2.本当に?
「花緒さん、本当に覚えてないんですか?」
あの後、病院に電話したり総務に行ったりで、忙しなく復帰1日目が終わってしまった。
家路に就こうと会社を出た所で後輩の橘君に捕まり、近くの喫茶店に連行された。
ーーこんな予定じゃ無かったのに…!
『…え?』
「いやだから、音海さんの事ですよ!」
『あぁ、うん、知らない。』
「…知らない、って……。花緒さん、後輩では音海さんが1番仲良かったじゃないすか。」
『…そうなの?』
「そうっすよ!よく、ご飯行ったって聞いてましたよ。」
ーーー…………あかん、全然覚えてない…!
『……………?』
「なんでそんな顔で見るんですか…」
ーー……どんな顔だ。
『いやだってさ、知らないもんは知らないよー。
そもそも!忘れたふりする方がめんどくさいでしょ。それにそんな事してなんかメリットある?』
「…まぁ、確かに…?」
『なんで疑問系。』
「…うーん、いや、なんか、釈然としないんですよね。あんだけ普段仲良かった訳じゃないですか。
いくら事故に遭ったとはいえ、2年近く一緒に働いてた人の事、ーーしかも1人だけ、忘れるもんですか?」
ーー確かに、橘君の言うことも一理ある。
周囲の人間がここまで言う程近しい間柄だったのなら、何故私は彼の事だけ覚えていないのか。
他の人の事は全て覚えているのに。
彼だけが、私の記憶から抜け落ちてしまっている。
“……だ……う………よ”
ーー…ん?
“…だい……う………だよ”
ーー…んん?
考え込んでいたら何か聞こえてきた。店内のBGMにしてはおかしい。
『………?』
「…すみませんでした。花緒さんが1番混乱してますよね…。」
『!いや、大丈夫!ちょっと考え事しちゃって…。
…気遣ってくれてありがとうね。』
「…いえ。自分は、花緒さんとまた一緒に仕事が出来て、嬉しいです。」
『…橘君…!』
若干うるっと来た。
ーーなんて良い子なんだ…!
「そういえば花緒さん、」
『ん?』
「ずっと気になってたんですけど、その橘“君”てなんですか?」
『?え、なんで?』
「今まで呼び捨てでしたよ。」
『……え?』
頷く橘君。
『まじすか。』
「まじっす。」
『…なんか……まだあったね、覚えてない事……。
……すみませんでした!!』
「いえ。とりあえず前の呼び方でお願いします。花緒さんに君付けで呼ばれるとか気持ち悪いんで。」
『酷い!』
とりあえずさっきの感動を返してほしい。