没した黒い魔物で、それが現れてから、この辺りでウサギやシカ、イノシシといった獣のほか、なぜか鳥も獲れなくなった。里にとって、狩りで捕れる獲物は貴重な食料である。冬が近づいているし、狭い畑と、森の木の実やキノコの採取だけでは食料が行き渡らず、このままでは飢えると里の住人は慌てた。
はじめは総出で退治しようとしたが、もし狩人たちに見つかれば、この里の存在がばれる恐れがある。そうなれば、領主軍が出てくる可能性があるため、それなら呪術で縛ろうと決まり、冬眠で動かなくなったブラグスを、隷属の呪術で縛ったのだ。
隷属の呪術は詠唱が長く、本来は拘束して長い時間をかけないと術がかからない。魔人たちは、一族に伝わる隠形の魔術などを使ってブラグスの行動を監視し、遂に冬眠に入ったことを確認して、術をかけたのだった。
この隷属の呪術も魔人に伝わる秘術の1つだ。天の神ルトの弟神で、魔人の守護神ラールの名のもとに相手を縛る強力な呪術である。呪術にかかれば術者に反抗できなくなるばかりか、魔物であっても命令に従わせることができるため、里に近づかないよう命じておいた。
魔物にはあまり意味ないが、万が一誰かが解除しようとしても、死ぬまで暴れ続けて抵抗するため、一度呪術にかかれば、事実上解除不可能な呪いのようなものである。
ロレルカはガスルに後を託して、里へと戻った。
「父さん、僕の弓を見て! 的の真ん中に射ることができるようになったんだ」
ロレルカが家に帰ると、息子のゼオノスが弓の腕前を見せたいと、彼の腕に縋り付いてきた。ゼオノスは、体力がついてきて弓が引けるようになったのが嬉しいのか、このところ弓の練習に夢中だ。早く1人前になって里の役に立ちたいのだという。この夏には大人に混ざって狩りに行きたいと駄々をこね、ロレルカを困らせている。さすがにまだ無理なので、狩りは遊びではないのだと、ロレルカは言い聞かせている。
「どれ、見てやろう。準備しなさい。それと、久しぶりにポッカの顔を見てこようと思うが、一緒に行くか?」
ロレルカが聞いてみる。7歳のゼオノスが、ポッカのいる岩場まで往復するのは大変だろうが、ゼオノスは赤子のときから何故かポッカを恐れなかった。ポッカが里を出てしばらくは、口癖のように「ポッカは?」と、ロレルカや彼の妻のイルヴァに聞いてきたり、里の中を探しまわったりしていたので、会いたいだろうと思ったのだ。
「行きたい!」
ゼオノスも二つ返事で了承し、早速外出の準備を始める。ロレルカは持っていた弓を短槍に持ち替える。ポッカの住処がある岩場には毒蛇が生息し、岩陰から急に襲って来ることがあるのだ。簡単な怪我なら薬草で対処できるが、毒には効き目がないので、嚙まれたら命取りになりかねない。
「あなた、あまり遅くならないでね。ゼオノス、里の外では父さんの言うことをちゃんと聞くのよ」
繕い物をしながら2人の会話を聞いていたイルヴァがゼオノスに釘を刺す。だが、外出は許してくれた。ロレルカは「ありがとう。行ってくる」といってゼオノスと共に家を出る。
途中でゼオノスの弓の腕前を見たロレルカは、7歳にしては的に当たる矢の数が多く、真面目に練習していることが知れて満足する。まだまだ狩りは無理だが、このまま腕を上げて欲しいと、息子の成長を願う。
ようやく岩場に着いた2人はポッカの巣である大穴を覗いてみるが、ポッカの姿はそこにはなっかた。
「父さんいないね。食事に行ってるのかな?」
ゼオノスは久しぶりに会えると思ったポッカの不在に、落胆を隠せないでいる。せっかくここまで来たのに、ゼオノスに悪いことをしたな……と、ロレルカも少し落ち込む。
「食事なら南の森かも知れない。また歩くことになるが行ってみるか?」
ゼオノスも諦めきれないのだろう「うん」と返事をして、再び2人で移動する。
南の森がだいぶ近づいたところで、ようやく2人の目がポッカを捉える。やはり食事に出ていたようだ。ポッカも2人の姿を見つけて近づいてくる。ロレルカはポッカの元気そうな姿を見て安心すると共に、「それにしてもまた大きくなったな……ラノスの寿命は20年くらいと聞いてるから、もういい歳なのにまだ大きくなるのか?」と驚く。
