1.知らない貴方
ーーーーあれ?
ーーーーーーここ、どこ?
目に入ったのは真っ白な天井と、薄い外の光。
ーー……病室?
中学生の時に盲腸で入院した記憶が一瞬甦った。
が、今は社会人。入院する予定はもちろん無い。
ーーあれ?なんなら会社行くとこだったよね?ん?何故私はこんな所に居る??
ぐるぐるぐるぐる考えていると、シャッ、と小気味いい音がした。
「花緒さーん、検温の時間で……」
す、とまで言い終わらないうちに、目が合った看護師の動きが止まる。
こちらも止まる。
『あ、あのぉ、看護師s…』
「せ、」
ーせ?
「せんせぇええええええーーー!!!!!!」
これでもかという位の声を上げ、看護師さんは出ていってしまった。
ーな、なんだなんだびっくりするな!心臓に悪いわ!
それからすぐ、看護師さんはお医者さんやらなんやら、沢山の人と共に戻って来た。
そうして知ることになる、ここに居る理由を。
※※※※※※※※※※※
『…えーと、その、階段から落ちた、と?』
どうやら私は出勤中に乗換駅で階段から落ち、1ヶ月も入院していたらしい。しかもずっと眠ったまま。
ーーなにそれ怖い。
検査と先生からの説明が終わり、家族と話している今も信じられないが、さっきの看護師さんの様子を思い出したらなんとなく納得した。
その後リハビリや検査を繰り返して、退院出来たのは更に1ヶ月後の事だった。
※※※※※※※※※※
『………夏休み明けか。』
1人、静かに突っ込んでみるが返事は無い。
ーーーまぁ、セルフ突っ込みだしね。
久しぶりの出勤、会社を見上げながら口をついて出た言葉に、長期休暇の弊害だな、と苦笑した。
『皆元気かなー?』
ーーーあ、私が1番元気無い人だな笑
下らないセルフ突っ込みをしながら、2か月ぶりにエントランスを通った。
※※※※※※※
『お疲れ様です!お久しぶりです!』
とっても元気です!アピールをしながら課長に復帰の御挨拶。
「おおっ!花緒!来たか!!」
久々の課長の声に、ああ、戻ってきたのか、と実感が湧いてきた。
『この度は後迷惑お掛けし、申し訳ありませんでした。』
深々と頭を下げ、菓子折を突き出した。悪くなくても謝らなきゃいけない、これが社会人。
ーーーあぁ悲しいかな、サラリーマン…。
なんて思いながら頭を下げ続けた。
「頭上げて!大丈夫、迷惑だなんて思ってないから。無事復帰してくれるだけで充分だ。」
『…課長…!ありがとうございます!今まで以上に精進します!』
「そうか、まぁあまり無理はしないように。期待してるよ。」
課長の機嫌が良かったお陰で、復帰の挨拶はすんなり終わった。
この後諸々の手続きがあるので、内心有り難かった。
「総務とか行かないといけないだろ。あ、でもその前に皆に顔見せに行こうか。皆結構心配してたぞ。」
『あ、はい!』
※※※※※※※※※※
久々に職場内に足を踏み入れた。懐かしさすら感じた。
『お疲れ様です!皆さんお久しぶりです!』
一斉に皆の顔がこっちに向く。
「おお!花緒さん!」
「花緒ーー!!生きてたか!」
「花緒さん、良かったです!!」
「花緒、久しぶり。」
皆口々に、久々の再会を喜んでくれた。
『御迷惑お掛けしました。』
頭を下げ、久しぶりに同僚の輪に入った。
ーーーああ、いつもの感じだ。やっぱり良い人達だ。
『杉山さん、田子さん、橘くん、佐田さん、お久しぶりです。お変わりなく、皆さん元気そうで良かったです。』
それから囲まれるような感じで会話が進んだ。
ふと、その輪から少し外れた所に、1人だけ知らない人がいた。
ーーー新しい人かな?
自分の入院中に新しく入った人だろう。目が合ったら微笑まれた。つられてこちらも微笑み返した。
そんなやり取りを見ていた田子さんが、その人に声をかけた。
「おい、音海もこっち来いよ。」
ーーおとみさん、か。よし覚えた!
ハッ!挨拶しなきゃだ!第一印象は大事、こっち来た瞬間
に挨拶しよう!来た瞬間に挨拶、来た瞬間に挨拶!!
「花緒さん、お元気そうでy…」
『初めまして!花緒と申します!!』
「……………」
ーーやばい!被った!!向こうもなんか言ってたのに!やっちま
った!
『…え…と、は、初めまして。花緒と申します。これから宜しくお願いします。』
にへら、と若干引きつった笑みを浮かべつつ、挨拶をし直した。
ーーなんか変な空気になっちゃったかな。
なんて思いつつ回りを見た。
皆口をぽかんとあけ、こちらを見ている。
ーーんん?変な事言ったかな?…普通の挨拶だったよね?
数瞬の間があり、最初に口を開いたのは田子さんだった。
「…花緒、入院中にボケの勉強でもしたのか~?」
それを合図に場に笑いが起こった。
皆口々に、ナイスボケ!だの、冗談上手くなったね!だのと話しかけてきた。
ーー???ボケとは?
『田子さん、何がですか?』
「え?音海に初めまして、なんてナイスボケだろ!笑」
「そうすね、音海さん弄られ役ですしね。笑」
「久々に聞くとなんか安心感すらあるよねー笑」
「流石花緒。笑」
ーーー?????
『え?音海さんて私が入院中に新しく入ってきたんですよね?初めましてで合ってるじゃないですか。』
水を打ったように静かになった。
皆が私を凝視したまま、時が止まったように誰1人動かない。
静寂を打ち破ったのは、課長の一言だった。
「…花緒、まさか、音海の事覚えてないのか?」
『…え?覚えてるも何も、初めてお会いしますよ?』
私はちら、と音海さんを見る。彼は何とも複雑そうな顔をしている。しかし知らないものは知らないのだ。
ーーうん、やっぱり初めましてだ。
「………花緒、もう一度病院で検査受けてきなさい。」
『……はい』
……何だかとんでもないことになってきた。