京都の幕末おにぎり屋
京都の街中に、小さな屋台が出ていた。店をやるのは年の割に背がピシッと伸びてる老人で、赤い提灯には『おにぎり』とだけ描いてあった。
提灯にある通り、この屋台で売っているのは『おにぎり』だ。三角形で僅かな具を入れ、醤油を塗って香ばしく焼いた『焼きおにぎり』。具は三種類で、梅とおかかと鮭である。
注文が入れば、焼きおにぎりとお椀に注いだお茶を出す。お茶でおにぎりを流し込むも良し、おにぎりを浸して茶漬けにするも良しの人気商品だ。
そして夜は少し様子が変わって、お茶の代わりに梅の種とおかかの端と鮭の骨で取った『だし汁』が出て来る。そこにパリパリに焼いた鮭の皮を乗せて湯漬けにするのがまたオツなのだ。
「……はぁっ、……はぁっ」
その日は寒く、雪もちらついていたので、老人は店じまいをしようと考えていた。何せ人が歩いていないのだ。これでは商売にならない。湯を沸かす為の炭も、決して安くはないのだ。
しかしそんな折りに、這う様にして路地裏から出て来た男がいた。あまり良い者では無かろうと、老人は護身用の短い金棒に手をかけた。
「す、すまねぇが、湯を飲ませてくれ」
「……お前さん、人は斬ってねぇか?」
「……さ、最近はやってねぇ」
引っ掛かる言い様だが、老人はその男が悪い者に思えず、梅の湯漬けを地面に置いてやった。
「か、金が……」
「チッ!いいから食いねぇ」
「……すまねぇ」
男は這いつくばったまま、椀を抱える様に湯漬けをすすった。
「……うめぇ」
「……そんなボロボロになってまで、何で京にいるんでぇ?お前さん、人斬りだろ。とっとと逃げりゃいい」
「に、逃げる場所なんかね、ねぇよ」
「……故郷に帰りな」
ズリズリと壁を背にして座り込む男は、老人の言葉を鼻で笑った。
「く、故郷じゃ俺みてぇなのはに、人間じゃねぇ。あそこで人なのはじ、上士だけだ」
「……そうかい、お前さん土佐人か」
男は、壁にすがって何とか立ち上がると、老人に背を向けた。
「か、金は次に払う」
「期待してねぇよ」
去っていく背中を見送って、老人は今度こそ店じまいを始めた。
◇
数日後。常連である新撰組の若い侍が、食った代金の倍を払った。
「なんでぇコレは?」
「頼まれたんですよ、昨日捕らえた人斬りに」
「……そうかい」
老人の脳裏に、あの男の背中が浮かんだ。