ゼオノスはポッカの姿を見て安心したのか、その場にへたり込んでしまった。駆け寄る気力もないらしい。やはり7歳の子供にはここまで来るのはきつかったようだ。ロレルカは妻に遅くなるなと言われたので、帰りはおんぶして急いで帰ろうと思案する。
ポッカは2人の前に来ると、もたげていた頭を下げて2人を正面から見る。ポッカが笑うはずもないが、心なしか嬉しそうに見える。
ゼオノスがようやく復活し、ポッカに話しかける。
「ポッカ。元気そうだね。会いたかったよ!」
会話は一方通行だが、たまに言葉に反応するように首を動かすので、会話が成立しているようにも見える。ポッカにかけた従属の呪術も簡単な命令に従わせることができるので、「案外息子の言葉を理解しているのかも知れない」とロレルカは思う。その後もゼオノスが一方的に話し、ポッカがなんとなく話を聞いているようなときが続いた。
やがて、里に戻らなければならない時間になる。ゼオノスはまだ別れたくないようだが、遅くなると母さんに怒られると、ロレルカは言い聞かせる。ゼオノスは「必ずまた来るよ」と別れの言葉をいい、ポッカも寂しそうな目で軽く頷くような仕草をして巣へと戻っていった。ロレルカは疲れて眠そうなゼオノスをおんぶして里へ戻った。
2人が里へ戻る頃には日もすっかり暮れ、もう少し遅ければ戻れなくなるところだった。途中、狩に行っていたスレイドに会ったので、ロレルカはブラグスの件を聞いてみた。すると「あのブラグスがいないのに、森が落ち着いていたので、なんとなく気になったのだ」という。違和感はあるが理由までは分からないようだ。いずれにしても、大事なのはブラグスではなく、狩りの成功だ。里に影響がないのなら、ブラグスが生きていようが死んでいようが構わない。ロレルカとスレイドはしばらく様子を見ようと話して別れた。
夕食は乾燥肉と森で採れた根菜を使った煮込み料理だった。質素だが、ロレルカはこの料理が好きだった。ゼオノスは家に着くまでロレルカの背中で眠り続け、食事中もうとうとと、途中で料理をこぼしそうになっていた。そして、ようやく食べ終わると、再び眠ってしまった。
夕食を終えると、ロレルカの父アティリオが、話があるといって彼を呼んだ。ロレルカには理由が分かっている。
「ロレルカ、お前を正式に里長に任じる。近いうちに皆の前で宣誓式を行うので、そのつもりでいろ」
「父上、私なりに里長の覚悟はできていますが、私は里がこのまま朽ちていくのを黙って見ていることはできません。できれば故郷に帰るか、せめて子供たちに希望が持てる環境を与えてやりたいのです」
2人は、この里の将来についての考え方で意見が割れているのだ。
「それは分からんでもないが、ではどうする? ここは敵対する国だ。これまで隠れて住んでいられただけでも奇跡に近い」
「何とかこの国と交渉して我々を故郷に帰れるようにしたいと思います」
「この国の人間と交渉などできる訳がない。国王に盾ついた側に付いたのだ。そんなことしてみろ、里の者は全員捕らえられて殺されるぞ! 故郷も我々を裏切り者だと見捨てるだろう」
「ですが、里の住人は減る一方です。我々魔人は生命力が強いので、これまで何とか生き延びて来られましたが、もう限界です。これ以上住人が減れば、今の生活は維持できなくなるでしょう。それに我々はあの王弟に騙されたのです。交渉次第では黙って故郷に帰るくらい見逃してくれるかも知れません。このまま朽ちるか、死ぬ覚悟で最後の希望に縋るか。私は希望に縋りたい……」
ロレルカの希望的観測交じりの言葉に、父が経験則と現実を突きつけて諫める。
「諦めろロレルカ。この国の貴族もたくさん死んだ。どう伝手を頼る? 擁護してくれる者などいないだろう。騙されたのは悔しいが、騙されたと思っているのは我々だけだ。この国の王家や貴族はそんなこと知らない。知っているのは、あのとき我々が反乱に手を貸したということだけだ」
もう何度も後悔したあの忌々しい思い出が再び2人の脳裏に甦る。一族にとって忘れたくても忘れられない傷跡。里の皆も多くは語らないが、誰もが無念さを胸に抱え込んでいることだろう……。
ちょっと長くなってしまいましたので、2回に分けました。
次回も魔人サイドの話しが続きます。




