エピローグ
「えっ!? こんなに貰えるんですか!?」
翌日、執行士管理事務局を訪れたギミーは窓口で大声をあげていた。 白を基調とした清潔な施設内に彼の声が反響し、何人かが振り返る。 それに気づいて、ギミーは口を抑えて身体を縮こまらせた。
「ええ、依頼書の通り5倍の報酬を振り込ませていただいております」
受付の女性は驚いているギミーに向けてにこやかな笑みを浮かべていたが、彼のプロフィールを改めて確認すると、少し不思議そうな顔をした。
「ギミーさん、お言葉ですがあのドーマンを捕獲できるほどの実力があれば充分A級に昇格できると思うのですが……」
「いやっ! あー、考えておきます!」
ギミーは女性の話を遮るように早口で言うと、逃げるようにその場を去って行った。
受付の女性は不思議そうな表情で彼の後ろ姿を見送った。
「ふぅ〜〜。 いやー、危ない危ない。 A級なんて冗談じゃないよ。 命がいくつあっても足りやしない」
ギミーは通りに出ると独り言を漏らしながら元来た道を歩き始めた。 執行士管理事務局は繁華街から外れたところにあるため、日中でも人通りはまばらだ。
ギミーは歩きながら懐から電子手帳を取り出すと、先程振り込まれた報酬額をもう一度確認し始めた。
「ふふ……これだけあれば当分生活には困らない……それどころか、引っ越しも夢じゃないぞ……」
手帳を見ながら妄想を膨らませているギミーに、人影が近づいてきた。
「よう、随分嬉しそうじゃねえか」
「ああ、まあね……って、君はっ!?」
ギミーは声の正体に気付くと、その場で飛び上がった。
目の前に立っていたのは昨日出会った少女、アネットだった。 昨日と同じ黒っぽいドレスに、今日はつばの広いハットを被っている。
「な、なんで君がここにっ!?」
「なんでって、別にどこにいようがわたしの勝手だろ。 それより、昨日はよくもやってくれたな。 まさかわたしが負けるとはな……正直オマエのこと見くびってた」
アネットはギミーの実力を認めたように言った。 しかし、一刻も早くこの場を立ち去りたかったギミーは彼女の話にはほとんど耳を傾けていなかった。
「そ、そっか。 それじゃ僕はこれで……」
「おい待てよ、別にこんなことを言うために来たわけじゃないんだ……その金、わたしに寄越せ」
アネットは背を向けて立ち去ろうとするギミーの肩を掴むと、グッと背伸びして耳元で囁いた。
彼女の囁きにギミーは凍りついたように身を強張らせたが、慌てて彼女の手を振り払い後退りして距離を取った。 その顔には恐怖と焦りの色が浮かび、額からは冷や汗が滲んでいた。
「い、いきなり何言い出すんだよ!」
「だってその金、わたしがボコボコにした賞金首の賞金だろ? ということはわたしが手に入れるべき賞金だ」
「そ、そんな無茶苦茶な……大体、君は執行士じゃないんだろ? それなら君に賞金をもらう権利はない」
「それじゃあもう一回わたしと勝負しろ。 それでわたしが勝ったら賞金はわたしのものだ」
「くっ……もう一回やって勝てるわけがない……分かった、賞金の半分は君に譲ろう」
「ダメだ。 全額わたしのもんだ。 オマエにはビタ一文やらん」
「こいつ、既に自分のものみたいに…………今だっ!」
アネットが押し付けてくる無理難題を前に頭を抱えていたギミーだったが、彼女の隙をついて唐突に叫ぶと、右手を前に突き出した。 するとアネットの側に魔法陣が描かれ、1羽の小鳥が飛び出し突撃した。
しかし、小鳥はアネットの身体に触れる直前で弾き返されると、小さな羽を目一杯動かして体勢を立て直しギミーの頭の上に軟着陸した。
「な、なにっ!?」
「おっと、残念だったな。 同じ手が通用すると思ったか? 今度はバリアを周囲1cmに張ったからな……さて、交渉は決裂ってことだな。 言っとくが、今度は手加減なしだぞ」
アネットがそう言うと、彼女の周囲で空気が渦を巻き、大地がビリビリと振動を始めた。 まるで巨大な嵐が目の前に迫っているようだ。
「……こうなったら、この手を使うしかないな。 できれば使いたくなかったが……」
ただならぬ威圧感を放っているアネットを見て、ギミーは怖気ついたように冷や汗を流していたが、ある覚悟を決めたようにそう呟くと、キッと目を見開いた。
雰囲気の変わったギミーを見て、アネットは一瞬怯んだ。 まだ生々しい昨日の記憶が彼女の脳裏をよぎる。
「……逃げる!」
「あっ!……ちょっとおい! 待てよ!」
一瞬の隙をついて一目散に走り去って行くギミー。 あっという間に2つの丘を越え、彼の背中は豆粒ほどの大きさになっていた。
アネットは予想だにしていなかった行動を見て呆気に取られていたが、すぐに気を取り直すとふわっと空中に浮き上がり、ジェット機のように彼の背中目掛けて突撃していった。
ギミーとアネット、この2人がバディを組んで執行士として破竹の勢いで名を上げていくのはまた別のお話……。