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第五話 VS"女神"エリファ

 肌に柔らかさを感じて、目が覚めた。思えばそれは降り注ぐ青い空だったのか、あるいは敷き詰められた雲だったか。ともかく俺の意識はそれで覚醒し、覚醒すると同時に沸き上がってくる感情があった。






 怒り。


 そう。激しい、怒りだ。



 うつ伏せの状態からバク転をして雲の上に着地。もふもふという感触が足を伝わってくるが、そんな事でこの感情を抑えられるはずもなく。俺はクラウチングスタートを決め、雲の上を駆け出す。



「エリファああああああああああ!!」


 前まで"様"と後ろに付けて呼んでいたその名前を、憎しみの塊と共にぶちまけ風を切る。


 

 間も無く前方に白い家を発見。さてはあれが敵の根城か!


「うらあああああああ!!」


 桃色の扉がひしゃげる音と同時に突入。誰も俺を止められない。


「なによ。うるっさいわねー」


 ドアを蹴破った先、ロイヤルなテーブルの前に、ちょこんと女神エリファが座っている。その言葉遣いは、俺を笑顔で送り出してくれた、あの天使のものとは思えないものだった。


「そこのドア。あんた弁償しといてね」


 あり得ないほど整った、愛くるしい顔立ちに萎えそうになっていた俺の表情筋は、その不躾な態度で痙攣を再開する。


「てめえ……」


「それにしても」


 俺の怒りなどどこ吹く風。エリファは急に切り出す。


「ぷぷっ。あなたの今日の奮闘も、最っ高だったわ! あはははははは! パンツ一枚で! あははははは!」


 笑い転げて台パンする自称女神。どこの神だこんなのを女神にしたのは。ミスキャストだぞ! あ、そういえばコイツが神役か。世も末だな。



「ふざっけんなあああああ!! お前お前お前ぇ! なーにが"最強スキルで異世界転生"だ! 予告無しにこんな鬼畜世界に送り込みやがって! 今日もまた意味のわからないモンスターに突然やられて死んだんだ! 絶対許さねえからなあ!?」


 今なら頭の中で茶碗蒸しができそうだ。俺の怒りは海を越え、山を越え、この天まで突き抜けている。


「ふーんだ。あんたみたいな親不孝ニートには良いお灸でしょ? 現実を見ようとしないから、私が更生させてあげてるって訳。感謝しなさいよ!」


 訂正しよう、今なら頭の中で餅が焼ける。完全に火がついた。ずっと前から隠し持っていた、伝家の宝刀を抜くときがきたようだ。


 俺は酸素を許容量いっぱいに吸い込み、貯める。


「な、なによ……」

 






 
























「このペチャパイが」


 






 激情任せの怒鳴り声ではなく、敢えての低音。こうする事で普段から思っていたと印象づける、必殺の一撃。



「な、な、な……」


 見たか。チートスキルよりも強力なこの奥義を。




「なんですってええええええ!?」


 ざまあない。エリファは貧乳がコンプレックスだったのか、顔を真っ赤にして震えている。

  

「はっ。この人を嘲笑うだけの"貧乳"小悪魔が! お前なんか女神じゃない! どこまで行こうとただのロリだ!」


「言わせておけばこのクソニート! あんたなんか、どーせ普通の異世界に行った所でハーレム何て出来やしないわよ! 他の強い転生者の前に埋もれるのがオチだっての! ばーかばーか!」


「なっ……! 少なくとも俺は詐欺なんて働いてねえよ! そんな調子じゃ他の女神から仲間外れなんだろうなあ! 性格でも、体型でもな! あーあ可哀想に!」




「「ぐぬぬぬぬぬぬ……!」」


 頭を突き付け、睨みあい、いがみ合う。


 俺達の溝は出会ってたった二日目で、マリアナ海溝よりも深くなっていた。







 険悪なムードの中、突然エリファが思い付いたように言う。


「分かったわ! あなたがある条件さえ果たせば、私も譲歩してあげる! この世界に合わせた新たなチカラを授けてあげるわ!」


 なんだこいつ、いきなり胡散臭すぎるだろ。


「はいはい。どうせろくに役に立たない最強スキル(笑)だろ! そんな事じゃ俺は釣られねえよ」


 ビシッと言ってやる。もう俺は騙されない!


