01 領主一家の帰郷 1
はじめて投稿しました! よろしくお願いします。、
体裁、誤字・脱字には気を付けておりますが、読み難かったらすみません。
R15は一応の保険です。刺激のある描写等はありません。
リエルタ王国の王都ロアーレから東に馬車で移動すること7日、ようやく父のディマスが治める領地の街並みが見えてきた。ここから更に東へ馬車を走らせれば、およそ4日でこの地方最大の都市、トレド侯爵領都レストリナがある。
父の領地は町と呼ぶにはいささか寂しい領都と、その領都から南におよそ10キロ離れたところにある新町、東におよそ15キロ離れたところにも村があり、この3つの居住区と、それぞれの居住区から見渡せる範囲の大地、そして遠く北に見える、まだ雪化粧した山脈まで続く深い森が全てとなる。
その名をグラセス男爵領。レストリナへと続く街道沿いの、いわゆる田舎領地だ。
領内の人口はおよそ2000人。3分の1強の700人ほどが領都で暮らし、新町に300人ほど、村にも400人ほどが暮らす。残りは農地に近い高台や、大きな土地が必要な酪農家がまばらに住んでいる。
領都は、小高い山の上にある砦を兼ねた領主邸の我が家を北に、その南側の東西に伸びる街道沿いに商店が、街道周辺と東と西から領主邸に続く2つの道沿いに居住区がある。北には森が迫り、領主邸から伸びる石壁が森を塞ぐ格好になっている。
領都周辺は扇状地の末端のなだらかな傾斜地になっており、水は豊富に湧くのだが、土壌の水はけが良すぎて農耕にはあまり適さない。農耕地はその周囲に委ね、領都近くでは、水はけの良さを活かしたぶどう畑が広がっている。領地自慢のワインの原料だ。
王都や侯爵領でも一定の愛好家がいて、グラセス領といえばワイン、ワインといえばグラセス領というほど名を馳せているらしい。まあ出どころは父なので真偽のほどは定かでないけど。
でも、新酒の時期になると、父と母は揃って王都や侯爵領へ出向き、その年の新酒のお披露目会や、貴族や商人、ときには文化人を招いて試飲会を兼ねたサロンを開いている。
インターネットどころか、まともな新聞や雑誌がないこの世界において、常に新しいものや話題に飢える、好奇心旺盛な富裕層に関心を持ってもらうのは、領主として大事なお勤めの1つなのだ。そういった点、両親はなかなかの商売上手だと子供心に思う。
だから、家は男爵家ながらそれなりに余裕がある。父が側室を迎え、子供が5人いてもまだ余裕があるのだ。祖父母は健在だし、父の兄弟も3人が領地に残り、それぞれ別の家を興したり商家に嫁いだりしてグラセス家を支えている。
祖父母の兄弟もまだまだ健在で、やはり領内で代官などの仕事に就いているほか、祖父の弟の1人はうちの騎士団長として現役だ。いまだに剣の腕は騎士団最強だと言われており、結構な頻度で外出する父が手放さない理由がなんとなく分かる。
この世界は剣と魔法のファンタジー要素満載であり、魔物など人に仇なす種族も存在する。今回の旅の移動中も、比較的整備された街道沿いにも係わらず、でっかい熊のような魔物を見かけた。あとで聞いたらブラグスという名らしい。
先日は狼のようなフォレロカという魔物数頭が馬車に迫ってきてびっくりした。
大叔父率いる騎士団が素早く駆け寄って退治したので大事には至らなかったが、領主一族にとって剣と盾の力は必要不可欠だと実感した。
「もうすぐ領主邸に到着します。ご準備を」
その騎士団長ライネリオが馬を寄せて窓越しに恭しく父に告げる。普段は親戚らしい気軽な感じの話し方だが、今は領主一家を護衛中の騎士団長然とした態度で父に接する。このオンとオフが切り替えられ、年下で甥っ子領主の父を立てる大叔父の案外真面目な性格も、父が手元に置いておきたい理由の1つだろう。
「みな、もうすぐ久しぶりの我が家に到着だ。宿や領主の館に泊まってきたとはいえ、7日も狭い馬車で移動するのは大人の私たちでも辛い。特にレオンは初めての王都暮らしと馬車旅で疲れただろう。今日ぐらいゆっくりしなさい」
「はい、父上!」
俺は疲れを感じさせない明るい声で父に返事をするが、心の中では「ちぇっ、今日ぐらいはか……」と悪態をつく。8歳の三男坊に、領主一族として何か役割や仕事が割り振られている訳ではないが、「今日ぐらいはゆっくり……」と期限を決められると、明日から仕事に追われる日々なのかと、そんな前世の記憶が甦り少し憂鬱になる。
恐らくそんなことはないだろうし、父の言葉の半分は自分に言い聞かせているのだと思うが、ようは言い方なのだ。
父は無意識なのかそれとも意識してなのか、ときたま人にプレッシャーを与えるような言い方をしてくる。臣下である家令にも、俺たち家族にもそれは同様だ。領主として失敗できない立場だから言葉も自然と厳しくなるのか、それとも俺にもっと緊張感を持てと戒めているのか? ……こんな子供にプレッシャーを与えてどうするんだ?
