6.考え事は程々に
「…花緒さん、体調はどうですか?」
『あ…、大丈夫です。体力はまだ、完璧には戻ってないですけど。』
今1番会いたくない人(しかも休日)に、会ってしまった。
何となく微妙な空気が流れたので早急に立ち去ろうとしたのだが、音海さんの方から話しかけられてしまった。
そのまま店先で突っ立って話す訳にもいかず、近くのカフェに入る事になった。
そして冒頭の会話である。
「…今日暑いですね。病み上がりですから、普段以上に気を付けないといけないですね。」
『そうですね。お気遣いありがとうございます。』
つい事務的な受け答えをしてしまった。
ーーーだって何話して良いかわからないし…。
ぐるぐる悩みながら、何とか脳ミソから話題を引っ張り出した。
『そういえば、私の入院中仕事を引き継いで下さったそうで、ありがとうございました。音海さんもお忙しいのに、ご迷惑お掛けしました。』
課長から、休み中の事は聞いていた。
バタバタしていたとは言え、お礼と謝罪を忘れる所だった。
すみませんでした。と頭を下げた。
「いえ!気にしないで下さい!」
ぶんぶん、と勢いよく手を振って否定してくれたが、みるみる表情が曇っていく。
「…自分じゃ花緒さんの半分も…出来てないと思うので…。」
しょぼん、と落ち込んでしまった。
ーーーこれで落ち込むのか!…あれ?これパワハラ案件!?やばい、フォローせねば!
えーと、とりあえず、…誉める!
『いえいえ!もう本当に!初めてやる事ばかりだったと思います。あれだけやってくれて、凄いですよ!』
“………ったね!凄いじゃん!”
突然、何かの記憶が浮かんだ。
ーーーなんだ?今の…。自分が、誰かを誉めていたような……?
「…そうですか?」
『!え、ええ!助かりました!』
「良かったです…。」
音海さんの表情が和らいだ。
ーーーあ、危なかったー!
最近の若い子の扱いは難しい。
※※※※※※※※
引き継いだ仕事の話から少しずつ話題が広がり、今の話題は過去の職場での遣り取りについてだ。(もちろん私は覚えてない。)
「で、その時花緒さんが転びそうになって。」
『え、本当ですか?!』
正直、音海さんとこんなに話が弾むとは思わなかった。
最初は話題が無いと悩んでいたのに、今はそれが嘘のように会話が続く。
ーーーこういうの、居心地良い、って言うんだろうねぇ…。でも……
反面、何故だかわからないけど、早くこの場を離れたい気持ちもあった。
ーーー…一緒に居たいけど、居たくないとか…、意味わからん…。
矛盾した気持ちがずっと胸の中にある。
上の空なのを察してか、音海さんは唐突に話題を変えてきた。
「あの、花緒さん。」
『…はい?』
「その…敬語なんですが、使わないで欲しいです。自分の方が後輩ですし、元々自分に対して使ってなかったですから。」
『いや、それは…』
ーーー橘から聞いてます!呼び捨ての件からしてそうかな、って気はしてたけども!でもなんか…嫌!
初対面(ではないが、私からしたら初めまして)の人にタメ口は出来ない。
返事に詰まっていると、
「…花緒さんには、前のように接して欲しいんです。」
少し、ほんの少しだけ、寂しそうに言った。
ーーー…え、なんでそんな顔?
「自分、堅苦しいの苦手なんで」
へら、と笑った。
ーーーあれ、さっきのは見間違い…かな?
『…えーと、じゃあ、少しずつで、良いですか?
私、音海さんの事…よく知らないので、失礼かと…急には難しいです。』
「……本当に覚えてないんだ…」
『え?』
音海さんが小さい声で何か言ったが、聞き取れなかった。
「いえ。自分の事、覚えてないんですよね。急に知らない奴に言われても困りますよね。」
少し悲しそうな顔をされてしまった。
『す、すみません!思い出せるよう努力はしてるんですが…。』
ーーーしてないけど。なんなら思い出さなくても良いかなー、位に思ってるけど。
でもそんなこと、口が裂けても言えない。
『頑張って、思い出しますので…!』
本気感を出す為に語気強めで言ってみたが、果たして伝わっただろうか。
ちら、と音海さんを見る。
「ふはっ。はい、楽しみにしてます。」
とても良い笑顔だった。
ーー良かった!また笑ってくれた…。
……“また”?
今初めて見たはずなのに、この笑顔に既視感がある。
ーーーなんで…私知ってるの…?
妙な違和感を覚え始めた所で声を掛けられた。
「花緒さん。」
『!はい!』
「またこうやって話しませんか?」
『…へ?』
ーーーー…なん…だと?
「自分の事全く覚えてないのは聞いてます。
自分、花緒さんにはよくご飯とか連れてって貰ってました。だからまたこうやって話せて嬉しいんです。」
『…はぁ。』
ーーーまぁ橘から聞いてたけど。………でもなぁー、なーんか面倒くさいんだよなぁー…。……本当に、面倒くさいだけ、か?…なんか、一緒に居ると心がざわつくような……
「ーーので、ご飯行きましょう。」
ーーやばい、ボーッとしてた。
『はい!』
よく分からないのに、勢いで返事をしてしまった。
「楽しみです。」
ーーん?
『良かったです。』
訳が分からぬまま、その話題は終わってしまった。
ーーーまぁ、何とかなるでしょう…!
と、思いながらもその事が気になってしまい、
その後はあまり楽しめなかった。
※※※※※※※※※
音海さんとは駅で別れた。
電車に揺られながら、さっきの会話を思い出していた。
ーーーご飯行きましょう。の前、何か言ってたんだけど……、何て言ったんだろ?
ぐるぐる考えていると、ブブ、と短く携帯が震えた。
ーーー誰だろ…、あ。
音海さんからだった。
《今日はありがとうございました。明日、楽しみにしてます。》
ーーーんん?明日???
ーーー…あれ?……もしかして、ご飯行くの…明日??
どうやら、一番重要な部分を聞き逃していたようだ。