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3話

 

  ギミーは崩れた瓦礫に注意しつつ慎重に近づき、倒れている男をよく観察してみた。 

 大柄で筋肉質の肉体、スキンヘッドに四角く突き出した顎。 

 間違いなく、手配書で見たドーマンそのものだった。

 ただし、今は完全に気を失っているようで、おまけに全身傷だらけだ。 

 

 「……自分から壁に突っ込んだって訳じゃあなさそうだな……何かトラブルに巻き込まれたのか? それとも……」

 

 ギミーが顎に指を当てながら思考を巡らしていると、突然彼の背後で軽い足音が響いた。 

 神経過敏になっていたギミーは瞬時に思考を中断し、パッと振り返る。


 「……ん? 誰だオマエ、もしかしてソイツの知り合いか?」

 

 視線の先には、1人の少女が立っていた。 歳は14〜15歳くらいだろうか。 夜の闇に溶けるような黒のドレスと、それと対照的な真っ白な肌。 少しウェーブがかったミディアムヘアに縁取られた顔から、訝しげな視線がギミーに向けられていた。


 「……これは君がやったのか?」


 ギミーは突如現れた少女に戸惑っていたが、平静を装って問いかけた。 

 見た目はあどけない少女だが、この状況下では警戒を怠るわけにはいかない。


 「あぁ、まあね。 ちょうど喧嘩相手を探していたみたいだから相手してやったのさ。 やたら自信満々で能力も派手なの持ってたからちょっとはやるのかと思ったら、見掛け倒しもいいとこさ。 もう気を失ってるみたいだし、暇つぶしにもならなかったな」


 少女は悪びれた様子もなくそう言うと、ケラケラ笑った。 金髪が月明かりを受け、キラキラと光る。 

 その様子を見て、ギミーはますます警戒心を強めた。 


 「……どうやら、同業者ってわけじゃなさそうだな……」

 「同業者? わたしはただの暇つぶし……そうか、さてはオマエ、執行士だな? と言うことは、アイツは賞金首だったわけか……」

 「ご名答。 ぼくはあの男を捕まえにきた執行士だ。 君、名前は?」

 「名前? わたしの? あー……アネットだ」

 

 アネットと名乗った少女は何か考え込んでいた様子で、ぼんやり返事をするとまた顎に指を当てた。

 

 「そうか、アネット。 ドーマンの確保に協力してくれたことには感謝するが、君のように執行士以外の人間が逃走中の異能犯を塀ごとぶっ飛ばすのはれっきとした違法行為にあたる。 執行士として、見逃すわけにはいかないな。 ……ただ、君が素直に僕の言うことを聞くって言うのなら……」

 「オマエ、執行士ってことは『異能力』持ってるんだろ?」

 「えっ?」


 ギミーはできるだけ執行士らしく威厳に満ちた声を意識して喋っていたが、アネットから発せられた唐突な横槍に思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。 だが、ここで戸惑いを見せるわけにはいかないギミーは、すぐにさっきの調子を取り戻し、厳しい顔つきを少女に向けた。

 「……あ、あぁ。 もちろん持ってるさ。 とびきり強力なのをね。 だから、君も痛い目に遭いたくなかったら……」

 「ならちょうどいい。 アイツの代わりに暇つぶしに付き合ってくれよ」

 「な、なにっ!?」

 「オマエの目的はあの男だったんだろ? それならもう片付いてるんだから、どうせ暇だろ?」


 そう言うとアネットはニヤリと笑い、アーモンド型の大きな瞳をキラリと輝かせた。 その様子はさながら新しい獲物を見つけた肉食獣のようだ。

 一方ギミーは、額から冷や汗が滲み、両足は勝手に後退りを始めようとしていた。


 (こ、これは……適当に脅かして追っ払うつもりだったのに、非常にマズい状況になってしまったぞ……何者か分からないが、彼女はおそらく相当の使い手だ。 それこそあのドーマンを一方的にやっつけちまえるほどの……ハッキリ言って、僕が正面から挑んで勝てる相手じゃない……それなら……)

 

 「ほらどうした、早く能力を見せてみろよ。 わたしを痛い目に合わせるんだろ? 来ないならこっちから行かせてもらうぜ?」

 

 そう言うと、アネットはその場で立ち尽くしているギミーに向かって距離を詰め始めた。 

 ギミーはしばらく俯いたまま歯を食いしばっていたが、やがて覚悟を決めたように大きく息を吐くと、顔を上げ近づいてくる彼女をその目で捉え、

 

 「…………後悔するなよ?」


 と、呟いた。 そして次の瞬間、「ハァッ!」という掛け声とともに勢いよく左腕を斜め上に向かって突き出した。 その迫力に圧されたアネットはつられて頭上を見上げた。


 「……? なんだ? 何も起こらないけど……」


 パシュンッ!!