「そうよ、レオン。今日ぐらいはゆっくり休んでね」
エレナ母さんが俺を抱っこしながら耳元で諭すようにやさしく声をかけてくる。こちらの「今日ぐらい……」は、うろちょろせず家で大人していなさいってことだろう。落ち着きのない息子ですみません。
父も実はそうかもしれないが、同じような言葉でも人によって印象が変わるのは致し方ない。……別に父上を嫌っている訳じゃないよ。
母には王都を離れるとき「もう8歳なのだから、いい加減抱っこされるのは恥ずかしから嫌だ!」とはっきり言ってみた。だが、母には「レオンが親離れを……。いいえ、ダメよ、ダメダメ。まだ早いわ!!」と嘆かれ、隣にいた父は「お前、母親を悲しませるなんて親不孝な! そんな風に育てた覚えはないぞ! 母さんに謝りなさい」と理不尽にも叱りつけてきた。
どうせ車内が狭いから、少しでもスペースが広がればと、母の我儘に便乗したのだろう。
俺は元日本人らしくとりあえず謝り、以来、車内ではずっと抱っこされたままだ。まあ、母はいいにおいがするし、スタイルも良く出るところは出ていて実に柔らかいのだが……やっぱ恥ずかしい……。
ふと、前を見ると正面に座るのエマ姉さんがにやにや笑っている。まさか心の声が聞こえたか? 俺とは三つ違いの11歳で、来夏には王都の貴族専用の学び舎で寄宿生活を送る予定になっている。
「レオンは相変わらずお母さん子ね。来年は私も王都暮らしでいなくなるし、いつまでも親にべったりじゃ姉として心配だわ…」
王都での出発前のやり取りを見ていたはずなのに、どの口で言うのか! 俺はすかさず反論しようとするが、そこで思いとどまる。姉に逆らうと、あとで倍返しのうえ利子までついて戻ってくるから実に面倒くさいのだ。
中途半端な反論ならしない方が身の為だ。俺もこの8年間で姉のあしらい方が上手くなり、ちょっとやそっとでは動揺せずに対応できるようになってきた。無駄な言い争いを避け、これ以上、火の粉を被らないよう無言を貫く。実用スキルの1つポーカーフェースの発動だ。人によっては泣き寝入りともいう。でも、姉の言葉に母が反応した。
「エマはお母さんが抱っこをすると安心するのかすぐに寝ちゃって、重いだけで退屈が紛れないのよね。しかも、おねしょするし……」
「「「……!」」」
天然母さんの必殺技の一つ、子供の失敗談がさく裂し車内の空気は一気に冷える。対照的に姉の顔は羞恥で真っ赤だ。これはあかん! 八つ当たりの被害者は間違いなくこの俺だ。俺は条件反射で速やかに善後策を講ずる。
「まあまあ母上、それは昔の話でしょう。エマ姉さんもさすがに赤ちゃんの頃の話をされては恥ずかしいですよ」
後が怖いのでエマ姉さんを必死にフォローする。しかし天然母さんにそんな思いは届かない。姉の傷口にダメ押しの塩を塗りつけてきた。
「あら、確かに昔の話だけど、いまのはレオンが生まれた後の話よ。正確にはいまのレオンと同じ8歳になったエマが初めて王都に行った一昨年……」
失敗した!? というより俺のフォローがオウンゴールをアシストした? 何のこっちゃ!
