7.恥を忍んで
そこかしこから様々な音が響く職場の一角。
『…はぁ……。』
「花緒さん、どうしたんですか?」
手を止め、湿度たっぷりの溜め息をついている所を見られた。
『あ、橘か。書類確認?』
「はい、これお願いします。
で、どうしたんですか?」
『え、何が?』
書類に目を通しながら、橘の方を向いた。
「さっきから、心此処に在らず。って感じですけど。
……音海さん関係ですか?」
『!?ゲホッ!!ゴホッ!!』
「うわっ!ちょ、大丈夫ですか?!」
ヒュッ、と変な息の吸い方をしてしまった。
ーーこれ絶対、入っちゃいけない方に入った!!
暫く噎せてから、
『…橘、……エスパーなの?』
聞かずにはいられなかった。
※※※※※※※※※※
「花緒さんの悩みっていったら、音海さん関係かな、って思っただけですけど。」
パスタを口に運びながらエスパー、…もとい橘は、しれっと言ってのけた。
午後は橘と取引先に向かう事もあり、外での昼食になった。
あのまま社内で話す内容でも無かったので、丁度良かったと思う。
『…あのね、私だって他にも悩んでる事位ありますよ。』
「例えば?」
『……えー……………ほら、今日の取引先に渡す手土産、あれで良かったかなー…とか?』
「…随分間がありましたね。」
『……最近冷たくない?』
「平常運転ですけど?」
言って、またパスタが消えていった。
ーーー…優しくない!!
橘の推察通り、私の目下の悩みは音海さんだ。
いや、正確に言うならば、音海さんと食事に行く件だ。(そもそも何処の店かもわからない)
ーーー話はちゃんと聞いとかないとだよねぇ…。はぁ……
『やだなぁ…』
つい、ぽろっと心の声が出てしまった。
「?何がです?」
『?……もしかして声に出てた?』
「はい、ばっちり。」
『……ナンデモナイヨー。』
「嘘は良くないと思いますよ。」
むむむ、と暫く睨み合う状態になった。
先に折れたのは、意外にも橘だった。
「…まぁ良いんですけど。話したくないなら、無理に言わなくても。」
面食らった。
『え、どうしたの?何か悪い物でも食べた??』
「…は?」
『いや、だって!』
他人に厳しい事で定評がある、あの橘が。
先に折れただけでも驚きなのに。
『気遣われた…?!』
「失礼ですね、さっきから。何なんですか。」
『いや、ちょ…っと、驚いてる…。』
「どこに驚く要素があるんですか。」
『いやあの、…いつものイメージからかけ離れていたので…』
ーーいつもは力業で勝利をもぎ取ってるよね…。
「別にいつもと変わりませんけど。花緒さんの中の僕のイメージが酷すぎるんですよ。」
ーーそんなことないと思う。
心の中で突っ込みつつ、普段もっと厳しいよね?と考えてしまった。
私が黙り込んだのを見て、橘が唐突に言った。
「花緒さん、仕事は出来るのにそれ以外は結構ポンコツですよね。」
『!』
ーーー急に、貶された!!
何故後輩にそんな事を言われなければならないのか。
若干涙目になりつつ、橘を睨んだ。
「別にディスってる訳じゃないですよ。抜けてるな、と思っただけで。」
『いやさっきポンコツって言ったよね!?』
「そんな事言いました?」
『言った!』
気のせいですよ、と軽くあしらわれた。
前言撤回、橘はいつも通りだ。
『さっきから言葉に棘がありまくりなんですけど橘さん。』
「そんな事ないです。」
言い合っているうちに、橘の方は食べ終わっていた。
それを見て、慌てて私も残りを口に入れた。
「どうせ音海さんとの食事が嫌だ、とかそんなとこですよね。」
『!………?』
ーーー私話したっけ…?
疑問が顔に出ていたようだ。
「音海さんが聞いてもないのに教えてくれました。」
『…それは…災難だったね。』
「はい。」
はは、と乾いた笑いで相槌を打った瞬間、あり得ない事を思い付いた。
ーーーいやいやいや、これは恥ずかしすぎる。…しかし知らない方が不味い気がするし……ええい、ままよ!聞くは一時の恥!
『…災難ついでにさ、…その…どこのお店か教えてくれない?』
「?何の店ですか?」
『その……私と音海さんが食事に行くお店、何処でしょうか…?』
「……は??」
今まで見た中で、1番冷たい目だった。