 アネットが虚空に気を取られた次の瞬間、路地裏に特殊な銃声が響いた。

 同時に、彼女の動きが固まる。

 

 「……あ、当たった……」


 掠れた声を絞り出したギミーの右手には、彼の『とっておき』、小型麻酔銃が握られていた。 

 安心感で緊張の糸が切れたギミーはその場にへたり込み、大きく肩で息をした。

 

 「ドーマン捕獲のために買ったのが、こんな形で役に立つとは……ともかく、これで……」


 呼吸を落ち着けてゆっくり顔を上げたギミーは、目の前の光景に愕然とした。 

 麻酔銃が直撃したはずのアネットは何事もなかったかのようにその場に立っており、手の平の上できらりと光る何かをしげしげと観察していた。


 「なんだこれ? 針みたいな……麻酔か?」

 「な、なんで……当たってなかったのか!? いやそんなはずは……!」


 「うーん、当たったか当たってないかで言ったら当たってなかったな。 そんなことより、麻酔銃なんてつまらない真似しやがって……こうなったら、意地でもオマエに能力を使わせてやるからな」


 そう言うと、アネットは手のひらに乗せていた麻酔針をふわりと放り上げ、忽ち激しく燃える火の玉へと変化させた。

 ギミーが驚き戸惑っているのを見てアネットは不敵に笑うと、火の玉を指先でコントロールし彼に向かって投げ付けた。 ギミーはすんでのところで身をかわし、火の玉は彼が立っていた足元のあたりに着弾して地面を焼き焦がした。

 ギミーはなんとか体勢を立て直すとアネットの方に顔を向けたが、そこに彼女の姿はなかった。


 「そうだ忘れてた……先にわたしの能力を教えておいてやるよ」


 不意に頭上からアネットの声が響く。 ギミーがパッと顔を上げると、彼女はまるでその周囲だけ重力が無くなってしまったかのようにふわりと空中に浮かび上がっていた。


 「わたしの能力は『空間支配』……さあ、オマエの「能力」で抗ってみろ」

 

 ギミーはしばらく呆気に取られていたが、彼女の周囲で再び無数の火の玉が生成されるのを見て我に帰り、慌てて崩れた塀をよじ登って身を隠した。

 次の瞬間、ギミーの背後で轟音が走り、衝撃と熱が塀越しに伝わってきた。


 「ハァ、ハァ……『空間支配』だって? そんな能力、聞いたことないぞ……! 一体あいつは何者なんだ? ……いや、そんなことより今はここからどうやって逃げ出すかだ。 このままじゃ本当に殺されちまう……」

 「それで隠れているつもり?」


 声に反応してギミーが顔を上げると、アネットはいつの間にかギミーの側の塀に腰掛けており、無邪気な笑顔でこちらを見下ろしていた。 


 「ッ!? クソッ!」


 ギミーは咄嗟に彼女の反対方向の空き地に向かって駆け出した。


 「はぁ……逃げても無駄だって、まだ分からないのか」


 アネットは呆れたようにため息をつくと、再び空中に舞い上がり、今度は物凄い勢いで逃げるギミーに向かって突進し瞬く間に追いつくと、彼女の華奢な身体からは想像もできないほど強烈なキックをお見舞いした。

 

 「グゥッッ!!」


 背中に強烈な衝撃を受けたギミーはもんどりうって地面に倒れた。 

 アネットはふわりと優雅に着地すると、倒れたままのギミーに向かって歩き始めた。


 「追いかけっこは終わりだ……おいまさか、今ので死んじゃいないよな?」


 倒れたままピクリとも動かないギミーを見て、アネットは訝しげな表情を浮かべた。 しかし次の瞬間、ギミーはパッと立ち上がり、懐からピンポン玉ほどの大きさの球体を取り出し地面に叩きつけた。

 すると、煙がもうもうと周囲に広がり、アネットの視界は白一面に覆われた。

 

 「なっ……煙幕!? まだこんな小細工を……! いい加減に……しろっ!」


 アネットは声を荒げて言うと、彼女の周囲で空気が渦を巻き始め、まもなくそれは猛烈な突風となって忽ち煙幕を吹き飛ばした。

 煙幕の向こうにいたギミーも突風に煽られバランスを崩しその場で尻餅をついた。


 「どうした、これで小細工は終わりか? いい加減勿体ぶらず、能力を使えよ。 じゃないと本当にぶっ殺すぞ」


 ギミーを見下ろすアネットの口調は軽かったが、その言葉には脅しを超えた重みがあった。 

 ギミーは先程受けたダメージに顔をしかめながらなんとか立ち上がると、ズボンについた砂埃を払い、彼女と対峙するとゆっくり口を開いた。


 「……分かった、見せてやるよ、僕の『能力』」

 

 

次回は7/30の夜に投稿予定です!

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