だが、これで八つ当たり被害はもう確定。早くこの冷たい雰囲気の車内から出たい。平気なのは天然母さんくらいだ。父はというと窓外をぼうっと眺めて存在を消している。こんな狭い車内で消えるわけがないだろう。早く戻ってこい! ……というか、そもそもエマ姉さんの自爆みたいなものじゃないか。
「レオン、覚えてらっしゃい……」
えっ!? おねしょのことならしっかり覚えましたよ? 8歳でもする人はしますよ。さすがにそんな軽口は言えない雰囲気のなか、俺は黙って首を左右に振り「やれやれ」と心の中で嘆くしかなかったのだった。
それでも馬車は進み、ようやく領主邸に到着する。夕刻にはまだ間があり、少しだけ傾いた太陽が、早春の暖かい日差しを届けて俺たちの帰還を歓迎している。
今回の王都旅は領主の父、正妻の母、エマ姉さん、そして俺の正妻組のみが王都に行き、側室のアンヘレナさん、祖父で先代当主のサウロお爺様、祖母のアダリナお婆様と共に留守番組だ。
今年16歳になった長男のエリアス兄さんも同様で、昨夏に王都の学び舎を卒業して領地に戻ってきた。いよいよ領主の跡取りとしての修行を開始したのだ。
帰ってきて早々、父や祖父から領地の経済状態や基本情報を教え込まれ、父が不在のこの冬の間は、祖父と共に領主代行に就いて、領主不在の穴を埋めていたらしい。
兄は学業優秀で運動も得意だし、このまま兄が家の跡を継げば、グラセス領は次代も安泰が約束されたといえるだろう。
アンヘレナさんの実子で次男のフィデル兄さん、長女のカロリーナ姉さんの二人は、いずれも王都の学び舎で寄宿生活中だ。王都で久しぶりに会ったが二人とも元気だった。
カロリーナ姉さんはフィデル兄さんの1個下で今年13歳。アンヘレナさんに似て益々美人に磨きがかかっていた。少し見ない間に大した変わりようだ。第二次性徴を迎えたのだろう。
父は出発前、アンヘレナさんも一緒に王都へ行き、久しぶりに子供たちと再会すればどうかと誘ったが、それでは馬車を増やさないといけなくなるからと断ったそうだ。まあフィデル兄さんが2年前、カロリーナ姉さんに至っては昨夏に王都に行ったばかりなので、昨秋の出発段階ではまだで久しぶりという感覚が薄かったのだと思う。
でもカロリーナ姉さんの姿は是非とも見て欲しかった。きっと姉さんも残念だったに違いない。
馬車は、荷馬車を含めて計4台。それを騎士団10騎で警護するから結構な大所帯だった。領主邸に到着すると、居残り家族はもちろん、家令やメイドさん、下働きの男衆が総出で出迎えてくれた。早速、下働きの男衆らが荷物を屋敷の中に運び入れている。
俺がてきぱき動く下働きの人たちを眺めていると、「レオン、ここはいいから早く中に入りなさい」と声がかかる。エリアス兄さんだ。
「エリアス兄さん。ただいま戻りました」
「おかえりレオン。長旅で疲れただろう。あとでゆっくり王都の土産話を聞かせてくれ」
「はい。夕食のときにでもお話しします」
8歳の子供らしい笑顔でそう言うと、兄は俺の元気そうな姿に安心したかのように、一つ頷いて屋敷に戻っていく。俺もその後に続いた。
屋敷の中は特に変わったところはなく、懐かしさだけが胸にこみ上げる。不在だったのは5カ月に満たないのでそんなものだろう。まだ荷物の運び入れ作業が続いているので、俺たちは玄関ロビー近くの小部屋でゆっくりお茶を飲んで待機中だ。
「ふう。……故郷の味だな」
父が飲み慣れたこの地方特産のハーブを使ったブレンド茶を味わい、人心地ついてそうつぶやく。母が「そうね……」とあいづちを打つ。
「私は王都のお茶もカッフェも美味しかったわ!」
エマ姉さんがいう王都のお茶はいわゆる紅茶のことで、カッフェはコーヒーだ。最近王都でも手に入るようになり、この冬の社交でもちょっとした話題を集めていた。