「ふ~ん。じゃあ私の女神パワーで、ミラリー、あなたが初めて街に入る時に会った、あの銀髪の女の子と仲良くなるキッカケを、作ってあげるってのはどう?」


「やらせて頂きます!」
















「それで、そんなバカな話を受けてきたって訳ですか」


 はあ、とセリスがため息をつく。場所は変わって地上、ギルドの裏手の広場だ。時刻は夜。寝床が無い上金欠の俺達には、ここが拠点のようなものだ。


「ま、まあ何だかんだ言って服を貰っちまったしな。モンスターの一匹位良いかなって……」


 そう、俺は今およそ半日ぶりに服を着ている。謎の女神パワーでエリファから貰ったのだ。まあただの上下黒ジャージだが、無いよりはマシだろう。


「完全に騙されてますよ、それ……。それで、交換条件に出されたそのモンスターとは?」


 セリスが尋ねてくる。何を隠そう、銀髪少女ミラリーとのフラグ建設の代償は、とあるモンスターの討伐だった。ちなみに報酬がミラリーとの出会いということはまだセリスには言わず、適当にはぐらかしている。


「ああ、どうやらこの街の北にある洞窟にいるらしいんだが……、詳しい事は俺も知らん。"行けば分かる"ってさ」


「はあ!? ますます危険そうな話じゃないですか……」


 

 セリスの不安も最もだが、俺には絶対に逃せないチャンスが掛かっている。ここは粛々と働いて貰う事にしよう。うん、そうしよう。

 

「あ! そうだ! お前俺が殺された後、大丈夫だったのかよ?」


 エリファとの感情のぶつけ合いですっかり忘れていたことを思い出す。セリスはなぜ無事なんだ?


「ああ、その事ですか。あのときは流石の私も死を覚悟しましたけど、あの影の化け物は何もせず去っていきましたよ?」


 ええ……。なんで俺だけが狙われたんだよ……。


「あいつは一体何なんだ? 放っておいたら死者出まくりじゃねえか」


「実は、あの影の存在はこの街では有名なんですよ。何でも決まった時に現れるとか。私も初めて見ましたけどね」


 どうやらこの世界は、初見殺しギミックも完備しているらしい。


「やってらんねえな」



 そんな調子でぐだぐだと、二人でこの理不尽な世界に対しての愚痴を語り合い、夜も更けた頃、俺達は眠りについたのだった。








 ――翌朝。


 早速ギルドにパーティー申請をした俺達は、武器屋に足を運んでいた。そう、セリスの杖を買うために。


「私は杖が無いとき、ネタ魔法しか使えない仕様になってるんですよ!」


 そう言い張るセリス。自分でネタ魔法とか口走ってる当たり、自覚はあったのか。


「あのなあ、杖を買ってもいいけどよ、俺達の所持金は二人合わせてたったの1500ゴールドだぜ? 白シャツ1000ゴールドのこの世界でどんな杖が買えるってんだ?」


「ふんふーん。任せてくださいよ! もう安い杖の目利きはバッチリですから!」


 などと自信満々に言っているが、一体何回杖を失くしたんだこいつは……。店主の「また来たよ」という迷惑そうな顔が、常連の問題客であることを物語っている。


「俺だって剣が欲しいんだ! 500ゴールド位のやつにしてくれよ?」


「う~ん。どれにしましょうか~。あ! これなんか良いですね!」


 と、セリスが手にしたのは、何と五十センチメートルにも満たない極小の杖が、紐で結ばれ三つセットになっているものだった。いや、お徳用パックかよ。


「はいはい、また君か……」


 店主のおじさんが、疲れた声で応対する。


「この杖が欲しいのですが!」


「あいよ。1200ゴールドだ」


 おい! 俺の剣は……? という困惑も他所に、セリスはいきなり吹っ掛け始めた。


「負けて下さい! 400ゴールドです!」


「バカにしてんのか! 今日こそはびた一文も負からねぇよ! 1200と言ったら1200だ!」


「いーえ! 私が400と言ったら400です! 負からないんでしたら、ここで五穀豊穣の舞ぶちかましますよ!?」


「「鬼か!?」」


 お、店主と息ピッタリ。苦労している者同士、通じるものでもあるんだろうか。








「結局1000ゴールドかよ……」


「あの店主、ケチ臭いですね~」


 ぶつぶつと文句を言うセリス。横暴なのはお前じゃい。


 さて、剣を買うにもあと500ゴールドぽっち。ぶっちゃけ500ゴールドの剣なんて無い方がマシかもだが……。



 



「どいてどいて~っ!」


「食い逃げだ~っ! 誰かそいつを捕まえてくれっ!」


 おっと。いきなり定番イベントの発生だ。


 途方に暮れる俺の前方から、走ってくる男が一人。下がり眉が気弱そうな印象を与える、水色の髪のイケメンだ。後ろからは禿げ頭の店主。顔を真っ赤に染めてそいつを追いかけている。



「任せろ! 雷魔法(自己流)『スタンガン』!」


「ぎゃああああああああ!?」


 俺の手に宿った電流がバチバチと唸り、水色イケメンの上等そうな鉄鎧を伝う。食い逃げ犯イベントなんてスルー安定だが、"イケメン"で"金持ちそう"である点が俺の琴線に触れた。オールバックが似合っているのもマイナスポイントだ。



「いや、これはやりすぎでしょ……。どうするんですかこの人……」


「いやあ、ついムカついてな」


 セリスに咎められ、流石に少し反省する。


「勢いでやっちまったが、本当にどうしようコイツ……」


 俺達の目の前には、名も知らぬ推定食い逃げ犯が伸びていた。

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