8.お酒は楽しく
『…………………』
「…………………」
「…………………」
沈黙が、辛い。
※※※※※※※※※※※※
会社に戻ってからの私の行動は早かった。
橘に聞いた店の情報からーーーと、いっても私のお気に入りの和食店だった訳だがーーー音海さんと2人きりは辛いと判断し、
①橘の就業後の予定確認及びスケジュールの確保
②依頼人への企画変更提案
③現場への変更連絡
と、仕事モードで語ってしまったが、まぁ要するに、
橘を音海さんとの食事の席に巻き込みました。はい。
※※※※※※※※※※※※
ーーーで、現在に至る訳です。
心の中で語ってみるが、それでこの場の空気が変わる訳でもない。
ーーー席に着いて注文するところまでは良かったんだけどなぁ…。
その後沈黙が流れている。
こうならない為に橘を巻き込んd……、いや、同席して貰ったのだが……
ーーー2人ともそれなりに仲良いはずなのに…、なんで睨み、いや、見つめ合ってる?なんか話せよ!
…え、それとも私邪魔?………はっ!2人はそういう関係ですか?!
と斜めの方向に思考が飛び始めた所で、飲み物が運ばれて来た。
ーーー!良きタイミング!
危うく妄想の世界に入る所だったので助かった。
「お待たせしましたー。はい。」
見つめ合っていた2人も、視線を声の方に向けた。
飲み物を運んできてくれたのは店主だ(常連の皆は大将と呼んでる)。
この店は料理の味は勿論だが、大将の人柄に惚れて通う客も少なくない。
「花緒ちゃん、久しぶりだねぇ!」
『大将、ご無沙汰してました。直前に人数変わってすみません。』
「大丈夫大丈夫!花緒ちゃんならいつでも歓迎だよ!」
『ははは!ありがとうございます!』
久々の大将との会話に、自然と気分が上がった。
「本当はもっと話したいんだけど、今日はちょっとバタバタしててね。あんまりお構い出来ないけど、ゆっくりしてって!」
『ありがとうございます!』
それぞれ頭を下げたりしてお礼の気持ちを伝えた。
大将も軽く頭を下げてから引き上げていった。
「良い人ですよね。忙しいのに、わざわざ席まで来てくれるなんて」
『そうだよね。大将は情に厚いから、皆に好かれるんだよねぇ。』
「そうなんですか。花緒さんよく知ってますね。」
『入院前はほぼ週1ペースで来てたからね!』
「ドヤ顔うざいです。」
『橘くーん?』
「ははは!」
『音海さん笑わないで!』
大将がきっかけで、場の空気が和んで会話が弾むようになった。
ーーー大将ありがとう!!
そこからはお酒が入った事もあり、皆饒舌になった。
ーーー食事は楽しくだよね!いやぁ、良かった!ご飯もお酒も美味しいし、2人でも楽しそうに会話してるし。橘を誘って正解だった!
※※※※※※※※※※※
と思っていたのが3時間前。
「…………ぅぉおえぇぇぇぇぇ…」
『ちょ、橘大丈夫ー?』
「水買ってきました。」
『あ、ありがとうございます。ほら、水飲んで。』
「…はい…すみまs……ぅおえぇぇ…」
橘が酔い潰れた。
『橘お酒弱いんだねぇ…。』
「無理するから…。」
「…あんたらが……おかしいん…です、よ……うぇ」
『あぁもう、無理して喋らなくていいから。』
おえおえと吐いている橘の背を擦りつつ、こんな食事もたまには楽しいものだな、と1人でこっそりと笑った。
「……ところで花緒さん。」
『はい?』
振り返って音海さんを見上げた。
ほんのり赤い顔をしている。
橘が言った程ではないが、私も音海さんもそれなりに飲んだ。
ーーーきっと私もそこそこ顔赤いんだろうなぁ。
帰ったらすぐに布団に倒れこんでしまおう、と考えながら続きを待った。
「…終電が、出ました。」
『…………え?』
長い夜になりそうだ。