姉は親しくしているトレド侯爵家に呼ばれた際に飲んだのが忘れられないらしい。
紅茶もカッフェも王国東部最大の貿易港を抱えるトレド家が、貿易会社と組んで独占的に輸入し、王都に持ち込んだものだ。まだ量が確保できないらしく、目が飛び出るほど高価だが、少なくとも貴族の反応は上々だという。
ある程度の量が流通すれば、その分価格が抑えられて、いまよりも入手しやすくなるだろう。前世でも人気があったから、そのうち貴族だけでなく商人や一般にも広がり、合せて様々な飲み方がされていくかも知れない。
トレド家で出されたカッフェは深煎りの苦めのものだったが、前の世界では、深煎りでも細く曳いて圧力をかけて抽出したエスプレッソ、ミルクを入れたカフェオレも美味しかった。酸味が味わえる浅煎りが好みの人もいるだろう。
一方の紅茶は、産地や淹れ方で風味や好みが変わるので、カッフェとはまた違った楽しみ方ができる。紅茶にもミルクティーやレモンティーといった飲み方や、コーヒー同様エスプレッソもあった。こちらも価格を抑えることができれば需要は広がるだろう。
トレド家は同じく輸入品の砂糖も取り扱っており、紅茶やカッフェの需要が伸びれば、合せて砂糖の需要も伸びると思う。砂糖もやはり高価なので気軽に使えない。もう少し安くなって欲しい。
そうなったら紅茶やカッフェに合う菓子でも作ってみようかな? うちはぶどうだけではなく桃やプラムも生産しているので、果物を使った菓子なんかもいい。うちの特産として商売にできるかも。季節で違う果物を使えば、新しもの好きな貴族のご婦人方や商人の気を引けるかも知れない。
そういえば、エスプレッソは専用の器具が必要だったな…。前世の知識を駆使して、まずは様々な飲み方を世に広めるのも悪くないかも。いずれにしろ、侯爵家という虎の威を借りて、うちも領地の利益が上乗せできれば大助かりだ。
「しかし、この冬の社交はちょっとキナ臭かったな。我が家も何かしらの対応が必要かもしれない……」
そう父が話した通り、この冬の社交では一部の貴族から王国西南の隣国ガレス王国への出兵を検討せよとの声が上がったらしい。らしいというのは、子供は大人の社交の場に出られないので、もっぱら父や母が聞いたのを又聞きしたからだ。
聞くところによると、ガレス王国はこのところ国境での軍事活動を活発化させているようで、隣接する領地とのトラブルが絶えないらしい。国境を巡る争いは、明確な線引きができない地続きの土地では珍しくもない。国同士でなくうちの領地も隣の領地と揉めているのだ。
だが、過激な貴族の話しによると、ガレス王国は明らかに軍事力をちらつかせて争いを煽っているのだという。ガレス王国の後ろに帝国の存在もあるらしいのだとか。これが隣接領地の貴族をイラつかせて、出兵を王国に求める声が段々大きくなっているという。王家は出兵しない方針のようだが、父の話では一部の貴族がいつ暴発するかわからない危険な状態になってきているらしい。
「国境での争いが大きくなれば国同士が戦争状態に入る可能性もある。土地を巡る争いは根が深いから話がどんどん大きくなりかねない。うちも備えだけはしておく必要があるだろう」
父はそういうと話を切り上げ部屋から出ていく。荷物の運び入れや整理も終わったようで、父は早速、お爺様やエリアス兄さん、家令たちと話し合うようだ。
王都よりさらに先の西側の話だから、すぐにどうこうという話ではないだろうが、ことが大きくなれば、臨時の戦費徴収や物価上昇などの負担がグラセス領にも及ぶ可能性がある。
俺も母と姉に断ってから部屋を出て、久しぶりの自室に戻る。
始まりました。
今後もお付き合いくださいませ。